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(平成14年3月22日に滋賀県大津市琵琶湖ホテル会議室にて収録)

座 談 会 
第3回世界水フォーラム プレ・シンポジウムを終えて

出席者

 

C.D.タッテ氏(Dr.C. D. Thatte)  

国際灌漑排水委員会 事務局長 

(ICID: International Commission for Irrigation and Drainage) 


ケネス.K.タンジ氏(Dr.Kenneth K. Tanji)

カリフォルニア大学デービス校 土地・空気・水資源学部名誉教授  


クスム・アツコララ女史(Ms.Kusum Athukorala) 

スリランカ共同開発研究コンサルタンツ   
(ADRC : Associated Development Research Consultants) 


吉永健治氏(Dr.Kenji Yoshinaga)

国際連合食糧農業機関 土地・水開発部長 
(FAO: UN Food and Agriculture Organization)  


谷山重孝氏(Dr.Shigetaka Taniyama)

日本 ICID 協会 会長  


中村良太氏(Dr.Riota Nakamura)

(司会)

日本大学生物資源科学部 教授

(財)日本農業土木総合研究所 技術顧問  
(JIID: Japanese Institute of Irrigation and Drainage)

 

 このプレ・シンポジウムは、2003年3月16日から23日まで行われる「第3回世界水フォーラム(WWF3)」(26ページ参照)の1年前のプレ・イベントの1つとして、2002年3月20日から21日まで、「モンスーンアジア水田かんがいの多面的な役割」(Multi-functional Roles of Paddy Field Irrigation in the Asia Monsoon Region)をテーマとして、滋賀県で開催されたものです。これは、WWF3に向けて国際水議論が活発化する中でモンスーンアジア地域における水田かんがいの果たす役割や今後の発展方向等について、国際的な情報交換、知見の結集を行うことにより、その共通認識を深めると共にアイデンティティの確立を図ろうとするものです。また、併せて関係者・団体の連帯強化を図り、WWF3における議論などにその成果等を反映させるなど、広く内外に情報発信を行うことを目的とし開催されたものです。そのため、幅広い開かれた議論の場となるよう、モンスーンアジア諸国・地域、関係国際機関にも参加を呼びかけた結果、これら海外からの参加者を含め内外の産・官・学の多分野にわたる約400名が参加され、成功裏に終了ました。
 なお、テーマとなった水田かんがいの多面的な役割とは、
・経済学的には、稲作生産(内部経済)とかんがいにともなって発生する外部経済
・社会学的には、文化(農耕儀礼を含む)の持続、福祉の提供
・生物学的及び生態学的には、生物種の多様性の保全
・理学的及び工学的には、水循環、気象、国土保全、輸送、エネルギー利用
 のような広い領域を含み、モンスーンアジア地域の国々の方々の視点からもアプローチが可能なものです。また、この多面的な役割には、ほ場レベル(on-farm)で発揮される場合と、かんがい排水システム(off-farm)として発揮される場合があり、各国の実情に応じた多面的役割の意義、その効果が及ぶ範囲、かんがい利用との関係、水管理上の留意事項、費用負担のルールなどの関連事項についての事例が紹介され、共通認識を持つ上で大きな成果がありました。

(詳細はホームページhttp://www.jiid.or.jp/j/wwf3/wwf301.htmlを参照してください。)

《座談会の趣旨》

 この座談会は、プレ・シンポジウムのパネルディスカッションにパネリストとして出席された海外からの参加者にシンポジウム終了後に集まっていただき、日本側のパネラーやプレ・シンポジウム事務局関係者とシンポジウムへの印象、WWF3に向けて準備の進め方などについて話し合ってもらったものです。ARDEC編集部では、農業生産に不可欠な水についての海外からの参加者の皆さんの率直なご意見、また興味深いお話しの内容を読者の皆さんに身近に接していただくために本座談会を企画したものです。来年のWWF3に向けて、今号及び次号の2回にわたってご紹介致します。

1.出席者の自己紹介と活動

中村 皆様、プレ・シンポジウムでたいへんお疲れのところ、お集まりいただきましてありがとうごいます。本日は、来年3月に行われる第3回世界水フォーラム(WWF3)に先駆けて、昨日、一昨日と行われたプレ・シンポジウムを終えて、その印象、テーマとなりましたアジアモンスーン地域の水田灌漑の状況、世界の水供給と灌漑の将来、WWF3への期待などについて、皆様の発想として温めているアイデアを率直に語っていただけたらと思います。進め方としては、皆様にご自身の活動を含めて自己紹介をしていただき、その後、プレ・シンポジウムへの印象、来年のWWF3の本番への期待などについて、自由にお話ししていただきたいと思います。
 それでは、最初にWWF3の流れについて国際的な立場で関わっておられる吉永さんから自己紹介をしていただきたいと思います。
吉永 FAO土地・水開発部長の吉永健治です。シンポジウムを開催するために尽力いただいた日本の方々に、ここで感謝の意を表しておきたいと思います。 
 まず、国際的な水に関する動きですが、昨年の12月、私はボンで開かれた国際淡水会議(International Conference on the Freshwater)に参加しました。ここでは、スウェーデン、英国、ドイツ、オランダ、南アフリカの下水処理(sanitation)団体がNGOや国際水協力会議(Global Water Partnership)と連携して下水処理問題を政治問題として取組んでいることを知りました。彼らはこの会議に向けて下水処理問題に関する協力とネットワークを的確に組織しており、この問題が議論の中心に持っていけるように準備を進めていることが印象的でした。残念なことに、同じ淡水に関わることでも農業用水の重要性については、力点が置かれていませんでした。このように国際的な会議では入念な準備をする必要があり、農業用水の重要性についても来年のWWF3に向けて、全ての関係者の理解を得られるように努力する必要があると思います。
中村 ありがとうございました。次に、クスムさんお願いします。
クスム 私は大学教師からコンサルタントになった者ですが、国際活動やジェンダーの問題、特にスリランカの女性専門家のネットワークを設立するための活動を続けています。アジアでは、シェンダーの問題が注目を浴びていますが、国連開発計画(UNDP)の『人間開発報告書』を見るとアジアでは女性に悪影響を与える重大な問題が存在していることが分かります。私たちにできることは、アジアの女性を色々な活動に参加させて、彼女らの問題を話し合うだけでなく、有力な人材として位置付けることではないかと思います。そうすることこそ、私たちの目標を達成する上で重要だと思います。
 私は、第2回世界水フォーラムでは、国際水協力・作業推進委員会(Global Water Partnership Steering Committee)で農業用水の計画案作成委員をしていました。そこでは、水問題は農業用水だけでなく地域用水まで含む議論が行われ、私は提案者でもありましたので、デリーの農業用水のあり方についての議論で非常に積極的な役割を果たしました。つまり、灌漑と排水が中心的な問題でしたが、人間的な条件、制度的な条件も踏まえた議論を展開しました。この人的、制度・法的な問題はこれからも大きな課題であり、こうした経験から、水議論を進めるに当たっても関連するこれらの分野も含めてネットワークを構築して理解を深めなければならないという、吉永さんの意見を強く支持します。
中村 ありがとうございました。では、タンジさんお願いします。
タンジ 私は、4年ほど前にカリフォルニア大学の教授を退職しましたが、まだ積極的に活動しています。灌漑と排水の水質面について45年間の経験があります。最近の20年間は、カリフォルニアの水田に関する土壌化学や稲作の灌漑に対する生態学的・環境的規制の影響を研究してきました。また、1996年に水田排水の物理化学に関する共著を京都大学農学部の丸山教授と書く機会がありました。アジアモンスーン地域では、水田が盛んなインド、タイ、中国、韓国、日本などでの経験があります。
中村 ありがとうございました。次に、タッテさんお願いします。
タッテ 私もタンジ教授と同じように土木技術者として45年の経験があります。博士号は水力学および水文学のモデリングです。45年間のうち10%をICIDの事務局長として過ごしました。土木技術者としては、インド政府で建築物、橋、公衆衛生技術、港湾などの工事にも関わってきましたが、大部分は水資源の開発と管理が主な仕事でした。1993年に退職し、その後CSIRで名誉教授を務めました。ICIDの仕事を始めましたのは、それ以後です。
 ICIDでは、インドの本部事務局で途上国の支援活動をしています。色々な国際的なフォーラムで仕事を始めた時、途上国の問題を世界に訴える必要があることを知り、「世界大ダム会議」などでも、私のできる限りのことをしてきました。
 第2回世界水フォーラムでは、農業用水と地域開発に関する展望を述べた文書の作成に関わりました。私たちはICIDの国別委員会を通して43カ国の文書を準備しました。短期間で実現するには、国別委員会の支援がとても重要でした。その結果、農業用水と地域開発部門に関する展望を的確にまとめることができました。ここでは、3部門3種類の文書を作成しました。ただ、残念ながら、食料の展望文書に述べられたことは、主要文書には反映されず、農業用水部門の見解が軽視される不満な結果となりました。
 第3回世界水フォーラムでは、こうしたことにならないように、適切に対応しなければなりません。このためには、水の主要な消費者に幅広く働きかけ、関係機関や世界水フォーラムの主催者に強く印象付ける必要があります。皆さんはそれができますし、大きな力になります。このため、ICIDは国別委員会を準備して最大限支援していきます。これまでに、作業部会、バーチャルウオーターフォーラム、ボイスメッセンジャーサービスを立ち上げ、WWF3で取上げられている議題を深める努力をしています。しかし、残念ながら、これらの活動に対する反応は未だ十分ではありませんので、来年3月までに多くの反応を引き出せるような努力が必要です。
中村 ありがとうございました。続いて、谷山さんお願いします。
谷山 私は、昨年の9月からICIDの副会長を務めています。大学卒業後、灌漑・排水技術者および行政官として農林水産省で仕事を始めました。そして11年前に退職後、水資源開発公団に勤務の後、(社)日本農業集落排水協会の会長・特別顧問として現在まで働いています。これまで常に灌漑・排水、水資源開発、汚水処理に関わってきましたが、現在の私の関心は農村地域の水質改善を行い、灌漑だけでなく、環境的に利用することにあります。
 WWF3に対しては、開催国・日本ICID 協会、これは民間の立場からのICID活動を支える組織ですが、そこの会長として、関係する国際会議などで、これまでの経験を生かしてアジアモンスーンの灌漑・排水、さらには水質など環境問題も含めて説明し、国際的な理解を深める活動を行っています。
中村 ありがとうございました。では、最後に私の自己紹介をさせていただきます。
 私は、長年にわたり東京大学の灌漑工学の教授をしていました。そして、4年前から日本大学の教授として灌漑工学を教えています。専門は、灌漑水文学と灌漑システムの運用・管理です。また、ここ数年は、プレ・シンポジウムの事務局となったJIIDの技術顧問のひとりです。ですから、私の本日の立場は主催者側ということになります。いずれにしても、私の印象としては、来年3月に開かれるWWF3に向けてのタイミング良いスタートになったと思います。これから、フォーラム本番に向けて、各種のテーマが議論されることになるでしょう。多くの国や国際機関から参加していただいたこのプレ・シンポジウムの結果は、WWF3のテーマを決定するために参考となる多くの情報を提供する良いタイミングとなったのではないでしょうか。
 では、続きまして、こういった面も含めてプレ・シンポジウムの印象を、お話しいただきたいと思います。

2.プレ・シンポジウムへの印象

吉永 まず、今回のプレ・シンポジウムは、農業用水に関してアジアモンスーン地域における協力関係を組織するための良い機会になったと思います。2日間開かれたシンポジウムについての第1印象としては、参加国による発表とパネルでの議論を通して、大半の参加者がシンポジウムの目的を理解し、その結果に満足したと感じた点です。その意味では、シンポジウムは成功でした。しかし同時に、将来に持ち越された問題もいくつか残されました。当然、このシンポジウムは来年開かれるWWF3のプレ・イヴェントですので、議論の結果を来年のフォーラムで実際にどのように展開するか討論する必要があります。ひとつの提案として、議長の提示した文書に従って、そこに述べられている水政策の内容について検討していくのが良いのではないかと思います。そして、それらの政策提言を本フオーラムに伝える必要があります。それらの政策提言は、農業の水使用における革新的な活動を生み出す上で効果があるのではないでしょうか。 
クスム まず、実務的なことの印象として、当日は時間がかなり足りなかったように思います。それを補足するために、フォーラムで議論される内容を事前にe-mailで送ることができれば、少しでも考える時間を持つことができ、当日に意見を述べたりまとめたりするための時間の不足を補うことができるのではないかと思うのですが。2番目は、政策提言を行う必要があるという発言がありましたが、よく吟味する必要があると思います。国によって違いますが、例えばスリランカにおける女性の水専門家フォーラムを通して分かったのは、特に灌漑・水管理省が行っていることとは内容の理解に相当な隔たりがあったということです。
 灌漑技術者でない私にとって、このフォーラムは、赤や黄色や青の交通信号のようでした。灌漑の専門家でもないのに規則を決める意思決定者に抗議するのは難しいことです。専門外の私のような者が、こうしたフォーラムに参加した満足感を得るには、吉永さんがいわれたようにネットワークを広げて、専門外の多くの人も内容を理解して、問題に取組めるようにしなければならないと思います。
タンジ プレ・シンポジウムの印象としては、1日で余りに多くの内容が扱われたことがまず挙げられます。先進国では環境、エコロジー、地方の生活が議論の中心であるのに比べて、発展途上国では食料生産が焦点になっていると思われます。こうしたことを明らかにするためには、プレ・シンポジウムで扱う対象とその重要度についての意見を述べる各国からのパネリストによる、パネルディスカッションをすれば良かったのではないでしょうか。そして、このパネルディスカッションの進行を、できれば記録して文書化されると良いと思います。
 滋賀県の視察については、私が前回ここを訪れたのは1984年のことで、今回再び訪れて変化している点が数多く見られました。商業的開発や都市開発が盛んに行なわれていると同時に、琵琶湖沿岸地域では、20年前には存在しなかったビニール・ハウスやガラス・ハウスによる温室栽培の野菜やブドウ園も見られました。一方、水田農業はまだ盛んに行われていたことにも驚きました。地方人口が減少していると聞いて、この先問題が発生することになるのではないかと思いました。若者は今は水田農業をしていても、将来は週末でもしたくないと思うようになるのではないでしょうか。したがって、このままではこのようなすばらしい環境を、いつまで維持できるか分からないのではないでしょうか。
 このような点で、視察はたいへん興味深いものでした。日本はいつも地方の開発に熱心ですが、他の国ではそのようなことは余り見られません。村落と田畑の両方に関する環境整備の手助けをする、農村振興局のような政府機関が存在しないためです。ですから、日本から学ぶべきことはたくさんあります。
 このような点で、シンポジウムも視察も共に成功だったと思います。多くのことを学ばせてもらいましたし、新しい友人もたくさんできて感謝しています。その他の点については、また後で述べさせていただきます。
タッテ シンポジウムの印象については、パネル・ディスカッションの最後の発言で述べましたが、タンジ教授も述べておられたように、しっかりと組立てられ非常に良くまとまったものだったと思います。日本では大抵そうですが、私が興味を持っている問題を取上げていただき主催者に感謝しています。
 その他の私の印象については、自己紹介で少し述べていますので、ここでは繰り返しません。ただ、少し残念なこととしては、主催者は、インドやパキスタンのような南西アジアモンスーン地域のコメの大生産地である国々も参加させるべきでした。彼らが参加していれば、アジアモンスー地域の稲作に関する議論が、もっと豊かなものになっていたのではないでしょうか。スリランカからの論文は有りましたが、将来はこうした国々やバングラデシュ等の論文も含めて紹介することも必要でしょう。
 視察については、この先検討すべき色々な問題を垣間見ることができました。農業から離れて工業部門に入っていく人が増えており、出稼ぎ農家になりつつあります。もちろん、これは発展途上国でも起こっていることですし、将来これらの国々でも人々が大規模な形で農業から離れていくことになるでしょう。この意味で、将来の農村地域の動向と対処すべき方策の方向を把握できたと思います。つまり、これからはもっと良い方法でお互い協力していく必要があり、このプレ・シンポジウムがそのことを指し示す役割を果たせたのではないかと思います。
谷山 私はプレ・シンポジウムの印象というよりも、テーマとなった「モンスーンアジア水田かんがいの多面的機能」について述べたいと思います。この水田の多面的機能は、日本だけでなく、アジアの数カ国でも十分発揮されているのではないかと思います。プレ・シンポジウムを聞いていて、いくつかの国でも既に水田灌漑システムの持つ多様な機能への理解が進みつつあるのではないかと感じました。
 この多面的機能は、もちろん日本だけではなく韓国、台湾などのアジアの先進国でも非常に重要ですが、長期的には、途上国においてこそ重要になってくるのではないかと思っておりましたが、改めてその意を強くしました。これらの国では、先進国がたどったように、今後、経済成長による都市化の影響で農地が都市的用途に転換され、汚染水が農地・非農地を問わず、排水溝や河川に流入して水質問題、汚染問題を引き起こすからです。これは、私のICID副会長とは別の現在の立場での気持ですが、こうした水質問題にできる限り早期に対抗措置を講ずる必要があると思います。いささか脱線しましたが、このような意味で、このプレ・シンポジウムは、水田灌漑システムの多面的機能を広く理解してもらう上で非常に有益なものでした。その点について、あとでもう少し述べさせていただきたいと思います。
吉永 その点については、私からも述べさせてください。「多面的機能」(Multi Functionality)は最近世界的な課題になっており、OECDでは「農業の多面的機能」(Multi Functionality of Agriculture)、FAOでは「農業の役割」(Roles of Agriculture)という言い方をしており、このシンポジウムでは「水田灌漑の多面的機能の発揮」(Multi Functional Roles of Paddy Field Irrigation)という新しい言い方をしています。それぞれ異なる言い方がされていますが、根本の意味はだいたい同じものだと思われます。そこで、その意味を正確に定義した方が良いのではないかと思います。そうしないと、関係者に混乱を与えることになります。私は、本シンポジウムに関しては「水田灌漑が提供できる機能の外部的な役割」(External roles of functions that the paddy field irrigation can provides)といったように、定義できるのではないかと思います。 
中村 多くの意見をいただきありがとうございます。とても重要な提案も数多くしていただきました。
 皆さんには、自己紹介に続いて、今後の方向も含めプレ・シンポジウムへの印象をお話ししていただきました。吉永さんは、他の機関との協力を強調され、クスムさんは、ネットワークで政策決定者への積極的アプローチを行う必要があるといわれました。タンジ教授は、1日では短すぎて発言を準備するのが難しいといわれました。谷山さんからは、水田灌漑の多面的機能への理解についてのお話しがありました。ということで、プレ・シンポジウムのテーマについての議論に少しずつ入ってきましたので、このテーマについて各自にもう1回発言していただきたいと思います。最初に、多面的機能について口火を切っていただいた谷山さんにお願いします。 

3.プレ・シンポジウムのテーマについて

谷山 プレ・シンポジウムのテーマとなったように、アジアモンスーン地域では水田灌漑は非常に重要な問題です。私はまず、灌漑に関する2つの課題について提起したいと思います。第1は、持続可能性から見た将来的な世界の食料貿易についての課題です。第2は、水不足とそれによる生態学的課題です。
 まず、世界の食料貿易についてですが、20世紀後半を振りかえると、人口増加より食料生産の方が大きな率で増大しました。これは、肥料の改良と灌漑の整備によって実現されました。しかし、これからの21世紀はこれまでのように人口増加に食料生産が追いつくのは非常に難しいと思います。21世紀の世界人口は、100億人になると推定されており、途上国の経済も拡大していきます。途上国の経済成長と人口増加によって、食料需要は急激に増大していきます。その反面、水不足、土地の乱開発、環境問題などで生産量は20世紀ほど増大させることはできないでしょう。その結果、世界の食料生産が将来のニーズを満たすことができなくなるのではないかと考えられます。
 一方、将来の作物の状況、食料需要の増大を考えると、世界は2つのグループに分かれることになるかも知れません。将来は、米国、カナダ、オーストラリアなど少数の大規模生産国だけが食料自給を達成して、輸出する能力を持つことになるかもしれません。こうした国々に対して、アジア、アフリカにおける大半の途上国は自国の生産が追いつかず食料を輸入しなければならなくなるかも知れません。
 したがって、食料の貿易量増大とともに生産地の偏在化も進んで、価格高騰を引き起こすかも知れません。このため、大部分が途上国である食料輸入国は、輸出できる国に多くを依存しなければならなくなります。こうなると、食料の移動は経済援助に基づいて行われるのが主流となり、そのような状況では自由市場は壊れることになるのではないかと思います。
 また、もともと食料生産は、自然災害や異常気象の影響を受けます。自由な食料貿易を目指すWTOの数多くのプログラムがあるものの、このような食料生産が偏在化した状況では、結果的には、世界市場はたとえ拡大しても、非常に不安定なものになるでしょう。このため、どの国や地域も当てにすることができなくなり、自分たちの能力に応じて食料を生産しなければならなくなります。1998年の輸出入状況を見ても、アジア諸国とアフリカ諸国が北・中央アメリカおよび欧州から大量の食料を輸入しています。大豆の輸出入では、欧州とアジア諸国が輸入国で、北・中央・南アメリカが主要な輸出国となるなど、すでに偏在化が進みつつあり、異常気象などによる突発的な食料危機が心配されています。
 2番目の問題は長期的な視点からの水不足で、これは水田灌漑の多面的機能にも関係します。21世紀には、北アフリカや中国の北東部、東部、北部、中央部などの地域では、水不足が深刻になることは明らかです。もちろん、将来の水不足に備えて農業などの部門によって効率的な水利用を推進する必要があります。しかも、それに加えて水利用は環境保護と調和しなければならないという点を、特に述べておきたいと思います。アジアモンスーン地域では、この環境との調和は、水田灌漑の多面的機能に基づかなければなりません。プレ・シンポジウムで議論されたように、肥料散布への規制、適正な水管理、人口抑制が実行されれば、アジアモンスーン地域の水田灌漑は、汚染した水を浄化する能力を発揮し、排水も良質の水資源になります。さらに、水田は渡り鳥を含めた生物多様性と安定した生態系を維持することにも役立ちます。
 残念ながら、このような意見は世界の人々にまだ十分には認識されていません。このプレ・シンポジウムは将来の水田灌漑の多面的機能について理解する助けになることはもちろん、私が関心を持っている生態系維持のプログラムにも理解を深める機会でもあったと思います。繰り返しになりますが、21世紀には水の需給状況は厳しくなることは必然です。それに備えるためにも、水利用は水を取り巻く環境と調和させなければなりません。そしてこの調和は、特にアジアモンスーン地域では水田灌漑の多面的機能に基づく必要があります。
タッテ 今回の議論では、世界の灌漑のなかでの水田灌漑の位置付けと役割、水資源利用における灌漑のあり方に関する問題を提起されたのだと思います。その課題は2つあるようです。1つは、アジアではコメが全生産の90%を占めているため、コメの水田灌漑が重要であるということ。もう1つは、すでに述べたように、将来はコメの水田灌漑だけに焦点を当てるべきではなく、灌漑部門全体について話し合う必要があるということです。これは私の個人的見解で間違っているかも知れません。「分割支配」は植民地時代に採用されていた政策です。我々はそのような方法を取るべきではありません。灌漑を全体的に検討すべきです。水田灌漑だけを取上げると、自分たちで作った罠にはまってしまう可能性があります。持続可能な農業のための主要な分野として灌漑、排水、洪水調節など、あらゆる方向から計画しなければなりません。そうしなければ、困難な事態を招くことになります。
 また、パネルでの締めくくりとして述べたことですが、貧困と飢餓という地球上の2つの重要問題に注目する必要があります。この2つの問題は、全力を傾けなければ容易に解決できない問題です。西欧先進諸国では、貧困と飢餓という言葉を決まり文句のように使っています。この言葉を使えば、プロジェクトがすぐに承認されます。だから、そうしようというのではありません。我々は独自の観点からも、真剣に考えなければなりません。それが、今後10年間の「世界食糧計画」の目標です。この2つの問題を重点的に考えなければならないと思います。
 残念なことに、灌漑部門は少なくともここ5年間Sandra Postel や Mccullyなどの著書によって、批判の対象とされています。そこには、灌漑部門に対する誤解があります。我々は、国際社会のなかで、まだ正しいアプローチができていないのかもしれませんし、正しい理解を得るための活動ができていないのかもしれません。そのような批判に対して、まだ効果的に対抗できていません。WWF3において、それを最重要問題として取上げなければなりません。
 これまで10の国際機関と行った対話においても、その展開にいささか不満を持ちました。そこでも、対話を推進するというより、灌漑部門を批判することに終始していました。本来ならば2つの部門を結びつけるために対話が行われるべきです。例えばIIMIの場合にはIIMI(International Irrigation Management Institute)からIWMI(International Water Management Institute)に、つまり灌漑から水に重点が移動しました。今では、水からも離れていますが、それは残念なことであるとともに間違っています。灌漑、食料、農業に関する研究を誰が担っていくのでしょうか? 最初の義務を追究し、灌漑農業部門の技術、科学、工学を大きく向上させるためにIIMIが必要なのです。 その上で、世界の全体的水問題を話し合う際に、これらの問題を扱わなければならないと思います。今後20〜40年にかけて、灌漑が重要な役割を果たすことは間違いありません。それが目標であって、今後10年間で何かできなければ我々の負けになります。
中村 タンジさん、お願いします。
タンジ 途上国は食料を確保するために援助を必要としており、貧しい国ほど水田灌漑の多面的機能に積極的な側面がたくさんあることを示しています。しかし、作物収穫量を増加させることに大きく関心が持たれているため、水田灌漑に多面的機能の役割を見出すといった測面は余り強く見られません。この多面的機能について理解を得るためには、肯定的な面と否定的な面に関する、もっと多くのデータを必要とします。しかし、作物の生産に重点が置かれた場合、まともに扱われない問題があるのではないかと常々感じています。谷山さんも指摘されたように、作物を生産する場合は、環境に対する否定的な影響があり、生産を強化すればするほど、その影響は大きくなります。こうした方向に向かわないためには、灌漑に対する資本投下を増やす必要があると思います。食料生産を増やすためには、主要農地および水利の量と質の両面における改善が不可欠でしよう。
 皆さんが指摘されているように、一般的に水資源が不足してきていることは周知のことだと思います。開発された水の75%は農業に使用されていますが、上水道や工業用水の他、発電、航行、漁業、野生生物保護、リクレーションといった他部門での必要性が増大しています。
 これに加え、私が最近気にしている大きな問題は、国際河川の水源問題があり、それはますます大きな問題になりつつあります。ヨルダン川の問題、また、ナイル川では将来、上流の開発において問題が発生します。米国ではメキシコの問題を抱えています。コロラド川はメキシコに流れる前にほとんど干上がっています。これは非常に複雑で解決が困難な問題です。
 乾燥地帯の灌漑農業に関していうと、私の長年の経験からすると、ダムの建設コストは高騰しており、生態系や上流・下流共に水に対して悪影響を与えるという問題が常にあるため、灌漑を拡大するのは難しいと思われます。他の水源は、いうまでもなく地下水です。そして、乾燥地帯で地下水を利用すると、地下水の過剰汲水につながり、塩水を浸透させて水質の低下をもたらします。このことから、モンスーン地域に注目しています。少なくとも私の考えでは、アジアモンスーン地域は灌漑農業を拡大するのに最も適しています。そのためには、水田灌漑だけではありませんが、貯水池や河川の取水堰をもっと増やす必要があります。世界の灌漑に関して、アジアモンスーン地域の灌漑農業の有利性をもっと強調する必要があるでしょう。
 既存の灌漑プロジェクトでは、水利用効率を高めて、回復できないような損失を、それによって減らすことが可能だと思います。米国でも、いまだに流れがはっきりしない運河があり、浸出による損失をもたらしています。運河からの浸出は地下水に流入するので有益であるという人もいますが、浸出水の水質が良く海水の塩分が入りこまない場合に限ります。ヘイドス帯や飽和帯に海底堆積物が混入していると、浸透水には塩分が含まれることになります。耕地の灌漑水路の長さを短縮するなど、農地レベルでの効率を高める方法は色々あります。カリフォルニアでも、半マイルの灌漑溝を4分の1マイルに短縮して配水の統一性を向上させるなどの効率化を行なっています。方法は色々あります。また、灌漑を行う者を訓練して、その数を2倍にすれば多量の水を節約できます。しかし、そのための努力が必要です。
 米国西部では、灌漑用水を転用して都市圏に給水しています。カリフォルニアでは水不足のため、農業用水がロサンゼルスに販売され1600万人の需要を満たしています。国内の水価格が上昇すると、農家によっては、作物を栽培して殺虫剤関連規則に従い、灌漑農業による利益を得る代わりに、金もうけのために用水を販売してしまう選択をします。それが問題です。
 水不足になると、灌漑農業では、質の悪い水や排水を再利用する必要があります。最低限品質の限界水を利用する機会は色々あります。私の以前の生徒が質の悪い水の使用に関する研究をしましたが、それによると、通常水から限界水に変えると、土壌に塩分がたまり、作物栽培のパターンを変更する必要が出てくることがあります。したがって、特に根の部分や地下水面の調査を増やす必要が出てきます。限界水を使用する場合は、水管理を強化する必要があるわけです。
 このように、灌漑用水の効率的な利用のための色々な研究を進めているのにも関わらず、我々は水を浪費していると受け取られているため、農業用水サイドは本当に困っています。我々は開発された水源の75%を利用しており、その水を効果的に利用しているかかどうか知らせることが必要です。このような受け取られ方を是正するためにも、PR(Public Relation)と教育とが必要だと思います。
中村 非常に興味深いお話でした。では、クスムさん、お願いします。
クスム 灌漑部門は多くの人から誤解されています。タンジさんのお話しの最後に出てきたPRという点について、述べさせていただきます。灌漑部門は、PRと説得の能力に欠けていることでは有名です。それは極めて重要な問題ではないかと思います。人々を説得しようと思えば、色々なレベルで力点を変えながら集中的なPRを行う必要があります。どこに違いがあるのでしょうか。私は、100万の卵を生みそのことを黙っているサケと、1個の卵を生みそのことを世界に訴えているニワトリの違いであると、いつもいっています。この灌漑部門では多くの成果をあげていますが、その成果が外部の世界に知らされていません。
 そのほかの意見については、私はここでは唯一の社会科学者ですので、灌漑や排水について話すつもりはありませんが、人間の努力や能力との関係を話してみたいと思います。スタディツアーで滋賀県甲良村を視察した際に気付いたことは、私の勘違いであればいいのですが、そこは地域社会として持続可能ではないのではないかということです。事業の成果を見せられても、人々はそこに長く生活するつもりはなく、人口が減少しているという現実があります。スリランカを除き、これはアジア全体に合てはまる、極めて重要な問題です。スリランカはまだ、かなり大きな農村地域を維持しています。我々は、都市への移動に幾分神経質になり過ぎているように思われます。農村地域でサービスセンターを利用できれば、人々は都市圏に住みたいとは思わないでしょう。
 スリランカの農村地域にはまだ60%の人々が住んでいます。以前は70%でしたが。とはいえ、水田灌漑の多面的機能という考えを強力に推進しないと、都市への移動の流れを食い止められないという訳ではありません。水田灌漑の持続可能性については、地域住民を説得して、そこに留まらせるためには、極めて重要な問題です。灌漑と排水の問題は、人間的・制度的な問題より、取り組みやすいものではないかと思います。そのような意味で、灌漑と排水の問題を、社会的、環境的、制度的、法的といった、さまざまな次元を包括して、全体的に再検討する必要があるのではないでしょうか。
中村 ありがとうございました。続いて、吉永さんお願いします。
吉永 ご存知のように、水はさまざまな領域にまたがる問題です。つまり、さまざまな関係者のさまざまな利害に関わる問題だということです。そのため、関係者を調整して解決するのは至難の業です。これは、農業用水についても当てはまることです。農業における水の使用問題が、今年8月にヨハネスブルグで行われる「国連持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD:World Summit on Sustainable Development、通称・ヨハネスブルグサミット)及び来年のWWF3における重要議題であるのは当然のことです。そして、農業用水の全ての関係者は、それらの会議で重要な役割を果たすことが期待されています。
 重要なことは、このような国際会議で明らかにすべきことは、水田での水再利用システムを紹介するなど、他の関係者に農業における効率的な水の使用法を、どのようにして理解してもらうかということです。しかし、農業では淡水を使用することが主流であるにもかかわらず、農業以外の関係者に農業用水の使用法を説明するのは困難なことがあります。
 そこで、国際会議では淡水に関するどのような政策を議論すべきかという点について、提起したいと思います。まず、食料生産、食料確保、貧者に対する供給のために、水が如何に重要かという点を強調しなければなりません。また同時に、アジアモンスーン地域の国々が農業と生活において、水の効率的な使用法をどのようにして開発してきたのかという点を力説しなければなりません。これらの点について、明確なメッセージを、この会議に参加する政策決定者に伝える必要があります。
 もうひとつの課題は、タンジさんも指摘されましたが、水に対する投資についてです。昨日のパネルでも述べたように、国内的にも国際的にも、水への投資はますます減少しています。その一方で、食料生産を増大させ、貧者に水を供給し、農村地域の生活を向上させるために、多くの国が水を必要としています。このような状況で、水に対する実際の投資と食料や農業のための水に対するニーズとの矛盾に直面しています。この問題を、水に関する国際会議で真剣に取上げる必要があります。
 この観点から、FAOが2002年6月10―13日に開催する「国際食料サミット」でも水の問題を取り上げます。サミットにおけるテーマのひとつは「飢えと闘うための資源の準備」です。ミレニアム宣言の目標を達成するために、土地および水に対する投資に関する問題を議論します。
 同宣言の目標は、2015年までに飢えと栄養不足の人口を半減させることです。水への投資を増大させる必要性を提案する場合、食料確保、農業、貧者への供給の重要性を基本に置かなければなりません。サミットでは、このメッセージを政策決定者に明確に伝える必要があると考えています。
中村 ありがとうございました。一巡しましたので、ここで暫く休憩したいと思います。

(次号へ続く)
第3回 世界水フォーラムのお知らせ

●世界水フォーラムとは? 
「水をめぐる紛争」「水不足」「水質汚濁」「洪水」……など、世界には水に関する課題が満ちあふれています。世界水フォーラムはこのような問題を解決するためにスタートしました。今回、京都を主会場に、滋賀・大阪で開催される第3回世界水フォーラムは1997年のマラケシュ(モロッコ)、2000年のハーグ(オランダ)に続いて、アジアでは初の開催となります。水に関することは、私たち人類が生きてゆく上での大きな課題です。
この「第3回世界水フォーラム」は、
  ☆オープンな会議
  ☆参加する会議から、1人ひとりが創る会議へ
  ☆議論から具体的な行動を実現する会議へ
を理念に、水に関する意見の違いに関わらず誰もが参加でき、参加者の創意工夫が生かされる会議です。読者の皆さんも参加されては如何でしょう。
●開催場所 
《京都》
フォーラムメイン会場:国立京都国際会館/京都宝ヶ池プリンスホテル
「水と文明、水と文化」フェア会場:みやこめっせ(京都市勧業館)
《大阪》
フォーラム分科会会場:グランキューブ大阪(大阪国際会議場)
水のEXPO:インテックス大阪
《滋賀》
フォーラム分科会会場:大津プリンスホテル、びわ湖ホール
びわ湖水フェア会場:県立体育館、なぎさ公園、ピアザ淡海
●開催日程 
 2003年3月16日〜23日(クリックでスケジュール表参照)

*詳しくは第3回世界水フォーラム事務局 ホームページ http://www.worldwaterforum.org/jpn/


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