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(PHOTO:エチオピア)
特集 持続的農業開発と
栄養不良人口の削減に向けて |
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開発途上国の農業に対する投資についての再考 |
〜栄養不足人口の削減に向けて〜 |
FAO(国際連合食糧農業機関)農業局 土地・水開発部 部長 吉永健治 同技術協力局 政策支援部 プログラム分析官 渡邉和眞 |
FAOは、1996年にWFS(世界食料サミット)を開催し、世界の栄養不足人口8億3000万人(1990/92年を基準)を2015年までに約4億人に半減すると宣言した。その後、開発途上国による経済発展および生活条件の改善の努力にもかかわらず、食料不安(food insecurity)や栄養不足人口はいまだに普遍的に存在し、減少の速度は極めて緩やかである。さらに、将来における人口増加の可能性は、貧困人口および飢餓人口の削減が求められるアフリカ諸国をはじめ開発途上国に集中している。 WFS宣言の目標を達成するためには、多くの開発途上国における主要な経済活動である農業に対する投資の重要性を見直し、とくに貧困人口および弱者グループの食料に対するアクセスを改善することが必要とされる。 本稿では、こうした背景を受けて、開発途上国における灌漑を含む農業部門に対する投資の実態と適正な分配について、栄養不足人口の削減および食料安全保障の観点から再考する。尚、本稿での引用や資料はFAO(主として、FAO , 2002 , 2000;タイトルなどは本稿末の引用文献参照)に基づいているが、以下の記述のすべてがFAOを代表するものではない。 |
I.栄養不足人口とWFS宣言の目標 |
1.栄養不足人口の分類と分布 図1は、全人口に対する栄養不足人口の比率の程度に応じて世界各国を5つに分類(図の凡例を参照、また以下の分類も同様)したものである。それによると栄養不足人口は南・東南アジア、アフリカ、南米に集中している。分類5に25カ国(うち18カ国はサブ・サハラ諸国)、分類4に27カ国、分類3に34カ国が属し、分類1に入っている国は先進諸国である。 2.WFS宣言の目標 |
III. 灌漑に対する投資と食料供給 |
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1.灌漑農業の役割 灌漑は不確定な降雨を補完できる有効な手段であり、食料生産にとって重要な手段である。農家は、灌漑により農業生産に伴うリスクを回避でき、高生産性の種子を用い、肥培管理や病虫害管理に投資を行い、生産性の向上を図ることで農家所得を増加することができる。1997/99年において、開発途上国の灌漑面積は全耕作面積の約20 %を占め、全作物の約40%、穀物の約60 %の生産に寄与している。 図5に示すように、灌漑農業は天水農業に比して消費水量当たり2倍以上の生産量をもたらす。粗放的(低投入)な灌漑農業でさえ集約的(最適投入)な天水農業より生産性が高い。開発途上国における将来の人口増加を考慮すれば、灌漑農業の農業生産における役割は依然として大きい。 しかし、灌漑農業が天水農業よりも食料供給に貢献しているわけではない。世界的に見れば、天水農業は全耕作面積の約80%を占め、全作物の約60%を供給している。サブ・サハラ諸国のような少雨熱帯地域では、天水農業は95%以上の面積を占める。灌漑開発は、これらの地域ではコストがかかり、経済的に採算が取れないことが理由のひとつである。 ※図をクリックするとPDFで表示します
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IV.農業投資の減少傾向の逆転に向けて |
栄養不足人口の多い国は、そうでない国に比して、低い所得水準、低い資本・労働比率および低い労働生産性で特徴づけられる。これらの国では、栄養不足人口の削減のために必要なコストをカバーするために国内投資や国外投資が必要である。とくに、低所得の債務国においては国外投資が必要であるにもかかわらず、農業に対する国外投資は上述したように減少傾向にある。しかも、開発途上国へ流入する外国直接投資(FDI)や民間投資のうち、農業部門や食料生産に配分される額は少ない。 農業への投資が、国内および国外を問わず、減少している背景として、さまざまな要因が考えられる。その主な要因として、開発途上国における財政的困窮、農業投資に対する低い便益、健康や教育など公共財やサービスに対する優先度の変化、大規模開発適地の減少と環境保全とのコンフリクト、民族闘争や戦争、開発援助にかかわる賄賂行為などをあげることができる。さらに、極端に不平等な財産の分配、とくに土地所有の不平等、市場へのアクセスの欠如、良い統治および適切な制度の不在なども投資の機会を大幅に制約している。 さらに、多くの開発途上国の農業投資の大半は国内投資であることを考えると、まず開発途上国自らが農業投資に対して適切な見直しを行う必要があろう。それは限られた投資でいかに効果的な便益を得るか、といった観点から進められるべきである。たとえば、既存施設の機能改善や改修、小規模農家を対象とした低コストの灌漑施設の供給、農産物の市場開拓やマーケティングなどは、そうした投資の対象といえる。また、公的機関はこれらの分野に対する民間投資を促進するための環境整備やインフラ、法律、安全などの公共財やサービスの提供を行う必要がある。一方、ODAをはじめとする国外投資は、食料不安の高い諸国にとって国内投資を補完するものとして、適切な援助の規模や対象について再考する必要がある。 |
V. 結語―栄養不足人口の削減と農業部門への投資― |
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栄養不足人口の削減に取り組むことは、結果的には貧困人口を削減することに他ならない。 栄養不足人口を削減するために必要な財政的コストは、栄養不足人口を放置しておくことにより生じる経済的コストよりはるかに少ない。それは、栄養不足による病気に対する健康手当て、低い労働生産性や低い経済発展、環境への悪影響などによる機会費用を考慮すれば明らかであろう。 WFS目標の達成のためには、食料不安および栄養不足問題の背後に存在する政治、社会および経済的問題に対する具体的な行動が必要とされる。これらの問題には、不平等な資産の分配、不十分な人的能力の開発、停滞する経済、低い労働生産性、ジェンダーや人種問題、病気(HIV/AIDS)、戦争などが含まれる。多くが開発途上国自身の問題であり、これらの問題に取り組むために国内の政治、社会および経済的な環境を自ら整備することが優先課題である。そうした環境整備なしには、投資や支援による効果が得られないことは過去の教訓から明確である。一方、国際社会の行動として、土地や水など基礎的な生産要素に対するアクセスの改善、持続的な農業の開発のための投資、病気や災害に対する予防と早期警鐘、および援助の効果に対するモニタリングの確立などが必要とされる。 開発途上国における灌漑開発が、貧困の撲滅、栄養不足人口の削減あるいは食料の安全保障の確立にいかに貢献できるだろうか。開発途上国の人口の多くが農村地域に集中し、生計を農業に依存している。しかし、農民の多くは小規模土地所有者であり、土地なし農業労働者である。彼らの所得は、土地や水へのアクセス、生産物のマーケティングと価格、教育や健康に対する社会サービスからの最低限の便益などが得られてはじめて実現する。 とりわけ、土地および水へのアクセスの改善は、農民が食料を生産し、所得を得て、飢餓から脱する機会を提供する。しかし、いくつかの例に見るように、灌漑地区が大地主によって占められ、生産物の市場が地域外であれば、便益は地域内に還元されることなく、地域の貧困者の食料の安全保障に貢献することは少ないであろう。灌漑事業は地域の特性に応じて多様であり、市場の需要に対応でき、農民の参加のもとで運営されるべきである。また、小規模土地所有者や貧困者に対して、経済的に維持管理が可能であるべきである。既存の大規模灌漑についても、改修や機能改善により効率性の向上を図り、また水組合に維持管理を移管するなど、地域農民が便益を享受できるような対応策が求められる。そうして、こうした観点から、灌漑を含む農業投資については検討されるべきであろう。 《引用文献》
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世界の食料安全保障と資源・環境制約 |
農林水産省 農林水産政策研究所 政策研究調整官 嘉田良平 |
1.食料サミット5年後会合からのメッセージ |
さる6月10 〜13日にかけて世界食糧農業機関(FAO )の本部が置かれているローマで、「世界食料サミット5年後会合」が開催された。ここでは多くの国々から、1996 年の「世界食料サミット」で掲げられた2015 年までの栄養不足人口の半減目標が計画通りに進まなかった原因として、経済成長の鈍化、マクロ経済の不安定性、人口抑制の困難さ、農業成長の鈍化、自然災害の多発などが指摘された。 栄養不足人口の減少状況に国によって差異が生じた原因として、経済成長の程度、マクロ経済の安定性、人口抑制、農業の成長、自然災害への対応、グローバル化への対応、農業投資の動向などが指摘された。世界食料サミットの目標達成のためには、経済成長、なかでも農業部門の成長、市民社会、とくに女性やNGO の役割の強化、貿易自由化、自然災害への対応について言及があった。またさらに、WTO閣僚会合を踏まえ、途上国が貿易を通じて経済成長が可能となるよう、先進国の市場開放、国内補助金の撤廃を求める意見も述べられた。 とくに、アジア太平洋地域の国々では、経済成長と相応して、農畜産・水産物の需要が増加しているが、需要の増大から恩恵を受けているのは大規模な生産者や加工業者、とりわけグローバルな活動を広げてきた多国籍食品企業が多く、小規模な農家・漁家の所得向上に結びついていないこと、また、貧困層の参入に当たっては、必要な資金の確保、技術の習得の面で困難な場合が多いことが指摘された。一方、大規模畜産・漁業は、環境的および衛生的な問題を惹起している場合がある。農畜産・漁業は、色々なレベルの食料安全保障に対して正負両面の影響を及ぼすため、各国は貧困層が畜産・水産業分野に参画できるように、政策を転換していく必要があり、FAO や日本などの先進国もこれを支援するべきとされたのである。その際、家計(household)や集落レベルでの食料・栄養の安全保障の確立とその前提となる貧困の解消は不可欠であり、持続可能な開発の重要性が再確認されたといえるであろう。 |
2.地球環境問題と食料とのかかわり |
食料問題は、地球環境問題とならんで、21世紀前半における人類の最重要課題の一つである。たしかに、第二次大戦後、世界の農業は驚異的な技術進歩をとげた。にもかかわらず、世界の栄養失調人口(あるいは飢餓人口)は一向に減らず、今日なお約8億3000万人の水準で推移している。さらに、近年とくに、食料生産に対する環境変動の影響が世界各地で顕在化しつつあり、将来に向けて暗い影を落としている。 環境と農業との関係を見ると、地球温暖化などの環境変化による農業生産への影響にはプラスとマイナスの両面の影響があるため、食料予測についての見解は専門家の間でも分かれている。しかし、気象変動などの不確実性の高まりを考慮すれば、世界の農業が今後さらに増大し続ける人口に対して、食料を十分にかつ安定的に供給できるという保障はまったくなく、むしろ大いに危惧されるところである。 しかも、近代農業は20 世紀半ば以降、地球環境悪化の一つの原因を生み出してきたのである。先進国における大規模で機械化の進んだ商業的農業においては、単作化や連作にともなう化学資材の多用、エネルギー集約的な農法の採用によって、土壌侵食や水質汚濁、地下水の枯渇、食品安全性に対するリスク増大などの問題を引き起こしてきた。わが国においても、単作・連作化に起因する過剰施肥や農薬の過剰な投入、多頭飼育による畜産からの廃棄物など、農業が環境に及ぼす影響はすでに各地で問われている。 |
3.途上国の食料展望をどう見るか |
発展途上国の場合は、食料安全保障の面で事態はもっと深刻である。たとえば、過耕作や過放牧に起因する土壌侵食や砂漠化によって生産力を失いつつある土地面積は毎年、数百万ヘクタールに上っているが、大半は貧しい途上国に分布している。さらに、農村の貧困化は都市への貧民の流入を引き起こし、社会不安を増大させ、都市環境を悪化させている。 20 世紀の半ばから始まった人口爆発ともいうべき急激な人口増加の中で、発展途上国では耕境の外延的拡大と単位面積当たり収量(単収)の増大によって食料を確保しようとしてきた。また先進諸国では、畜産物偏重への食生活パターンの変化がオリジナルカロリー消費の増大を引き起こし、これに対応するため、化学資材およびエネルギー多消費型の農業の集約化によって食料生産を増強し続けてきた。このような懸命な努力の結果、現在の世界全体の食料生産量は、地球上に現存する人口を養うに必要な大きさにまで拡大してきた。 しかしながら、食料の分配面に目を向けると、世界のすべての地域で農業生産が順調に発展したり、食料問題が解決されてきたわけでは決してない。アフリカでは過去20 年以上にわたって、1人当たりの食料生産が減り続けているのが現実である。 他方、中国やインドネシアをはじめとして、人口が多く経済成長の著しいアジア諸国では食生活の向上とともに近年、かつての食料輸出国が次々と食料の純輸入国へと転じている。人類は全体としては、食料不足とその不安から決して解放されてはいないのである。 それどころか、今後の人口増加と食料需要の急増に対して、はたして地球が人類を養っていけるのかどうか、全く予断を許さなくなってきた。FAO の推計によれば、増え続ける発展途上国の人口を養うためには、21 世紀前半の50 年間に現在の3倍程度の穀物増産が必要になると予測している(表1参照)。だが、楽観的に見積もっても、世界全体で2020 年までに増やせる農地は1億ヘクタール以下であり、必要とされる農地拡大面積(1億7500万ヘクタール)の半分程度に過ぎない。むしろ、世界各地では農地の潰廃がさらに進行しており、乾燥地域での塩害(塩類集積)や砂漠化、非乾燥地域での土壌流亡などで土壌の劣化が進行している農地面積の割合も、ほとんどのアジア・アフリカ諸国で4割近くにも達している(図1参照)。 |
表1 FAOによる食料需要の予測(2050年/1995年) |
アフリカ | 中南米 | アジア | 北米 | 途上国 | 先進国 | 世界全体 | |
人口の増加 | 3.14 | 1.80 | 1.69 | 1.31 | 1.95 | 1.02 | 1.76 |
食生活の変化 | 1.64 | 1.07 | 1.38 | 1.00 | 1.40 | 1.00 | 1.28 |
全 体 | 5.14 | 1.92 | 2.34 | 1.31 | 2.74 | 1.02 | 2.25 |
資料:FAO「食料需給と人口増加」(1996年). |
4.求められる水資源の持続可能性 |
食料の増産に不可欠な水資源の不足は、世界各地で深刻化している。水不足からくる国家間の水争いは、21 世紀の重大な社会問題となるとさえいわれている。しかも、単収の増加についてもほとんどの発展途上国で増大のペースは大幅に鈍化しており、品種改良などによる農業生産の増大については、多くの自然科学者が悲観的な見通しを示すようになってきた。 アジアの食料の未来を占う上で、かつて世界中から脚光を浴びた「緑の革命」の影響について、今日的に的確に評価する必要があろう。この緑の革命とは、国際稲研究所(IRRI )などの国際農業研究機関において開発された収量の高い新品種を用いることによって、単収が2〜3倍になるという、まさに夢の技術革新であった。こうした高収量を実現するためには、新品種の導入に加えて、化学肥料や農薬を多量に投入すること、灌漑設備が十分に備わっていること、適切な肥培管理が行われること、などが重要な要件とされた。1960 年代から東南アジア各国でIR−8などの高収量品種が次々と急速に普及しはじめ、70 年代にはフィリピン、タイ、マレーシアなどで広範囲に導入され、多くの国々で華々しい成果をあげたのであった。 だが、近年、この緑の革命の評価をめぐって、影の側面が各方面から指摘されるようになってきた。一つは、この革命の恩恵を受けたのは、すべての国や農民ではなかったことである。地域ごとに見てみると、新品種導入の程度にはかなりばらつきがあり、導入されても単収がさほど伸びなかった地域もある。さらに、この新技術の導入の過程で地主層と小作農との、あるいは土地なし農民との所得格差が拡大するというマイナス面の影響もみられた。 もう一つの影の側面とは、当初の単収の伸びの大きさに比べて、近年、急速にその伸びが鈍化しはじめており、緑の革命の成果に大きな陰りが生じていることである。つまり、化学肥料や農薬をさらに追加投入しても、ほとんど単収の伸びにつながらないというケースが各地で現れている(図2参照)。集約的なアジア稲作がもたらしてきた環境問題は、土壌の劣化、塩害、病害虫被害の拡大、水質の悪化など多岐にわたっている。 以上のような農業の近代化にともなう新たな問題は、いずれも20 年以上という長期にわたる変化の結果であり、その一つの重要な要因として化学資材に過度に依存する集約的な栽培方法に注目したい。やはり、持続可能な農業・農法の採用と適切な資源管理こそが、食料安全保障の基礎となるのである。 |
5.途上国の農業・農村における「貧困の悪循環」 |
発展途上国における農業と環境の関係には、共通する重要な特徴が見られる。それは生産性が低いにもかかわらず、環境問題が多発していることである(表2参照)。 巨大な人口を抱えた中国とインドにおいては、土壌流亡、塩害、砂漠化、化学資材の多投入にともなう汚染・劣化問題が広範囲に広がっていることが示された。両国とも、食料問題解決のために生産性向上に向けた農業の近代化が積極的に推進されてきた。食料の増産は農地の外延的拡大をともない、結果として限界地における不適切な土地利用を生み、そこに長い期間を経て環境問題が顕在化するという共通のパターンが見い出された。稲作のみならず畑作・園芸生産においてはすでにかなりの量の化学肥料や農薬が投入され、土壌の劣化や汚染という問題が生じている。 他方、東南アジア諸国のなかで経済発展の優等生といわれるタイとインドネシアの例を見てみよう。熱帯モンスーン風土のもとで両国は、稲作においては緑の革命の成果を可能な限り取り込み、成長する人口と経済に対して十分な食料増産を行うことに成功した。だが、両国とも化学資材の多投入や水資源の不適切な利用によって土壌・水利面での環境問題が深刻化しつつある。農地の外延的拡張のために、国土の重要な部分を占める森林が次々と伐採され、新規に開墾された畑地における不適切な土地利用とあいまって深刻な水問題を引き起こしてきた。 以上のような発展途上国における農業環境問題のなかから、「貧困の悪循環」という構図が浮かび上がってくる。つまり、貧困なるがゆえに環境破壊を顧みずに資源を濫用し、環境破壊の結果として、さらに貧困が生み出されるという悪循環の構図である。これはとくに、多くのアフリカ諸国、中南米、南アジア諸国で深刻な問題を引き起こしているといわれる。 |
表2 アジア諸国における農業環境問題と主要政策 |
国・ 地域 |
主要な農業資源・環境問題 | 主要な農業環境政策 |
日 本 | ○家畜糞尿処理問題と閉鎖水域における水質悪化 ○残留農薬と食品安全問題 ○耕作放棄地の増大などの中山間地域での資源管理問題 |
○環境負荷軽減のための化学資材投入削減 ○IPMなど新たな農法の技術開発と普及 ○土づくり、リサイクル促進の取り組み ○有機農産物等ガイドラインの制定 ○棚田保全活動への助成 |
中 国 インド |
○土壌侵食、塩害の多発 ○森林過剰伐採と砂漠化の拡大 ○地下水位の低下、水不足、水質悪化問題 ○稀少生物種の減少 |
○一部で土壌侵食防止のための取り組みが開始される |
東南アジア 諸国 |
○緑の革命による集約化の弊害が顕在化 ○森林破壊と水不足問題 ○土壌侵食(畑地、急傾斜地) ○塩害 |
○一部でアグロフォレストリー、IPM、複合経営(輪作)への取り組みが開始されつつある |
出所:嘉田良平『世界各国の環境保全型農業』p.185, (農山漁村文化協会、1998年)より |
6.持続可能な農業・農村発展への課題 |
最後に、面積では世界の1/4にすぎないが、人口および食料生産では世界の2/3を占めるアジア農業について、今後の課題と方向性を示したい。日本は、風土的にはアジア・モンスーン気候のもとで水田農業を基礎としている。いうまでもなく3000年あまりにわたる日本の稲作の歴史は、いかに超長期にわたって水田農業が持続的であったかを見事に実証してきた。大切なことは、この長期にわたる持続性が人と自然との賢明な関わりのもとで維持されてきたという事実である。広大な森林を残し、それが灌漑水や堆肥利用を通じて、その下流に位置する水田に養分を補給し続けるという、見事な循環型・持続的システムが形成されてきたからである(図3参照)。 しかしながら、日本の現代農業に環境問題が存在しないわけではない。世界トップクラスの集約的な化学資材の投入による水質汚染や残留農薬の問題、輸入濃厚飼料依存型の畜産に起因するふん尿処理問題などによって、下流部の閉鎖水域をはじめとして、地域的に見れば環境問題はかなり深刻になっている。また、このことは食品安全の観点からは消費者の強い懸念を生んでいる。ただし、他のアジア諸国で広く見られる深刻な水不足、塩害、土壌流亡、砂漠化などの荒々しい農業環境問題は、わが国では全くといってよいほど存在しない。 日本と同様に、モンスーン・アジアの水田(灌漑)農業においては、稲作生産と人々の社会的基盤とは不可分な結合性を持っている。それは「生存のための水」であり、「生活・文化・環境を支える水」として捉えるべきものである(水谷、2002)。したがって、このことは水田稲作と農村の果たしている多面的機能の評価がいかに重要であるか、そして、コスト・リカバリーやフルコスト原理という欧米畑作型の水の市場経済化の原則は、アジアにおいては不適切であることを示唆している。水田の灌漑システムのもつ多面的機能に立脚した農業政策の展開が、求められるゆえんである。 最後にとくに強調しておきたいことは、農業の環境問題は消費者や他産業との関係のなかで論じる必要があり、消費者の理解と行動が重要なカギを握るという点である。経済発展とともに、日本の消費者はますます食生活の多様化、高級化を強めてきた。そのことは、農産物の周年供給を要求し、輸入農産物の増大にともなう輸送距離を長くし、ますます食料の加工度を高めることになった。 こうした食料消費パターンの変化は農業における土地利用とエネルギー利用、食品流通・加工段階でのエネルギー投入と廃棄物の増大など、環境問題をさらに大きくしてきたことを忘れてはならない。食のグローバリゼーションという大きな構造変化のなかで、世界のフードシステムはますます高度化し複雑化している。今こそ、食と農の距離の拡大がもたらす環境問題に注目するとともに、国産農産物の価値を再評価する必要があるのではなかろうか。同時に、わが国消費者の求める「安全・安心な食料供給」という食料の基本に立ち返って、日本農業を再構築することは急務と思われる。まさに、われわれの食卓の足元から、農業と環境を見直すべき時である。 |
〔主要参考文献、発行年代順〕 |
(1)嘉田良平『環境保全と持続的農業』(家の光協会、1990 年) (2)陽 捷行編著『地球環境変動と農林業』(朝倉書店、1995 年) (3)嘉田良平・師岡慶昇・竹中裕之・福井清一著『開発援助の光と影』(農山漁村文化 協会、1995 年) (4)ヴァンタナ・シヴァ著(浜谷喜美子訳)『緑の革命とその暴力』(日本経済評論社、 1997年) (5)是永東彦監修、農林水産省図書館編『国際食料需給と食料安全保障』(農林統計協会、2001 年) (6)「世界と日本における食料安全保障の現状と課題」特集『農業と園芸』第77 巻第1号 (養賢堂、2002 年) (7)水谷正一、藤本直也ほか「食料と農村開発のための水」『第3回世界水フォーラムプレシンポジウム論文集』(2002年3月) |