2025.2 FEBRUARY 71号
Keynote 4
農林水産省農村振興局 設計課 海外土地改良技術室 課長補佐 古殿 晴悟
1 はじめに
農林水産省農村振興局(以下、農村振興局という)では、中国、韓国、タイ、インドネシア、ベトナムなどアジア各国との灌漑排水分野に関する交流を行っている。
これらの交流では、二国間での政策対話や技術交流等による知見の共有を通じて、各国との友好関係を継続するとともに、各国が抱える農業農村開発技術に関する課題の把握し、課題の解決に資するべく、我が国の施策や技術・製品等について、相手国政府に情報提供を行っている。
本稿では各国との交流について、経緯と直近の交流の状況を報告する。
2 タイとの交流(第6回日タイ灌漑排水技術交流)
2.1 経緯
2016(平成28)年、日本・タイ両国の政府・民間及び研究者間の知見の共有及び能力向上を通じて、両国が直面しているかんがい排水に係る政策的・技術的課題を共同して解決することを目的に、農村振興局次長とタイ王室灌漑局長との間で、灌漑排水に関する技術交流を毎年実施する旨の「灌漑排水技術交流に関する議事録」を交わされた。
2017(平成29)年に第1回日タイかんがい排水技術交流が実施され、コロナ禍により延期された2020(令和2)年を除いて、毎年開催されている。
直近では第6回日タイ灌漑排水技術交流が、2024(令和6)年1月16日から18日にタイにて開催されました。日本側は農村振興局整備部長(オンライン参加)、海外土地改良技術室と、農研機構の関係者ほか、タイ側は王室灌漑局次長ほかが参加した(写真1)。

2.2 政策対話
政策対話ではタイから「エルニーニョによる干ばつ被害への対処」として、農業セクターにおける気候変動適応策に加え、温室効果ガスの削減等の気候変動緩和策に取り組むため、海外の先進技術を、国内の灌漑システムへ導入を図り、水の安全保障の確保を図っていることの紹介がされた。
また、日本の「熊本水イニシアティブに係る気候変動適応策・緩和策両面での取組」について紹介された。
2.3 技術交流
技術交流ではタイから「スマート灌漑事業の取組状況」、「間断灌漑に係る実証成果」、「ほ場整備事業の実施状況」、日本から「我が国におけるICTを活用した水管理」、「農地・農業水利施設を活用した流域の防災減災の推進(流域治水)」が紹介された。
気候変動の影響による干ばつや洪水等に対処してゆくため、高温多湿の気候条件や水田を中心とした農業形態が共通する両国の気候変動対策等に係る意見交換ができた。両国の情報と知識の共有が図られたことから、技術交流の継続し、連携の強化してゆくこととなった。
2.4 現地視察
ムン川上流スマート灌漑地区において、スマートかんがい施設や間断灌漑実証ほ場を視察したほか、カマラサイほ場整備地区において、受益農家との意見交換や区画整理されたほ場を視察した。
3 インドネシアとの交流(第4回日インドネシア灌漑排水技術交流)
3.1 経緯
2016(平成28)年9月、農村振興局、JICA、土地改良区等の調査団がインドネシア公共事業・国民住宅省水資源総局を訪問した際、両国の技術交流を行うことで双方合意がなされ、2017(平成29)年8月「灌漑排水技術交流の実施に関する議事録」が交わされた。
このことを踏まえ、2018(平成30)年度から毎年、日インドネシア灌漑排水技術交流が行われており、途中コロナ禍により2020(令和2)年及び2021(同3)年は中断したものの、2022(令和4)年度から再開している。
直近では第4回日インドネシア灌漑排水技術交流が、2024(令和6)年3月1日にオンラインで開催された。日本側からは農村振興局設計課海外土地改良技術室、大潟土地改良区、農研機構、インドネシア側から公共事業・国民住宅省水資源総局灌漑沼沢局長他が参加した(写真2)。

3.2 政策対話
政策対話では日本から「熊本水イニシアティブに係る気候変動適応策・緩和策両面での取組」の説明をした。引き続き、インドネシア側から「インドネシア政府の食料安全保障対策」として、2044年までに11.2百万トンの米不足の解消にむけて、1.5百万haの灌漑開発と15百万haの改修を目指していること、水資源総局は、ダムの利用による水供給の改善に取り組んでいることが紹介された。また、インドネシアには17,000以上の島があり、海面上昇等の気候変動の影響を受けやすい国であり、すでに雨季が短くなり一度の雨量が多くなるなど洪水の被害が多発していること、一方で、乾季が長くなり干ばつや森林火災が生じていることが紹介された。
3.3 技術交流
技術交流として、日本の大潟土地改良区から「大潟村の田んぼダム」、農研機構から「開水路に特化した水田のICT水管理機器の開発の研究」が紹介された。
インドネシア側からは、「レンタン灌漑地区近代化事業」の参加型水管理や需要主導型水管理の紹介、「灌漑地区における小水力発電による再生可能エネルギー開発」として灌漑地区の発電について事例紹介が行われた。
意見交換では、灌漑システムに関連する温室効果ガスの削減方法や間断灌漑による収量への影響などの質問がされ、また灌漑施設での小水力発電による化石燃料の使用削減や適正な間断灌漑による収量の変化は少ないことなどが話し合われた。
4.ベトナムとの交流(第2回 日ベトナム灌漑排水技術交流)
4.1 経緯
2020(令和2)年12月、日越農業協力中長期ビジョンのもと、農村振興局長とベトナム農業農村開発省水資源局長の間で「灌漑排水分野の技術交流に関する協力覚書」が締結された。
コロナ禍のため開始が延期となり、第1回日ベトナム灌漑排水技術交流は2022(令和4)年度の開催となった。
直近では第2回日ベトナム灌漑排水技術交流が、2024(令和6)年3月1日に開催された。
ベトナム側が来日し日本で開催される予定だったが、ベトナムにおいて記録的な干ばつと河川への塩水遡上が発生したためベトナム代表団の訪日が困難となり、オンライン開催となった。
日本側からは海外土地改良技術室、輸出国際局国際地域課、(一社)海外農業開発コンサルタンツ協会(以下ADCAという)、(株)クボタケミックス、在ベトナム日本国大使館が、ベトナム側からは農業農村開発省水資源局長、水資源研究所副所長、JICA専門家(ベトナム派遣)ほかが参加した(写真3)。

4.2 政策対話
政策対話では日本から「熊本水イニシアティブに係る気候変動適応策・緩和策両面での取組」及び「農地・農業水利施設を活用した流域の防災減災の推進(流域治水)」が紹介された。
また、ベトナムの「持続的農業生産と生計のための水安全保障」として、メコンデルタ等で干ばつと塩水遡上の問題が深刻化していること、国家プロジェクトとして、温室効果ガス低排出かつ高品質な米生産を目指し、同時に炭素クレジットの付与により農家の収入を増やす取組を実施していることが紹介された。
4.3 技術交流
「気候変動に対する水管理対策及び水利用効率化の取組」をテーマに、情報交換が行われた。
日本側からは、ADCAから「ベトナムにおける農林水産省による補助事業の実施状況」として、ICTを使った気候変動対策、水利施設の長寿命化対策、テレメトリ、遠隔水管理の導入の取組について紹介された。また、㈱クボタケミックスから、「水田における遠隔水管理システム」として、広域的な遠隔水管理システムの「KSIS(KUBOTA Smart Infrastructure System)」、水田の水管理システムの「WATARAS(Water for Agriculture Remote Actuated System)」が紹介された。
ベトナム側からは、「ICTによる水利施設管理近代化について」として、ベトナムの農業用水の状況、北部高原地域、紅河デルタの水管理、メコンデルタの渇水や塩水遡上対策の改善する取組が紹介された。
技術交流の後、ベトナム側から、今後の協力について以下の要望が出され、検討を継続することとなった。
①低排出優良米100万haのプロジェクトの一環として、JICA協力や熊本イニシアティブの資金を活用し、水田における効率的な水管理を実現する水管理システム(WATARAS、KSIS、ADCAシステム、バーチャルマップ等を組み合わせたシステム)の開発協力
②ダムの安全保障を目的とした構造面、利水面で維持管理におけるスマート化に向けた協力
③既存の農業水利施設の長寿命化、機能向上対策
④3年以上先を見据えた短期的、中期的、長期的な協力計画の策定
5 中国との交流(第8回日中土地改良交流)
5.1 経緯
農村振興局(当時構造改善局を含む)は、1981(昭和56)年から中国水利部との間で、土地改良分野の交流を行っている。
2012(平成24)年以降、尖閣諸島問題等により2国間関係が厳しくなり、交流が一時中断したが、2016(平成28)年度に日中土地改良交流として実施する覚書を締結し、交流を再開した。
その後、コロナ禍で2020(令和2)年は延期したものの、毎年交流を継続している。
直近では第8回日中土地改良交流を、2024(令和6)年10月28日~30日に中国四川省で開催した。日本側は農村振興局次長ほか11名、中国側は水利部国際合作・科学技術局副局長ほか20名が参加し、政策対話、技術交流セミナー及び現地調査が行われた(写真4)。

5.2 政策対話
日本側は農村振興局等の6名が参加、中国側は水利部国際合作・科学技術局副局長等の5名が参加した。
政策対話では日本からは食料・農業・農村基本法の改正、スマート農業や需要に応じた生産に対応した基盤整備、生産基盤の保全管理等を推進する等の政策紹介と、中国からは水資源不足による効率的な水利用や節水への取組、農村部の人口減少やサプライチェーンの構築等の課題が紹介された。また、世界灌漑施設遺産の保護と活用について、両国で連携して対応していく旨の発言があった。
日中土地改良交流の40年以上に渡り、これまでに日本の灌漑分野の経験を学んできたこと、本交流を活用し、今後の土地改良に活かしたいとの発言があった(写真5)。

5.3 技術交流セミナー
日本側から12名、中国側から地方代表者を含め21名が参加し、①政策交流、②スマート灌漑技術、③農地排水技術、④世界灌漑施設遺産保護・利用の各テーマについて、日中双方が発表し、活発な意見交換が行われた。
「政策交流」については、農村振興局海外土地改良技術室から「食料・農業・農村基本法改正による今後の農業農村整備の展開方向」、中国水利部農村水利水電司から「農業節水の推進、農業生産能力の向上へ」が発表された。
「スマート灌漑技術」については、内外エンジニアリング(株)から「農業におけるICT技術導入の加速へ向けた取り組みと課題について」、中国水利水電化学研究院水利所から「寒冷地域の水田のスマート調整に関する重要技術と装備」が発表された。
「農地排水技術」については、農研機構から「水田の高度利用を実現する地下水位制御システムFOEAS」、中国灌漑配水発展センターから「中国の農地排水の基本状況」、中国水利水電科学研究院から「農地排水による湿害・塩害除去技術と応用」が発表された。
「世界灌漑施設遺産保護・利用」については、宇佐土地改良区から「世界灌漑施設遺産 宇佐の灌漑用水群(平田井路、広瀬井路)」について、中国都江堰水利発展センター水文化処から「世界遺産都江堰が新時代での輝き」が発表された(写真6)。

5.4 現地調査
現地調査は技術交流で紹介された世界灌漑遺産の都江堰、中央管理所でICT技術を活用した遠隔監視・遠隔操作による総合的な水管理を実施している都江堰の流域水路、東風堰で行った。
6 韓国との交流(第13回日韓農業農村振興実務者ワークショップ)
6.1 経緯
農業農村振興分野における中堅・若手農業土木技術者の技術力向上について、国際かんがい排水委員会(ICID)等国際的な枠組みの中で、日韓両国が連携して取り組むことに合意し、日韓若手実務者ワークショップが開催されることとなった。
2006(平成18)年度に第1回を韓国にて開催して以来、毎年実施されましたが、2019(令和元)年以降は日韓の政治情勢に鑑み中断された。その後、日韓関係の改善、コロナ禍の緩和を受けて再開されることとなり、2024(令和6)年2月5日~6日に第13回日韓実務者ワークショップが韓国で開催された。
6.2 ワークショップ
日本側は、海外土地改良技術室、防災課、農地資源課、農研機構、水資源機構から若手技術者が参加した。
韓国側は、農業基盤整備部、調査計画部、農村総合研究所、韓国かんがい排水委員会、ソウル国立大学、慶北大学、福島大学から参加した。
冒頭挨拶では、日本側から、本ワークショップを継続することにより、日韓両国における農業農村振興実務者の技術力研鑽・交流促進を図り、日韓の協力関係が更に発展していくことを期待する旨の発言があった。また、韓国側から、本ワークショップが日韓両国の農業・農村が抱える課題を解決するために知識を共有する場となることを期待する旨の発言があった。
若手実務者による発表では、韓国側からは、農林畜産食品部から「韓国における農業インフラ政策」、韓国農業公社から「災害対応・計画の強化」、「エネルギー効率改善及びGHG削減策」、「農業基盤整備における設計基準改定」、「農業用水管理のシミュレーションシステム」の発表があった。
日本側からは、農村振興局防災課から「海岸防災」、農村振興局農地資源課から「先端技術を活用したほ場整備」、農村振興局海外土地改良技術室から「熊本水イニシアティブに係る気候変動適応・緩和策」、農研機構から「水稲生産における気候変動適応策」、水資源機構から「流域治水」がそれぞれ発表された(写真7)。

6.3 現地調査
セマングム地区(セマングム干拓事業)において、現地調査が行われた。
セマングム干拓事業は、15年に渡る工事を経て、2006(平成18)年に総延長33.9kmの潮受堤防(諫早干拓7.1km)を建設、締切面積40,900ha(諫早干拓3,542ha)に及ぶ。
このうち9,430haの農地を造成する計画となっており、2023年(令和5)までに7,275haの施工が完了している。新たに造成された農地では、農作物の輸出を見据えた大規模生産団地を設け、大規模農業法人による営農が試験的に行われている。また、大区画ほ場を活用した先進技術の実証も行われており、研究機関によるスマート農機の試験や大学によるICTを活用した営農技術の開発等が行われている(写真8・9)。


7 結びに
2023(令和5)年6月に決定した新たな開発協力大綱では、「開発途上国を対等なパートナーとし、社会的価値の創出(共創)を目指す。価値を日本社会にも環流し、日本経済の成長にもつなげる。」とされている。本稿で紹介した技術交流では、各国と対等な立場で、技術、知見を高め合う関係となっており、農業用用排水施設の更新・整備を通じた強靭化、農業用水の適切な管理を通じた効率的水利用の推進、安定した食料システムの構築、気候変動に適応した地域づくりなどについて、関係国と連携した対応を行うとともに、得られた情報について日本における対応に活用することができればと考えている。
また、各国との交流には、政府関係者のみならず、研究機関や民間企業も参加しており、行政、研究機関、民間が連携した海外展開の促進につながればと思っている。
今後もアジアモンスーン地域で水稲稲作を行い、共通の課題を有する国として、政策対話・技術交流等をとおして、社会的価値を共創する関係を育てていきたいと考えている。