2023.8 AUGUST 68号
REPORT & NETWORK
1 はじめに
2017年1月に国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:JICA)はフィリピン土地銀行(Land Bank of the Philippines:LBP)と借款契約を締結し、ツーステップローン事業の円借款事業「アグリビジネス振興・平和構築・経済成長促進事業」(Harnessing Agribusiness Opportunities through Robust and Vibrant Entrepreneurship Supportive of Peaceful Transformation:HARVEST)を開始した。これは、バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(Bangsamoro Autonomous Region in Muslim Mindanao:BARMM)及びその他のミンダナオの紛争影響地域(Conflict affected area in Mindanao:CAAM)の民間企業及び農業協同組合等へ融資する原資をLBPに提供することで、同地域の金融アクセス改善、雇用創出、生計向上に資する活動を促進するものである(図1参照)。
上記HARVESTに並行して、本体事業であるHARVESTの融資プロジェクトの審査支援及び開発効果向上のため、附帯プロジェクトフェーズ1が2017年から2018年にかけて実施された。また、フェーズ2が2021年から2023年まで実施され、潜在的な借り手も含めた借り手側(中小零細企業や農業協同組合)への支援と貸し手側であるLBPの事業実施能力強化の両面から組織・人材育成を行うことで、HARVESTの円滑な実施と開発効果の更なる発現に寄与することが目的とされた。
フェーズ2において期待された具体的な成果は、以下の通りである。
・成果1:バリューチェーンアプローチの普及促進がなされる。
・成果2:潜在的借り手である中小零細企業、農業協同組合等の金融アクセス能力が強化される。
・成果3:LBPの事業実施及びモニタリング能力が強化される。
なお、成果1に関する活動としては、主にビジネスリンケージの促進を行い、生産者組織と販売/加工業者を結び付けた。成果2に関する活動としては、組織/ビジネス診断、能力強化に係る研修、ビジネス相談などを行いHARVESTローンの借り手となる中小零細企業や農業協同組合の能力強化を行った。成果3に関する活動としては、HARVESTローンの貸し手側であるLBPの能力向上を図った(図2参照)。
以下、本稿では各成果を達成するために行った活動のうち主な活動について述べた後、プロジェクト終了時にLBPに対して提案した事項を述べる。
2 バリューチェーンアプローチの普及(成果1に係る活動)
HARVESTは、ローンの提供を呼び水として効果的な農業バリューチェーンの構築を支援し、ミンダナオのBARMMやCAAMにおける雇用、コミュニティの福祉、平和構築に貢献するものである。これらを踏まえて、成果1では、バリューチェーン開発を通じた案件発掘を支援し、LBPのバリューチェーンアプローチが強化されることを目指して実施した。
①ビジネスリンケージの構築
本プロジェクト開始以前に融資されたHARVESTローンは、COVID-19の影響もありLBPがアプローチしやすいBARMM地域外の借り手に偏っていたため、特にBARMM地域における事業者や投資計画を重視してプロジェクトの発掘や促進を行った。そのうち、海藻、地鶏生産、ハラル食品1、バナナに関するプロジェクトは、BARMMにおけるバリューチェーン構築として、BARMM内外への波及も含めて経済的、社会的な裨益が期待されるプロジェクトと判断し、継続的に支援を実施した。
②市場関係者データベースの作成
ビジネスリンケージを進めるための情報として、バリューチェーンに関係するアクター(生産者組合、加工業者、サービス事業者、金融業者)について農村調査を行い、結果をデータベースとしてまとめた(表1参照)。このデータベースは、同業のアクターをデータから抽出して比較する同業者分析に活用するとともに、ビジネスパートナーの紹介に際して条件にマッチするアクターの検索に活用した。
業種 |
まとめた情報 |
生産者の組合・中小企業 |
組織情報、生産能力、生産システム、財務・金融、調達・販売先、能力向上・支援に関わる情報、事業計画、コミュニティとの関わりに関する情報 |
加工業者 |
組織情報、生産・加工能力、加工システム、財務・金融、調達・販売先、能力向上・支援に関わる情報、事業計画、コミュニティとの関わりに関する情報 |
サービス 事業者 |
組織情報、顧客、事業計画、コミュニティとの関わりに関する情報 |
金融業者 |
組織情報のみ |
③フィリピン各地でのビジネスマッチングの実施
より広く潜在的なビジネスリンケージの候補を見つけるために、HARVESTの情報発信や、特定のバリューチェーン開発を目的として、ビジネスマッチング・イベントを開催した。
まずミンダナオ島の主要都市にある商工会議所と連携し、HARVESTの紹介や農業バリューチェーンの資金ニーズ等の意見交換を行うセミナーを、オンラインのWebinarも含めて開催した。特定のバリューチェーン開発を目的としたイベントとしては、ハラル食品に関するワークショップを開催し、官民の参加者間で、ハラル産業・市場、ハラル認証等について情報の共有と成長の方向性や問題意識のすりあわせを行った。これに加え、海藻バリューチェーン開発に関するセミナーを開催し、海藻産業の現状と課題、ミンダナオの海藻ビジネスの展望等について意見交換を行った。このうち海藻バリューチェーン開発のセミナーについては、海藻農家研修とも連携し、具体的な事業に展開させるとともに、成功事例としてバリューチェーン構築を支援する手順を整理したテンプレートを作成した。
④中小零細企業・農業協同組合等に対するマーケティング契約の研修の実施
バリューチェーンアプローチはマーケティング契約(Production, Technical and Marketing Agreement:PTMA)を通じた契約栽培により効果的に実現されうるものであり、農業生産者によるPTMAの理解や必要な情報の把握が重要であるため、HARVESTローンの融資先または検討中の農業組合や中小企業を対象に研修を行った。研修内容としては、契約栽培に関する一般的な理解促進、PTMAに関する具体的な内容やリスクについての講義、ケーススタディ、グループ・ディスカッションを行った。
3 中小零細企業、農業協同組合等の金融アクセス能力強化(成果2に係る活動)
ビジネスリンケージの借り手候補や研修受講者を対象に、チェックリストに基づいて課題の聞き取りを行い、支援ニーズを確認した。一方、市場関係者データベースと生産者データベース(後述)のデータを活用して、一部の借り手候補に関して同業者分析を通じて課題の深掘りを行い、支援策を検討した。本プロジェクトが行う研修やコーチングの対象外である支援ニーズに対しては、既存の政府機関等による研修プログラム、登録されている専門家を紹介した(図3参照)。
①政府機関等による既存の研修プログラムのレビュー
政府機関等が農業バリューチェーンの中小企業や農業組合、農家向けに提供している研修プログラムについて、情報収集を行い整理した。研修内容は、経営管理・実務に関するものと農業生産技術(作物別)に関するものから構成されている。また、LBPは、土地銀行地方開発財団を通じて融資先となる事業者に対して研修を行っているが、実質的には融資先のモニタリングの一環として、必要な研修を義務付けているという側面がある。以上のような情報収集結果をふまえて、特にLBPの貸付センター(Lending Center:LC)が融資対象プロジェクトと関連アクターを発掘する過程において、能力向上や資格取得の必要性を認識した場合に、利用可能な研修をタイミングよく紹介するような活用シーンを想定し、整理を行った。これは、金融リテラシーに係る研修や個別指導は、具体的な投資計画と資金調達を検討するタイミングで実施することが効果的と考えられるためである。また、諸機関の研修提供体制は毎年更新されるため、バンサモロ暫定自治政府(Bangsamoro Transition Authority:BTA)と協議し、利用可能な研修や専門家の情報が一元化されたポータルサイトを開設し、随時更新することを提案した。
②収穫時期等の情報を含む生産者データベースの構築
前述の市場関係者データベースを補完することを目的として、生産者への調査を行い、栽培作物、作付けカレンダー、農法、財務・金融、能力向上・支援に関する情報、調達・販売契約などの情報を収集し、市場関係者データベースに統合した。
③組織強化及び金融リテラシー向上研修
農業協同組合や中小企業の能力向上を目的とした研修を4回実施した。第1回研修は、バナナ、キャッサバ、アバカを栽培する農業協同組合及び中小企業を対象としマーケティングやビジネス・モデル・キャンバス(自身のビジネスモデルを「見える化」して振り返るツール)等の研修を行った。第2回研修は、海藻バリューチェーンの中間業者とマイクロファイナンスの融資担当者を対象に、海藻産業の概観や環境問題への配慮に関する研修を行った。第3回研修は、海藻バリューチェーンの生産者である女性農家を対象に、1)海藻の乾燥技術と収穫後処理、2)環境保護の優良事例、3)海藻の加工(海藻チップス、海藻の漬物)、4)財務能力の向上について研修を行った。第4回研修は、特にムスリムの事業者を対象として、金融リテラシーに重点を置いた研修を行った。
④事業計画立案や信用力確保、簿記のコーチング
成果1のビジネスリンケージを実施する過程で、借り手候補とそのパートナーを含む生産者・事業者に対して事業計画へのアドバイス等を実施した。また、財務管理・簿記の支援ニーズを有する農業協同組合や中小企業については、継続的なコーチングをおこない、財務諸表の作成支援を行った。
4 フィリピン土地銀行のプロジェクト実施能力の強化(成果3に係る活動)
成果3では、LBPが農業関連ビジネスやコミュニティへの裨益を目的とするプロジェクト全般についてファイナンスを提供するという立場で効果的、効率的に業務を実施する能力の向上を図り、HARVEST終了後にもインパクトが継続するよう意図した。
①LBP行員向け研修の実施
HARVEST実施に必要な環境社会配慮2、効果評価指標のモニタリングのほか、LCの融資担当者へのインタビューに基づき、特にミンダナオにおける融資業務に必要なテーマを設定し、また一部研修はLBP行員を講師として、全体で11項目の研修を実施した。
②HARVESTが借り手の生活の質の向上に与えた影響の評価
HARVESTが借り手の生活の質の向上に与えた影響の評価についてデータの収集と分析を実施した。具体的には、ベースライン(融資前)とエンドライン(融資期間中・実施後)の2時点における、農業収入、消費、貯蓄額の変化や、宅内水道利用率、学齢家族の非就学率、インターネットアクセス率、テレビ保有率など生計向上を端的に示唆するような項目についてデータを収集した。調査は、HARVEST融資の受益者グループと非受益者グループの双方について行い、2時点間の変化を両グループで比較して、受益者へのインパクトを評価する方法で分析を行った。
③イスラム金融に関する能力強化
まず、BARMMを中心としたミンダナオのムスリム・コミュニティにおけるイスラム金融に対するニーズと現状について調査を行った。その結果、イスラム金融に対する潜在的な資金ニーズに対して、現状提供されている資金は1割にも満たないこと、提供されている資金の内容についても、ほとんどが個人向けや零細事業者向けであり、農業バリューチェーンの投資プロジェクトの資金ニーズにほとんど対応できていないことが分かった。
この状況を受けて、LBPがイスラム金融商品を提供する可能性について検討した。その結果、次のような事業モデルの実現性を確認した。まずLBPは、イスラム銀行免許をフィリピン中央銀行から取得の上、Sukuk3(スクーク)を海外市場で発行することにより、まとまった額のイスラム金融の原資を調達する。次に、その資金を現存する小規模なイスラム金融機関を通じて間接的に提供するホールセール型とLBPが一部支店で直接イスラム金融商品を提供するリテール型の展開を並行して行うことにより、満たされていない資金ニーズに対して、早期に対応することが可能となる。
④農業金融の先端事例導入に向けた能力強化
アジアの農業企業体・農業組合の成功事例や先端的な農業金融から示唆を得て、LBPの今後の金融サービスの高度化を支援することを目的として、第三国研修(インドネシア)と本邦招へいを通じてLBPが参考となる知見を得ることを支援した。
LBPは、農業協同組合のモニタリングの仕組みや、調達・販売の支援、バリューチェーン・ファイナンス手法の高度化が必要と考えており、また融資戦略としてICTを活用した農村部へのサービス提供による金融包摂(農業ICTプラットフォームと連携した生産者の支援、エージェントバンキング4を通じた金融サービスの提供)の促進が有効ではないかと考えていた。
これを受け、三層構造の組合ガバナンスを有する日本やインドネシアの組合制度を学習すること、農業ICTやエージェントバンキング、イスラム金融の先進事例をインドネシアの事例から学ぶこと、高付加価値農業とそれを支援するバリューチェーン・ファイナンスやICT活用を日本の事例から学ぶことを目的として訪問組織を選定した(表2参照)。
研修種別 |
訪問先 |
第三国研修 (インドネシア) |
政府機関、国営商業銀行、イスラム金融銀行、農業組合、農業ICTスタートアップ、国際NGO |
本邦招へい |
農林中金総研、日本政策金融公庫、民間銀行、商工中金、農協、農業ICTスタートアップ |
5 フィリピン土地銀行への提言
本プロジェクトの活動内容を踏まえて、次の通り、LBPへの提言を行った。
①バリューチェーンアプローチの促進
LBPはかねてよりPTMAによるバリューチェーンアプローチを推進している。PTMAは主に生産者、買い取り事業者、LBPの三者契約であるが、前述のバリューチェーン開発テンプレートも活用して、より幅広く有力プレーヤーや支援者を勧誘して基本合意契約書(Memorandum of Understanting:MOU)を締結するようなパッケージを横展開していくことが期待される。
②組合との連携・農家の集約
組合のモニタリングや支援と一体となった金融スキームを開発することが期待されており、特にBARMMではムスリムの慣習をふまえた農家集約スキームの開発も必要と思われる。また、このためには、デジタルの活用によって農家を集約した上で、金融包摂を推進するプラットフォームなどの新たなスキームを開発することが期待される。
③環境社会配慮に関するLBPとBTAとの連携
環境社会影響評価5については、LCにおけるプロジェクト検討段階で早めにチェックすることが望ましい。チェックの結果、懸念がある場合はすぐに照会できるように、BTA関係省庁とLBPが連絡体制を築き、定期的な会合を開催して、借り手候補の課題把握、プロジェクト実施中の借り手への支援、環境管理モニタリング、および終了時の評価等で協力することが期待される。
④CSR発信の強化
本件業務では、BARMM地域での活動成果を発信するSNSの活用を試行し、LBPが本件業務終了後においても継続するように提言した。LBPはBARMM地域での存在感が強くないため、その貢献を広く理解してもらうためにも重要と考えられる。また、LBPの対外的な発信という意義に加えて、LBP内部、特にLCの融資担当者がBARMM地域や社会的意義の高い案件に取り組むモチベーションを維持することにも繋がると思われる。
⑤イスラム金融
BARMM地域でのイスラム金融に対する潜在的な需要、期待は大きく、LBPが中心的なアクターの一部を担うことが期待される。