2023.8 AUGUST 68号

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JIIDからの報告
東南・南アジアにおける灌漑の発展過程と展望(その2)

前(一財)日本水土総合研究所 顧問  齋藤 晴美

 前号の灌漑の発展過程に引き続き、今後の展望について報告する。

6 灌漑の展開方向

(1)農地面積と灌漑面積

 国連食糧農業機関(FAO,2010)によれば、近年農地面積も灌漑面積もほとんど増加していない。今後わずかに灌漑面積が増加する可能性があるが、2006~2050年までの年増加率は0.3パーセント程度と見込まれる。したがって、人口は増加しているため1人当たりの農地面積は急激に減少している(図2)。

図2 潅漑と天水の農地の変化(1961-2008)
図2 潅漑と天水の農地の変化(1961-2008)


(2)水源開発

 同機関のデータによれば、タイとマレーシアのダム容量は2006年頃からダム容量はほとんど増加していない。増加傾向が見られるのはインドネシア、フィリピンだが、伸びは鈍化しており(図3)、ミャンマー、カンボジア、ベトナムはデータが不足している。なおメコン川流域でダムが建設されているが、電力開発や多目的事業用がほとんどである。

 このため、ダムの長寿命化や付帯した小水力発電の建設が課題となる。このほか、灌漑施設のない地域では、ため池建設などの小規模な灌漑事業が継続して行われると予測される。

図3 ダム容量の推移
図3 ダム容量の推移


(3)水の合理化と水利用率の向上

 上記の1人当たり農地面積、灌漑農地面積が大きく減少し、ダム容量が今後確保できないことを踏まえると、雨期に貯めた水を乾期にいつまで利用できるか、また水源から末端圃場に至る水利用率をいかに向上させるかが課題である。

ア.供給主導型から需要主導型への転換:東南・南アジアの計画必要水量は、多くの場合、日消費量から算定することはなく、貯めた水を上流から下流へ一方的に送水しているので、末端の水需要に応じて節水しながら、ダムの水を有効に取水、送水する仕組みが必要である。

イ.自然・地形条件に適合した水管理システムの組み合わせ:大流域の重力灌漑から、中小河川低平地のタムノップやコルマタージュによる灌漑、末端の揚水による反復利用など様々な灌漑形態が見られる。特に東南アジア・南アジアは降水量の年変化が大きいので、年毎の貯水量や各灌漑方式の支配地域を考慮して、それらを組み合わせた最適な水利用方法を確立する必要がある。

ウ.効率的な水管理:東南アジア・南アジアの灌漑の特徴は、先に述べたように貯水池と低平地の水路が網の目のように連結されて流下しながら、沖積平野を潤すことである。特に水路勾配が1/10,000以上なので、AIやICTによる先端技術を駆使するとさらに効率的な水管理が期待できる。

エ.農家の参加と負担:2期作、3期作が可能な大流域の灌漑や管理は国主導で行い、基幹水路は国、支線水路は国と地方、農家の代表が一体となった共同水管理委員会、末端は農家参加型の水管理が望ましい12)。これらを上流から下流に至るまで一体的に機能させ水利用率をさらに向上させるためには、特に末端における水利組合の組織化と負担金徴収の仕組みが必要である。

オ.段階的な水利用:農研機構が指摘しているように、複雑でしかも大流域の灌漑地域では最も適切な管理方法を確立することが困難なので、配水操作、分水量調整と流量計計測による管理などを試行錯誤しながら、段階的に水利用率を向上させる13)

(4)水路網の整備と灌漑施設の改修

ア.支線水路、末端水路との接続:大規模なダム、頭首工や幹線水路は概成されているが、まず石張り、レンガや土水路であっても支線水路や末端水路まで接続する必要がある。

 また事業規模に応じて大中小の灌漑事業制度が整備されており事業主体である国の役割は大きいので、末端整備に関し、圃場整備をいかに進めるかが今後の課題である。後継者不足のための労働生産性向上の視点も大事だが、土地生産性向上にも着目すると、水利用向上の観点から末端の水路・道路の接続、圃場内の土地の均平は大きな意味がある。

イ.灌漑施設の補修:古代から中世、近世に建設された灌漑施設を引き続き改修し、長寿命化を図らなければならない。さらに1980、90年代に政府開発援助、国際機関からの融資や自国予算で建設された多くの灌漑施設の補修が喫緊の課題である。その中には、当然ダムやため池の改修、水路の浚渫も含まれるが、日本と大きく異なるのは、通水阻害を起こしている土水路に堆積した土砂を排除することである。

 以上、表4のとおり取りまとめた。

表4 灌漑の展開方向

目  標

ハード

ソフト

既 存

・水の合理化

・水利ロスの低減

・農家参加型水管理

・節水

・施設の長寿命化

・ダム,土水路の浚渫

・機器の更新

・共同水管理委員会の組織強化

・水利組合の組織強化

・負担金の徴収

新 規

・水利用率の向上

・(渇水時)流域の水融通

・農家の水利用自由度の向上

・再生エネルギーの開発

・支線,末端水路への接続

・制水門,調整池の建設

・圃場整備,均平

・AI,ICT機器の設置

・小水力発電

・AI,ICTによる水管理

・水利組合の連合化

7 おわりに

 これまで世界灌漑施設遺産や世界三大仏教遺跡群の背景について灌漑農業の歴史を振り返ったが、改めてその足跡に驚嘆する。同時に今に生きる私たちは先人たちが営々と築いてきた灌漑施設やその技術を次世代に継承、発展させ、さらにアジアの生産性の高い水田灌漑農業を進める必要がある。

 人口爆発、気候変動や戦争が起こり世界の食料が不足する中、世界有数の穀倉地帯である東南アジア・南アジア農業の発展に対する期待は大きい。

 このような観点から、今後とも灌漑に関わる技術協力を進めていきたい。


[引用文献]
12)真勢徹「アジアの水田灌漑と他の灌漑形態の比較」農業土木学会誌 第69巻8号
13)農研機構「モンスーン・アジアの水田管理の実態に基づく段階的な水利用向上対策」
https://www.naro.go.jo/results/laboratory/nkk/2009/nkk09-20.html


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