2023.3 MARCH 67号
Keynote 3
国際農林水産業研究センター 情報広報室 主任研究員 白鳥 佐紀子
1 はじめに
食料・栄養問題は今に始まったことではなく、特にアフリカの食料・栄養の現状が理想とは程遠いものであることは、開発に携わる者でなくとも耳にしたことがあろう。政策の中での優先度が低い時期もあったが、国際的な後押しもあって流れが一気に変わり、いまやアフリカの開発アジェンダには必ず登場する最重要事項の一つとなっている。昨年2022年は、アフリカ連合によって「栄養年」と定められ、アフリカ諸国のリーダーたちにいっそうの栄養問題対策の強化が求められた年でもあった。
持続可能な開発目標(SDGs)の目標2は飢餓の撲滅であり、2030年までにすべての栄養不良を解消することが目標とされる。また2016年から2025年は国連の定める「栄養のための行動の10年」であり、国際栄養目標や、アフリカの栄養に関するマラボ宣言1も2025年を期限としている2。2021年9月には国連で初めての食料システムサミット、同年12月には東京栄養サミットも開催された。2022年8月にはチュニジアで日本主催の第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が開催され、その中で日本政府はアフリカを「共に成長するパートナー」と位置づけ、食料安全保障に関してはアフリカ開発銀行との3億ドルの協調融資と20万人の農業分野の人材育成に取り組むことを表明した。このように昨今の栄養・食料問題に対する国際的な注目度は高く、なかでもアフリカは重点地域と名指しされることが多い。
2 アフリカの栄養問題
2021年の世界の飢餓人口は最大8億2,800万人であり、うち4億2,400万人がアジア、2億7,800万人がアフリカの人口とされる。地域の人口比で言うと、アジアが9.1%、アフリカが20.2%となり、アフリカが最も飢餓人口割合の多い地域となる。さらに2019年と比較すると、飢餓の人口・割合ともに最も増加している地域がアフリカである(FAO他 2022)。
なお栄養問題イコール飢餓ではない。飢餓は摂取エネルギーの慢性的な不足を示すが、急性的な栄養不足、微量栄養素(ビタミン・ミネラル)不足、また逆に過栄養(エネルギー過剰の状態、肥満など)も栄養不良に含まれる。これらの問題は排他的ではなく、複数の問題を同時に抱えていることもある(二重負荷、三重負荷)。図1に、栄養不足人口割合(a)、微量栄養素不足の一つの例として生殖可能年齢の女性に占める貧血人口割合(b)、栄養過多の例として成人の肥満人口割合(c)を示す。アフリカは栄養不足や微量栄養素不足の人口割合が比較的多く、肥満に関してはアフリカの中でも地域差がみられる。
また、重度または中度の食料不安の人口割合も増加しており、2021年には世界全体で29.3%であるのに対しアフリカでは57.9%と極めて高い(図2)。
3 アフリカでの栄養・食料問題の原因
ではなぜアフリカで栄養不良・食料不安が深刻なのか、要因を分類して整理してみたい。
1)食料需要の増加・変化
世界の人口は増え続けており、2022年11月には80億人を突破した。人口増加率は世界平均が0.8%であるのに対してサブサハラアフリカは2.5%と最も高い地域であり、今後2050年までに増加する人口の半分以上をサブサハラアフリカの人口が占める(UNDESA 2022)。若い人口が多く活気にあふれ、ダイナミックな成長が期待できる反面、食料安全保障上は人口増加を補うだけの食料供給が課題となる。たとえば1990年から2020年まででサブサハラアフリカの牛乳・牛肉・羊肉・卵の生産は2倍、鶏肉と豚肉の生産は3倍になったが、急激な人口増加を伴ったため、結局一人当たりのたんぱく質供給量は有意に増加していない(Brice 2022)。
また都市化も急速に進んでいる。都市化に伴い自家生産・自家消費から市場を通した食料の購入にシフトする。現地で採れる食料を使った伝統的な料理から、輸入品や調理が簡便な食事への嗜好の変化も生じる。たとえばガーナ北部では伝統的にトウモロコシなどを主食としている。コメは比較的新しく導入された食品であるが、若い人がコメを好む傾向がみられ、今後ますますの需要の高まりが予想される(白鳥 2019)。これらの需要の増加や変化に食料供給が同期できるとは限らず、そのギャップが栄養・食料安全保障を脅かす原因の一つとなる。
2)農業生産性の停滞
アフリカでは2000年以降、農業生産は大幅に拡大してきたが、その拡大の75%は作物生産面積の拡大によるもので、作物生産性の向上の寄与は25%にすぎない(Jayne and Sanchez 2021)。世界に残る可耕地面積の52%をサブサハラアフリカが占めることからアフリカには土地が余っていると思われがちだが、恵まれた土地はごく一部の地域に集中しており、多くの農村では相続可能な土地の減少と地価の上昇に直面している(Jayne and Sanchez 2021)。耕地拡大は環境保全の点からも好ましくなく、既存の土地での生産性向上が望まれる。
農業の生産性向上には、改良種子や肥料の導入、機械化、栽培管理技術向上などが必要である。デジタル革命の少し前まではテクノロジーと言えばトラクター導入などの機械化が世界では主流であったが、アフリカでは小規模農家が多く、作物の種類が多岐にわたり、道路整備が遅れていたこともあり、一部の国を除き機械化が進まなかった(FAO 2022)。
またアフリカでは風化土壌に起因する低肥沃度土壌の割合が大きい。化学肥料・有機物の施用も生産性向上には重要であるが、2020年のサブサハラアフリカにおける化学肥料施用量は22.5kg/haであり、世界平均の146.4kg/haや東アジア・太平洋地域の288.8kg/ha(World Bank 2022)に比べてはるかに少ない。なおアフリカでは同じ圃場内でも多様な土壌類型が存在することがあり、最適施肥技術の適用範囲が限定される。そして肥料の過剰投入には環境負荷の問題があるうえ、昨今の肥料価格高騰で貧しい農家にとって肥料を手に入れるのは容易ではない。土地に適合した施肥方法を理解し、限られた肥料を効率的に利用する必要がある。
3)安定性の欠如
食料安全保障の重要な要素の1つにstability(安定性)―「いつでも」必要とする食料が手に入ること―がある。しかし、作物収穫前の食料不足といった季節変動や、紛争、コロナ、気候変動などのショックに対しての脆弱性がみられる。アフリカでは肥料や食料を輸入に頼る国が多く、相手国の情勢に左右されやすい。2018-20年のアフリカの小麦輸入の32%はロシア、12%はウクライナからであり、この2国からの小麦の輸入はアフリカの25か国で3分の1、うち15か国では半分以上を占めている(UNCTAD 2022)。2022年からのウクライナ情勢はアフリカの食料安全保障にとって他人事ではない。
2020年からの新型コロナウイルスパンデミックは、サプライチェーンの混乱や所得減などによる食料入手手段の喪失を通じ、特に脆弱な社会層の食料安全保障・栄養に対する脅威となった(白鳥・飯山 2021)。アフリカではコロナ発生から2年間で5,000万人が飢餓に陥った(FAO他 2022)。微量栄養素供給に欠かせない生鮮食品は流通の影響を受けやすく、食事の質の低下という意味でも栄養問題を悪化させた。また学校閉鎖により、給食がほぼ唯一の栄養源だった児童への栄養面での影響も懸念された。
また、アフリカでは、1961年からの農業生産性の成長率が気温上昇の影響によって34%減少した(WMO 2022)と言われる。今後1.5℃の地球温暖化は西アフリカでトウモロコシの収量を9%減少させ、南・北アメリカの小麦の収量を20-60%減少させるとも推測されている(WMO 2022)。現時点で既に気候変動に由来する干ばつや洪水などの異常気象が頻発していることからも、気候変動がアフリカの食料安全保障に及ぼす影響は無視できない。
4)食料アクセス・消費行動
食料が生産されても、人々が消費しなければ食料安全保障には貢献しない。現在、世界で生産された食料から算出されるエネルギー量は、人類が必要とするエネルギー量を超えている。つまり世界全体では生産量は足りている一方で食料・栄養問題が起こっているのである。ちなみに収穫・運搬・保存時などに起こる食品損失と、小売りや消費者による食品廃棄(あわせて食品ロス)は、世界で生産された食料の約3分の1(31%)にのぼる(UN 2022)。
世界で健康的な食事を入手できない人は約31億人と推定される(FAO他2022)。サブサハラアフリカでの健康的な食事のコストは1人1日当たり3.44ドルであり、実に85%の人口には手が届かない(FAO他2022)。また栄養バランス向上のためには多様な食品群の摂取が望まれるが、農村では概して主食でお腹を満たそうとする傾向がみられ、アフリカの多くの国で野菜・果物や動物性食品の摂取不足による微量栄養素不足が問題となっている。価格や購買力、栄養知識、嗜好などのさまざまな要因が折り重なって栄養に影響するのである。
4 栄養・食料安全保障の確立にむけて
目の前で苦しんでいる人々には食料援助などの人道支援が優先されるとしても、長期的には農業への投資が求められる。マラボ宣言によると、アフリカ諸国は国家予算の少なくとも10%を経済成長と食料生産のカギとなる農業に支出することが期待されているが、これまで数々の国で公的農業支出の増加は見られても、必ずしも食料安全保障に結び付いていない(Gil 2022)。
1960年代にアジアを中心に起こった「緑の革命」では、研究開発された多投入・高収量の品種が主要穀物に導入され、当時懸念された食糧危機の回避に貢献した。しかしそれから半世紀以上が経つ間にさまざまな問題が露呈し、人々の意識も変わった。環境負荷、栄養バランス、価格、安全性、有機栽培、家畜福祉、労働者の人権、ショックに対する強靭性など、食料に求めるものが複雑になってきている。現在のフードシステムはその要求に応えることができておらず、2019年のEATランセット報告書(Willet et al. 2019)では、地球の持続可能性と人類の健康を両立するための食の変革が叫ばれた。
栄養・食料安全保障の確立に向けた解決策は単純に導き出せるものではないが、栄養価を高めた品種の導入、改良された栽培技術、学校給食の採用、栽培作物の多様化、商品作物栽培による所得向上を通じた栄養改善、加工・保存方法の改善による食品ロスの減少、栄養知識の普及など、さまざまな取り組みが行われている。
筆者は、食料・栄養安全保障や農林水産業研究の国際的な情報収集・分析・提供に関わる3一方、アフリカの農村で農家へのインタビュー調査を実施して食料・栄養問題に取り組んでいる。アフリカと一口に言っても広く、気候や土壌、民族、文化などが多岐にわたる。主食だけでもトウモロコシ、コメ、小麦、イモ類、マメ類など多様で、都市部と農村部でも差があるなか、現地の食事情を知ることが有効な栄養改善策を見い出す第一歩である。
5 おわりに
「食料への権利」は世界人権宣言にも明記されている、すべての人が持つ権利である。しかし現在アフリカにはその権利を享受できていない人々が多く存在しており、その擁護は喫緊の課題である。アフリカでは紛争、気候変動、土壌・地理的条件、栽培技術、インフラなどに課題を抱えていたが、加えて最近では4つのCとも言われる気候変動(Climate change)・紛争(Conflict)・新型コロナウイルスパンデミック(Covid)・食料価格の高騰(high food Costs)という世界的なショックにも影響を受け、食料安全保障と栄養改善の実現に向けた活動は必ずしも軌道に乗っていない。
昨今、フードシステムの変革が求められている。しかし土壌・気候・社会経済条件が極めて多様なアフリカにおいて万能(one-size-fits-all)の解決策はない。人類・地球の両方に貢献するという大きな目標を掲げつつ、地域固有の実情に配慮したうえで、アフリカの食料・栄養安全保障を考えていく必要があろう。