2022.8 AUGUST 66号
「世界の農業農村開発」第66号 特集解題
第66号の特集テーマは「これからのアフリカ農業支援」である。
第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が、今年8月27-28日、チュニジアで開催される。TICADは、日本が主導し国連や国連開発計画(UNDP)、世界銀行、アフリカ連合委員会(AUC)と共同で開催するアフリカ開発支援の枠組みで、冷戦後の1993年に第1回会議が東京で開催された。2013年の第5回会議まで日本で開催されてきたが、2016年の第6回会議が初めてケニアで開催されて以降、3年毎に日本とアフリカで交互開催することとなった。前回の第7回会議は横浜、今回はチュニジアである。
日本は、TICADを通じてアフリカ諸国との緊密な関係を構築し、アフリカ開発支援を推進してきた。地域の平和と安定、人材育成、民間セクターの育成、持続可能な開発、農業、気候変動・防災などの広範な分野で議論が深められてきた。
アフリカは人口増加と豊富な資源を背景に経済成長を続けてきたが、2020年からの新型コロナ感染症の拡大によって成長は落ち込んだ。さらに、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は世界的な食料価格、燃料価格、肥料価格の高騰をもたらし、食料安全保障の懸念が高まっている。先般、FAO等5つの国連機関が公表した「世界の食料安全保障と栄養の状況(SOFI)2022年版」によると2021年の世界の飢餓人口はコロナ禍前より1.5億人増えて最大で8.3億人に、飢餓人口割合も最大で10.5%に急増しているという。これらの数値はロシアのウクライナ侵攻による影響を反映していないので事態はさらに悪化している可能性がある。特にロシアとウクライナはアフリカの主要な穀物供給国であり、アフリカへの影響は深刻である。「ウクライナ危機は食料不安をさらに高め経済成長を減速させ、マクロ経済の不安定さをもたらし、民主化に影響を与えアフリカ全体の平和を損ないかねない。」とアフナ・エザコンワUNDPアフリカ局長はTICAD閣僚会合(2022年3月)で発言している。
このようなタイミングで開催されるTICAD8である。農業支援は、アフリカの飢餓問題、食料安全保障、経済成長、気候変動・災害など幅広いテーマに関係するだけに注目される。
今号は、Opinion1編、Keynote3編、Report & Network3編で構成する。特集テーマに沿って解題を試みたい。
Opinion アフリカ農業への協力~これまでの成果と今後の展望~
国際協力機構(JICA)アフリカ部長の増田淳子氏の提言である。
TICADの精神は、アフリカ自身の自助努力(オーナーシップ)と日本及び国際社会の協力(パートナーシップ)の原則でアフリカの開発支援を進めるもので、アフリカ各国の幅広い支持を得て発展してきたと指摘する。JICAは、人間重視、アフリカのオーナーシップの活用、日本の経験の活用を柱にTICADを通じた協力を進めてきた。
コロナ感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻による食料・エネルギー問題の深刻化に加え、中長期的な気候変動問題への対応など「アフリカの多重危機」が迫り、2030年「飢餓ゼロ」を掲げるSDGs目標2の達成が危ぶまれている中、アフリカの食料安全保障と経済全体の成長の観点からアフリカ農業開発協力は極めて重要であると指摘している。
具体的なアフリカ農業支援として、6項目を示している。①「稲作協力(CARDフェーズ2)」は、2030年のアフリカのコメ生産倍増を掲げ、安定的な生産拡大、バリューチェーンの構築強化を目指す。②「小規模農家の育成(SHEP)」は、小規模農家のビジネスマインドを支援し所得向上を図るもので小規模農家100万世帯を目標に普及を図っていく。③「食と農を通じた栄養改善(IFNA)」は、人間の安全保障の観点からアフリカの低栄養人口の削減に取り組む。④「民間企業のアフリカ進出支援(AFICAT)」は、コメ生産における農業機械化などに民間企業と連携して取り組む。⑤「農業農村開発と気候変動」は、参加型灌漑開発、水資源の効率的利用、農業保険などに取り組む。⑥「IT/デジタル技術の活用」は、種子や肥料など農業投入財、気象データ、農業技術、市場価格などの情報提供や取引など農業分野のデジタル化に取り組む。
JICAのアフリカ農業分野での取り組みは、小規模農家の生活・生計向上の支援を通じて「考える農家」を育成し、持続可能な農業開発につなげることを主眼に置き、民間企業とともにアフリカの食料安全保障と経済成長への一翼を担っていくとの考えが明快に示されている。
Keynote1 「アフリカにおける農林水産分野の取組 ~TICAD8に向けた課題~」
農林水産省輸出・国際局参事官の吉岡孝氏の寄稿である。
農水省のアフリカ協力は、農業の生産性向上、農産物の加工、流通・消費に至るフードバリューチェーン全体を見据え、官民連携によるアフリカ支援を推進している。加えて、気候変動への対応、持続可能な社会の構築、栄養改善、農産品のフェアートレード、トレーサビリティによる安全安心な食品の提供、農業デジタル化などグローバルな課題への対応が重要になってきていると指摘している。現在、農水省からはアフリカ12か国に大使館職員を派遣し、各国政府やプロジェクトにJICA専門家として派遣するなどしてアフリカ協力やビジネス支援に取り組んでいる。
こうした中、農水省は、昨年5月、「みどりの食料システム戦略」を策定し、国内外で持続可能な食料システムの実現へ大きく舵を切った。そして、「国連食料システムサミット」(2021年9月)において菅前総理は世界の持続可能な食料システムに貢献していくことを表明した。また、農産品・食品の輸出促進の目標を2030年に5兆円とする目標を掲げ、輸出促進と二国間・多国間の国際協力を一体的に推進する方針を打ち出している。今回のTICAD8においては、この二つの新たな施策を踏まえ、取り組みの方向性を説明している。
まず、気候変動問題等に対応して、持続可能な農業生産・食料システムの構築を支援する。これには干ばつや洪水といった気候変動の適応策としての灌漑排水、スマート農業などが含まれる。森林分野では、森林減少や森林劣化の抑制、人材育成など持続可能な森林経営を後押しする。また水産分野では、持続可能な水産資源の管理や環境負荷の少ない漁法の普及にも取り組んでいくとしている。
次に、農産物の輸出促進と現地でのビジネス拡大支援については、アフリカにおけるビジネス拡大に向けた二国間協力やビジネス実証等の支援、日本の食品企業による栄養改善に向けた取り組みの支援を進めていく。
さらに、アフリカが直面する喫緊の課題として新型コロナ感染拡大やウクライナ危機に伴う世界的な食料安全保障の問題がある。アフリカにおける食料安全保障の確保、フードバリューチェーンの強化、輸出規制の規律強化といった国際貿易ルールについての国際的な連携を推進していくとしている。
Keynote2 「脱炭素時代のアフリカ農業開発」
ササカワ・アフリカ財団(SAA)技術統括部長の花井淳一氏の寄稿である。
SAAでは、アフリカで深刻化する気候変動と土壌劣化の問題に対処するため、環境再生型農業をベースに①持続可能な農業集約化、②市場志向型農業、③栄養に配慮した農業、を重点領域として小規模農家の食料・所得・栄養の安全保障の実現を目的として活動している。
地球温暖化対策としての脱炭素化に関して、農地の炭素貯留機能が注目を集めている。有史以来の農耕によって、化石燃料により排出された炭素量2700億トンを大きく上回る4500億トンの土壌中炭素が失われており、これは、土壌が膨大な炭素貯留ポテンシャル持つことを意味すると言う。土壌のマルチングと不耕起、有機物施用を中心とした保全農業により、土壌の肥沃化(農業生産性の向上)と土壌の有機炭素の増加(農地炭素貯留)を図るという理論が提唱されている。
アフリカの場合、小規模農家の化学肥料の使用量は望ましいレベルよりはるかに低く(20㎏/ha)、収量や収入を犠牲にして化学肥料や農薬の使用を減らすよう強いるのは非現実的であり、アフリカ独自の視点で環境再生型農業を推進する必要があるとしている。SAAの目指す環境再生型農業とは、「土壌の健全性の回復を通じて農地を肥沃で生産性の高いものにし、ひいては農家の生計を守ること」とし、最小耕起、土壌のマルチング、輪作・間作、品種選定(高収量、耐乾性、耐病虫害)、最適な無機・有機肥料の組み合わせ、土壌浸食防止工(土提、排水溝)などの農法を推進していくことと説明している。
具体的にエチオピアにおいてSAAが取り組んでいる2つのプロジェクトを紹介している。一つは、「環境に配慮した市場志向型農業推進プロジェクト」で、節水・節肥料型の農法、小規模農家の収入向上と栄養改善、温室効果ガスの排出抑制を目指している。もう一つは、傾斜地における保全農法として牛耕用の犂の改良を図り、等高線に沿った1回の耕起で表土破砕ができテラスを形成する「ベルケン犂」の普及に取り組んでいる。
Keynote3 「アフリカにおける農業デジタル化基盤の構築」
前回のTICAD7で官民連携による「アフリカ農業イノベーションプラットフォーム構想」が発表されたことを受け、JICAは、アフリカ農業のデジタル化基盤の構築にかかる調査を実施した。この調査を統括したNTCインターナショナルの鶴谷氏の寄稿である。
アフリカでは携帯電話を中心として情報化・デジタル化が急速に進展している。農業分野でも小規模農家の生産増加、収入拡大や販売機会の確保、付加価値の向上、金融サービス経営支援などを目指すデジタル化基盤サービス(ICTを活用したサービスプラットフォーム)の展開が進んでいるという。今回の調査によりアフリカ全体で242件の農業デジタル化サービス基盤を確認した。そのサービスの類型は、①農家に対する農業情報の提供や営農支援アドバイス、②農家と農産物・農業資材のマーケットリンケージ(価格情報を含む)、③農家とフードバリューチェーンにかかる事業者との関係構築、④農家の金融・決済のサービス、⑤その他の5類型に分類される。コロナ禍の人の移動が制限される状況下でフードバリューチェーンの目詰まりが顕著になる中、一部の農家は、デジタル化基盤を活用し、情報収集、調達先や販売先の確保、デジタル決済を試みるなどパンデミックはデジタル化基盤の利用を促進したと指摘している。
アフリカのフードバリューチェーンは、伝統的、複層的な流通構造のため、市場価格の形成や流通量の調整といった市場機能が働きにくく、需給のミスマッチや情報の非対称性が大きな課題である。こうした状況の改善には、情報プラットフォームの確立・普及が重要であり、フードバリューチェーンのステークホルダーが参加するデジタル化基盤を活用した「電子農協」というビジネスモデルを提言している。現状ではアフリカにおける電子農協の取り組みは小規模なものにとどまっており、卸売市場の機能を備えた電子卸売市場の展開が必要と指摘している。日本企業の参入機会という点では、日本で展開されている農業データ連携基盤(WAGRI)に優位性があるのではないかと指摘している。
Report & Network
東京農業大学の高根務教授から「東京農業大学とアフリカの農業・農村開発」について報告している。東京農業大学はタンザニアのソコイネ農業大学、ケニアのジョモケニヤッタ農工大学、ジブチのジブチ大学と連携協定を結び、国際農業開発学専攻分野における留学生の相互派遣、教員の研究交流を行っている。特に大学院生が在学しながらJICA海外協力隊に参加してアフリカの各地で調査研究を深めていく仕組みは興味深い。
株式会社三祐コンサルタンツの家泉達也氏から「ザンビアの小規模灌漑開発の事例紹介」である。村落や農家グループ単位で、現地入手可能な材料で簡易な取水堰と用水路を建設するという参加型の小規模灌漑によって零細な農家の所得向上と市場志向型農業の導入をはかる「持続可能な地域密着型小規模灌漑開発プロジェクト(COSBI)」を紹介している。COSBIの効果(乾期作導入、農家の収入増加、栄養の改善など)と普及の状況について報告している。
エチオピア農業省農業政策アドバイザーの浦杉敬助氏(農水省からJICA専門家として派遣)からエチオピアのコメをめぐる事情とコメ政策についての報告である。エチオピア政府は、コメの需要増大に対応して、国内産のコメの品質向上と増産を目指しており、日本が協力する「エチオライス」プロジェクトについて報告している。また、エチオピアへの農業協力や民間投資を官民連携で進めていく機運が醸成されていることについても報告している。