2022.8 AUGUST 66号

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REPORT & NETWORK

東京農業大学とアフリカの農業・農村開発

東京農業大学 国際農業開発学科 教授 高根 務

1 はじめに

 東京農業大学は、6学部23学科を擁する農学の総合大学である。大学の基本理念は「実学主義」であり、農業や農業関連産業の現場に密着した教育研究を志している。大学には途上国の農業・農村開発にかかわる教員や学生も多く、アフリカの国々とも様々なネットワークを構築している。以下では、海外で農業・農村開発にかかわる人材の育成を目指している国際農業開発学科および大学院国際農業開発学専攻の事例を中心としながら、東京農業大学とアフリカの農業・農村開発との関わりについて見ていきたい。

2 教育研究の特徴

 実践的な教育研究を重視する東京農業大学では、教室内での講義だけではなく、さまざまな実習プログラムが用意されている。たとえば国際農業開発学科では、1年次から3年次まで農業実習が必修となっている。実際に畑に出て農作業を経験し、農業生産の基礎を学んだ経験は、卒業後に海外の現場に出た場合に重要な糧となる。また東京農業大学では沖縄県宮古島市に宮古亜熱帯農場を有しており、国際農業開発学科の学生は3年次にこの農場で実習をおこなって、熱帯・亜熱帯の農作物生産についても学修する。アフリカをはじめとする途上国からの留学生の多くはこの宮古亜熱帯農場で熱帯作物に関する実験や研究に従事しており、日本にいながらにして熱帯地域で生産されている作物の研究をおこなうことができる。

 国際農業開発学科では、学生が正規のカリキュラム以外で途上国に出かけて調査するケースも多い。学科の教員の中にはアフリカでの長期滞在経験者や現地の研究機関と共同研究をおこなっている者も多く、またアフリカからの留学生も多いため、これらのコネクションを利用して現地で調査を行う機会を得ることができる。たとえばある学生は、学部4年生の時に日本人大学院生とともにマラウイに出かけ、東京農業大学の大学院に留学中だったマラウイ農業省職員のつてを使いながら現地の農村で調査を行った(写真1)。この学生は学部卒業後に大学院に進学し、調査の結果を学術誌に論文として刊行した。このような現場での調査に基づく研究は、学部・大学院の両方で推奨されている。

写真1 学生による現地調査(マラウイ)
写真1 学生による現地調査(マラウイ)

3 東京農業大学とアフリカとのかかわり

3. 1 JICA派遣の留学生受け入れ

 東京農業大学大学院の国際農業開発学専攻では、留学生の受け入れを前提としてすべての授業を英語でおこなっている。大学院教育の完全英語化は、JICAから2007年末にアフリカからの留学生受入れの打診を受けたことに端を発しており、以後多くのアフリカ人留学生が国際農業開発学専攻で修士・博士の学位を取得している。まず2009年には、JICAがタンザニアで実施している「灌漑農業技術普及支援体制強化計画プロジェクト」から2名の留学生を受け入れた。続いて2010年からは「課題別研修(長期)アフリカ・コメ生産普及コース」のもとで9名が学位を取得し、2013年から始まった「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ」(通称ABEイニシアティブ)のもとでは、国際農業開発学専攻以外の専攻でもアフリカからの留学生受け入れを開始した。最近ではこれらに加え、「食料安全保障のための農学ネットワーク(Agri-Net)プログラム」などの留学生も含め、ほぼ毎年アフリカ各国からの留学生を受け入れて現在に至っている(写真2)

写真2 アフリカからの留学生と筆者(中央)
写真2 アフリカからの留学生と筆者(中央)


 留学生が学ぶ専門分野も、作物学、育種学、作物保護学、農業開発経済学、農村社会学、農業工学など多岐にわたっている。東京農業大学大学院では、農業・農村開発に関係するあらゆる分野の教育研究をおこなっていることから、アフリカからの留学生は自分に合った専門分野を選びやすい。またJICAから派遣されてくる留学生は、農村での現場経験を一定年数踏んだ中堅・若手の優秀な実務家が多く、同じ大学院で学ぶ日本人学生にとっても大きな刺激となっている。

3. 2 アフリカの大学との連携

 東京農業大学では、ソコイネ農業大学(タンザニア、2009年~)、ジブチ大学(ジブチ、2013年~)、およびジョモケニヤッタ農工大学(ケニア、2020年~)と連携協定を結んでおり、留学生の受け入れと農大からの留学生の派遣、および教員間の研究交流をおこなっている。このうちソコイネ農業大学からは、2010年から2021年までの間に12名の長期留学生を学部および大学院に受け入れてきた。また東京農業大学からは同期間に5名の学生が長期派遣(半年から1年)されており、2022年度はさらに2名の長期派遣が予定されている。またこれら長期派遣の他に、夏休みを利用した2~3週間の短期派遣も実施されており、毎年多くの学生が参加して現地学生との交流や農業の現場体験等をおこなっている。

 また2020年度には文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」に、東京農業大学が提案した「アフリカの栄養改善活動をフィールドとする協働実践型教育プログラム」1が採択されている。このプログラムは、ソコイネ農業大学とジョモケニヤッタ農工大学との連携のもと、双方向の学生交流を通じて、アフリカの食と栄養改善に貢献する次世代リーダーの育成を目指すものである。このプログラムの実施により、両校と東京農業大学との間の学生交流や教育面での連携がますます活発化することが期待されている。

3. 3 大学院に在学しながらJICA海外協力隊に参加

 東京農業大学の大学院博士前期課程(修士課程)では、JICAとの覚書の締結にもとづき、大学院に在学しながらJICA海外協力隊に参加することができる。このプログラムでは、通常は2年間の修士課程に4年間在籍し(学費総額は2年の課程と同じ)、大学院在籍中に協力隊として2年間現地で活動する。そのため大学院で学んだ専門知識を現地での活動に生かすことができ、また現地での活動経験や知見を修士論文の執筆に生かすことができるため、農業農村開発分野を専門とする大学院生にはメリットが大きい。この制度を利用して、大学院国際農業開発学専攻から2017年~2021年の期間に4人の大学院生がJICA海外協力隊に参加した。

 例えばある学生は、この制度を利用して大学院に在籍しながらJICA海外協力隊としてタンザニアの農村に派遣された(写真3)。この学生は学部時代からアフリカの農村開発に興味を持ち、東京農業大学の協定校であるソコイネ農業大学に1年間留学してタンザニアのジェンダー問題について調査をおこなった。大学院ではアフリカ農村におけるジェンダー格差の現状と課題を修士論文の研究テーマとし、在学中にJICA海外協力隊として再度タンザニアに滞在している。東京農業大学が持つ独自の制度やアフリカとのネットワークをうまく活用して、自分の興味のある分野の研究と経験を積んでいった好例の一つといえる。

写真3 JICA海外協力隊でタンザニアに滞在中の大学院生
写真3 JICA海外協力隊でタンザニアに滞在中の大学院生

3. 4 国際熱帯農業研究所(ナイジェリア)とのヤムイモ共同研究

 ナイジェリアにある国際熱帯農業研究所(International Institute of Tropical Agriculture, 以下IITAと略す)は、国際農業研究協議グループ(CGIAR)に属する国際的な研究所である。同じCGIARに属する在アフリカの研究所としてはアフリカ稲センター(Africa Rice Center)があるが、IITAでは稲以外の熱帯作物(ヤムイモ、キャッサバ、豆類、バナナなど)の研究をおこなっている。

 東京農業大学国際農業開発学科では、熱帯作物学研究室が中心となってIITAとヤムイモの生産性改善のための技術開発に関する共同研究を2006年から進めている。ヤムイモは西アフリカ一帯で重要な主食となっている作物(写真4)だが、コメや小麦などの他の主食作物と比べて生産性改善に関する研究が遅れている。熱帯作物学研究室ではこの未開拓の研究分野にIITAの研究者たちと挑み、挿し木増殖と組織培養技術を併用した新しいヤムイモ種苗の生産システムの開発や、季節を問わず継続的に生産できる周年生産技術の開発、窒素肥料がない土壌でも生育の良い品種の発見や、少肥料投入型の生産技術の開発などをおこなってきた。またこの共同研究の過程では、多くの大学院生がIITAに長期滞在して研究をおこなったのに加え、IITAの若手研究者がJICA等の奨学金を得て東京農業大学大学院国際農業開発学専攻に留学し、修士の学位を取得している。

写真4 ヤムイモは西アフリカの重要な主食のひとつ
写真4 ヤムイモは西アフリカの重要な主食のひとつ

 ちなみに先述の東京農業大学宮古亜熱帯農場ではヤムイモの栽培もおこなわれており、長年IITAでヤムイモの研究に携わってきた教員が日本人学生や留学生の研究指導にあたっている。ナイジェリア、東京、宮古島の3地点を結び、長期にわたる人の交流をともなったヤムイモ研究が進行しているわけである。

3. 5 バイオバーシティ・インターナショナル(ケニア)との栄養改善プロジェクト

 ケニアのバイオバーシティ・インターナショナル(正式名称:国際植物遺伝資源研究所-IPGRI)は、植物遺伝資源の保全活動と農業生産物多様性の研究をおこなっており、上記のIITAと同じく国際農業研究協議グループの研究所の一つである。東京農業大学では2018年にバイオバーシティ・インターナショナルと協定を結び、ケニアにおける地域農産物の利用促進による栄養・生活改善を目的としたプロジェクトに参加して、地域農産物の栄養分析や機能性評価などの調査研究をおこなっている(詳しくは参考資料を参照)。

 ケニアの農村で伝統的に栽培されてきた多様な地域農産物や野生利用の植物は、住民の重要な栄養源・収入源となっている。しかし、これらの農作物や植物の農村世帯での利用実態や、その栄養成分・機能成分についてはほとんど解明されていない。この分野の調査研究をおこなうため、東京農業大学からは複数の学科の教員と学生(大学院生と学部生)が参加してプロジェクトが進められている。

 調査研究で不可欠なのは、現地で利用されている地域農産物や野生植物に関する詳細な実態調査である。この調査のため、学生たちは現地の農家に1~2週間ホームステイしながら、毎日の食事内容とその重量、使われた食材の内容と重量、食材をどこから調達したのかなどを詳しく調べて、栄養改善に向けた基礎データを収集した。農家に滞在中はデータ収集だけでなく、農作業や家事の手伝いを通じて農家の生活をまるごと体験するため、学生にとっては日本では得難い人生経験となる。

3. 6 ジブチでの砂漠緑化と乾燥地農業

 北東部アフリカに位置する小国のジブチでは、降雨量が少なく農業生産には大きな困難がともなう。東京農業大学では、生産環境工学科が中心となって1991年から長期にわたってこの国の砂漠緑化と乾燥地農業の実現に取り組んできた。

 2018年度からは、ジブチでの長年の取り組みをベースとした研究プロジェクトが、科学技術振興機構(JST)の「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」に採用された。研究プロジェクト名は「ジブチにおける広域緑化ポテンシャル評価に基づいた発展的・持続可能水資源管理技術確立に関する研究」2であり、ジブチの水資源分布・循環経路・持続可能利用量を把握し、農牧業の展開地域を広げることを目指している。プロジェクトでは、ジブチ全土において緑化力・牧養力・水資源の現状把握をおこなったうえで、節水型農牧業や循環型森林農業をベースとした実験農場の開発を目指している。プロジェクトには東京農業大学の多くの学科の教員や学部生、大学院生が参加しており、ドローン空撮による作物生育モニタリング、ソーラーパネルを使った地下水くみ上げ実験、緑化・農地化のポテンシャル評価など、多岐にわたる分野の調査研究が実施されている。

4 おわりに

 上記に紹介した以外にも、東京農業大学の教員や学生はさまざまな形でアフリカの農業・農村開発にかかわっている。農業関連のあらゆる専門分野の学科や研究室がそろっているところが東京農業大学の特徴であり、今後もアフリカ各国からの多様なニーズにこたえながら、学生や教員の相互交流を深めていくことになるだろう。


[参考資料]
入江憲治, 森元泰行, Patrick Maundu (2019):アフリカ地域の生活習慣や食文化に適応した新たな栄養評価法の開発 -食物の多様化による健康と栄養改善-, 農業, No.1651, pp. 27-35.

1 詳細は, https://tenkai.nodai.ac.jp/を参照.


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