2022.8 AUGUST 66号
REPORT & NETWORK
1 はじめに
エチオピアでは、国家の長期経済計画である10カ年開発計画(2021-2030)が2021年2月に国会で承認された。この計画では、これまでの「農業が主導する産業政策」から「自国経済全体の生産性と競争力を強化する政策」への転換と、公共部門主導から民間部門主導の経済への転換が打ち出された。現在は、これに基づき歩を進めている。
他方、エチオピアの主要穀物のうち、特にコメの輸入量が近年急増し、国の外貨不足の一因となっており、輸入への依存からの脱却が求められている。
また、エチオピア農業省農業政策アドバイザーは、JICAの個別専門家として2002年より日本の農林水産省からエチオピアの農業省へ約20年にわたり継続的に派遣されており、筆者は第7代目となる。アドバイザーの業務は、その時代のエチオピアの農業開発の課題に対し、日本の強みを生かした支援を行うものであり、近年は農産加工や栄養と並ぶ柱としてコメに注力している。
こうしたことより、ここでは10カ年開発計画に基づくエチオピアの農業を取り巻く状況に触れた上で、農業政策の中で重要性が増しているコメを中心に、その課題と日本の最近の取組について紹介する。
2 10カ年開発計画(2021-2030)
計画の中で、特に農業に関係する部分を次に紹介する。
(1) 直面している課題
エチオピアからの輸出は、これまでコーヒーをはじめとした少数の農産物に頼っており、大きな付加価値もなかったため、大きな輸出収入を確保できていない。その一方で、国の経済活動に必要な輸入商品の需要が増加しており、貿易赤字が拡大している。
また、これまでエチオピアが過去数年間で記録してきた急速な経済成長は、主に多額の債務と外部援助による大規模インフラ開発によるものだった。しかしながら、その成長は継続的なインフレを引き起こし、生産性の向上や適切な雇用を伴わなかった。加えて、大きな債務負担が足かせとなって、急速な成長のペースを維持することは困難になっている。
(2) 経済発展のための新たな視点
より多くの外貨を獲得するため、農業関連を含む輸出商品については、生産性を高めつつ付加価値を生み出し、国際競争力を向上させる。(備考:これまでは農業の生産性のうち労働生産性については、必ずしも重視されてはいなかった。この背景には、農業政策において「農村の豊富な労働力を活用した労働集約的な農業」の推進が重視されていたこともある。計画では労働生産性の向上を目指している。)
また、大量の外貨流出につながる輸入商品については、輸入代替戦略を実施する。これには、食料品である小麦、食用油、そしてコメも含まれる。(備考:これは、農業分野が2020年時点でGDPの3割を超える大きなシェアを占める一方、農産物の輸入が大量の外貨を流出させていることから、厳しい目を向けられていることを意味する。)
さらに、政府は、民間部門を成長促進のリーダーとして位置づけ、民間部門が直面する課題に対応するため、官民パートナーシップを強化する。
(3) 農業開発の方向性
農業開発は、農業の生産性をより向上させ、かつ競争力のあるものにし、農民と牧畜民の収入と暮らしを向上させ、貧困を終わらせることを主な目的とする。農業開発の役割は、農業の近代化による国民の食糧と栄養のニーズの充足、産業部門への原材料の供給、付加価値のある農産物の輸出、農村での雇用機会の創出、気候変動が農業に与える影響の緩和である。農業開発の重点分野は表のとおり。
重点分野 |
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1 |
灌漑開発による天水農業への依存の軽減 |
2 |
農業の機械化を促進する各種サービスの拡大 |
3 |
小規模農民の経営面積を拡大する農地支援 |
4 |
畜産、飼料生産、家畜の健康の改善 |
5 |
園芸作物の生産拡大 |
6 |
農業への民間投資家の参加の拡大 |
7 |
農業政策を実現するための実施体制の構築 |
8 |
農業関連の雇用機会の創出 |
9 |
気候変動に対する農業のレジリエンスの強化 |
3 エチオピアのコメをとりまく課題
(1) コメ輸入の急増
エチオピアでは、近年、コメの輸入が急増しており、その自給率は10%近くまで低下している(図1)。しかし、このことは日本のみならずエチオピア内でもほとんど認識されていない。エチオピアの代表的な主食は、テフと呼ばれる穀物の粉を水に溶いて発酵させたものをクレープ状に焼いたインジェラ(写真1)であり、炊いたコメではない。テフは単収が著しく低く、近年は価格が高騰している。このためインジェラにテフに比べて値段が安いコメ粉を多く混ぜることが一般的になった。結果、コメの国内生産が追い付かず、輸入が急増して深刻な外貨不足の一因となっている。
(2) 伸びていない単収
コメを含む穀物の作付を増やすインセンティブの一つが単収の高さである。しかし、エチオピアでは、コメ以外の主要穀物の単収が過去10年で1.5倍以上になっている一方、コメはほぼ横ばいの状況である(図2)。その理由には様々なものがあるが、一つに水不足がある。エチオピアの稲作は水供給を降雨に依存する天水稲作であるが、主産地の一つであるアムハラ州のフォゲラ平原では、最も水を必要とする出穂期には雨季が終わっており、この時期の水不足が収量の制限要因となっている(図3)。
(3) 稲作の機械化の遅れ
稲作では、一部の大規模な企業的農場を除いて農業機械の利用はない。播種前の耕起や刈取後の脱穀は畜力に、その他の作業は人力に頼っている。特に、天水稲作の条件下では、農民は雨季に入ってから急いで耕起と播種を行わざるを得ないため、作業が短期間に集中する特徴がある。また、鎌で株を地際(株元)から刈り取る作業と、ほ場での牛の踏圧による脱穀とを組み合わせた収穫方法(写真2)は、地面に多くのもみを残しておりロスが大きい。さらに、この方法は作業効率が悪いことから、収穫が遅れ、コメが過乾燥し、割れ米の増加につながっているという指摘がある。
(4) 輸入米に比べて劣る品質
エチオピア国産米は、粒が整った輸入米とは異なり、見た目が悪く、割れ米が多く、もみ殻や石などの雑物の多さもあり、コメ粉にして使うインジェラ以外の利用は限られている(写真3)。都市部では日本のようにコメを炊いて食べることも多いが、レストランなどで利用されるのは輸入米である。エチオピア国産米の末端価格は、輸入米(整粒米)の三分の一以下(2021.7時点)で「くず米」の扱いである。このため、農民の収入は上がらず、増産へのインセンティブが働かないのが実情である。
4 日本の取組
(1) JICAのコメプロジェクト
エチオピアでは、2013年にJICAの支援で国立イネ研究研修センターを建設するとともに、2015年11月から2021年5月には技術協力プロジェクト(エチオライス)によって、育種や栽培法の研究、研修教材の作成などを行ってきた。2021年9月からは、その後継として、コメの増収や品質向上を直接的に支援する新規プロジェクト(エチオライス2)をスタートしている。これは、国立イネ研究研修センターの研修機能を強化しつつ地方政府とも協力し、現場レベルで生産から精米・流通に至るまでの技術普及を総合的に行うものである。
また、2021年にはエチオピア政府とJICAによる共同パイロット事業として、青ナイル川の水源であるタナ湖の沿岸部において、豊富な地下水と平均9時間を超える日照時間を最大限に利用したソーラーポンプ灌漑システム(図4)を導入している。エチオライス2では、これを活用して得られる経験や教訓も踏まえながら、灌漑稲作及び乾季作物の導入によるコメ増産と農民の飛躍的な収入向上を狙っていくこととしている。例えば、前述のフォゲラ平原では、これまでは乾季に水が無かったため、稲作は雨季に入ってからの直播栽培しか選択肢が無く、雨季の日数だけでは生育期間が足りずに出穂期は乾季に入っている。これを打開するため、雨季に入る前に灌漑で育苗し、雨季の開始後に移植する移植栽培の導入で、出穂期を前倒しして増収を狙う選択肢が考えられる。これは今後、増収効果だけでなく、移植後の除草を含む労働時間の違いも実証しながら、農家へ普及することになるであろう。
(2) 官民連携
筆者は、エチオピアの農業に関係する日本人が月一回集まって情報共有や意見交換をする場(月農会)をWeb会議形式で運営している。これは、もともとエチオピアのJICA専門家を対象に対面で行ってきたものであったが、Covid-19に伴うWedでの会議開催が必須になったことに行い、対象をJICA専門家以外にも拡大し、テーマもエチオピア農業全般に拡大した。現在、メンバーは、日本国大使館、JICA、JETRO、日本の民間企業などの関係者である。最近では、エチオピアへの参入を目指す民間企業からの参加が多くなっている。月農会の主な目的の一つは、関係者間のネットワークを最大限に活用し、エチオピアの政府、研究機関、大学、民間企業とを結ぶことによって、日本の製品や技術を輸出することである。例えば、有機JAS資材に認定されている肥料である植物活性用バクテリア製剤(商品名:東京8)について、JICAプロジェクトの活動地区や大学の試験ほ場を活用して実証試験を開始している(写真4)。
また、月農会では、日本のODAの方針である「対エチオピア開発協力方針」をメンバーに周知するとともに、その改定に際してメンバーから現地情勢、課題、今後の方策等についての意見をまとめる試みも行ってきた。今後も関係者が一体となった取組を推進していく。
5 おわりに
エチオピアの農業開発は、日本の限られたODAを最大限に活用しつつ、日本の政府と民間企業とが協力して進めていく必要がある。エチオピアへの参入には、外貨不足や輸出手続の煩雑さなどの様々な障壁があるのは事実であるが、小さなことからでも参入実績を積み上げ、日本の技術や製品のニーズを高めていく不断の努力が必要である。