2022.8 AUGUST 66号
Keynote 1
農林水産省輸出・国際局新興地域グループ 参事官 吉岡 孝
1 はじめに
本年2022年は6年ぶりにアフリカ開発会議(TICAD)がアフリカで開催される年であり、今回の第8回アフリカ開発会議(TICAD8)は8月27日及び28日にチュニジアで開催される予定である。TICADは1993年の第1回会合から30年、過去7回の会合が開催されており、今回の会合に向け、TICAD7までの成果を土台としつつ、新型コロナウィルスの拡大やウクライナ危機など新たな国際社会の課題に対応したアフリカへの更なる支援と連携に向け準備が進められている。TICADの立ち上げ以降、欧米諸国や中国・ロシア等もアフリカ諸国との定期対話の場を設けているが、我が国としても、欧米・中国等とは異なった視点で、我が国ならではの協力事業を打ち出していくことが求められている。
食料や農林水産分野は、アフリカにおいて長く根源的な課題として取り組まれており、我が国もTICADの開催以前から、日本の灌漑農業技術やフードバリューチェーンの手法等を活用した生産性向上の取組と、現物による食料支援を進めてきた。特に昨今のアフリカの農林水産分野で直面する課題として、農業生産性向上、食料安全保障の確保といった従来からのイシューに加え、気候変動対策の要となる森林の保全、欧米をはじめ関心の高まるフェアトレードやトレーサビリティへの対応、デジタル技術等の新技術を活用したフードバリューチェーンの改革など、様々な課題にも対応していくことが求められている。こうした中で、我が国としても技術・ノウハウを有する研究機関や産業界と連携してアフリカでの課題解決に貢献していくことが重要であり、農林水産省としてもJICA・JETRO・関係企業その他の関係者とともに検討を進めているところである。
気候変動問題等を含むグローバルな課題に対して、国際コミュニティの議論も進展している。昨年5月、農林水産省は、持続可能な食料システム実現のため「みどりの食料システム戦略」を策定した。各国・地域ごとの違いを踏まえた多様な農業・食料生産を通じて、世界の食料システムを持続可能なものとすべく、昨年の「国連食料システムサミット」において菅前総理大臣から本戦略に基づく提案を行ったほか、東南アジア諸国との合意文書を締結するなど、各国との連帯の輪を広げているところである。今般のTICAD会合を機に、アフリカ各国とも連帯を図り、グローバルな議論におけるパートナーとして、問題解決に貢献していく考えである。
また、我が国の農林水産業の持続的な発展の上で、農産品及び食品の海外輸出の促進が一層求められている。既に昨年に1兆円の輸出額目標は達成し、新たに2030年の5兆円の目標に向け、農林水産省としても様々な支援策を用意し取り組んでおり、昨年7月には輸出促進と二国間・多国間の国際協力事業等を一体的に推進すべく農林水産省内に新たに「輸出・国際局」が設置されたところである。
本稿では、こうしたアフリカの農業・食料を巡る課題や農林水産省の取組を紹介するとともに、私見も交えつつ、今後のアフリカ各国との協力や現地ビジネスの展開に向けた方策について論じることとしたい。
2 農林水産省におけるアフリカでの取組と課題
農林水産省では、アフリカにおける農業の生産性向上や貧困対策、栄養改善、フードバリューチェーンの構築等、様々な課題に対応して協力事業を行ってきた。例えば専門家を派遣した現地指導や、デジタルなど新技術を活用した生産性向上、JICAや各企業、また国際機関とも連携して事業を行っている(図1)。
図2は各国での取組をアフリカ各国の地図に示したものであるが、農林水産省では、職員5名をJICA専門家として派遣しているほか、12か所の現地の日本大使館も含め職員計17名を派遣して、現地政府との協力事業や、現地でのビジネス進出の支援を行っている。
JICA専門家の活動は多岐にわたっており、エチオピアやガーナにおいては、稲作支援として灌漑排水技術の導入や農民参加型の維持管理体制の構築等を通じて、米生産量の拡大と持続的な農業の実現を目指している。灌漑排水は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書においても干ばつ等に対する気候変動適応策として位置付けられており、2021年の国連気候変動枠組条約第26回締結国会議(COP26)の首脳級会合では、岸田総理大臣より新たに表明した2025年までの5年間における約148億ドルの気候変動適用支援の一環として、農業用用排水のコントロールによる渇水・洪水対策等の協力も含まれている。その他、ケニアやコンゴ民主共和国においてJICA専門家は森林分野の協力にも取り組んでおり、ケニアでは主に半乾燥地に対応した森林保全活動や気候変動対策の実施、コンゴ民主共和国では周辺国も含む持続可能な森林経営の導入を支援するなど、途上国の森林減少・劣化由来の排出削減対策(REDD+)や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)等での取組に貢献している。
ビジネス進出支援としては、図3のように、「デジタル農協」の発想でアフリカの小規模農家を支える共同購入や情報提供等の実証事業を立ち上げたところである。2019年のTICAD7まではこうした、アフリカ各国との協力に重点を置いてその農業分野を担当してきたが、この数年で世界の環境は大きく変わり、例えば新型コロナの拡大によるグローバルな食料需給の逼迫、気候変動問題への対応、フェアトレードや森林デューデリジェンスのような新たなルール作りといった課題が生じる中、我が国がどう貢献できるか、これをアフリカでどう実現するかがTICADでの課題になると考えている。
アフリカを含む途上国における気候変動のもう一つの大きなテーマが森林保全である。森林保全については昨秋のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)期間中に開催された首脳級の森林・土地利用イベントでも大きく取り上げられ、我が国も森林減少や土地劣化を食い止め好転させることにコミットし、森林分野の気候変動対策に公的資金の確保を約束した(図4)。また、コンゴ盆地の森林保全を支援することにも約束するとともに、森林減少の最大の要因である農業開発について、森林保全とどう調和させるか、日本の経験と知見が今まで以上に求められている。なお、公的機関だけではなく各国の主要な企業も森林保全の対応を進めており、こうした潮流にも対応するべく、我が国の関係企業とも連携を拡大していく考えである。
アフリカが現在直面している最大の危機は、新型コロナウィルスの感染拡大やウクライナ情勢等の影響に伴うグローバルな食料安全保障の確保の問題であろう。世界の食料需給の逼迫や価格高騰が顕在化し、未曽有の食料安全保障の危機に直面する中で、特にウクライナからの食料輸入の多い北アフリカや、穀物自給率の低いサブサハラ各国への影響が強く懸念される(図5)。また、ロシアやベラルーシ等に大きく生産を依存する肥料の供給難や価格の高騰も、食料生産に悪影響を与える要因として懸念されている。我が国としても、G7や国際機関と連携し、グローバルな食料安全保障の確保とアフリカの食料問題の解決に向けて、輸入代替のための農業生産性向上、国際機関との連携による流通・保管・販売に至るフードバリューチェーンの強靭化支援、輸出規制の規律強化など国際貿易ルール上の対応等に取り組んでいく必要がある。
昨年秋にはグローバルな食料問題について議論する国連の食料システムサミットが初めて開催された。国連のサミットやG7、G20、ASEAN会合等のマルチの国際会議でも食料問題の課題が提起され、国際ルール作りの議論が進みつつある。更に今年に入って、5月以降のG7首脳声明、食料安全保障に関する国連会合等において、途上国特にロシア・ウクライナからの穀物輸入に依存するアフリカ諸国の食料問題の解決が重要課題として挙げられるようになった(図6)。TICAD8においても、持続可能な食料システム構築やビジネス支援等の従前からの課題に加えて、途上国の食料安全保障確保に向けた対応を議論することとなろう。
もう一つの重要な課題は、気候変動問題等に対応した持続可能な農業生産・食料システム構築への貢献である。気候変動に伴う収穫量の減少・洪水等の災害に対応しつつ、持続可能な農業・食料システムの構築を図ることは、特に欧米市場への特定作物の輸出や零細農業が中心のアフリカ諸国において喫緊の課題となっている。我が国としても、COP26やG7のイニシアティブと連携し、気候変動に対応した農業の推進(灌漑排水やスマート農業の導入、アフリカの水や土地等の資源ポテンシャルに配慮した開発等)、持続可能な森林経営・水産業振興策の導入(持続可能な木材サプライチェーンの構築、アグロフォレストリー、養殖振興等の水産資源の管理、環境負荷の少ない漁船・漁法の普及等)等に取り組んでいく必要がある。
最後に、農産品・食品の輸出促進と現地でのビジネス拡大支援もTICAD8の重点課題である。2030年に5兆円の輸出目標の達成に向け、令和3年度補正予算や令和4年度予算でも公的支援のツールが拡充されたほか、今年5月には「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」が一部改正され、輸出に取り組む事業者の支援体制が充実されたところであり、アフリカにおいてもこうしたツールを活用した事業の展開が期待される。特に農林水産省としても、アフリカにおけるビジネス拡大に向けた二国間協力の拡大やビジネス実証等を支援するとともに、昨年12月に開催された東京栄養サミットやサイドイベントの成果を踏まえ、日本の食品企業等による栄養改善に向けた一層の取組を支援していく考えである。
3 TICAD8に向けた論点
こうした課題等を踏まえ、TICAD8に向けた論点を図7に示した。8月末のTICAD8会合での議論に向け、関係省庁・支援機関、産業界、学界等との最終的な議論を行っているところであり、TICAD8以降も、これらの課題の解決と支援策の実現に向け、農林水産省としても着実に取り組んでいく考えである。