2022.8 AUGUST 66号

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BOOK GUIDE

石川 薫・中村 康明 共著

アフリカから始める水の話
アマンズィ・アインピロ-水は命
アフリカから始める水の話
表紙の説明:水の話であるので、水滴があるのはわかりやすい。さらに、この水滴群をよく見てみると何かに見えないだろうか、そう、アフリカ大陸になっているのだ。

1 はじめに

 本書を手にしたとき、まず最初に、『アマンズィ・アインピロ-水は命』という、帯にも書かれている、第1章の標題が目に留まる。

 これまでに全く見聞きしたことのなかったワードであったが、これは、南アフリカ共和国のヨハネスブルグ空港において、飛行機から降りて空港のパスポート審査場にむかう大きな階段の正面の壁に大書きしてある言葉なのだそうである。これに引き続いての筆者の『そこは、ほかの国の多くの空港では「Welcome」(歓迎)と書いてあるような場所である。Water is Lifeが最初の歓迎の言葉とは…。(中略)水こそが生きる礎なのだと厳しい大自然の現実を突きつけられる一瞬である。』のコメントにより、俄然、惹き付けられた。

 また、我々日本人にとって、外国との付き合いに際して留意すべき点として、よく、『水と安全がタダ』という意識が挙げられるが、この点について、元外交官で外務本省、在外公館等で要職を歴任され、外国語にも一般の日本人とは全く次元の異なるレベルで精通しておられる筆者の『「湯水のごとく」という表現をほかの国では聞いたことがない』とのコメントは、この一言で完全に納得できる、強力な説得力を持つものである。

 こうして、本書の世界に入り込み、一気に読み終えてしまったのであるが、著者が見聞きされた水にまつわる歴史・争いごと、現代に存在する世界の水問題を集め、水のすばらしさ、水の大切さ、水にまつわる交流が切々と語られている。小職は、これまでに4回の海外関係の業務を経験しているが、もし、本書で得た知識を以前から知っていたら、もう少し充実した活動ができたかもしれない、と悔やむ気持ちになる。水を扱う農業土木関係者に対して、そして海外農業農村開発に携わる読者に是非推薦したい一冊である。

2 著者の紹介

 本編を執筆された石川薫氏は、川村学園理事、同大学特任教授、国際教養大学客員教授であり、外務省国際社会協力部長、経済局長、駐エジプト大使、駐カナダ大使を歴任された元外交官である。とりわけ、駐エジプト大使時代には、「水は命」「農は国の礎」の信念の下、官民の農業土木技術者を率い、多くの灌漑・農業に関するプロジェクトを成功に導くことにより、日本-エジプト両国の関係強化に尽力された。このような同氏のご経験に裏打ちされ、本編は、幅広い見識から世界各国の水にまつわる史実が、壮大に色鮮やかに紡がれている。

 また、「水のコラム」を執筆された中村康明氏は、1999年に農林水産省に入省され、石川薫氏が駐エジプト大使を務められていた時期には、在エジプト日本大使館員の一人として水資源・農業・環境などの分野の支援を担当し、石川大使のご功績を最も近くで見ていた農業土木技術者である。

 ちなみに、小職も、石川大使に率いていただいていた農業土木技術者の一人であり、そのような縁で、本書の紹介をさせていただいている次第である。

3 著書の概要

 以下に、本書の内容の概観を紹介する。

 「はしがき」においては、『母なる大地、母なる大河、母なる自然、という畏怖と敬愛』について、『子どもも愛する母親は、具合が悪いとは決して自分からは言わない。増え続ける子どもたちが好き勝手にしている間、子どもたちに気づかれないようにそっと体を横たえる時間が少しずつ増えていき、やがて井戸で水を汲むのも、床から起き上がるのもつらくなり、はっと子どもたちが気づいたときには静かに微笑みながら、もう目をあけることはなく横たわっているのだから。』という表現での警告が刺さる。

 第1章『アマンズィ・アインピロ-水は命』については、特に印象深く残ったため、冒頭の「1 はじめに」で触れた。

 第2章『天地人-水の惑星』では、ここでも水の大切さについて語られているが、「地球の表面の約71%は海であるところ、地球上に存在する水の97.4%は海水が占めており、淡水は2.53%にすぎず、しかもその多くは南極大陸、北極や山頂の氷河あるいは地下の帯水層にあり、河川、湖沼、地表に近い地下水など人間が容易に使える水はわずか0.01%にすぎない」ということは見聞きすることが多いが、これを、本書のように『運動会での大玉転がしの玉が地球全体の水の量だとすれば、人が容易に使える水はピンポン玉の量すらない。』と表現されていると非常にわかりやすい。

 第3章『母の愛と死-ナイルとメコン』では、世界でも有数の大河川であるナイル川とメコン川について、古代から現在に至るまでの川と人との関わりについて語られている。偶然に、過去の2度の海外赴任の経験がエジプトとベトナムであった小職については特に興味深く、赴任前に本書で学んだ知識を得ることができていれば、現地で見えるものが違い、聞こえてくるものが違い、もう一段階レベルの高い活動ができたかもしれない、という思いを禁じ得ない。もし、もう一度、ナイル川あるいはメコン川にかかわる機会に恵まれることがあれば、その際には、本書の知識を活かしたい。水は決定的に重要なのである。

 第4章『海が織りなすコミュニティ-インド洋という世界』では、インド洋は、かつて、ユーラシア大陸の広大な範囲で繁栄を謳歌していたエジプト、イスラム帝国、ペルシア帝国、唐、宋などが、三角帆のダウ船でつながれた世界であったところ、『15世紀末から潮目が変わり、砲艦に乗ってやってきたポルトガルに和を乱され、アフリカやアジアのコミュニティは坂道をずるずると滑り落ちるようにヨーロッパ人の手中に落ちていくこととなった』ことを学んだ。そして、時代は下って、インド洋とヨーロッパをつなぐスエズ運河に関わるエピソードとなり、大型船に対応するためのスエズ運河の拡大に我が国が大いに貢献していることを学んだ。また、『スエズ運河と日本の関係は、物理的な工事に限られるものではなかった。日本は、エジプト人の、エジプト人によるスエズ運河を実現するために、ODAで人造りにも邁進した。・・・(中略)・・・やがてスエズ運河庁には専門知識を持つ職員も育ち、自前の浚渫船も持つようになって、スエズ運河は名実ともにエジプト人のものとなった』という記述には、石川駐エジプト大使に、人造りを重視する日本の協力について薫陶を受けたことを思い出した。

 第5章『ニューヨークで雉を撃つ?-安全な水』とは、何が書いてあるのだろう?と惹き付けられる標題である。小職は本書で初めて知ったが、「雉を撃つ」とは、野外排泄の隠語だそうである。そして、標題と直接関係のある内容としては、「SDGsのようにニューヨークの国連総会という場に各国首脳らが集まって決議をしたものであっても、その決定内容が国連加盟各国それぞれの政策、法令、行政、国家予算に具体的に反映されない限り、その国で具体的行動が行われることも、結果が出ることもない。……(中略)……そして、ニューヨークの国連本部の水洗トイレを使う人の祖国では雉を撃つ悪習が変わらない」ことが指摘され、このように、この章では、排水処理、水と衛生の問題について触れており、『衣食が足りれば、貧者や弱者を包摂する余裕と寛容が国家・国の指導者と富裕層に自然に備わるようになるのだろうか。』と問題提起されている。この章の最後は、『人造りをはじめとして自国ができることを粛々と実行し、その足らざるところを協力とパートナーシップで補っていこうということであれば、自助努力とパートナーシップが両輪となって噛み合い、SDGsの目標に近づいていく可能性は高まる。そのとき、特にヨーロッパの旧宗主国が旧植民地に相変わらず「上から目線」で接するのか、それとも相手を一人前の主権国家として敬意をもって接するのか、国際場裏では誰も表立っては言わないが、実はこのことこそ開発において留意すべき点ではないかと長年感じてきた。』と締められているが、このことも、石川駐エジプト大使に薫陶を受けたことが思い出される。

 第6章『青い鳥-水と希望』については、小職としては、『国連が指摘する「包括的なアプローチ」が必要であることは確かにそのとおりだと内心思いつつも、多くの途上国では残念なことに同時にすべての課題に取り組み具体的成果を上げることができるような人材も資金も技術も行政能力もないか、あっても不足している。したがって、多くの開発課題に時間差をつけて何かを先行させて始めなければならないが、その第一歩は、農村であれ、都市のスラムであれ、そこに棲む人たちが尊厳をもって生きられるようにすること、なによりも清潔な水の供給と安心して排泄できる場所をつくることではないだろうか』という記述が、本章及び全体を通しての、一つの、筆者からの重要なメッセージではないかと受け止めている。

4 おわりに

 我が国において水が大切なのは言うまでもないことであるが、海外においてはその重要性は、我が国おけるそれよりも高いということが言えよう。国内においても、海外においても、水にかかわる仕事に携わる者であることの誇りを再認識できる一冊である。


農林水産省 中国四国農政局

宍道湖西岸農地整備事業所 所長

渡邉 泰夫

※勁草書房 本体価格 2,400円


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