─カリフォルニア─
水管理:流域変更と水取引

近畿大学 農学部 教授 八丁信正

1. はじめに
  水は生命の維持、食料生産、生態系の保全などのために必要不可欠な資源であり、その不足や質の劣化は、人間の活動や生存に大きな影響を及ぼす。世界の多くの地域では水不足が深刻化し、地域の開発や環境に大きな影を落とし始めている。今回検討を行ったカリフォルニアは、その発展過程において南部の砂漠地帯(良好な気候と土壌条件)で農業開発が行われ、それに伴い北部の比較的豊富な水資源を南部に輸送(流域変更)する事業が行われてきた。しかし、近年の都市用水の需要増加、環境への配慮(とくに絶滅危惧種に対する水供給の必要性)、水利用の競合と水資源の新規開発の低迷から、農業部門ではいっそうの水利用効率向上や作付体系の高付加価値作物への変更といった対応を余儀なくされている。
  とくに、2 0 0 7 年から始まった3年続きの干ばつにより、北部からの水供給の大幅な削減が行われている。一部は地下水の汲み上げや水の購入(水取引)で対応しているものの、作付面積の減少、ひいては生産の減少につながり、地域経済の深刻な悪化や地下水位の低下という環境劣化につながっている。たとえば、中央平原(Central Valley)最大の灌漑区である、ウエストランド水区のサン・ホアキンやメンドータの町では、水がないため作付ができず、収穫および加工の労働者を中心に失業率が3 0 .5 0%に達し、町の経済や社会が成り立たない状況に陥っている。
  一方で干ばつの影響はあるものの、北部の水供給は逼迫(ひっぱく)しておらず、水を南部に送水するためのデルタのポンプを稼働させれば、危機的な状況は回避できる。しかし、ポンプの稼働や取水は生物多様性(デルタのサケやキュウリウオ科の魚スメルト)の保護の観点から、期間や量が規制されており、必要な水を送水できない状況にある。開発のための水供給と、生物多様性を含む環境保全のための水供給とのバランスをいかにとるかという課題でもある。以下に、カリフォルニアの水資源の開発と管理や水取引の状況および水需給の展望について報告する。

2. 水資源開発と管理の状況
  カリフォルニアの水供給は、平均年である2 0 0 0 年で約8 3 0 0 万AF〔注)A F(エーカーフィート):1エーカー(約0 . 4 h a)に1フット(0 . 3 m)の深さに対応した量で、1 2 3 0 立方メートルに相当〕(約1 0 0 0 億立方メートル)となっており、州内河川からの取水、地下水、コロラド川、連邦プロジェクト、州プロジェクトなどによって賄われている。供給量は表1に示すように年変動が大きく、湿潤年の1 9 9 8 年は約9 5 0 0 万AF、乾燥年の0 1 年は約6 5 0 0 万AFとなっている。また、利用の中心は農業である。カリフォルニアの水資源は北部に約7 0%(多くは積雪) が存在するが、水需要の7 0%は南部が占め、どちらも地域的に偏在している。
  この偏在を解消し、中央平原での過剰な地下水の汲み上げと地盤沈下( 1 9 7 0 年代までに平均で3 0cm、場所によっては約2 1m にも及ぶ)に対応するため、3 0 年代から連邦政府は灌漑用水の供給目的で中央平原事業( C V P ) の建設を開始し、4 9 年に完成している。CVPは2 0 の貯水池と8 0 0km の水路、1 1 の発電所を有し、3 0 0 万.4 0 0 万エーカー( 1 2 0 万.1 6 0 万ha) の灌漑と3 0 0 万人への水供給、2 0 0 万世帯への電力供給を行っている。この事業は連邦政府主導で実施されたため、水の利用者は事業費の1 0%しか負担しておらず、4 0 年償還で利子負担もなく、利用者の負担する水価格は市場価格の1/ 4 .1/ 5となっている。
  その後、拡大する南部の水需要に対応するために、州水事業(SWP)が開始されて、1 9 7 2 年にサクラメント流域からロサンゼルス地域への給水が始まった。この事業では3 2 の貯水池、2 5 の発電所とポンプ場を含む総延長1 0 0 0km を超える世界最大級の水路が整備された。全体計画では4 2 0 万AF(約5 2 億立方メートル)の給水が予定されていたものの、建設資金不足のため、サクラメント川からデルタを迂回しポンプ場に至る迂回水路の建設と北部地域の河川のサクラメント川への流域変更計画が凍結された。その結果、実際の容量に対して、配水されている水量は1 8 6 万AFと半分以下の量となっている。
  CVPもSWPも、ダムなどで貯水した水を放流し、デルタでポンプアップし、長大な水路を用いて南部へ送水する形態となっている。デルタに流入しているサクラメント川やサン・ホアキン川の流出量の約7 0%が上流で取水され、またCVPやSWPの水路を経由して南部へ持ち出されている。結果としてデルタへの流入水量が減少し、塩水遡上、生物多様性の喪失、水質悪化などの環境劣化につながっている。
  そのため1 9 9 0 年代に入って、環境保護団体はデルタの生態系保全を求めて訴訟を起こし、9 2 年に連邦議会はCVP改善法( C V P I A ) を制定し、8 0 万A F の水を環境保全のために配分するように決定した。C V P I A では農民にも水保全対策に対する費用負担を求める一方で、契約の総供給水量を1 5 0 万A F 増大し、農民はC V P の補助金で開発された水を一定の条件が整えば市場取引で売り渡すことも可能にした。
  こうしたなかで水の計画的利用と統合的な調整を行う横断的な機関としてCALFED (州、連邦の2 5 機関が参画)が1 9 9 3 年に設立された。しかしCALFEDは十分に機能せず、デルタ生態系の改善が見られないために、2 0 0 5 年には再び訴訟が起き、0 7 年に連邦裁判所は絶滅危惧種スメルト保護のために、デルタからの水の取水(CVP、SWP) を3 0%程度減少させ、時期も6月から9月に限定するよう決定した。また、サケに対する保全措置も不十分であるとの認識も示しており、いっそうの取水制限が行われる可能性もある。

表1
表1 水供給に対応した水配分の状況(単位:1 0 0 万AF、%)

 カリフォルニアの水供給においては、開発後の状況変化によって取水が制限されて、当初の計画と実際の供給の間にミスマッチ( 約4 1 2 万A F の潜在的不足) が起こっている。この潜在的水不足に追い討ちをかけているのが、干ばつである。とくに2 0 0 7 年から3年続く干ばつは深刻で、降水量は平年比6 3 %、7 2 %、7 8 % であり、ダムの貯水量も軒並み減少し、0 9 年のCVP による農業への配水は契約水量の1 0 %、工業・都市用水は6 0%、SWPでも4 0% と大幅に削減されている。この削減により、中央平原の農業粗生産額は、6 億3 0 0 0 万.7億1 0 0 0 万ドル減少(関連産業も含めると8億5 0 0 0 万.9億6 0 0 0 万ドルの所得損失) し、それに伴う失業は3万1 0 0 0 .3万5 0 0 0 人に達するとされている。また、不足する地表水を補うために地下水への依存が増大し、地下水位の低下と、約1億5 0 0 0 万ドルのポンプ費用の増大をもたらすと報告されている。

写真1
写真2
写真1
「水なし・仕事なし=高い食料価格」の看板
写真2
水不足のために枯れたアーモンド畑

3. 水利権と水取引
  水の権利や取引を考える場合に、水が公共財なのか私有財なのか、あるいは水の売買が資源の適切な配分に有効であるかが議論になる。カリフォルニアでは1 8 0 0 年代の後半に入植が開始され、その時点の水の利用者は、沿岸水利権を保有しており、1 9 1 0 年に正式に水利権として認定されている。また、専用優先権と呼ばれる最初に使った者に高い優先順位があるという水利権もある。許可されない取水でも5年以上継続すれば一定の権利として承認され(Prescriptive rights:時効により得た権利)、これを用いて州や連邦政府は建設した水路への給水を正当化した。
  水取引については1 9 7 6 .7 8 年の干ばつを契機に、8 2 年に水利権者の自発的水譲渡が州法で認定され、8 6 年には余剰水の売買、交換を可能にする法律が制定された。これにより、水利権者は、他の合法的水利権者に被害を与えないという条件のもと、1年以内の暫定措置として取水場所や利用目的の変更を行うことが可能となった。また、8 8 .9 2 年の干ばつは深刻であり、対応策の1つとして水資源局の組織強化が行われ、干ばつ水銀行(Drought Water Bank)が水を買い取り、それを緊急度の高い目的に配分することが可能となった。9 1 年の水取引は8 1 万AF にのぼり、半分以上の水は農地の不作付( 1 7 万エーカー)によって生み出された。購入価格は1 2 5 ドル/ A F に設定され、作付された場合の作物の水消費量によって面積当たりの支払いが行われた。水の購入者は、購入価格に加えて、水を配送する費用も負担する必要がある。
  こうした水の取引や売買に対しては、「そもそも、連邦政府や州政府の補助金によって建設され、安い価格で供給されている水の権利を、再び州政府が高い金で買い取ることにより、一部の農民が大きな利益を得ている」との批判が生じている。干ばつ水銀行による水取引の他に、EWP〔注) E n v i r o n m e n t a l W a t e r P r o g r a m : C A L F E D が2 0 0 0 年に開始したプログラムで、生態系保全のために水の買取管理を行い、貴重な魚類の保全や生態系の修復を行う〕(環境水プログラム)やCVP(とくにCVPIA) による取引があり、近年の全体の取引量( 7 0 万.1 0 0 万AF)に占める同銀行のシェアは1.5%( 2 0 0 2 .0 5 年平均で2万AF)となっている。ちなみに0 9 年の同銀行の買取実績は約8万A F であり、設立当初の8 1 万AFと比べると非常に小さな値となっている。これは、他の取引メカニズム(EWPやCVP)が利用可能となったこと、また0 8 年は穀物の価格が高かったため、不作付けや作物転換による売り手が減少したことが大きく影響したためとされている。水の価格は、水資源局の仲介による売り手と買い手の交渉により決まり、0 9 年は2 7 5 ドル/ AFとなり、2 1 の水取引が成立している。カリフォルニアにおける水の価格は、補助金の投入割合、契約時期、水源からの距離、政治圧力などにより大きく異なる。1AF当たりでSWP( 1 7 .6 2 9 ドル)、CVP(2.6 4 ドル)、メトロポリタン水区( 4 3 1 .4 5 0 ドル)などであり、平均すると農業用水は1 2 0 .1 5 0 ドルとなっている。またEWPにおける、0 3 .0 5 年の買取価格は、平均1 3 8 ドル/ AFであった。
  水の取引を考える場合に重要となるのが、公共信託理論(水や海や河川は人間共通の財産であり、公共の利益のために利用されなければならない)である。公共信託は現存の水利権の上位に位置づけられるものであり、水利権は新たな規制や裁判の結果に対応して見直しの対象になるとされている。カリフォルニア州法では、水は公的利用のためのものであり、規制や管理の対象となり、人々の公共の福祉および利益のために、有用に利用されなければならないとされている。この公共の福祉と利益に、景観や自然、野生生物も含まれるという解釈が行われ、水利権があっても取水に対する規制が行われるようになっている。水の取引や売買は基本的に1年限定で、地域経済や環境に悪影響がないように配慮(不作付地が郡の農地の2 0 % 以内、不付地の1 ブロックの面積は2 7 0 エーカー以内)されている。

4. おわりに
  カリフォルニアでは、水不足が非常に深刻となっている。今後の人口の増大( 2 0 0 9 年で3 7 0 0 万人、3 0 年には5 0 0 0 万人)、気候変動(積雪の融解時期や河川流出の変化、極度の洪水や干ばつ) などの不安定要因を考えると、カリフォルニアの水管理は大きな課題をかかえている。この状況に、南部を中心とした農業や都市の水利用者は、水開発( ダム、水路) や水取引で対応しようとしているが、環境保護団体の訴訟によって身動きの取れない状況に追い込まれている。
  現在、カリフォルニア州では水プラン(California Water Plan Update 2 0 0 9) を改訂中であり、2 0 5 0 年に向けた水ビジョンでは3つのシナリオ分析(〔1〕現状の傾向、〔2〕戦略的成長、〔3〕拡大的な成長)が行われている。こうした需要予測も気候変動の影響を受けるため、どのシナリオにおいても、2 0 0 万AF程度の変動(需要増大) が予測されている。たとえば、これまでの気候変動で、初春のシェラ・ネバダの積雪(地表水の最大の貯蔵庫)は約1 0%減少しており、これだけで1 5 0 万A F の水供給の減少につながっている。
  このなかで農業部門はどのシナリオにおいても、3 5 0 万.4 0 0 万A F の削減が求められている。新たな取水施設や水路の建設は、環境面での規制、資金調達の観点から困難であるとすると、節水、リサイクル、淡水化といった水保全対策が中心になると思われる。また、全体的な水利用の計画や調整を行うべきC A L F E D が政治に翻弄されて、十分に機能していないことを考えると、地域レベルでの水管理や利用システムの整備と政治的コミットメントやリーダーシップが求められる。
  水転用や売買が持続可能な利用や将来の需要増大や変動への対応に有効であるかどうかは、議論の分かれるところである。水取引の有効性を分析した調査では、「一定の成果はあるものの、地域の住民や環境にとって、必ずしも満足のいく結果とはなっていない」と報告されている。また、「補助金を用いて開発された水の権利を販売し利益を上げること」、「水を売る側の地域でも、経済や環境に悪影響があること」を考えると、長期的に水を私有財として売買することには十分な注意が必要である。一方で、現状のようにデルタの絶滅危惧種を守るために水の配水を制限し、農業が行えない状況を作り出すことは、農業地域の社会、経済、環境(植生や生物多様性の喪失、地下水の過剰な汲み上げ)に大きな悪影響を与えることになる。このように水の移動や取引は、移動元のみならず移動先にも影響が発生する。経済、環境、社会面への影響を考慮した、統合的かつバランスの取れた対応を行うことが重要となる。
  この報告は科学研究費「気候変動等による水資源制約が穀物輸出国の生産と日本の食糧安全保障に及ぼす影響分析」の現地調査の結果の一部を取りまとめたものである。

<参考資料>
1.Green, Dorothy( 2 0 0 7)Managing Water: Avoiding Crisis in California. University of California Press.

2.Department of Water Resources( 2 0 0 9) California Water Plan Highlights:Public Review Draft.

インターネット:
* www.watertransfers.water.ca.gov
* www.ca.gov/ drought/bank

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