OECD レポート『みんなのための水管理』
1. レポートの概要
「みんなのための水管理」(Managing Water for All:以下「MWFA」)は、イスタンブールで開催された第5回世界水フォーラムにおいて、2 0 0 9 年3月に経済協力開発機構(OECD)が発表したレポートです。副題は「価格付けと資金配分に関するOECDの見解」となっています。
MWFAでは、「水管理に関する経済面と財政面での展望」、「水に関する政策を進展させるため、農・工・上水といった分野を跨いで調整することの必要性」、そして「水の開発や配分についての政策的支援について」など、多角的な検討がなされています。
農業用水については、灌漑事業において水の配分とこれに要する経費の回収に当たって、市場に基礎を置いた仕組みを導入することを検討しています。また、総合水資源管理(Integrated Water Resources Management:IWRM)を進める場合に、これまで以上に効果的な対応が必要であるとしています。
上水や工業用水の供給や下水道などの衛生設備については、公的な資金の負担をどのように増加させるべきかということについても検討しています。このなかで税金(Taxes)、料金(Tariffs)および資金の移動(Transfer)といった3つの「T」について、どのような組合せが水の配分や衛生設備の整備に有効であるかということについて検討しています。3 つのT のなかで、前の2つのTについては、先進国も発展途上国も共通の課題ですが、途上国では政府開発援助や民間企業による投資の拡大も重要な課題となっています。
本稿では、農業用水に関係する部分を中心として紹介することとします。
2. 農業用水について
M W F A の前提条件になっているのは、経済成長、人口増加そして都市化の拡大などによって、それぞれの部門ごとの用水の獲得のための競争が厳しくなるであろうということです。また、これらに加えて、今後の気候変動の影響も考慮する必要があるとしています。
用水の配分についてみると、OECD諸国では水の全体需要量の4 0%を超える部分が、また、世界全体では7 0%を超える部分が、農業部門で使用されています。2 0 5 0 年までに9 0 億人に達すると想定されている人口を養うため、食料生産に使用する用水に対する需要はこれからも増加します。その一方、上水や工業用水などの増加する需要と農業用水は競合することになります。農業部門のなかでも、食料生産とバイオエネルギー生産との間での競合が、これまで以上に顕著になると予測されています。さらに、従来はそれ程考慮されていなかった生態系の維持と保全、レクリエーションおよび伝統文化の面などへの用水利用の要請が、大きくなってきています。
このことから、環境の持続可能性に配慮しつつ、社会的にも経済的にもできるかぎり生産性が高い水利用となるように、用水の配分が行われることが必要となります。これを実現する手段の1つとして、IWRMが有効であると指摘しています。
IWRMを検討するに当たっては、世界各国において水文条件や営農形態がさまざまであること、歴史的、政治的および文化的に水利権の付与の条件が多様であることに、十分な配慮が必要であるとしています。
1 9 8 0 年代まで、多くのO E C D 諸国においては、供給主導型の灌漑施設整備とこれによって得られた用水を利用して最大の農業生産量を実現するという、用水供給主導型の開発に焦点が当てられてきました。そして、このために指令と統制の色彩が強い制度的枠組みが形成されていました。
しかし、現在では、需要主導型の用水配分が供給主導型を補完するようになってきており、比較的少ない供給に適応して農業生産を維持拡大すること、農民参加型および行政と農民の共同型の意思決定方式を導入してきています。また、市場機能に基礎を置いた用水配分方式の役割が大きくなってきていると述べています。
3. 水の有効利用を目指して
ここまでは、主に農業用水に関する内容を紹介しましたが、MWFAの大半の記述は、上水と衛生設備に対する投資をどのように確保し、将来、これらを拡大するための持続可能性をどのように高めていくべきかということに割かれています。
これらの部門では、「持続可能な費用の回収」を実現するためには、次のような3つの配慮が必要であるとしています。
〔1〕 3つのTの適切な組合せ
〔2〕 投資を促進するための公共的支援の確実性
〔3〕 貧困層を含めた支払い可能な使用料金とサービス提供が可能な財務面での持続性
そのうえで、使用料金を作為的に低くすることなく、全ての人間にサービスを提供できるようにすることが、貴重な水資源の有効利用をもたらすとしています。
これらのことは、上水と衛生設備について述べられていることです。しかし、世界の水需要の7 0%を占める農業部門についても、当然のことながら、可能なかぎり生産性が高い水の利用をしていく必要があります。また、部門ごとの水の需要が拡大していくなかで、これまで以上に効率的かつ持続可能な水利用を実現していかなければなりません。
一方、単純に市場での価格付けを導入するならば、経済的に負担能力が高い上水や工業用水に農業用水からの転用が進み、結果として農業用水の不足による食料生産の低下をもたらすことも憂慮されます。また、人間のための食料生産とバイオエネルギー用の作物の生産のために水や農地の配分がどうあるべきかという、新しい課題も忘れてはなりません。後者については、化石エネルギーの価格の動向が、その生産に大きな影響を与えます。
これらのことから、水の配分において、人間の生存といった観点から、市場の活用には一定の限度があるということができます。
このため、経済、社会、歴史的などといった異なる条件に規定されている地域や国ごとに料金、税金、資金の移動といった3つのTの適切なバランスを探していくことが必要であるとするMWFAの提案は、わが国における水政策を進めるうえでも忘れてはならない考え方ではないでしょうか。
*関連情報:http://www.oecd.org/document/16/0,3343,en_2649_34311_42289488_ 1_ 1_ 1_1,00.html
日本水土総合研究所 首席技術顧問 河田直美
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