東部ウガンダの農民参加型による
小規模灌漑システムの構築

NTCインターナショナル株式会社 技術本部 小林稔昌

1. 現状と課題
  現在、アフリカの農業は第4回アフリカ開発会議(TICADW)などにより注目を集めている。ウガンダはアフリカ稲作振興のための共同体(CARD)参加12か国の一つである。このなかでウガンダに対するわが国の支援方針は、「品種改良から、収穫後処理までの稲作に関して、東部アフリカ諸国における稲作研究、技術支援の中核」となるように援助することである。
  同国の年間平均降雨量は1500mm程度が期待でき、平均気温も25℃程度である。地形的にも、多少の起伏はあるが、平坦な湿地帯が広がり、水源的および地勢的にも比較的恵まれた条件にあり、灌漑農業を実施するポテンシャリティ・レベルにあるといえる。
  しかし、現状としては、灌漑システムと呼ばれるものは極めて少なく、稼働しているものは、Doho地区(1000ha)、Kibimba地区(800ha)、Mubuku地区(500ha)程度である。灌漑農業の振興・発展の阻害要因として考えられるものは、[1]灌漑農業を実施・発展させるための政策と法整備の不備と現実との矛盾、[2]行政組織の機能の問題、[3]灌漑技術と技術者の根本的な不足、などが上げられる。これらに加え、最近の降雨パターンの不確定な変動により、干ばつ被害が増大している。この[1]と[2]に関連した問題の一例を上げると、湿地利用に対する国家環境管理庁(NEMA)が定めている環境基準によれば、季節湿地を農業や畜産などに利用する場合、その面積の最大25%までと規制しているが、実際、東部ウガンダにおいては、30〜80%の利用率の湿地が多く見られ、さらに毎年約3000ha程度の湿地が、農民により違法に水田などに利用拡大されている。また、バッファーゾーンと呼ばれる一般の河道から左右両岸へ各30m、さらに指定河川においては各100mの区間を自然のままに残し、その外側に対しては開発規制も行っているが、守られているところはほとんど見当たらない。この現状について、NEMAは法的な措置も実際の規制も行うことが困難な状態にある。

2. 事業の目的と対象地域
  今回の東部ウガンダにおける小規模灌漑システムについての記述は、2003年11月から07年3月までに行われた、国際協力機構(JICA)による開発調査「東部ウガンダ持続型灌漑開発計画調査」と、その継続事業としての技術協力プロジェクトとして08年7月から11年6月まで実施予定である「東部ウガンダ持続型灌漑農業開発計画」の2つの事業内容をもとにしている。筆者は、この2つの事業に「灌漑農業技術者」として、直接に携わったものである。対象地域は図1に示す東部ウガンダ地域の22県で、ビクトリア湖などの水面積を除いた陸地面積は、約2万8000平方キロメートルの広さがある。

図1 東部ウガンダ調査対象地域
図1 東部ウガンダ調査対象地域

 これらの事業は、持続型灌漑による稲作振興を図り、小規模農家の貧困からの脱却を支援することとコメを増産させること、農民への稲作技術の習得訓練と灌漑技術の普及、関係政府機関および地方政府の関係者を研修することを目的としている。この具体策として、次の4項目を実施することとしている。
[1]土地・水資源開発:小規模灌漑施設および展示圃場を農民参加により建設し、水管理運営および施設の維持管理を実施する。
[2]生産技術開発:稲作生産技術の訓練と普及、収穫量や農家経済のモニタリング。
[3]組織開発:農民組織の設立と組織的活動の訓練・習得・普及。
[4]環境保全対策:湿地保全を図りながらの持続可能な季節湿地の利用について、農民参加による習得を図る。

3.農民の事業に対する合意形成と組織化・水利組合・湿地管理組合
  農民の参加型小規模灌漑施設の構築と、その後の施設の維持管理、水管理、組織も含め灌漑施設の運営管理技術の習得が本プロジェクトの目的である。このため、関係する農家全てをメンバーとした水利組合の編成を行った。農民組織として、湿地管理組合の編成も合せて行った。水利組合については、水利規約を作成し、水利費の徴収と会計報告、組合員のリスト、総会の開催、管理委員会の設立、維持管理規約などについて定めた。

4.小規模灌漑施設の参加型による現場訓練と工事実施
  小規模灌漑地区の選定については、現況の季節湿地を利用している水田地帯を主体に、対象地域22県の利用状況により4種類に分類した。この4区分に相当する代表的な県を次に示す4か所選定して、それぞれのパイロット・プロジェクト(P/P)として開発を行った。
[1]Budaka県(改修事業):現況の湿地ですでに水田利用が行われており、一部水路の整備も見られる地区で、これらを改修する事業とした。既得権としてのバッファーゾーンの設定は行わない。
[2]Bugiri県(改良事業):すでに湿地において、水田稲作栽培が行われているが、水路の整備などがなされていない地区。これらを改良し、灌漑・排水施設の整備を行う事業とした。バッファーゾーンの設定は行わない。
[3]Kumi県(転換事業):現況では家畜の放牧地やメイズなどの畑作が行われている地区で、水田稲作の方が農家経済の収入向上に効果が期待でき、これらの地区を水田稲作地域に転換する事業とした。河道より左右両側へ各30mの幅のバッファーゾーンを設ける。
[4]Sironko県(新規開発事業):現況ではほとんど農地として利用されていなくて、原野となっている地区で、新規に水田稲作地域として、開発する事業とした。取水河川のシピ川は指定河川のため、バッファーゾーンを河道から100mの幅に設置する。
  これらの4地区について、最終的に実施した小規模灌漑P/P地区の諸元を表1に示す。

表1

(1)灌漑施設工事に対する事前研修・訓練
  灌漑・排水水路や管理用道路などの土工を主体とする部分については、農民自身による参加型により工事を実施した。しかし、コンクリート構造物の取水施設(堰上げ施設・鋼製ゲート・取水口・分水口)については、建設業者により施工することとした。
  参加型灌漑施設の建設方法について、県と農業畜産水産省の技術者に対し講義・現地実習により研修を行い、現地のP/Pの工事を行う農家のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を指導する役割を持たせた。農民のOJTについて水路の掘り方は、水路の幅・斜面、管理用道路、斜面からの集水排水路の断面形状に従って、杭を打ち、それに麻縄で掘削・盛土部分の範囲を示した。工事の順序は、表土剥(は)ぎ、水路の中央部の掘削、水路斜面部分の掘削整形、掘削土の管理用道路への盛土と転圧を行った。水路断面は断面形状を示す木製の台形定規を作成し、掘削後の断面形状確認・断面整形を行った。
(2)灌漑施設建設工事
  この研修訓練をもとに、各地区の灌漑排水施設の整備路線を基本的に20m間隔に分割し、各区間が1〜2日の人力作業で完了する規模とした。それぞれの区間に対して、農民を数名のグループに分けて、担当区間を割り振って、実際の施設の建設に当たらせることとした。区間を区切ることにより、グループごとの競争意識もでてくるし、グループ間のでき具合の比較や不良か所の修正もできるようになった。圃場の造成工事は、畦畔や圃場の均平化などの研修訓練後、各自の水田は自分で造成することとした。
(3)小規模灌漑施設の完成
  今回実施した4か所の小規模灌漑施設の完成後の状況について、一例としてBugiri県のカソルエP/P地区の主要地点の施設を写真に示す。

写真1 灌漑水路・管理用道路建設訓練
写真1 灌漑水路・管理用道路建設訓練
写真2 断面定規を使った掘削断面チェック
写真2 断面定規を使った掘削断面チェック
写真3 Bidala地区の集水路掘削。女性がかなり参加している
写真3 Bidala地区の集水路掘削。女性がかなり参加している
写真4 Sironko地区の右が灌漑水路、左が外環排水路、中央が洪水防堤兼管理用道路
写真4 Sironko地区の右が灌漑水路、左が外環排水路、中央が洪水防堤兼管理用道路
写真5 反復水利用中間取水口
写真5 反復水利用中間取水口
写真6 左が完成した灌漑水路、右が斜面からの集水路
写真6 左が完成した灌漑水路、右が斜面からの集水路
写真7 取水施設。堰上げゲートと左右岸への取水口
写真7 取水施設。堰上げゲートと左右岸への取水口

5.水利組合の編成と水管理・維持管理
  水管理については、ゲートの操作や輪番灌漑の手法を研修した。それにより、水源が十分でないときに、一部分の区域に灌漑用供給を集中し、作物が全滅することを防ぐ技術を習得した。
  また、施設の維持管理については、作付前に全員参加の一斉清掃を行っているところもあるが、やはり全員がそろうことは難しいようである。
  水利費の徴収については、銀行口座を設けさせて徴収金を預金するように指導していたが、実際の収集状況は、Bugiri地区が比較的優秀でメンバーの70%程度がこれを納めているようであった。しかし、他では、かなり少なくて30%以下となっているようであった。今後、さらに指導を行う予定である。

6.あとがき
  東部ウガンダ地域における、湿地利用は面積的に限界にきており、今後、コメの消費量が増大し、コメの価格が高騰するなかで、小規模灌漑システムとしての開発には、規模的にも限界にきている。現実的には、これらの小規模灌漑システムを持たずに、個人的に栽培している農家は、その数が極めて大きく、ほとんど統制が取れていない状況で、湿地の開発面積のみが拡大しつつあり、湿地の無秩序な開発にますます拍車をかけることになると考えられる。
  今後、これらの無秩序な開発に統制あるシステムとしての、中規模から大規模への統廃合を考えた灌漑システムの開発が必要と考える。また、月別降雨パターンの変動はかなり激しく、安定した生産の確保、湿地の健全なる保全を考えるとやはり、湿地の上流部分に小規模なため池の開発を伴った灌漑システムの開発が必要な段階に入ってきていると考えられる。
  コメの需要は急速に拡大しつつあり、生産が追いつかない状況にある。秩序ある自然環境を保全しながら、水田灌漑農業のさらなる開発を進めることが望まれるしだいである。

前のページに戻る