食料安全保障と国際貢献
〜TICADWの成果を踏まえて〜

国際協力機構(JICA) 副理事長 大島賢三

<はじめに>
  食料安全保障と国際貢献―この二つの課題に、かつてなかったほど世界の関心が集まっている。相互依存を急速に強めている国際社会において、食料安全保障の課題はもはや国内問題ではなく、また、一国のみの努力によって解決しうる問題でもない。昨今の食料価格高騰による世界の食料市場の混乱、とりわけ発展途上国における危機的な状況は、改めて世界経済の相互依存の複雑さと、地球温暖化などの環境問題などとの根深い繋がりを浮き彫りにしている。今、我々は、食料安全保障と発展途上国に対する国際貢献の在り方について、改めて真剣な議論を行い、明確なイニシアティブの下、関係国・機関が協働した行動を起こす必要がある。
  こうした情勢のなかで、食料価格高騰のピークと波長を合わせるかのように、本年5月から6月にかけてのTICADW(第4回アフリカ開発会議)やFAO(国連食糧農業機関)食料サミット、7月のG8北海道洞爺湖サミットなどハイレベルの国際会合が相次いで開催された。そこでは、食料価格の高騰問題や発展途上国に対する支援の在り方が主要な議題となり、いくつかのイニシアティブが打ち出された。 
  以下に食料価格高騰が食料安全保障に及ぼす影響や一連の会合の成果、とくにJICAが深く関わったTICADWとそこで提案されたアフリカのコメ生産倍増計画(CARDイニシアティブ)の内容とその意義についてふれてみたいと思う。

<食料価格高騰などの背景とその影響>
  国際穀物市場は、もともと生産量に対して貿易量が低く「薄いマーケット」ともいわれる。穀物は国内消費が優先され、余剰分が輸出に回されるため、生産量の変動が貿易量の変動となって表れる。また、主要生産国は一部の国に偏っており、それらの国の生産動向が世界の貿易量や取引価格に大きく影響する。これは穀物市場がもともと有している食料安全保障上の脆弱性ともいえるが、今年はこれに加えて種々の要因が輻輳的に、絡み合うように作用し、かつてないほどの穀物価格の高騰をもたらした。
  具体的に食料価格の推移を農産物別に見てみると、トウモロコシ、大豆は2年前の約2倍、小麦は約3倍にまで上昇しており、OECD(経済開発協力機構)やFAOはこのような食料価格の「高止まり」の状態はしばらく続くとの見通しを報告している。食料価格が高騰している理由は、新興国の経済成長や人口増加による消費増のほか、過去の局面には顕在化していなかった原油価格の高騰との連動や、気候変動、バイオ燃料の需要増、穀物市場への投機マネーの流入など様々な要因が複雑に絡み合ったものであることは周知のとおりである。
  食料価格の高騰は、とくに食料の多くを輸入に依存する国にとっては切迫した課題となっている。わが国も例外ではないが、より深刻なのが主食を輸入に頼り、国内の農業生産が脆弱な発展途上国の貧困層である。飢えに苦しんでいる人々は8億5000万人を超えるともいわれているが、僅かな収入のほとんどが、その日の食料に費やされる彼らの生活をさらに困難なものにしている。
  また、他方では、温暖化をはじめとする自然環境の劣化も、ボディーブローのように食料安全保障を脅かしている。昨年末にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)において公表された第4次評価報告書によれば、過去半世紀の気温上昇の相当部分が人為的温室効果ガスの排出によるものと科学的分析を行ったうえで、このまま気温の上昇が続けば、世界の穀物生産に深刻な影響がでることを予想している。とくに低緯度の地域では1〜2℃の上昇でも干ばつや洪水などの影響があることを指摘している。この場合も、真っ先に影響を受けるのは、主にアフリカなど低緯度に位置する発展途上国ということになる。
  中長期的にみても、発展途上国、とりわけアフリカ諸国における食料安全保障はまさに危機的な状況にあるといえるだろう。 

<国際会合における食料安全保障に関する動き>
  先にふれたとおり、本年はハイレベルの国際会合が立て続けに開催された。そして、いずれの会合においても食料安全保障と発展途上国に対する支援は主要な議題となり、多くのイニシアティブが示された。以下にTICADWを中心にその成果を振り返ってみる。

(1)第4回アフリカ開発会議(TICADW)
  5月28日〜30日の間、横浜で開催され、「成長の加速化」「人間の安全保障の確立」「環境・気候変動問題への対処」などをアフリカに対する主要協力分野として位置づける「横浜宣言」が発表された。また、その具体的ロードマップとして「TICDW横浜行動宣言」が示され、農業・農村開発分野では今後5年間に取られる措置が盛り込まれた。主な内容は以下のとおりである。

[1]食料増産および農業生産性向上のための能力向上
―気候変動への対応、品種改良など、農業技術の向上のための農業研究、普及・指導サービスへの支援
―小規模農家および農民組織に対し、新技術の採用、農地および投入資源の利用拡大、生産性向上のための農業機械などの導入を支援
―今後、10年間でのアフリカ諸国におけるコメ生産量倍増を目指し、体系的な作物管理手法や、ネリカ米の利用拡大を含めた新たな方式の採用のための能力開発
[2]市場アクセスおよび農業競争力の改善
―輸送コスト削減、収穫後損失率の削減および農産品の販売増加のために、道路、港湾、市場施設などの物理的インフラへの投資を増大
―農民が、バリューチェーンのより高い段階へ移動し、農産品基準および輸出基準を満たすための技術・資金援助
[3] 持続可能な水資源の管理および土地利用の支援
―小規模農家の土地使用および譲渡に関する決定権を増大するための土地の名義、所有および使用に関する改革の支援
―今後、5年間で灌漑地域面積を20%拡大することを目指す共同の取り組みに貢献するために水資源管理のためのインフラの開発・修復・維持の促進
―耕作手法の改善、水の確保および貯蔵、新技術の導入および地方自治体・農民組織の能力構築を通じ水資源管理能力を向上
―小規模のコミュニティが管理する灌漑設備や、地域市場のための水管理スキームおよび高付加価値市場のため、小規模農家スキームに対し資金援助

 これらの実施のための資金として、日本政府からはJICAを通じて、260億円の無償資金協力・技術協力を実施し、そのなかで小規模灌漑スキームを含む灌漑施設の整備・改修(10万ha)を行うこと、世銀グループとの協調融資による農業案件への支援拡大などを行うことなどがコミットされている。
  また、TICADWの開催中に行われたサイド・イベントにおいて、AGRA{アフリカの緑の革命のための同盟:生産性と収益性の向上により、数百万の小規模農家とその家族が自助努力により貧困と飢餓から立ち上がることを支援するためのパートナーシップ。種子、土壌保全、水管理、マーケット、農業教育、政策に至る農業バリューチェーン全体の改善に支援の焦点を当てている}とJICAは「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)」というコメ増産に特化した包括的な枠組みを立ち上げる新しいイニシアティブを発表した。この枠組みは、重要性が増しているコメ増産を通じて、アフリカにおける「緑の革命」の実現に貢献することを目標とし、目標達成に向けての全体戦略と行動枠組みを提供するものであり、「横浜行動計画」の策定においてインパクトを与えるものとなった。本イニシアティブはアフリカ各国の農業試験所、アフリカ稲作センター(WARDA)、アフリカ農業総合開発プログラム(CAADP{アフリカ農業総合開発プログラム:アフリカにおける農業成長、食料安全保障ならびに農村開発を目指す枠組みで、2002年にNEPAD運営委員会およびアフリカ諸国の元首の主導で策定。2015年までの達成目標として、とくに小規模農家、女性に留意しながら年平均成長率6%を達成するために「農業生産性の向上」「農業科学技術の開発における戦略的な引導」「環境に配慮した生産手法や天然資源の管理」などを挙げている})、アフリカ・コメ・イニシアティブ(ARI)といった既存の有力組織、政策、プログラムを補完補強し、これらとの密接な連携のもとに実施することをその特徴としている。CARDの骨子は以下のとおりである。

[1]CARDの目標
サブサハラ・アフリカのコメ生産を向こう10年間で倍増(現状の約1400万トンから2800万トン{籾ベース。精米ベース(×0.65)では現状の約910万トンから1820万トンへの増産となる}に)すること。
[2]実施体制
(調整委員会)
活動推進の中心となる国際機関・ドナーによるコンサルティング・グループとして、当面、AGRA、NEPAD(アフリカ開発のための新パートナーシップ)、FARA(アフリカ農業研究フォーラム)、WARDA、IRRI(国際稲研究所)、JIRCAS(国際農林水産業研究センター)、JICAの7機関による調整委員会を設置する。同委員会は、他の国際機関・ドナー、NGOなどに幅広くCARDへの参画を求めるとともに、必要に応じ同委員会メンバーとしての参加も呼びかける。
(事務局の設置)
ナイロビにあるAGRA本部内に、調整委員会のうち可能な機関から人員を派遣して、小規模な事務局を設置する。
(パイロット国の選定、国別稲作振興計画の作成、ドナー間の支援調整など)
調整委員会は、サブサハラ・アフリカ各国のコメ生産にかかるポテンシャルや政策方針など、別途整理する基準に基づいて、当面10か国程度のパイロット国を選定する。
同委員会は、パイロット国に「国別稲作振興計画」の作成を求め、作成過程でも助言を行いつつ、当該国の支援ニーズや優先度を整理する。同計画に基づき、同委員会メンバー、他の国際機関・ドナー、およびパイロット国などを含むCARD会合を開催し、支援重点方針の検討やドナー間の支援調整を行う。
[3]コメ生産拡大の可能性とアプローチ
これまで、サブサハラ・アフリカにおけるコメの生産増は、どちらかといえば生産面積の拡大による部分が大きく、1960年代以降のアジアの「緑の革命」で起きたような単位面積あたり収量の大幅な増大は実現していない。
  CARDでは、アフリカの諸条件に適した高収量品種であるネリカ米の普及も含め、「灌漑水田」「天水低湿地」「天水畑地」の3つの栽培システムにおける適正品種の選定、栽培技術の改善、および必要な投入(水、肥料など)の促進などを行うことにより、主に単位収量の増大によって増産を図る。とくに「天水低湿地」については面積拡大の余地も大きく、これに適した栽培技術の確立と普及を促進する。
  また、コメの生産のみならずポストハーベスト、販売・流通にいたる各段階において価値を高めること(バリューチェーン開発)を目指し、アジアの経験活用(南南協力)も促進する。

 アフリカ農業の主たる特徴は、小規模農家による「低投入・低生産」かつ「多作物・少量生産」型の生産様式である。このような農業は最低限の生計を維持する上でリスクを最小化することになるが、他方で土地生産性を低水準に押しとどめ、生産量は降雨量により年毎に大きく変動せざるをえない。主要食用作物の生産量は増加傾向にあるものの、人口増による需要の急増に生産が追いつかず、他地域からの穀物輸入量は年率3〜4%の割合で増加しつつある。
  したがって食料安全保障の観点から、主要食用作物の安定的な増産とそのための土地生産性の向上がアフリカ農業にとって急務となっている。CARDイニシアティブにおける、コメ生産量の倍増の目標はその課題への取り組みに明確な指針を与えるものといえる。

(2)FAOハイレベル会合(食料サミット)
  TICADWに続いて6月3日〜5日の間、FAOローマ本部で開催された本会合においても食料価格高騰問題が中心議題となり、「世界の食料安全保障に関するハイレベル会合宣言:気候変動とバイオエネルギーがもたらす課題」が示され、発展途上国への支援方針が打ち出された。概要は以下のとおりである。

[1]食料安全保障を恒久的な国家政策として位置づけたうえで、現在と将来のために、食料生産の強化、農業投資の拡大、資源の持続的利用に必要なあらゆる手段を講じること。そして、現在と将来の全ての人々の食料を確保すること。
[2]食料安全保障を達成するなどを目標とした食料安全保障に関するローマ宣言を採択した1996年の世界食料サミットの結論を再確認。2015年までに現在の栄養不足人口を半減させる目標。
[3]食料安全保障の必要性を満たすため、各国政府が国際社会の支援を得て行動すること。このため、発展途上国が農業・食料生産を拡大するための支援を実施すること。

 さらに具体的な措置では、中長期的な対策として、「発展途上国の貧困層を支援する人間中心の政策、生計支援、農業分野での投資拡大」「食料生産システムの気候変動への対応支援」「農業研究開発への投資の拡大や技術の普及等の推進」「バイオ燃料の生産・利用に関しては、食料の安全保障の達成・維持の必要性などを考慮した詳細な検討が必要」などが挙げられている。

(3)主要8か国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)
  TICADW・FAO食料サミットに続き、7月7日〜9日に開催された本サミットにおいても、食料価格の高騰問題が主要な議題として扱われ、食料安全保障に関する特別声明が発表された。声明においては先に開催されたTICADW・FAO食料サミットの成果を歓迎したうえで、とくに食料価格の高騰による影響が深刻なアフリカへの支援を声明のなかに明記している。
[1]世界的な食料価格の急騰がもたらす多面的で構造的な危機に取り組むためのコミットメントを新たにする。あらゆる可能な対策をとる決意であり、本年1月以降、合計100億ドルの支援にコミットする。
[2]包括的かつ一貫した対応を一致団結して取る必要がある。FAOハイレベル会合、TICADWなどの成果を歓迎し、国連およびブレトン・ウッズ機関{世銀、IMF、GATT(WTOの前身)}の指導力を賞賛する。発展途上国政府、民間部門、市民社会、ドナーおよび国際機関を含む世界的パートナーシップを構築すべく国際社会と協力する。
[3]短期的には、最も脆弱な人々の緊急ニーズに取り組む。他のドナーの貢献を歓迎するとともに、さらなるコミットメントを呼びかける。
[4]食料安全保障の確保のためには、堅固な世界市場および貿易システムが必要である。

 また、中長期的な対策が必要との認識の下、参加国が取るべき行動が示されている。その主な内容として、CAADPの実施を支援しアフリカ諸国での主要食用作物の生産量を5〜10年で倍増するとの目標に向けて取り組むこと、農業関連の研究開発、技術普及、科学者・専門家訓練を促進、インフラ改善(灌漑、輸送、サプライ・チェーン、貯蔵・流通システム、品質管理など)を支援することなどが盛り込まれている。

<おわりに>
  以上にTICADWからFAO食料サミット、G8北海道洞爺湖サミットに至る会合において打ち出された食料安全保障にかかるイニシアティブの経過を振り返ってみた。イニシアティブに共通しているのは、食料価格の高騰が食料安全保障に与える影響への懸念と各国協調による行動の必要性、そして発展途上国、とりわけアフリカ諸国に対する支援を国際社会が協働して行うことの重要性である。そして、主要国のリーダーが集うG8北海道洞爺湖サミットにおいて、食料安全保障にかかる特別声明が出されたことは、この問題への懸念の大きさを示すものといえるだろう。 
  横浜から世界に発信された「アフリカの緑の革命」に照準を合わせたCARDイニシアティブは、これら一連の会合におけるイニシアティブの形成に大きな役割を果たした。今後、CARDの具体的行動と成果、そして、これまでTICADをリードしてきたわが国の貢献に、世界の視線が注がれることになろう。わが国はアジアとアフリカに対する稲作協力の経験とこの分野の技術を生かし、あらゆるリソースを有効に活用して、CARDを実効あるものにしていかなくてはならない。
  本稿においては、国際貢献の視点からTICADの成果を中心に述べてきたが、他方で、WTOの場における議論のように、各国が貿易の自由化を目指しつつも、農産品の輸出入に関しては、それぞれの利害が対立し厳しい交渉が行われているのも一方の現実である。7月のドーハ・ラウンド閣僚会議では農産品輸入に関する特別セーフガードの発動条件を巡って先進食料輸出国と発展途上国の溝が埋まらず事実上交渉が決裂したことは記憶に新しい。
  いずれの場合にあっても、国内外の食料需給の逼迫や発展途上国の飢餓・貧困を考慮すれば、それぞれの国において、単に先進輸出国への依存体質を強めるのではなく、持続可能な食料生産能力の向上を図ることが食料安全保障の基本であろう。また、コメを含む農業生産向上による農村収入の増加は農村開発の促進に通じ、アフリカの貧困解決にも大きな貢献をもたらすことになる。その意味においても、食料の供給条件が脆弱なアフリカ諸国においてCARDが果たす役割は大きい。その成果に期待したい。

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