NGO、企業、政府との連携の可能性
〜マラウイの有機農業、栄養・衛生改善を通じて〜
社団法人 日本国際民間協力会(NICCO) 理事長 小野了代
1.はじめに
皆さんは、NGOに対してどのような印象をお持ちでしょうか。社団法人 日本国際民間協力会(NICCO) は、1979年にカンボジア難民救援会(KRRP)として発足しました。自立支援、環境保全、人材育成、緊急災害支援をミッションとして、設立時から今日まで16か国の発展途上国を支援してきました。2008年8月末にはミャンマーのサイクロン被災者支援を終了し、現在は、マラウイ、ヨルダン、パレスチナ、イラン、アフガニスタン、中国(四川省)において事業を実施しています。
私はNICCOを通じて約30年間、途上国支援に携わってきましたが、日本人の国際的な顔として活躍しているNGOの社会的評価が、未だに定まっていないのではないかと考えています。
「環境問題、貧困問題等の社会問題に対して理念・信念・情熱を持って活動をしている」という評価がある一方、「NGOと関わりを持っても儲かるわけではなく、むしろ寄付金を募られたりするので、あまり関わりたくない」「なんとなく胡散臭い団体」といった評価もありそうです。あるいは、「NGOの活動自体には、まったく無関心」という方も、おられるでしょう。
一方、企業や政府も国際協力、途上国への支援に取り組んでおられます。とくに企業は、CSR(企業の社会的責任)活動の一環として新たなビジネスを展開されるケースなどを通じて、途上国支援を行っていると自負されていると思います。
ここでは、NICCOが南部アフリカのマラウイ共和国で実施している村落開発事業の紹介を通じて、NGOと関わる面白さをお伝えしたい、と考えています。また、企業や政府とNGOが連携することで可能となる途上国支援の可能性についても検討してみたいと思います。
2.マラウイにおける「飢餓の起きない村づくり」
世界銀行によると、マラウイの1人あたりの国民所得は170ドルであり、世界最貧国の一つです。また、気候変動の影響を受け、干ばつ、洪水などの気象災害が多発し、2005年末の干ばつでは、約400万人が食料不足に陥りました。さらに、衛生的なトイレが不足しており、劣悪な衛生環境の改善、エイズやマラリアといった感染症の抑制も課題となっています。
このように、人間が生物として生存する限界水準での生活を強いられている環境下で、2007年7月よりマラウイ中央部ンコタコタ県ムワザマの4地区おいて「飢餓の起きない村づくり」を目指した、包括的な村落開発を展開しています(図1)。
(1)自家採取に向けて:ローカルシードバンクの設立
マラウイで一般的に販売されているハイブリッド種子(交配された種子で、その遺伝特性は1代限り)は高い収量が見込めますが、化学肥料と農薬が必要です。ハイブリッド種子は自家採取ができないため、毎年購入しなくてはなりません。ムワザマには、農地となる土地が豊富にありますが、ハイブリッド種子は高くてあまり買うことができません。たとえば、住民1世帯あたり0.8ヘクタールの農地を保有していますが、2008年9月現在のハイブリッド種子の価格は1kgで300MWK(マラウイ・クワチャ:円換算額にして約233円)でしたので、単純にすべての農地でメイズを栽培したとすると、種子代だけで2400MWKが必要となります(これから農繁期に近づくため、さらに上昇します)。日本でも肥料原料の価格上昇により化学肥料の価格も高騰していますが、マラウイも同様です。この5年間で1袋50kgが3000MWKから9000MWKへと3倍にも上昇しました。
種子や肥料を購入する限り、ムワザマの住民は、市場という外的要因の影響を受けてしまいます。そこで、NICCOでは住民の自衛・自立の方法を確立するために、パーマカルチャー{パーマカルチャーでは、無農薬・有機農法を基本とし、生活空間も含めた持続可能な環境デザインを設計}に基づいた有機農法の技術移転を行っています。まず、2007年12月に自然受粉品種子(Open Pollinated Variety:OPV)やマラウイの在来種である穀物種子を配布しました{自給作物としてメイズ7.9トン、種籾(コメ)4.3トン、換金作物として落花生3.7トン、ピジョンピー1トンを配布。なお、ピジョンピーはインド原産のマメ科植物で和名はキマメ}。OPVはハイブリッド種子に比べると収量は少ないのですが、害虫に対する耐性があり、自家採取が可能な種子です{2008年9月現在のOPV種子の価格は150MWK/kg}。
2008年6月には収穫した作物から種子を採取し、「ローカルシードバンク」(表1)を立ち上げました。この制度では、まず各世帯が採取した種子をローカルシードバンクに提供します。提供された種子は、次の期の種子として保存され、播種期に各世帯に配布されます。そして、再び採収された種子は、さらに次の期に撒く種子として保存されます。今後、ある程度の種子が保存できれば、一部の種子は気象災害時に農作物の被害を受けた世帯に新たに種子を貸与し、収穫後に返済することも検討しています。この制度により、洪水や干ばつからくる種子不足や食料不足という事態に陥るのを防ぎ、種子や肥料を購入する費用軽減が見込まれます。現在、4740kgの種子が保存されています。
この事業で重要なのは、農業委員会のメンバーが中心になって、次期の種子の配布方法、配布量などローカルシードバンクの運営方法を決定し、自分たちで制度を動かしている点です。シードバンクの利点を住民が実感することができれば、制度が定着します。あくまでも私たちは「きっかけ」を作り出すだけであり、住民が主体となることで、NICCOの支援終了後も制度が機能できると考えています。
(2)収入創出への模索
穀物種子だけではなく、自生種であるジェトロファ{ジェトロファは中央アメリカ原産のトウダイグサ科の樹木。和名はナンヨウアブラギリ、タイワンアブラギリ}、モリンガ{モリンガは北インド原産のワサビ科の樹木。和名はワサビノキ}をはじめ、換金作物としてバナナ、パパイヤ、マンゴーなどの果樹、建築資材として竹の種子と苗木の配布も行いました(表2および写真1)。ジェトロファの種子から取れる油は、非食用油であり、バイオディーゼルの原料として注目されています。来年初めには、わずかですが種子が採取できるので、搾油をして、絞りかすは堆肥として利用する予定です。また、マーケティング活動を行い、数年後には企業の力を借りてバイオディーゼルとして市場に流通させることを目指しています。
写真 1 バナナの苗木を持って帰る村人
モリンガの葉には、ビタミンCがオレンジの7倍、ビタミンAが人参の4倍、カルシウムがミルクの4倍、カリウムがバナナの3倍、たんぱく質がミルクの2倍という豊富な栄養素を含んでいるので、住民の健康増進に利用することを考えています{マラウイのモリンガ加工工場では、ティースプーン1杯、20MKW(15.5円)を栄養補助剤として販売しています}。日本でも、健康食品としてモリンガ茶を販売している企業があります。2007年度は、住民がモリンガの利用価値を認識し植林を推進するために、苗木配布の前後にモリンガの葉を利用した栄養改善のための料理講習会を7回実施し、583名の住民が参加しました(写真2)。今年度は、引き続きモリンガの葉、鞘、豆の料理講習会を実施し、栄養改善を図り、葉、種子の加工技術講習会を開催する予定です。葉は乾燥させパウダー状にし、栄養改善に利用し 、種子は搾油し食用油、化粧用の油、石鹸などの試作に取り組みます。モリンガの油には、オレイン酸が97%含まれているというデータが公表されており、オリーブオイルに次ぐ体に優しい油です。また、絞りかすは水質浄化や堆肥として利用します。その上で、マラウイの経済活性化や住民の現金収入創出のために、将来的にはモリンガを利用した化粧品などの商品を国際市場へ発信していくことを考えています。すでに、イギリスの化粧品会社「ザ・ボデイショップ」は、モリンガオイルを化粧品として取り入れて販売につなげています。
写真 2 モリンガの葉を使った料理講習会
一方、ジェトロファ、モリンガは成長が早く、土壌の養分を吸い上げてしまいます。そこで、パーマカルチャーにもとづき、窒素固定が可能なピジョンピーなどのマメ科の植物も混植することで、肥料などを与えないでも自然に成長し、土壌がやせないように工夫を凝らしてしています。モノカルチャーの方が、一時的に生産性が高くなるかもしれませんが、収奪的な土地利用となるため、土地の持続性を考慮し混植を行っています。
住民たちは、環境保全のため活動する以前に食料不足で苦しんでいます。食の安全確保を実現する「命の植林」を行うことで、マラウイ事業ではこの問題点を乗り越えようとしています。さらに、途上国で生産される農産物が地域の環境保全に役立つだけではなく、先進諸国の企業の技術協力を経て、マーケットに商品としてお目見えすることを、私たちNGO・NICCOは望んでいます。
(3)一石二鳥のエコサントイレ
世界保健機構(WHO)と国連児童基金(UNICEF)の最新の報告書によると、世界でトイレを利用できない人口は25億人で、とくに南アジアやサハラ砂漠以南のアフリカを中心にトイレの普及が進んでいません。このままでは、「2015年までに安全な衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する」という国連ミレニアム開発指標(MDGs)の達成は難しい状況です。目標達成による医療費の削減などの経済的便益は年間844億ドルなのに対し、目標達成のための費用は、8分の1程度であることも指摘しており、費用便益の視点からも衛生的なトイレの整備が不可欠としています。
マラウイも例外ではなく、ムワザマでは約50%の人がトイレを使用していません。またトイレといっても、地面に穴を掘っただけの簡易な構造により、雨期には雨に流されることもあります。そのため、不衛生であり、乳幼児の主要な死因の一つである下痢を始め、コレラ、チフスなどの感染症の原因となっています。
エコサントイレは、し尿を分離し、病原体を含む便は灰を混ぜ、発酵させて堆肥として利用することができるトイレです(写真3)。尿は希釈して、そのまま畑に施肥します。
写真 3 エコサントイレの建設をする村人
エコサントイレの建設資材はセメント、トタン、日干し煉瓦、小石、砂利、鉄筋、針金、釘です。建設は設計図に従って住民に技術移転をし、セメント、トタン、鉄筋、針金、釘はNICCOが支給しています。一方、日干し煉瓦、小石、砂利は住民側が用意します。技術移転を受けたトイレ建設グループがトイレのオーナーと協力して、トイレ建設を住民たちが自主的に進めていきます。
現在も各村で住民自らの手により建設が進んでおり、これまでに建設されたトイレは200基以上です。またトイレの使用状況は、NICCO現地スタッフと村内の保健委員会がモニタリングを行い、トイレの定着化に努めています。
エコサントイレは、衛生状態の改善以外ににも、肥料購入のための支出抑制につなげることができます。土壌の肥沃化を図り、食料増産につなげていくことを目指しています。
アフリカの国々にトイレを普及させるには、日本のODAだけではなく、国際的な資金や途上国政府の協力も必要となります。ODAが途上国住民に直接裨益するような仕組みをNGOと企業と政府で作り出すことが、ODAの質の向上につながると信じています。
3.おわりに
マラウイ事業では、パーマカルチャー、有用樹の植林、エコサントイレなどを展開し、環境とコミュニティの持続性を常に念頭に置いています。今秋からは、企業、大学(医学部)、日本政府、NGOの連携によるマラリア対策を中心とした、医療プロジェクトが始動します。
NGO・NICCOの視点は、途上国の人々の生活に密着しながら、現地で調達できる資機材、適正技術を応用しながら、住民がどのように生活を改善していくことができるのかを考え、「助っ人」となることです。莫大な費用や高度な技術が必要なわけではありません。日々、村の中で起きる面白いできごと、ときには「もめごと」や「けんか」にも出合いながら、外国人として知恵を出し、住民を励まし、背中を押して、一歩前へ進めていくという、きめの細かい付き合いがあればこそ、プロジェクトを進めていくことができるのです。
木を植えていくのは簡単でしょうが、それを森に育てるのは難しいことです。いかに住民の主体性、やる気を引き出すことができるのかが成功の鍵となります。住民がジェトロファやモリンガが現金収入につながることを実感すれば、利用と保全の両立が可能となります。そのためには、企業や政府と連携し、国際市場へ発信していくことが必要となります。
このような手間隙かかる仕事は企業や先進国や途上国の政府では、なかなか取り組めないでしょう。これまでの巨額な資金を投じるような援助は、ともすれば腐敗構造の温床にもなり、途上国の貧富の格差にもつながってしまいます。
草の根の住民とともに歩む仕事は、まずは草の根団体であるNGOに任せていただければと思います。そして、NGOによる「点」の試みが成功した後に、「面」へと拡大するためには、政府や企業の力が必要となります。住民、企業、政府、NGOの4者が一体となってこそできる、本当の途上国支援は、今後ますます多くなるものと考えています。
(執筆協力 国内マラウイ担当 原田早苗)
詳細 社団法人 日本国際民間協力会(NICCO) http://www.kyoto-nicco.org
|