国際水管理研究所(IWMI)と水土の研究
近畿大学 農学部
教授 八丁信正
1.はじめに
世界にはいろいろな国際組織がある。農業農村開発の分野でも、直接に事業の支援をする機関(国連開発計画、世界銀行、国際協力機構)、知見の集約を行う機関(国連食糧農業機関)、あるいは新しい技術や知見を研究開発する組織などがある。この研究開発を国際レベルで行っているのが、国際農業研究協議グループ(CGIAR)に属する15のセンター(研究所)である(図1)。この15のセンターには、作物を主体とした研究所(コメ:IRRI、トウモロコシと小麦:CIMMYT、ジャガイモ:CIPなど)や農林水産関連の研究所(水産:WorldFish、熱帯農業:IITAなど)があり、水や土の管理に関する研究を行っているのが国際水管理研究所(IWMI:International Water Management Institute)である。
2.水危機
水は単に食料生産(1kgのコメに少なくとも5000リットル、小麦で1000リットル、牛肉1kgに16000リットルなど)のためではなく、コットンTシャツ1枚で2700リットル、バイオエネルギー1リットルには1000リットル、石油を1リットル生産するのにも2.5リットルの水が必要である。つまり、全ての経済活動、都市の生活、環境・生態系の保全に水は必要不可欠である。日本ではあまり実感がないが、世界では多くの地域が水危機に直面している。水不足による河川水の取水の競合(国家間、地域間、食料、燃料、都市あるいは環境の間の選択)、過剰な汲み上げによる地下水位の低下、塩類集積や土壌侵食、水質汚染と質の悪い水の利用による健康被害、水生生物の絶滅危機などなど、問題の枚挙には暇(いとま)がない。さらに、温暖化に代表される気候変動により、水危機がいっそう深刻なものとなっている。こうした、複雑かつ緊急な課題に、研究・開発という側面から対処しているのがIWMIである。
3.組織と活動
IWMIの本部はスリランカのコロンボにあり、その他にアジアやアフリカに10の事務所がある。約350名のスタッフ(研究者が約110名)がおり、工学、環境、政治、社会学など学際的な専門家がそろっている。水や土地資源関連の研究によって、とくに開発途上国における水・土地資源の管理を改善し、食料の確保、貧困の解消、環境の保全を行うことを目的としている。設立当初(1984年に国際灌漑管理研究所として設立され、1991年にCGIARのメンバーとなった)は、灌漑の管理改善を中心とした研究を行っていたが、徐々に活動の範囲を広げ、天水、灌漑地域を含む水の生産性の向上、土地や生態系・環境と水との関係、流域レベルの水管理、水と貧困、廃水の利用と都市における水利用、水の多目的・多面的(漁業、畜産、環境)利用など、多くの分野をカバーしている。とくに、近年は単独で研究を行うというよりも、多くの研究・開発関連機関や政府、農民などと連携を保ちながら、こうした研究を進めている。
研究の成果として、一番注目したいのが世界水危機の図である(図2)。これは、世界の主要河川の流域ごとに、2025年に水の状況がどうなっているかをシミュレーションしたもので、多くの関係者によって活用されている。また「水と食糧、環境に関する総合評価( Water for food Water for life)」は、世界の500人以上の科学者が5年をかけてとりまとめた、水利用や保全に関する総合分析である。また、政策提言も実施しており、地下水と電力利用に関するIWMIの提言が、インドのグジャラート州で実施され、地下水位の低下や電力利用に大きな改善効果をもたらしている。このほかに、リモートセンシングを用いた「世界灌漑・天水農業地図」や「世界水と気候図」、研究論文、政策提言など多くの成果が、ウェブで(http://www.iwmi.cgiar.org/)利用できるようになっている。水に関する研究やその動向について知りたい方は、アクセスすることをお勧めする。
日本とIWMIの関係では、設立当初から日本政府が積極的に支援を行い、2001年までは、日本が最大の研究資金の支援国であった(2002年以降のODAの削減とともに、現在は15位にまで低下している)。こうした経緯もあり、研究所の運営方針を決定する理事会には、日本の理事が歴任し(高瀬国雄、筒井 暉、真勢 徹)、02年からは筆者が理事(現在は理事長)を務めている。また、IWMIにおいて研究を行った研究者も数多く存在し、国内外の研究機関や大学で活躍している。現在は、農村工学研究所から藤井秀人氏が、アフリカのガーナ事務所においてアフリカの水田と水管理のテーマで研究を実施している。
4.おわりに
水は生命の根源であり、水なしには食料も環境も生活も成立しない。水は限られた資源であり、その適正な管理を行うための研究には、もっと時間と資金が投入されるべきであり、広範な経済セクター、政府、市民レベルなどとの協力や連携が必要である。
IWMIには、多くの情報や知見、モデルを含む分析ツールが蓄積されており、その大半は自由に利用可能である。また、多くの研究機関や研究者との連携を保ち、研究を進めることを運営方針としており、多くの方々に連携の機会を持っていただければ幸いである。また、IWMIでは、国際レベルの優れた研究者が水や土地資源を中心とした研究にしのぎを削っており、とくに若いうちにこうした場所で研究を行うことは、その後の研究生活の大きな糧となると考えるので、積極的な参画を期待する。
たとえば、アフリカの開発を考える場合、研究や情報収集を最初から始めるのではなく、連携や協力によりIWMIを含むCGIAR傘下の15のセンターの有する経験や知見を活用することが、効率的な資金の利用や、有効な支援、開発に結びつくものと考える。
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