World Development Report 2008
Agriculture for Development − Overview −
世界銀行著
『世界開発報告2008・開発のための農業−概観−』
1.世界開発報告2008のメッセージ
2000年9月の国連ミレニアム・サミットで採択された「国連ミレニアム宣言」と、1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された「国際開発目標」を統合し、一つの共通の枠組みとしてまとめたものが「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)」である。MDGsが掲げる8つの目標のひとつが「極度の貧困と飢餓の撲滅」であり、その中で『2015年までに飢餓に苦しむ人口の割合を1990年の水準の半数に減少させる』ことが述べられている。
07年に世界銀行が出版した「世界開発報告2008・開発のための農業」の主たるメッセージは、農業は上記目標を達成するための極めて重要な開発手段になる、というものである。これは、開発途上国の貧困層の約75%が農村部に居住し、そのほとんどが生計を農業に依存していることを考慮したものである。
2.農業世界の分類と目標達成の手段
本報告では、過去15年間の経済成長に占める農業のシェアと1日2ドル未満の貧困層が農村部に居住する割合から農業国を「農業ベース国」、「転換国」および「都市化国」の3タイプに分類している。これは、対象国の発展段階により、優先課題や条件、環境が異なっているため、この相違を政策に反映するために行なわれている。
農業ベース国は、農業が経済成長の主要因となる国である。多くの国が農業ベース国に分類されるサハラ以南のアフリカ諸国では、これらの地域全体における農村人口の約82%が農業ベース国に居住している。また、これらの国々では、貧困層の約70%が農村部に居住している。
転換国は、農業が経済成長の主要因とはいえない国であり、中国、インド、インドネシア、モロッコおよびルーマニアなどが該当する。南アジアでは農村人口の98%、東アジア・太平洋地域では同96%、中東・北アフリカでは同92%が転換国に居住している。一方、転換国では国内の経済格差が大きく、貧困層の約82%は農村部に居住している。
都市化国では、農業のGDP成長への寄与率が5%程度であるのに対し、農業関連産業と食品産業がGDPの約1/3を占めている。都市化国では貧困層が都市部に集中しており、農業ベース国および転換国と逆の傾向を示している。
本報告では、「農業は農業ベース諸国の経済成長の主要な源泉となる。」としている。また、3つのタイプ全てにおいて、タイプ別の手法に異なりはあるものの、農業は貧困を削減し、環境を改善し得るとしている。その目的を達成する手段として、以下の事項を挙げている。
(1)農村部貧困層の資産状況の改善
ここでいう資産とは土地、水、教育、健康などを示しており、これらに向けた大規模な公共投資が必要とされている。また、財産権や土地管理などの制度整備、女性や少数民族などが平等な機会を得るための是正措置を挙げている。
(2)小自作農の競争力と持続可能性の向上
小自作農の生産性、収益性および持続可能性の向上は、貧困から脱却するための重要事項として、本報告で特に強調されている。
達成すべき目標としては、以下のものがある。
[1]価格インセンティブの改善および公共投資の質と量の向上
[2]商品市場と投資市場の機能改善
[3]金融サービスへのアクセスの改善
[4]生産者組織のパフォーマンス向上
[5]科学技術を通じた革新(農業研究開発投資)
[6]農業の持続性向上と環境サービスの提供
(4)収入源の多様化と参加のためのスキル
農村人口の増加に応じた、農村における雇用の創出が急務である。この雇用には、農業に限らず、非農業雇用の拡大も含まれている。また、農民が提供された雇用を得る機会を増やすためには、農民のスキルアップのための手段も提供されねばならない。
3.「開発のための農業」の実施方法
では、どのようにすれば「開発のための農業」をより良く実施することができるのか。本報告では、4つの政策目的の組み合わせに基づく「政策ダイヤモンド」の策定を提唱している。
[1]市場アクセス改善と効率的な価値連鎖の確立
[2]小自作農の競争力向上と市場参入の円滑化
[3]自給自足農業や農村部における低スキルの雇用の創出による生計の改善
[4]農業や農村部における非農業雇用の創出とスキルアップ
「開発のための農業」という課題の実施に当たっては、政策の偏り、過少投資および誤った投資を克服するための政治経済学の管理、および農業政策の実施に関する統治の強化が必要となる。しかし、これまでは、これらの政治経済学および統治に対し関心が向けられていなかった。この結果、『世界開発報告1982』において勧告された、貿易自由化、アフリカにおけるインフラや研究開発に対する投資、保険・教育サービスの改善などの提言が完全に実施されなかった。本報告はその反省に立つものといえる。
82年当時に比べると、近年の経済改革により、かつての農業に対する偏った見方は改善されている。また、現在の政治経済学の状況は農業や農村開発に有利になっているとも言われている。さらに、民主化と参加型意思決定が推進されたことにより、小自作農や農村部の貧困層が政治的な意見を提起できる可能性が高まっている。
国家は、市場の発展に対する公共財の提供や民間部門のための投資環境の改善、天然資源管理に関するインセンティブの導入、財産権の付与などの役割を有する。また、生産者は、組織化することにより、政治的発言権の獲得や農業政策への参加、政策実施への関与が可能になる。
4.おわりに
本報告の特筆すべき点は、[1]各国の発展段階に応じた農業開発の実施方法を導入したこと、[2]農業の受益者かつ実施者でありながら、これまで注目されなかった小自作農や貧困層に焦点を当てたこと、そして、[3]小自作農や貧困層に権利や役割、参加の機会を付与するとともに、国家がそれらの活動を支援する役割を担うことなどである。この手法を見て気付くのは、80年代後半に灌漑分野において導入され、近年積極的に推進されている参加型水管理の理念と非常に似通っていることである。すなわち、農業に関わる政策全般において、農民の参加と意思の反映、政府と農民の共同および役割分担などが重視されつつあると言えるのではないだろうか。
(JIID) |