アブラヤシのプランテーションを持続可能にするために
株式会社 レスポンスアビリティ
代表取締役 足立直樹
1.アブラヤシとパームオイル
「ヤシ」と聞くと、南国の海岸に生える椰子(ココヤシ)を思い浮かべる方も多いかもしれないが、アブラヤシ(英名Oil Palm, 学名Elaeis gnineensis)は、見た目もココヤシとはずいぶん違う。樹高は20m近くにもなり、大きな葉を茂らせるので、そのプランテーションを上空から見ると、まるで巨大なパイナップル畑のように見える。
アブラヤシは、ピンポン玉より少し小粒の赤やオレンジの実を房状につける。1房当たり数百〜2000個もの実がなり、重さは30〜40kgにもなる。この実からは、果実部分のパーム油と種子部分のパーム核油の2種類の油が採れ、それぞれ用途に応じて使い分けられる。本稿では、総称してパームオイル(Palm Oil)と呼ぶことにする。
パームオイルの用途は幅広い。約8割が食品油としてマーガリンや揚げ油、ショートニング、アイスクリームなど、さまざまな食品に用いられる。残りの約2割は、石鹸や洗剤、化粧品、インクなどの原料として用いられる。
図1 世界の主要な植物油の生産量
パームオイルの生産量は2003年に大豆油を抜き、現在、世界でもっとも大量に生産される植物油脂である(図1)。パームオイルが広く用いられるようになった最大の理由は、価格が安いことである。年間を通じて収穫できるうえ、単位面積当たりの生産性は植物油のなかでもっとも高い。食油としては、風味にクセがないことも大きな理由になっている。
2.アブラヤシ・プランテーションの広がり
図2 世界のアブラヤシ作付面積
アブラヤシは西アフリカの原産であるが、1848年に当初は観賞用として東南アジアに持ち込まれた。その後、20世紀初頭から商業用採油が始まり、1960年代からマレーシアなどで大規模なアブラヤシ・プランテーションの開発が行われるようになった。現在、プランテーションの開発がもっとも進んでいるのがマレーシアとインドネシアであり、面積で世界1位と2位を争う(図2)。
マレーシアでは、もともと天然ゴムのプランテーションが盛んだったが、1955年に世界銀行から天然ゴムへの依存を減らすよう提言を受けたことや、1960年以降に合成ゴムが用いられるようになったことから、ゴム園のアブラヤシ・プランテーションへの転換が進められたのである。そして、パームオイルの需要増に伴ってアブラヤシ・プランテーションも拡大し、ゴム園からの転換だけではなく、新たに天然林からの開発も進んでいった。
マレーシアにおけるアブラヤシ・プランテーションはマレー半島を中心に広がったものの開発余地が少なくなり、1970年代からボルネオ島側のサバ州とサラワク州でも開発が進んだ。
さらにインドネシアでは、マレーシアを追い抜いてパームオイルの生産で世界一になるという政府の方針の下、1980年代からアブラヤシ・プランテーションが急速に拡大している。このインドネシアでも、他用途の土地からの転換ではなく、天然林伐採が行われることが多く、サバ、サラワクの場合と同様に環境面の影響が問題視されている。
このような大規模開発は、パームオイルの特性とも関係している。天然ゴムのプランテーションであれば、小規模でも経営が可能であり、個人やコミュニティで自立的に営むことができたし、他の用途の土地と混在することも可能だった。しかし、痛みやすいアブラヤシの実は収穫後24時間以内に処理する必要があり、搾油工場を近くに併設しなければならない。こうした工場を経済的に稼働するには、最低でも数千ha、場合によっては2万5000haもの広大な土地が必要になるのである。
3.アブラヤシ・プランテーションの問題点
こうした大規模なアブラヤシ・プランテーションの開発がもたらす問題を、環境面と社会面に分けて整理してみたい。
(1)環境面での問題
〈天然林伐採・生物多様性の減少〉
環境面で最大の問題は、開発時の天然林伐採である。マレーシアのボルネオ島側のサバ州とサラワク州で顕著であるが、この2州にかぎらずボルネオ島の熱帯雨林は生物多様性の高い場所として世界的にも有名であり、オランウータン、スマトラサイ、ラフレシアなど貴重な野生動植物が数多く生息する。とりわけ、ボルネオ・ピグミー・エレファントと呼ばれるゾウは、近年、一般のアジアゾウとは異なる亜種であることが確認され、話題になっている。一方、アブラヤシ・プランテーションも緑の植物が生い茂っていることから自然を維持していると思われがちだが、これは誤解である。生物多様性は非常に低く、同じ緑でも熱帯雨林とは全くの別物である。
〈土壌浸食・土壌流出・水質汚濁〉
天然林を切り拓くと表土を保持する植生が失われ、土壌の浸食と流出が起こる。熱帯雨林の土壌は薄いために失われやすく、またその形成には長い年月を必要とするため、再生は困難となる。さらに、流出した土砂は河川に流れ込み、河川生態系にも悪影響を与える。
〈森林火災〉
開発時、伐採の前後には「火入れ」をすることも多く、大規模な森林火災の原因にもなっている。森林火災がさらに天然林の消失をまねくほか、煙の野生生物や人間への悪影響も無視できない。「火入れ」は現在は法律で禁止されているが、プランテーション開発に起因するであろう森林火災が後を絶たない。
〈農薬・化学肥料による汚染〉
操業に伴う第一の問題として、栽培に用いる農薬や化学肥料などによる土壌や水質の汚染が挙げられる。農薬の使用は、プランテーションの生態系をいっそう貧しくするほか、周辺生態系への影響もある。
〈水質汚濁・地球温暖化〉
アブラヤシの実を工場で絞る過程で廃液や搾りカスが発生し、付近の河川を汚染している。こうした廃液やカスはため池に廃棄されたり野積みにされたりすることが多いが、それが発酵して発生するメタンは二酸化炭素の21倍の温室効果があり、気候変動への影響も無視できない。
(2)社会面での問題
〈先住民などの人権侵害〉
マレーシアやインドネシアでは原則として森林は国有であり、利用権を国や地方政府から賃借する。先住民は慣習的に利用権が認められているが、権利関係があいまいな場合がほとんどである。法律上は、開発者は土地の利用者の有無を確認し、利用者がいれば事前に十分な説明をして、同意を得なければ開発ができない。しかし、この手続きが一切行われない場合も少なくない。仮に住む場所だけは残されたとしても、先住民の多くは豊かな森林からの恵みに生活を依存しているため、生活が成り立たなくなってしまう。
〈労働問題〉
こうした問題を解消するため、先住民にアブラヤシ・プランテーションでの職を与えて補償とすることもあるが、そこでもさまざまな問題が発生している。多くの場合、労働者の賃金は採取した果実の量に応じて支払われ、採取量にノルマのある形態になっているが、価格は経営者側の言い値であり、低賃金の過酷な労働になりやすい。採取量のノルマを家族で達成するために、小さな子供まで働いている場合もある。
〈労働者の健康被害〉
アブラヤシ・プランテーションでは多量の農薬を使用するが、個人用の防護具が支給されない、もしくは十分な教育・訓練を受けていないために不適切な扱いをしてしまい、労働者が健康被害を受けている事例が多数報告されている。また、危険性が高くて禁止されているパラコートなどの農薬が使用されるケースも少なくない。さらに、火入れや森林火災の煙により、労働者だけでなく広域にぜんそくなどの健康被害も発生している。
〈不法移民・社会不安増大〉
マレーシアでは近年、人件費が上昇していることやプランテーションの急増もあり、インドネシアやバングラディシュなどからの労働者も増加している。不法移民も相当数含まれ、社会不安の原因にもなっている。
〈違法伐採の助長〉
インドネシア政府は現在では木材採取のための天然林伐採はほとんど許可しないが、アブラヤシ・プランテーションであれば比較的容易に許可を出す。そのため悪質な業者は、アブラヤシ・プランテーションを開発するという名目で許可を取り、伐採はするがアブラヤシを植えないという手口を使うこともある。
4.持続可能なパーム油生産のための原則と基準
このように、現在のパームオイル生産は持続可能とは言い難い。しかし、すでにパームオイルは重要な産業原料となっており、生産や使用をやめることは難しい。また、とくにインドネシアにとっては、輸出産業として経済面でも重要な役割を担っている。
そこで、「持続可能なパームオイル利用」のため、2001年に持続可能なパーム油のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Palm Oil:RSPO)がつくられた。これは、ユニリーバやWWF(世界野生生物基金)などが呼びかけて、パームオイルに関係する川上(生産)から川下(小売)までの企業や金融機関、NGOが集まった組織であり、最終消費財メーカーのユニリーバやボディショップ、スイス大手小売ミグロス、オランダの農業系銀行ラボバンク、アブラヤシ開発問題を専門とするNGOであるSawit Watch(インドネシア)など、86の通常会員と72の提携会員が加盟している。なお、日本からは6社が参加している。
表1 持続可能なパームオイル生産のための8原則
RSPOでは「持続可能なパームオイル生産のための原則と基準(Principles & Criteria for Sustainable Palm Oil Production:P&C)」を2005年11月に策定し、2006年3月に改訂した。これは8つの原則と39の基準からなる(表1)。
特筆すべき点として、原則5の「環境に関する責任を果たし、自然資源および生物多様性を保全すること」において、希少種や絶滅危惧種だけでなく、保護価値が高い生息地についても配慮することを求めていることが挙げられる。また、原則7の「新規プランテーションにおいては、責任ある開発を行うこと」に関しては、2005年11月の本原則採用時点以降は、原生林または保護価値の高い土地を1か所でも含む地域では新たなプランテーション開発を行ってはならないとしている。現在、RSPOの会員のうち14社がP&Cを試験的に適用し、実務上の問題点やその対策などを確認している。
5.行動規範と認証システム
2007年1月にはRSPOの会員向けの行動規範も制定され、会員企業はこれに則った責任ある行動が求められている。
2007年6月にはP&Cに準拠していることを認証するシステムを定めた文書も発表された。現在、そのシステムの検証が行われており、明年中には、認証パームオイルの第1号が市場に出る予定である。認証制度が本格的に始動すれば、認証パームオイルを原料に選択することでパームオイル利用に伴う最悪の影響を回避し、持続可能なパームオイルの生産に貢献できるようになるだろう。
6.パームオイル需要の増加
―バイオ燃料への利用の進展―
現在、もっとも懸念されているのは、パームオイル需要の増加により、いっそうのアブラヤシ・プランテーション開発が行われ、天然林への開発圧力が増大することである。
インドや中国などの新興国を中心にパームオイルの消費量は伸びており、中国のパームオイル消費量はすでに日本以上の規模となっている。加えて、こうした国々では、価格の高い認証パームオイルの普及は先進国以上に困難であると考えられる。
さらに、バイオディーゼル燃料(BDF)の需要がこの問題に拍車をかけている。原油価格の上昇と気候変動防止のために、ヨーロッパ諸国は、代替燃料であるBDFに注目している。その結果、もっとも安価かつ効率的に生産できる植物油であるパームオイルのBDF利用が進められており、パームオイル需要を大規模に押し上げることが懸念される。
7.今後に必要な施策
まず、持続可能なパームオイル生産の枠組みを、より広範囲で機能させることが重要である。事実上のデファクト・スタンダードとなりつつあるRSPOの枠組みに多くの企業が参加し、P&Cや認証を受け入れるようになるインセンティブを高める必要がある。ただし、パームオイルは最終消費財ではないために、コーヒーなどに比べて、消費者からの要望が届きにくいうえに、そもそも日本の消費者がこの問題に無関心であるという問題がある。そのため、消費者の啓発や、サプライチェーンの下流に位置する企業が上流の企業に要求することを促進させる仕組みづくりが欠かせないだろう。
そして、パームオイルの生産量に制限を設けることも当然に必要であろう。ごく緩やかな需要の増加であれば、既存のプランテーションの生産性向上で対応できるかもしれないが、現在のような激増に対応するためには、どうしても新規の天然林伐採が引き起こされてしまう。限りなく増加する需要に持続可能なかたちで応えることは不可能であることを認識し、たとえば一度使用されたパームオイルの廃食油をBDFに利用するなど、カスケード(多段階の)利用を推奨するガイドラインやルールの整備が必要であろう。持続可能性を最後に決めるのは、技術ではなく量の問題である。そのことを考えずには、持続可能なパームオイルはあり得ないのである。
〈参考資料〉
財団法人地球・人間環境フォーラム、「発展途上地域における原材料調達グリーン化支援事業 サプライチェーンを遡ってみれば」、2006年
Roundtable on Sustainable Palm Oil(RSPO)のサイト<http://www.rspo.org/>
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