中国の農業、食料とバイオ燃料の展望
農林中金総合研究所
主任研究員 阮 蔚
1.はじめに
中国は「食料とエネルギーの需要の増加にどのように対応していくか」という問題に直面しつつある。現状においては十分な食料自給体制を構築しており、主食のコメ、小麦については将来的にも自給自足を維持することは可能である。だが、大豆や飼料用作物、食肉などの食料やエネルギーに関しては輸入の拡大が避けられず、長期的な視点に立てば安定調達に不安も出てくる。すでに中国および新興成長国の需要増が世界の穀物相場、原油相場を高騰させている。中国自らが積極的かつ合理的な対策を講じなければ、「誰が中国を養うのか」といったレスター・ブラウン氏の問題提起は杞憂とは言えなくなってくるだろう。
2.問題をかかえながら、自給自足体制の維持
図1 中国の三大穀物の生産量と作付け面積 |
言うまでもなく、中国の食料需給は1950年代から70年代のような絶対的な不足状態を脱し、すでにある均衡状態に達している。胡錦涛政権が2004年以降、「小康社会」を標榜するのは全国民の生活水準が一定以上に達したことを意味するが、その重要な要素は国民が日々の食料確保に頭を悩ますことがなくなったという事実である。当然のことながら、農業に求められる課題も、もはや食料の単純な増産ではない。
中国の穀物生産は90年代以降、むしろ減産、調整のモードに入っている。コメ、小麦、トウモロコシの三大穀物の作付面積は2000年に合計で7967万haだったが、05年には7800万haまで2.1%減少している(図1)。
図2 中国のコメ、小麦、トウモロコシの生産量と作付け面積
なかでも、小麦の作付面積は同時期に2665万haから2279万haへと14.4%も縮小している。唯一、拡大しているのはトウモロコシであり、14.3%増となった(図2)。
だが、対照的に生産量は順調に増加している。三大穀物の生産量は2000年の4億0522万tから05年には4億2776万tに5.6%増えている。生産量は気象条件に左右され、干ばつ、洪水など異常気象にみまわれた03年、三大穀物はいずれも減産となったが、2000年から05年までの5年間でみればコメ、小麦の生産量は安定、トウモロコシは31.5%の大幅増産となっている。こうした客観的な状況から予測できるのは、中国人の主食であるコメ、小麦に関しては将来にわたって、中国農業は自給自足体制を維持する能力を有しているということである。
にもかかわらず、依然として中国の穀物需給に世界が不安を示すのは、90年代半ばに中国が引き起こした事件が底流にある。94年に国内穀物価格は高騰し、それを受けて北京政府は95年に穀物を大量に輸入した。穀物の国際価格は急騰し、食料を輸入に依存している多くの途上国に打撃を与えることとなった。中国が世界の穀物市場、食料需給の潜在的な攪乱要因であることを示してしまったわけである。
そのため中国は1996年にローマで開かれた世界食糧サミット(国連食糧農業機関主催)で、95年のような大量輸入をしないようにするため、穀物自給率を95%以上に維持すると宣言し、直ちに各種対策で穀物の増産を図った。その結果、96年から4年連続で大豊作となり、年間消費量以上の穀物在庫をかかえるようになった。
図3 中国のトウモロコシの需給状況
コメ、小麦、トウモロコシの在庫量は90年代後半を通じて100%前後、すなわち年間生産量にも匹敵する規模に達していた(図3)。
穀物の作付面積が減少に転じているのはそのためであり、農民にとっては在庫圧力による国内穀物価格の低迷、政府にとっては余剰農産物の貯蔵保管、処分が深刻な課題となっている。中国各地の食料倉庫には余剰穀物が積まれ、保管状態が万全ではなかったため、多くの穀物が無駄になったといわれる。98年の春に就任した朱鎔基首相が食料流通を改革の主要テーマの一つに選んだことには、そうした背景がある。残念ながら流通の問題は依然として解決されておらず、中国の農業、食料分野の脆弱性の一つとなっている。
だが、中国農業の課題はもちろんそれだけではない。生産を担う農民、農村にはより深刻な構造問題もある。農民1人当たりの耕地面積は日本の半分程度にとどまっている。単収などでみる生産性も低い。これは、永年にわたり農民に多くの負担を強いてきたため、資本の蓄積が少なく、規模拡大や機械化、科学的農法の実践など、農業近代化を進める力に乏しかったことによる。
こうした現実を胡錦涛政権は「三農問題(農業、農村、農民)」と捉え、改革に取組んでいる。穀物買入価格の引き上げによる所得確保、減反農家への所得補償、農業税など公租公課の軽減、および農産品流通の自由化拡大である。こうした政策は次第に効果を現し始めており、農民の可処分所得は増加している。最近になって、沿海地域において内陸からの出稼ぎ労働者が減少し、労働市場の需給が逼迫し始めた一因となっている。
農業を取り巻く環境が改善されていくことは、長期的にみて農業生産、食料需給にポジティブな要素となる。農民の意欲が刺激されるとともに、農業近代化の条件が整っていくからである。もちろん、中国農業には淡水資源の不足という自然条件に由来する深刻な懸念がある。穀物増産が必要になったとき、灌漑用淡水資源の確保は一段と大きな制約要因になってこよう。だが、水不足は華北、東北部を中心にした地域性のある問題であり、干ばつに強い品種の作付拡大など一定の適応策もある。中長期的に注意を要する課題だが、短期間のうちに中国の食料需給を逼迫させ、世界に脅威を与える要因とはいえない。
3.工業需要がリードする近年の需要構造変化
食料需給にかかわる、それ以上に緊急の課題は食肉需要の増加にある。中国の食肉(ブタ肉、牛肉、羊肉)の生産量は2000年の4838万tから05年には6157万tへと5年間で27.3%もの急増となっている。とりわけ羊肉は、同時期に274万tから435万tへと58.8%の大幅な増加となっている。所得水準の向上が食肉消費の拡大をもたらすことはいずれの先進国でも起きていることであり、予想される範囲内の事象にすぎないが、食肉増産がもたらす飼料需要の増大は中国にとって大きな負荷になりかねない。
飼料用作物の代表であるトウモロコシは三大穀物のなかで唯一、作付面積、生産量ともに増加している。一方、かつて中国は世界有数のトウモロコシ輸出国だったが、輸出量は年々減少し、06年には310万tと03年の1639万tの5分の1以下にまで落ちこんだ。中国のトウモロコシ需要の7割近くは飼料用であり、飼料向け需要は伸びは低いとはいえ年率1.6%程度の増加を続けている。
07年の春先から、中国ではブタ肉価格の急騰が社会問題化し、日本でも報道され話題になった。6月のブタ肉価格は前年同期比で約70%も上昇、各地のレストランでブタ肉料理の値段が大幅に引き上げられた。養豚の飼料となるトウモロコシの需給が逼迫し、価格が上昇したことが一つの要因となっている。穀物と食肉生産は密接不可分であり、相互に影響し合う関係であることは、中国の食料問題の先行きを考えるうえで、今後ますます重要になってくる。
もう一つ重要なのは穀物の工業用需要である。中国においてトウモロコシ需給が逼迫したのは、コーンスターチの需要が急増したためである。世界では「トウモロコシを飼料からエタノール生産に振り向けたため、需給が逼迫した」と説明されることが多いが、中国に関しては必ずしも正しくない。スターチはビールや清涼飲料水への添加剤、化学調味料、医薬品、製紙原料、染料など、きわめて広範な工業分野で利用されている。中国では02年度から06年度の期間にスターチなど工業用のトウモロコシ需要は年率26.2%も伸び、今や、トウモロコシの24.6%(06年度)はスターチを中心とする工業用需要となっている。工業用需要は今後も高い伸びを続けることが予想されている。食肉需要だけでなく、ビールや清涼飲料水などの需要増加、すなわち中国人の食生活の変化が穀物需給に大きな影響を与えている、とみるべきなのである。
4.エタノール政策の転換
さて、本稿のテーマの柱であるバイオ燃料に話を進めたい。中国でもトウモロコシからバイオエタノールを生産、利用する動きは2002年ころから進んできている。02年6月にツンツオ(河南省)、ハルビン(黒龍江省)など5都市で10%のエタノールをガソリンに混合する「E10」ガソリンの試験販売が始まり、04年2月からは試験販売地域はさらに黒龍江省、吉林省、遼寧省、河南省、安徽省の5省全体および他地域の27都市に拡げられた。エタノール生産には吉林燃料、黒竜江華潤、河南天冠燃料、安徽豊源燃料の4社が参入している。
中国はモータリゼーションの急激な進展によってガソリン需要が急増しており、石油の輸入依存度は40%に達している。今後更に中国の石油輸入が拡大するのは確実であり、エネルギー安全保障は中国にとって大きな課題となってくる。こうした流れでみれば、中国政府のエタノールへの取組みはエネルギーの視点から主導されたように誤解されかねないが、現実は異なる。中国のエタノール振興策は農業政策、より具体的には余剰トウモロコシの在庫処分のためにスタートしたのである。02年にゼロから始まった中国のエタノール生産は06年には130万tになった(表1)。
表1 中国のエタノール生産量
1tのエタノール生産には3.1tのトウモロコシが原料となるため、06年には400万tのトウモロコシがエタノール生産に回ったことになる。これは同年のトウモロコシ生産量の約2.8%にあたる。前述のようにトウモロコシ需要の7割近くは飼料用で、2割強がスターチなど工業用であることを考えれば、トウモロコシの用途としてエタノールが占める比率はまだわずかなものでしかない。
だが、ここにきて中国政府のエタノール振興策は大きな矛盾に直面するようになった。本来ならエタノール生産に回されるはずだった余剰トウモロコシの在庫が需要増加で底を突き、毎年、新たに生産されるトウモロコシをエタノール原料に使わざるを得なくなったからだ。同時に飼料や工業用の需要増加によって、トウモロコシ価格が上昇、エタノールを生産してもコスト的にガソリンと競争できなくなってきたからだ。中国は数年中にはトウモロコシの純輸入国に転落するのが確実な情勢であり、そのうえでもトウモロコシからエタノールを生産し、石油代替を図っていくとすれば政策的な矛盾は一段と深まる。原油価格の高騰が続き、100ドル/バレルを突破するような事態が来れば別だが、現状ではトウモロコシからエタノールを生産することは中国にとって意味が薄れている。
5.非穀物による、バイオ燃料の利用促進
筆者が中国におけるバイオ燃料として、むしろ注目しているのは、農業副産物を利用したメタンガスや非穀物系原料からのエタノール生産の可能性である。2007年6月から7月にかけ、中国東北部の農村を視察したが、多くの村で鶏やブタのふん尿などを発酵させ、生産するメタンガスの利用が進み始めていた。家庭の調理や暖房向けの利用はもちろん、温室や農産物の加工用の熱源にも活用され始めている。統計によると06年末までに2200万戸の農家がバイオガスを利用しており、年間で約1000万tの石炭需要を代替した計算になるという。
都市部では液化石油ガス(LPG)や軽油、石炭が用いられる分野の燃料にメタンガスが利用されることは、二つの意味を持つ。一つは化石燃料をバイオガスが代替することによる、温室効果ガスの排出削減効果である。ふん尿は放置すれば自然発酵してメタンが大気中に排出されるわけで、人為的にバイオガスに転換してエネルギーとして消費することは、二重の効果を持つといってもよい。もう一つは、エネルギーコスト面での農家の競争力向上である。初期の設備投資とわずかなメンテナンスコストだけで、エネルギーを潤沢に利用できれば、中国の農産物のコスト競争力は向上し、長期的には農家の可処分所得も増やす効果がある。
非穀物系原料からのエタノール生産はキャッサバ、サツマイモやスウィートソルガムなどに可能性がある。スウィートソルガムは塩害地、キャッサバは荒れ地など農耕に適さない土地でも栽培が可能であり、既存の穀物作付用地と競合しない点が重要である。中国の塩害地の25%でスウィートソルガムを生産すれば年間350万tのエタノール、荒れ地の20%でキャッサバを生産すれば1100万tのエタノール生産が可能といわれている。中国政府が示す「人と食料を争わず、食料と農地を争わない」形でのバイオ燃料の生産は十分に可能なのである。スウィートソルガムは干ばつに強く、麦類や豆類の3分の1程度の淡水で栽培できる点も中国にとっては重要である。
農村でのメタンガスなどバイオ燃料の利用やスウィートソルガム、キャッサバなど非穀物原料によるエタノール生産が示すのは、食料とエネルギーにおける「地産地消」の重要性である。ブラジルやアメリカで生産されたエタノールを輸入したり、遠隔地から穀物を輸入することは、グローバリゼーションが進展するなかで、当然のごとくに感じられるが、本質的にはそれ自体が資源浪費的性格を持っていることに注意すべきである。輸送に伴うエネルギーの消費、温室効果ガスの排出はさまざまな負荷を与える。中国のような巨大人口国がグローバリゼーションに基づき、食料、エネルギーを大量輸入する経済モデルに傾斜すれば、地球に課する負荷は大きい。
中国および世界が直面する食料やエネルギー、さらに関連する環境問題は総合的、一体的に解決を図ることが重要なのである。
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