中国吉林省への参加型水管理支援

宮城県 農村基盤計画課
技術補佐 鴇田 豊
宮城県 栗原地方振興事務所
技術次長 郷古雅春

1.はじめに
  土地改良区と村などによる重層的な日本の灌漑管理手法は、参加型灌漑管理の模範であるとして、世界銀行をはじめとする国際援助機関から評価されており、(社)農業土木学会も「農業土木のビジョン」で、「開発の初期段階から管理まで農民参加を進める管理手法を積極的に適用すべき」(※1)としています。このように、参加型灌漑管理は、開発途上国への日本の農業開発協力の重要な分野となりつつあり、宮城県でも、2005年から国際協力機構(JICA)草の根技術協力事業を活用し、友好県省関係にある中国吉林省との技術協力(以下、「プロジェクト」と呼ぶ)を行っています(※2)、(※3)。

2.吉林省の水資源
  中国では1950年代からの灌漑面積の拡大による河川取水の増加に加え、近年は人口の増加や社会経済の急激な発展などにより、工業用水および生活用水の需要が急速に増加し、黄河の流れが細り黄海まで達しない「黄河断流」や地下水の急速な枯渇などの問題を引き起こしており、社会経済発展の重大な制約要因となっています(※4)。 

図1
図1 中国吉林省の人口1人当たり年間水資源量

 図1は、中国の政府機関が公表している資料をもとに、吉林省の人口1人当たりの年間水資源量を試算したものです(※5)、(※6)。
吉林省は松花江などの水資源を有していますが、省内の降水量分布に偏りがあり、省全体としては、中国のなかで水資源が少ない省の一つに属しています。試算の結果でも、その厳しさがうかがえます。

3.吉林省の灌漑管理
(1)灌漑管理の改革
  中国政府は「利水者は水を使うだけで、管理に関心を持たない」という情況を改善し、利水者による自主的・民主的な管理を実現するため、参加型灌漑管理の導入を進めており、全国各地で水利組合(用水戸協会)が設立されつつあります(※7)、(※8)。中国水利部からの聴き取りでは、2005年現在で用水戸協会の設立数はすでに6000に達しています。

(2)吉林省における灌漑管理改革の課題

図2
図2 用水戸協会設立前後の水利費徴収方法の違い

  現状での吉林省の灌漑管理の最大の課題は「農民からの水利費(用水使用料金)徴収方法の改革」です。図2は吉林省における水利費徴収方法を模式化したものですが、現在の主流は、灌漑区(用水供給ための公営企業のようなもの)が個々の農民から直接徴収する方法です。この方法ですと徴収コストが大きすぎることから、農民水利組合が組合員(農民)から水利費を徴収して、灌漑区に納める方法へ改革していくため、吉林省は組合の設立を進めています。
 このように、吉林省は灌漑管理に係る当面の課題を農民から水利費を徴収する方法の改革に置きつつ、将来の農民の自主的な灌漑管理を段階的に推進することとしています。そして、この方式の普及のために、灌漑区職員の認識と受益農民の理解を深めていきたいと考え、友好県省関係にある宮城県に対して、技術協力を要請しました。

4.NPOとの協働
  本プロジェクトの実施に当たっては、宮城県内の土地改良区に協力をいただいています。また、市民参加の視点と裾野の広がりを考慮し、当初から、農村活性化に携わるNPOとの協働により事業を進めています。NPOには、大学教授、土地改良区理事長、出版社役員、技術士、外国人、県職員など多種多様な知識と能力を持つ人材が会員として登録しており、彼らのノウハウと関与が、国際協力へ地域が関わることへの理解の醸成とプロジェクトの円滑な推進につながるものと考えています。

5.プロジェクト目標と活動

写真1
写真1 宮城県におけるワークショップ
写真2
写真2 ほ場整備事業の現地視察
写真3
写真3 用水戸協会の調査
写真4
写真4 かんがい管理技術セミナー

  本プロジェクトの直接の相手機関は吉林省水利庁農村水利建設管理局ですが、吉林省内の灌漑区や用水戸協会とも連携して活動を行います。言うまでもないことですが、参加型灌漑管理推進の主体はこれら吉林省側の機関であり、宮城県は課題とその解決手法を彼らといっしょに考えることを通じて、協力していくこととしています。このことを踏まえ、また、県省の友好交流のなかでの協力であること、実施期間が3年と短いことを考慮し、目標と活動内容を以下のとおり設定しました。
a. プロジェクト目標
モデルサイトにおける灌漑区の職員と、農民が用水戸協会の利点を理解する。
b. プロジェクト成果
カウンターパート機関の関係職員および関係農民に対するアンケート調査などにより、プロジェクト目標に掲げる「理解度」を確認する。
c. プロジェクト活動
県省の友好交流の意義を踏まえつつ、人材育成に重点を置くこととする。
(1)研修員の受入
吉林省の農業水利技術者などを対象とした灌漑管理の研修(写真 1、2)。
(2)短期専門家の派遣
実効ある研修の実施や、灌漑管理制度などの比較研究のための短期専門家の派遣(写真 3、4)。

6.まとめと今後の展望

図3
図 3 吉林省の用水戸協会設立状況

  吉林省では省内に1〜2か所のモデルサイトを設置し、灌漑区職員と農民にその利点を体得させた後、モデルサイトの増加と範囲の拡大により、省全体の灌漑区管理体制を改革していく方針を立てています。
  吉林省は、中国のなかでも用水戸協会の設立が遅れており、2005年時点のプロジェクト開始時点において用水戸協会の設立は2団体に留まっていました。これが、1年後の調査で82団体に増加していることがわかりました。また、開始時点には無かった、用水戸協会設立の数値目標を設定していることがわかりました(図3)。中国政府が用水戸協会設立を強力に推進していることもあり、全てが今回のプロジェクトの成果とは言い難いものの、その推進に向けて吉林省政府の背中を押していることは確かであり、少なくとも急速な推進の一つの要因にはなっていると思われます。
  土地改良区およびムラなどによる日本の重層的な灌漑管理手法は、社会的・経済的環境の違う中国でそのまま適用できるものではありませんが、農民水利組合としての土地改良区の運営方法や、ムラなどによる共同管理手法は、中国吉林省における用水戸協会の設立と参加型灌漑管理の推進の参考となるところが多いと考えられます。
  吉林省は、次のステップとして、用水戸協会設立後の教育体制の強化に向けて、灌漑区職員、集落組織の委員、農民など幅広い対象者への研修プログラムを実施していきたいとの考えを持っています。
  自治体や土地改良区の国際協力に関しては、なぜ自治体などが国際協力に関わるのかや、それが構成員へどのような利益をもたらすのかなど、さまざまな議論があるところですが、宮城県としては、「地域づくり」へと繋がるような真の市民参加事業を目指しつつ、NPOや土地改良区などと協働し、引き続き国際技術協力を実施していきたいと考えています。

〈参考文献〉
(※1)農業土木学会、『農業土木のビジョン』、2001
(※2)郷古雅春、『「灌漑管理」をテーマとした中国吉林省との技術協力』、農業土木学会誌74(1)、2006
(※3)宮城県産業経済部、『住民参加型灌漑管理支援事業プロジェクトドキュメント』、2005
(※4)JICA、『中国大型灌漑区節水かんがいモデル計画プロジェクトドキュメント』、2001
(※5)中華人民共和国水利部、『中国水資源公報』、2000
(※6)中華人民共和国人口信息研究中心、『第5次人口普査公報』、2000
(※7)JIID、『平成13年度日中交流事業(農業水利)訪中団報告書』、2002
(※8)中華人民共和国灌区協会、『参与式灌漑管理』、2001

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