ヒゴタイ交流
熊本県阿蘇郡 産山村教育委員会
橋本範忠
1.はじめに
ホストファミリーと涙を流しながら別れを惜しむ交流生、時が流れ成長したタイの交流生からホストファミリーに届く結婚式の案内。いずれも、お金では買えない貴重な交流の成果を示す証である。
熊本県の産山村は、1988年に産山中学校とタイ王国カセサート大学附属中学校との姉妹校提携を結び、それ以来、現在に至るまで相互に交流生と引率教師を送る「ヒゴタイ交流」を継続している。この交流は本年20年目を迎える。
写真1 交流のシンボルである野草「ヒゴタイ」
ヒゴタイ交流の名称の由来は、産山村のある熊本県の旧称「肥後」と「タイ王国」、そして村花である野草の「ヒゴタイ」に因んだものである。
国際化が進む世界の状況に対応できる人材育成を目的としたこの交流は、農林水産省や国際協力機構(JICA)の協力を得て実現した。交流の内容は、双方の学校から毎年4〜5人の生徒と引率教師をそれぞれの長期休校期間を活用して3週間(日本からは7月下旬より、タイからは10月初旬より)派遣し、ホームステイをしながら学校での授業や行事への参加、小旅行などを通して異なる文化にふれるなかで、他国を理解し尊重する態度を身につけるとともに、国際社会に対応できるコミュニケーション能力を育成するというものである。
産山村は、九州のほぼ中央部にあたり、人口が1700人あまりの高原型の小さな農山村である。熊本県の最北東部にあたり、阿蘇、久住、祖母の三山を一望できることから、徳富蘇峰が「一覧三山台」と称したほど景観に恵まれた地である。また、環境省指定名水百選に選ばれた「池山水源」や広大な原野など自然景観に恵まれている。このような美しい自然や人情味豊かな農山村の学校と大都会バンコクの学校という、際だった違いのある地域間の交流であることも、ヒゴタイ交流の大きな特徴である。
2.交流の実際
5年毎の記念事業の年は交流生や随行団の数が多く内容が多少異なるが、通常の年は空港での出迎えから見送りまで、同じような流れとなっている。
(1)事前の準備
タイにいるJICA専門家の協力を得ながら、教育委員会や中学校が受入のためのさまざまな準備をしている。交流生やホストファミリーの決定、交流期間の設定、交流生やホストファミリーに対するタイの文化や日常生活についての学習、自己紹介や日常会話に関するタイ語の練習、土産の準備、タイの交流生が滞在中のスケジュールの作成など多くのものがある。
(2)空港での出迎え
写真2 熊本空港での出迎え
空港での出迎えは、教育長や教育委員会の職員、中学校長ならびに関係教職員、ホストファミリー、前年タイに行った交流生などで行っている。横断幕で迎えた後、教育委員会の準備したバスに乗り込む。最初は双方とも何だか緊張気味であるが、数分後にはもう打ち解け合っている。さすがは子どもたちである。また、これは長年の交流により築かれた友好の結果でもあると思う。
(3)歓迎式典・表敬訪問
写真3 関係機関を表敬訪問するタイの交流生と引率教師
ホストファミリー宅で1泊した翌日は歓迎式典。教育委員会で産山の紹介や産山での生活などについてのオリエンテーションを受けた後、タイの交流生は式典に臨む。式典では、産山中学校の男子生徒による勇壮な「ヒゴタイ太鼓」や女子生徒による古式豊かな「浦安の舞」などが披露される。これらはヒゴタイ交流を継続することで育まれてきた日本の伝統芸能紹介の取組である。国際理解を進めることは、自国理解につながるということであり、このことは、外国語を学ぶことが、日本語をより良く理解することになるということと符合する。
また、タイの交流生は九州農政局や県の教育庁など関係機関を表敬訪問する。
(4)授業などへの参加
写真4 産山中学校での合同給食
交流生の学校生活の中心となるものは、学校での授業や行事への参加である。産山中学校では、ほとんどの教科の授業にタイの生徒が出席し、給食や掃除も産山中の生徒といっしょにする。産山中は全校で3学級の小規模校であるため、日常的に頻度の高い相互の接触がある。そのため産山中の生徒はタイの生徒とコミュニケーションを頻繁に取る必要が出てくる。
日常の意思の疎通は英語となるが、産山に来ているタイの生徒たちは、小学校3年生の時から週5時間程度英語の授業を受けているので、日常の英会話には自信を持っている。それだけに、産山中の生徒は英語によるコミュニケーション能力の必要性を強く感じることになる。そういうことから、英語への興味関心が高まり、生徒のなかには外語大学に進む者も出ている。
写真5 高校生に生け花を習うタイの交流生
タイの子どもたちは、毛筆書写や日本の郷土料理を習ったりするなど、日本文化についての学習に親しんでいる。この他、近くの高校の協力を得て、日本の伝統芸術である茶の湯や生け花も体験する。
同じように、産山中からタイに行った交流生も、毎朝、教室の前で国歌を歌うといった、国を大事にする習慣を目にしたり、伝統を大切にしたタイダンスを練習したりと、日本だけにいては得られない貴重な体験をしている。
このようなことを通して、違いを認め他国を尊重するといった国際理解の精神が養われる。ここにヒゴタイ交流の大きな意義がある。
(5)小旅行
写真6 小旅行におけるタイの寺院見学
学習の合間をぬって、交流生には小旅行の楽しみが用意されている。歴史的な名所旧跡の見学や観光地でのリフレッシュなど、近距離の旅行である。本年度は熊本城や佐賀の「肥前夢街道」などが選ばれた。タイでも、有名な寺院や興味深い遺跡の見学などが計画されている。
(6)ホームステイ
写真7 タイのホ−ムステイでホストファミリ−と
学校以外の生活の中心はホームステイであるが、ここで交流生は、互いの国の生活習慣や考え方など、さまざまなことを学ぶ。また、ホストファミリーは最初は「タイの子どもたちに、どう対応したらいいか」不安に思いながらも、自分の家族同様あるいはそれ以上に真心を尽くして世話をしている。このようにタイの子どもたちは、日本古来の人情味が残る地方の温かい雰囲気を味わう。また、交流生もそれに真心をもって応じている。この心と心の結びつきが、先に述べた涙の別れや長く続く手紙やメールによる交流の元になっていると思われる。
(7)送別式典
写真8 タイの伝統芸能、タイダンスの体験
交流の終末に、産山中学校では文化祭と連動した送別式典が催される。その折りには学習の成果発表とともに、日本文化の紹介や交流生を送るさまざまなプログラムが繰り広げられる。一方、タイの交流生からも、 タイの伝統芸能で正規の授業でも指導されているタイダンスが披露される。自国の伝統芸能を正規の授業で取り扱うこのような考え方は、我が国も参考とすべきである。先般成立した改正教育基本法の趣旨からすれば、なおさらのことである。送別式典の翌日、三週間の充実した体験を胸に交流生は帰国の途につく。
3.交流を支えるもの
ヒゴタイ交流を支えるものには、ホストファミリーの献身的な世話、村民の理解と協力、中学校による姉妹校との連絡調整や綿密な運営計画、日常的な世話、村内小学校の協力、村当局の理解や経済的援助、そして主管の教育委員会の対応など、産山村全体の力が結集されている。それ故、このヒゴタイ交流は産山村が誇りとする国際交流となっている。
4.交流の成果
交流の主な成果として、次のようなことが考えられる。
(1) 単なる観光視察団としての交流ではなく、互いの国に3週間滞在し、ホームステイをしながら、実際に中学校へ通学し、交流を深めることにより、国際理解の精神が豊かに育っている。
(2) 交流生だけではなく、授業その他の生活を共にすることにより、訪タイしない一般の生徒、また、学校毎にタイの交流生が訪問し交歓の機会がある本村内の小学校児童、さらにはそれらを取り巻く村民全体に、国際理解に対する意識の高まりが見られる。
(3) タイの生徒と日常的に接触する産山中学校の生徒は、コミュニケーションの手段に対する必要性を強く意識し、表現力向上や外国語学習への関心や意欲を高めている。
(4) 手紙やインターネット、メールを通じた日常的な交流が続いている。
このような取組が認められ、平成2年には国際教育交流馬場財団の「馬場賞」、平成16年には財団法人博報児童教育振興会の「博報賞」を受賞している。
また、本村では、「地域の実態に即した最適の教育を行い、子どもたちに『産山で教育を受けてよかった』という実感をもってもらえるよう」に、独自の「教育改革」を推進している。
その一環として、平成16年度より県下に先駆けて2学期制を実施しているが、このことにより交流生出発の準備をする夏休み前と学期末が重ならず、準備が余裕をもってできるようになっている。
写真9 特区の認定証を首相から受領する村長
写真10 小中一貫教育を実施する小学校と中学校が連結した校舎
また、国より11月16日付で5・2・2制による「産山村小中一貫教育特区」が認可され、平成19年度より実施する。特区の特定事業である「研究開発学校設置事業」の内容の一つとして、小学校1年生から中学校3年生までの英会話科と、小学校6年生から中学校の英語の教科書を使い、兼務辞令を受けた英語教師から授業を受ける英語科からなる「ヒゴタイイングリッシュ」という教科を創設している。これも、ヒゴタイ交流を進めるなかで構想された一つの成果である。
5.課 題
写真11 タイにおける送別式典で踊るタイの生徒
大きな課題は、ヒゴタイ交流の存続に関わる予算の確保である。ヒゴタイ交流に関する日タイの契約では、派遣についての両国の費用負担は渡航費用だけであり、両国における活動や生活に要する費用は受入側が負担することになっている。現在はとくに問題はないが、仮に町村合併があれば、いずれの自治体も財政難であり、このように価値のある交流でもその存続は保証できないと思われる。
次に、交流を深化させるためには、相互理解をいっそう進めていく必要がある。そのためには、日本の文化や伝統について学習を深めるとともに、例えば産山中学校での歓迎式典で日本の生徒がタイダンスを披露するなどの取組も考えられる。
また、現在の中学生の英語能力では、漠然とした相互の気持ちの理解はできるにしても、タイの生徒との十分な意思の疎通は難しい。「ヒゴタイイングリッシュ」などの効果的な学習により、場面に応じた英語能力の向上が望まれる。
6.おわりに
このヒゴタイ交流では、 現在まで本村より74名の交流生をタイに派遣し、タイからは85名の交流生を受け入れている。また、交流生や引率教師のホストファミリーを引き受けた家庭は79戸、これは村全体の戸数554の実に14%に達する。随行団を受け入れたホストファミリーを加えれば、さらに高い率になる。
この交流をさらに充実させることにより、児童生徒をはじめ村民全体のさらなる国際意識の高揚を図り、村の発展、ひいてはささやかながら国の発展にも寄与していきたい。
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