世界に誇る日本型水管理システム
北海道旭川市 大雪土地改良区
総務部長 永山敏行
1.経 緯
平成13年、当時の北海道開発局旭川開発建設部管理課長(現北海道開発局建設部建設行政企画官)の福島健司氏より、やはり当時の旭鷹土地改良区(現大雪土地改良区)参事の森木邦男氏(平成17年定年退職)に水管理技術取得のための国際協力機構(JICA)研修生受入について打診があり、実験的な受入を試みることで決断、未経験の世界へ飛び込む感での判断で、英語をこなす研修生に比べ、英語のできない土地改良区職員にとっては不安この上無いものでした。
しかし、土地改良区は地域農家への農業サービスが主業であることから他国との交流は皆無といって良く、研修生の受入を機会として、役職員の資質向上に大きく役立ち、結果として現在まで5年間継続して研修生を受け入れ、今後3年間も受入を予定しています。
2.目 的
本研修の目的は、当区の農業用水管理技術と組織運営を広く世界に広めることと、その技術や手法が研修国で生かされることです。
とくに北海道は開拓100年の短い期間で躍進的な整備が行われ、厳しい気象条件を克服した効率的な水管理が取られている地域として、研修国が短期で飛躍する良い見本であると考えています。
3.初年度
初年度は、インドネシアからの独立を果たしたばかりの東ティモールより、3名の研修生を受け入れました。日本への渡航ルートがインドネシア・フィリピン経由であったことから移動に時間を要し、途中で荷物の紛失などもあって、来日そうそう疲れが見えました。
写真1 事務所にて水管理システム講義風景
しかし、研修に入ると一変、農業土木技術者の血がよみがえり、熱心な研修態度に、受入側スタッフも気を引き締め直すこととなりました。
研修カリキュラムは単位制として、土地改良区の運営および水・施設管理ならびに事業の施行を23単位、支援組織関係を8単位、アクションプランの作成を4単位、合計35単位で構成、期間は春季の農作業繁忙期後の7月8日〜8月28日までの約2か月間で実施しました。 お互い農業土木技術者の端くれであることから、研修では苦労と感じたことはあまり無かったのですが、生活習慣や食事面の違いがもっとも心配されました。
研修期間中の全てがホテル住まいとなり、人口36万都市のど真ん中での生活は海外生活が初めての経験と言っていた研修生にとっては貴重な経験と成り、一つひとつの出来事が驚きの連続であったと思います。
ここで、一つのアクシデントを紹介します。3名の外国人が2か月間長期滞在するのは、受け入れる地方都市ホテルとしても初めてのケースで、同一客室の連続確保がなかなか困難な状況でした。そのため滞在期間中に客室の移動が必要となり、本研修期間中も客室移動が発生しました。 その際、ホテルにはシングルとダブルとツインと各種の客室が有り、しかも間取りや広さも多少異なります。日本人であれば2名でシングルと予約した際、ホテルの都合で「1名だけダブルをご利用下さい」とされた場合、その1名は「ラッキー」と感じ、もう1名が「私だけ、なぜシングル」とクレームを付けることは無いでしょう。しかし、本研修では、「どうして同じ宿泊代を支払って、異なるタイプの部屋になるか」というクレームが出され、滞在ホテルを変更するまでに至りました。 文化・生活・習慣の違いにより受け止め方が異なるケースとして、たいへん勉強にもなったアクシデントでした。
写真2 バスでの通勤風景
土地改良区事務所までの移動は路線バスを利用しましたので、2か月間、毎日、同時刻のバスに乗ることになり、当初は何となく面食らっていた運転手さんとも、乗客数の少ない田舎のバスのことで、すぐに仲良くなり楽しい通勤になったようです。
食事は研修生各々が自分で用意することとしましたので、事務所で取る昼食も出入りの弁当屋さんを利用する者、近くのコンビニを利用する者などさまざまでした。このように、研修時間外をフリーとしたことと専用の休憩室を設けたことは、良い息ぬきとなったようです。
4.継 続
2年目と3年目は、インドネシアから3名の研修生を受け入れました。インドネシアは日本との交流が盛んな国で、来日した研修生もタイや中国への研修経験がありましたし、受入側も1年経験を積んだことで、たいへんにスムーズな研修となりました。
4年目以降は、本研修への希望国が増加したことを受け、同時にスリランカとバングラデシュとミャンマーの3か国を受け入れました。
それまでの1か国から3か国の受入に変更したことにより、当区1区での対応が難しいと判断し、近隣土地改良区へ照会したところ、富良野土地改良区・旭川土地改良区・東和土地改良区・てしおかわ土地改良区の4区が受入協力に理解を示して下さり、2か月間の期間中土地改良区を縦断的に研修する行程として、研修項目も重複が起こらないように割振りました。
写真3 群馬県待矢場両堰土地改良区での講義風景
当区も含めて5区での研修となったことにより、ダム・ため池・大小開水路・パイプラインなど、多様な施設管理研修ができるようになり、より充実した研修内容になったといえます。
また、研修項目に他府県での研修も取り入れ、群馬県待矢場両堰土地改良区・静岡県磐田用水東部土地改良区・栃木県那須野ケ原土地改良区連合・山形県三郷堰土地改良区・鹿児島県曽於南部土地改良区の皆さんには大変お世話になりました。
研修生も日本全国で貴重な水を適切にコントロールして、農家と密接な関係を築いている土地改良区の実態を見聞できるので、人気研修メニューの一つとなっています。
5.研 修
研修内容は、前記の研修カリュキラムを基に実施され、主に現場での水門操作、維持補修工事、浚渫、草刈などの管理作業について体験をしてもらっていますが、研修生の興味は、農家の方々と土地改良区がどのような形で連携し、農家自ら費用を負担して土地改良区運営や事業実施をどのように行っているかに向けられ、自国での農家対応や法的整備を進める参考として一所懸命に吸収しようとしています。
写真4 幹線分岐水門研修風景
そうした意欲を示す研修生の大半は農業行政を預かる行政マンであることから、講師は農林水産省・北海道開発局・北海道・関係市町村・関係農業団体などからお迎えし、それぞれの立場より、法・基準・要件・技術の講義をお願いしています。
また、農家が行っている農作業や施設管理作業の実態を研修してもらうメニューとして、農家が組織する管理組合長宅や農家宅を訪ねて、直接指導を受ける機会も設けています。なお管理組合は水系毎に農家が組織している組合で、組合長は組合の代表で会員農家から互選されます。
研修生は農家の生の声が聞ける機会を希望し、年々その機会を追加して来ており、これが5年間継続して研修が続けられ、研修希望国も増加している要因の一つと考えています。
6.効 果
研修国側と受入をしている土地改良区側との双方に効果が生まれなければ、実施する意味が無いと考えています。
まず、研修国側の効果ですが、研修後もインターネットを通じ、質問や報告があることから徐々には効果が上がっていると受入側は捉えていますが、研修国へ出向きその実態を検証していないので、想像の域を越えていませんでした。
そこで、平成19年1月14日から2週間の行程で研修国に出向いて、その効果について検証してきました。スリランカでは、ため池(日本で言えば湖)を造成してのポンプアップ灌漑が主要水利で、琵琶湖周辺の灌漑システムによく類似しており、明年からは、琵琶湖周辺の土地改良区を府県視察に取り入れたいと考えています。ミャンマーでは、分水施設はかろうじてコンクリート構造となっていますが、水路はほとんどが土水路なので、水路整備からの研修を心がけたいと考えています。両国とも、平成18年度から、研修で習得した組織の設立に向け、前向きに取り組んでいました。
受入側の効果としては、「食料自給率の向上を目指し、これに取り組んでいる各種事業」と「米消費低迷から、厳しい状況にある稲作農家経済をどう改革するか」に奮闘している土地改良区として、研修生から聞かされる他国の農業事情が、何か日本人が忘れかけているものを思い出させてくれています。失礼ながら研修国の農業は20〜30年前の日本農業と類似しており、食料に対する気持ちが今日の日本人とはまったく違っています。
飽食生活に慣れ染まった日本人に、水や農業用施設の大切さ、そしてそれを共同して愛護する精神をよみがえらせてくれます。
7.挑 戦
今後の展開として、研修生の受入一辺倒では、この研修の目的を達することは難しく、当区の役職員および地域の農家の皆さんが研修国へ出向き、そこでの土地改良区の設立や施設の構築・管理に役立つことができれば、いっそう良いと考えています。
写真5 管理組合長宅を訪ねる
日本の農業基盤は整備時代を終えて更新時代に入り、今ある施設を長寿命化する政策に切り替え、環境と調和した事業を展開しています。
地球規模での環境汚染に立ち向かうため、日本が持つ環境に優しい農業技術・土木技術を世界に広め、さらなる技術を世界の農業者と開発できればこれほど素晴らしい事は無く、本研修もその一翼を担えることから、今後も本研修を通じ環境に優しい水管理システムの構築に「挑戦」し続けます。
|