- THE END OF POVERTY-
『貧困の終焉』JEFFREY SACHS 著

『貧困の終焉』JEFFREY SACHS ジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)
経済学者で国際開発の第一人者。1980年ハーバード大学博士号取得後、同大学経済学部助教授となり、1984年には29歳の若さで教授となる。20年間ハーバードに所属し、同大学国際開発センター所長を務めた。現在は、コロンビア大学地球研究所所長。また途上国政府や世界銀行ほか各国際機関のアドバイザーを務めており、開発途上国を支援するために発足した国連ミレニアム・プロジェクトにおいては、当時のコフィ・アナン事務総長の依頼を受け、プロジェクトの長を務めた。

 著者は当時のアナン国連事務総長の依頼を受けてミレニアム開発目標(MDGs)を達成するための分析作業プロジェクトの特別顧問を務め、その経験と20年間に及ぶ現場経験を基に、本書を著した。
  著者は、米国のハーバード大学でマクロ経済学や国際金融を専門としていた学者であったが、20年前、南米ボリビア政府の経済顧問を引き受け、それがきっかけで開発経済に取り組み、ハーバード大学国際開発センター所長、コロンビア大学地球研究所所長や世界銀行コンサルタントを歴任している。

 さて本書は、マクロ経済学と現場での体験に基づいているため、私のようにODAに関係している者にとって、示唆に富む記述が随所にあり、たいへん興味ある内容になっている。彼の言葉を拾い上げながら全体を概観してみたい。
  彼はボリビアでの経験を通じて、インフレの終息が極度の貧困の終息ではなく、極度の貧困に陥った人々を直接的に助ける新しい方法が必要であり、経済の現実、とりわけ地理が経済に及ぼす影響に目を向ける必要があることを力説している。つまり、今まで経済の現実に欠かせない基本的かつ中心的な特徴を見逃してきたことに気づき、臨床医学のように変化に富む症例に合わせた個別診断の腕を上げるように、開発経済も脱皮するべきだと提唱している。これを筆者は臨床経済学と称している。
  そこで、貧困に対し適切な治療計画を立てるため、診断チェックリストを作成している。貧困の地図作り、経済政策、財政の仕組などがあるが、その中でインフラサービスや農業と環境、エコシステムと病気などを包括する地理と人間的な環境についての項目に対し、極度の貧困に診断を下し、それを克服するにはこの部分がきわめて重要であるとしている。

 著者は、ボリビアの経済顧問を務めた後、ロシア、中国、インドの経験を積み、アフリカの貧困問題に12年前から取り組むようになった。ザンビアでの経験から、農村部では、各家が経済的に孤立しており、基本的なインフラ(道路、灌漑)が不備、さらにエイズ、マラリアにより人的資源が失われていることに気づいた。貧困国はマラリアのはびこる地域とほぼ一致していることも図で証明している。飢えと病気と貧困の結合体が深まるばかりであるが、専門家との意見交換から、具体的かつ確実な技術を通じて、連携してシステマチックに取り組めば解決できるとも断言している。

 MDGsでは、富と新たなテクノロジーとグローバルな意識の向上をもって、極度の貧困、病気、環境の劣化をなくすため、項目を定量的およびタイムテーブルを決めて提唱している。そして彼は、この目標を達成するためのビジネスプランの作成に取り組んだ。
  そこで提案された戦略の中心は、人への投資とインフラへの投資であり、これにより貧しい地域に持続可能な開発の道具が与えられ、プラン、システム、相互アカウンタビリティ、資金調達を用意する必要があるとしている。またケニアのサウリ村での経験から必要な援助項目として、農業、基本的な健康、教育、電力、輸送、コミュニケーション、安全な飲料水と衛生設備を挙げ、同時に必要なコストも試算し(1人当たり70ドル)、これをスケールアップし、世界的なネットワークを構築することができれば貧困を終焉させることができるとしている。
  また、極度の貧困を解消するためには、もっとも貧しい人々が開発の梯子の一番下の段に足をかけられるようにすることであると明言している。そのために欠けている資本は、人的資本、ビジネス資本、インフラ、自然資本、公共制度資本、知的資本であり、貧困の罠から逃れるためにはパッケージにし、それに加えてテクノロジーの可能性に投資する必要があるとしている。
  資金面では彼の推定によれば、必要とされる政府開発援助(ODA)の総額は、国民総生産の0.5%程度であり、すでにドナー諸国が約束しているODAの範囲内でミレニアム開発目標の資金は足りると踏んでいる。また2025年までに極度の貧困をなくすことを約束して具体的な実行計画を持つことなど、一人ひとりが熱意を持って取り組むことを説いている。
  マーケットとの関係では、基本的なインフラの必須条件と人的資本(健康、教育)が整って初めて、マーケットは開発の強力なエネルギーになると述べている。

 本書を読んでの第一印象は、今までのこの分野の本に比べ、著者本人の直接的体験から得られた知見を基にしているため、バランスのとれた記述になっていることである。彼の体験した地域は、アジア、中南米、アフリカ、ロシア、中国など地域的にも偏っていないところが強みとなっている。「経済開発の一番下の梯子に、足がかかるにはどうすればよいか」が、従来の開発経済学では見落とされるところを含めて実証的に書かれており、幅広い読者を意識しているように思われる。
  また、MDGsの実行プランの作成に関わった経験と著者が20年にわたり世界の現場で体験してきたことが相互補完的に説明されていることにより、MDGsがより身近に感じられるようになっている。
  さらに、より現場に即した臨床経済を提唱していることで、いかに現地が大切かを強調しており、現地でプロジェクトに取り組んでいる人たちに理解しやすい。加えて、スケールアップして世界的議論に押し上げていることで、現場と世界が直結していて理解しやすい展開になっている。

 ただし、より具体的事例を求める場合本書では不十分であるので、参考文献に当たるか、日本のODA白書などの事例を参考にすることは有益であろう。いずれにしても、読み応えのある書であるので、是非一度ご覧いただきたい。

緑資源機構 海外事業部長 大平正三
早川書房刊 本体価格 2300円+税

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