アフガニスタンにおける
参加型農業農村復興支援対策調査

独立行政法人 緑資源機構 海外事業部 情報整備課
課長 中村敏郎

1.調査の背景
 アフガニスタンは1979年の旧ソ連の軍事介入以降、紛争状態に陥り、89年の旧ソ連の撤退、国内各派による内戦、90年代中頃からのタリバンの台頭および全土支配、2001年9月アメリカ同時多発テロ事件を機としたアメリカ・イギリスなどの攻撃によるタリバン政権の崩壊、再度の内戦を経て2001年12月、国際社会主導のもと、各派による和平合意をもって紛争が終結した。和平合意に基づき政治プロセスが開始され、カルザイ現大統領を議長とした暫定政権の成立、2004年の大統領選挙、2005年の国会議員、県議会議員選挙をもって政治プロセスが完了した。一方、長年の紛争により国内の生産・生活基盤は破壊され脆弱化し、中心産業である農業生産は低下した。また、国内外難民の帰還定着、行政・住民組織の再構築など多くの課題を抱えており、アフガニスタンの復興を果たし、平和を定着させていくには国際社会の支援が不可欠である。

戦争で破壊されたままの宮殿 バーミアンの風景
写真1 戦争で破壊されたままの宮殿(カブール) 写真2 バーミアンの風景(手前はジャガイモ、小麦畑、左上にタリバンに破壊された大仏遺跡)

  紛争期間中から国際機関など(国連難民高等弁務官事務所による難民支援、世界食糧計画による食糧援助)が中心となって、緊急人道支援が行われていたが、和平合意を契機として国際社会は2002年1月アフガニスタン復興支援国際会議(東京会議)を開催し、アフガニスタンへの平和定着を図るために復興支援を進めることとし、45億ドル以上の支援が国際社会により約束された。その後も、国際会議が重ねられながら復興支援の拡充・具体化が進められている。このなかで、アフガニスタンは農業を主要な産業とする国であることから、農業農村開発が復興支援の大きな柱の一つとなっている。
 このような状況下、緑資源機構はアフガニスタンの乾燥・半乾燥地域という自然条件も考慮し、これまで培ってきた西アフリカ地域の乾燥・半乾燥地域での技術やノウハウおよびインドネシアにおける村づくり協力(農民参加による、計画策定や組織育成など)の手法を活用することにより、アフガニスタンにおける農業農村の復興支援対策手法を確立し、同国の平和回復、持続可能な開発に資するべく、本件調査を2004年度から2008年度までの5か年間の予定で開始した。

2.アフガニスタンの概況
  アフガニスタンの概況については、国土面積は64.8万km2(日本の約1.7倍)、人口は3106万人、内陸国であり国土の大半は山岳(最大標高7485m)と土漠であり耕地は12%で、灌漑農地は2万7200km2である。アフガニスタンの農業は、伝統的に小麦や果物などを主要な作目とし、とくに乾燥果実の輸出は重要な外貨獲得源であった。かつては労働可能人口の67%、GDPの64%が農業部門に依存していた。しかし、長年の紛争により灌漑農地や施設は放置され、農村は疲弊した状況にあり、加えて同国の南部と南西部では、2000年から3年間にわたる干ばつにより農業生産が深刻な打撃を受けた。作付面積の減少が農業生産の低下を招き、自給できなくなった住民が国内避難民となるケースも発生した。
  また、水資源に関しては灌漑効率が25%といわれているなか、灌漑面積の拡大に必要な用水量を確保するため、適正な維持管理や改修事業の実施による漏水の防止、適正な水管理を可能とする施設の改良による無効放流の減少、さらには末端レベルにおける節水灌漑技術の開発・普及が必要とされている状況にある。

モデル圃場における栽培管理、水管理の実践
写真3 モデル圃場における農民による栽培管理、水管理の実践(左:畝立て、右:灌水)

3.調査地区の概況
  調査地区はバーミアン州の州都バーミアン市近傍のダシュテ・エサハン村である。同州はアフガニスタンのほぼ中央に位置し、ハザラジャートと呼ばれるハザラ人居住地域内に属している。多民族国家の当国において、ハザラ人は9%と少数であり、宗教についても少数派のイスラム教シーア派であるため、差別にくわえ、民族間の争いや深刻な干ばつに苦しんできたという経緯がある。同地域では、過去の内戦においてタジク人およびタリバン勢力との激しい戦闘(95年および98〜01年)が繰り広げられ、バーミアン市内のバザールは完全に焼き払われて、現在も復旧が進められているところである。その当時バーミアン市を中心とする居住者の80%が同市に隣接するワルダック州やカブールなどに避難し、それらの人々の帰還は2001年9月から始まっている。このため農村の復興・活性化を通じた難民の帰還、受け入れ定着など総合的な農業農村開発による、復興支援対策が必要とされる地域の1つとなっている。
  州の大半を山岳地帯が占め、そこを流れるバンデミール、シェカリの両河川に沿って峡谷が存在する。バーミアン市は同州の州都であり、標高2500mの山間峡谷内の平野にある人口約7万5000人(世界食糧計画による推計値:2000年)の都市で、首都のカブールから同国西部の主要都市ヘラートを結ぶ幹線道路上に位置する。バーミアン市の2004年8月から2005年7月までの年間降水量は208.5mm、日最大降水量29.5mm、気温は最高30.5℃、最低−23.8℃で、降水(主に雪)は冬から春にかけて比較的多い。
  また、バーミアンはタリバンにより破壊された仏教遺跡(バーミアン大仏)でも有名であり(2003年にユネスコ世界遺産に登録)、ユネスコを中心に保存修復事業が実施されており、日本からも資金提供、専門家派遣がなされている。

住民参加によるモデル圃場計画の策定 子供を対象として識字教育
写真4 住民参加によるモデル圃場計画の策定 写真5 子供を対象とした識字教育

  国連食糧農業機関の調査によれば、バーミアン州における可耕地の状況は、灌漑農地が4割を占めており、そのうち6割強が畝間灌漑である。作物管理に関する問題点として、灌漑用水の不足、病害虫の発生(流行)、野菜や果実の改良種子の不足が主なものとして挙げられており(同調査対象農家の25%程度)、この他、若干ではあるが農民組織化の必要性(同3%程度)も挙げられている。果実の作付け状況をみると、リンゴが多く、次いでアンズが比較的多く作付けられている状況にある。また、農家の種子入手先をみると農家の自家採種によるものと、親戚や友人から入手しているものに分けられる。いずれにしても、高い生産性および高い市場価値を生む品種を入手したがっている。
 また、バーミアン州農業局長によると、アフガニスタン全体の食料自給率は約60%程度であり、バーミアン州の食料自給率は約50%程度であることから、バーミアン州は全国レベルより多少低い状況にある。同州における多くの地域では小麦、ジャガイモなどを中心に栽培されており、ジャガイモは国内生産の8割程度を占めている。農業用水が豊かで、家畜糞を肥料としても使用しているところでは、単収も高いものとなっている。このような営農条件の良好な地域であれば、ほぼ食料の自給が達成されるが、調査地区のダシュテ・エサハン村のような農業用水に乏しい地域では自給を達成することは容易ではなく、地域によって食料自給の状況にばらつきがある。
 ダシュテ・エサハン村は、バーミアン川支流のファラディ川流域にあるが、河川の段丘上にあることから、ファラディ川の上流部の支流から取水し、延長約14kmの土水路により通水している。このため、灌漑用水の条件は上流部やファラディ川周辺地域よりも厳しい状況にある。本村は、行政区分上3つの集落から構成されている。人口は1800人(300世帯)程度である。男性が56%とやや多い状況にあり、年齢別では20歳未満の占める割合が半数強となっている。タリバンが1997年に村へ侵攻してきたため、その6か月後には、村民のほとんどが他の都市や周辺国へ避難した。その後2001年から徐々に村へ帰還してきているものの、50家族程度(2005年現在)はバーミアンへ戻らず、カブールやマザリシャリフ、イランなどで生活している。本村の主要な産業は農業であるが、現況の灌漑用水では野菜などの栽培面積拡大が難しいため、村民は自家消費用の小麦、牧草などの作物を中心に栽培するとともに、農外就労により収入を得て生計を立てている状況にある。村長によると、本村の食料自給率は約10%とのことである。本村は整備された道路で結ばれたバーミアン市中心部から約5kmのところに位置し、市中心部と交通条件には恵まれていることから、農産物流通や農外就労などの面で比較的有利な立地条件を有している。成人男性(20歳以上)のうち職を有する者は全体の8割程度いるが、今後近い将来に就職することが見込まれる若年層(10〜19歳の者)が男性全体の2割、さらにその下の10歳未満は3割ほどおり、職を確保するために必要な技術の習得が求められる状況にある。

住民による農業用水路の改修
写真6 住民による農業用水路の改修

4.調査内容
 本調査では、地元農家の協力を得てモデル圃場(約4ha)を設置し、節水灌漑技術などを用いた効率的な水利用による営農を推進するとともに、そこで収穫された作物を市場で販売することにより、村民による持続可能な営農活動を推進し、人々の生活安定、向上に寄与するための取り組みを進めている。
  実施体制としては、農業省バーミアン局をカウンターパート機関とし、知事局および関係省庁バーミアン局の協力、日本大使館および国際協力機構の支援を得ながら調査を進めている。住民との意見交換窓口にCDC(Community Development Council)を活用している。CDCとは村落復興開発省が国際社会の支援のもと実施している国家連帯計画の集落レベルでの受け皿であり、国連居住計画(UNHABITAT)が指導、支援を行っている。現在村レベルでの行政組織はなく、国家復興の最小単位としての集落での再生強化を図るため、国際社会からの支援をもとに、集落総意でのインフラ整備等各種事業を展開するための集落全員の意見集約、実施態勢として設置された。対象村においては、集落ごとに三つのCDCが設置され活動を行っていることから、それぞれのCDCからの代表3名からなるCDC′sを活動の窓口としている。この他、情報資料収集や各行政機関の人材不足を補うために国際機関、NGOやバーミアン大学との連携を図っている。
  これまでの活動としては、住民との意見交換で出された意向をもとに、(1)組織・人づくり(住民参加によるモデル圃場計画の策定)、(2)営農技術の確立(農民による栽培管理、水管理の実践)、(3)住民参加によるインフラの整備(集会場、ポンプステーション建設と農業用水路の改修など)(4)集会場における子どもへの識字教育などのソフト活動を展開してきており、持続性の観点から住民参加のもと、可能な限り住民の協力、負担を得ている。最終的には参加型の農業農村復興支援のためのガイドラインを作成することとしている。

5.おわりに
  調査の実施にあたっては、治安上の制約が大きく、バーミアンの治安は比較的安定しているものの、カブールでは散発的に爆弾テロが発生したことに加え、カブールからバーミアンまでの移動は、陸路の安全が確保されていないため週2便の国連機に限られる。くわえて、2004年度の大統領選挙、2005年度の国会議員、地方議会議員選挙の際には混乱が予想されたことから、予め在留邦人は国外に退去する必要があるなど、活動は極めて限られた状況であった。また、長い間の戦乱により、気象、水文、土壌データなどの農業開発を検討する上での基礎データは失われ、過去の状況については住民からの聞き取りによるしかない。これらは多分に主観的なものであり、検討に際して注意を要する。ここ最近になって、農業食料省、エネルギー水資源省等関連省庁はデータ観測や調査のためのシステム整備を始めている段階である。このように数々の制約条件も復興支援策を考えるうえでの検討課題であり、これらの対処法も含め今後の調査を進めていく必要がある。
  現在のところ、アフガニスタン全土に平和が定着するには至っておらず、テロは断続的に発生し、最近では同国南部で勢力を持ち直したタリバンと連合軍との間で戦闘が起きている。これらにより市民も犠牲となっている。国際社会の支援のもと、一刻も早く、アフガニスタン国全土に平和が戻り人々の暮らしが安定することを祈念するとともに、本調査の成果がこれに寄与できればと考えている。

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