- How Societies Choose to Fail or Succeed -
Jared Diamond 著
『文明崩壊』
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ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)
1937年ボストン生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めるが、やがてその研究領域は進化生物学、生物地理学、鳥類学、人類生態学へと発展していく。前著『銃・病原菌・鉄』はそれらの広範な知見を統合し、文明がなぜ多様かつ不均衡な発展を遂げたのかを解明して世界的なベストセラーとなった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学教授を経て、現在は同校地理学教授。アメリカ科学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ哲学協会の会員にも選ばれている。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス国際賞など受賞は多く、『銃・病原菌・鉄』ではピュリッツァー賞を受賞している。(本書より) |
本書では、歴史における個別の社会で発生した勃興・隆盛・崩壊のパターンを膨大な情報量と精緻な分析力により解明し、資源問題、環境問題、人口問題に加えて、政治闘争や経済格差の問題も含んで複雑化する現状も踏まえて観念論ではなく、過去の教訓から学んだ極めて現実的かつ建設的な処方箋が提示されている。
筆者は、まず、「住民の意識により環境資源を破壊し、文明や社会を消滅させた過去の社会の事例」としてイースター島、南太平洋のピトケアン島とヘンダーソン島、アメリカ中西部のアナサジ族とその隣人たち、マヤ、アイスランドとグリーンランドを取り上げた。
また、「住民が意図して環境資源を守り、存続した社会の事例」としてニューギニア高地、ティコピア島、江戸時代の日本などを取り上げ、存続理由を解明し両者に共通するパターンを導き出した上で、両者の差異を文明崩壊に至る要因として以下の8つを明示している。
[1]森林の乱伐と植生破壊、[2]土壌の流亡、[3]水資源の枯渇、[4]鳥獣の乱獲、[5]魚介類の乱獲、[6]外来種の侵入、[7]人口増大、[8]環境侵害量の増加
また、文明崩壊のプロセスとしては、
人口増加 → 農作物の増産(灌漑、二毛作、段々畑、条件不利地への農地の拡大) → 上記の8つの要因のいくつかを呼び込む → 周辺農地の廃棄 → 食料不足・飢饉 → 争いの勃発 → 人口減少 → 文明崩壊と推移することを示している。
文明が存続した成功への二本の対照的な道筋として、環境資源の管理手法をトップダウン方式とボトムアップ方式に分類し、ニューギニア高地とティコピア島は小規模社会のボトムアップ方式として、そして、江戸時代の日本は、大規模社会のトップダウン方式として位置付けている。
なお、行政社会がピラミッド型の階層を成している大規模社会では、ボトムアップ方式とトップダウン方式が共存できることも理解しておくべきであると述べている。
大規模社会のトップダウン型で環境資源を保持し、文明を存続した例である江戸時代の日本については、以下のように分析している。
*戦国時代の終わりから1世紀のうちに、人口が倍増した。
*鎖国政策も相まって、平和と繁栄が続き人口が急成長し始めると、建材、燃料および原料としての木材の需要が高まった。
*1570年から1650年頃には、大名による城の築造などにより建築の急増と森林乱伐が頂点に達した。
*樹木を失った斜面からの流出水の増加による低地の洪水、土壌浸食、河床の上昇、台風被害の増加、森林から得られる肥料や飼料の不足、これらが同時に作用して、人口増加の最中に作物の生産量が減少し、ついには大きな飢饉に何度も見舞われた。
*1660年代から、幕府は社会のあらゆる階層において森林の利用を規制する取り組みを始め、1666年には、人々に苗木の移植を促す布告を出した。
*また、幕府が自ら(トップダウン方式により)森林管理者の指名、森林目録の作成、木材流通の管理、植林技術の普及に努めた。
*日本の成功要因の一つは、平和、政治的安定、自分たちの将来への自信を後ろ盾に、支配層である幕府が領土に対して長期的な投資を行い、計画を立てる意欲があったこと(森林保存の長期的な見返りを認識できたこと)。
*(人口が倍増した後、人口政策を採った訳ではないが)結果的に人口が2700万人程度に抑えられたこと。
しかし、一方で「現在の」日本については、木製品輸入が第三世界の熱帯雨林破壊の最大要因となっており、日本などの漁船団は世界の海をさらうように魚介類を乱獲していると非難している。
次に、現代の文明社会の事例として、ルワンダ、ドミニカ共和国とハイチ、中国、オーストラリアを取り上げ、過去の社会と対比させている。
また、文明社会の崩壊の主要な要因となる「集団の意思決定の失敗」を以下の4つに分類して指摘している。
*実際に問題が生まれる前に、集団が問題を予期することに失敗する可能性。
・過去に経験のない問題の予測に失敗(オーストラリアへのキツネとウサギの持込みの例)。
・経験があっても記録がない(古代文明、干ばつの経験の例)。
・記録が活用されない(1973年の石油危機の例)。
・誤った類推に基づく推論(ヴァイキングのアイスランド入植の例)。
*問題が生まれたとき、集団がそれを感知することに失敗する可能性。
・文字通り感知できない(オーストラリア入植地の土壌栄養分の枯渇と塩類集積の例)。
・遠く離れた管理者。
・振幅の大きい上下動に隠された緩やかな傾向を取る場合(現在の地球温暖化の例)。
*感知したあと、解決を試みることにさえ失敗する可能性。
・合理的かつ非道徳的行動(正しい論理に則って他の人々に害を及ぼす行動で自分の利益を増やす例、法律違反ではないが利益が少数で損失が多数の例)。
・あらゆる人に害を及ぼす非合理的行動(支配者などが間違った考えに固執して失敗する例)。
・感知した問題の解決を怠る非合理的な行動(心理的な拒絶、将来の利益を安く見積もる例)。
*解決を試みたとしても、それに成功しない可能性。
・現在の解決能力を超える。
・解決策があっても法外に費用がかかる。
・努力が足りないもしくは遅すぎる。
そのうえで、社会としての成功と失敗を分ける肝心な点は、時代が変化したときどの基本的価値観を保持するか、または、どの基本的価値観を捨てて、新しい価値観と置き換えるべきかを知ることであると結論付けている。
そして、将来を展望する際に忘れてはならない問題として、過去および現在の社会が直面する、とくに深刻な「12の環境問題」を取り上げている。
《天然資源の破壊もしくは枯渇》
[1]自然棲息環境の破壊。
[2]野生の食糧源である魚介類資源の枯渇。
[3]野生の種、個体群が失われ、遺伝子の多様性の喪失。
[4]農地の土壌浸食と土壌劣化。
《天然資源の限界》
[5]石油、天然ガス、石炭等の化石燃料の枯渇。
[6]地下水を含む水資源の枯渇。
[7]光合成能力の限界。
《私たちが生み出した、もしくは発見した有害な物質》
[8]化学物質(毒性化合物)による汚染。
[9]外来種のもたらす損失。
[10]温室効果ガスによる地球温暖化。
《人口の問題》
[11]人口の急激な増加。
[12]環境侵害量の大きい人口への移行。
という問題が存在し、すべての問題は相互に作用しあっており、これらのどれかひとつでも未解決のまま残されたら、私たちは甚大な被害を受けることになるため、すべての問題を解決するしかないとしている。
そして、筆者は最後に過去と現在の個別の社会の分析を踏まえて、将来に向けて建設的かつ実践的な提言を発信している。
過去の世界と現在の世界との間には、現在の世界のほうが圧倒的に人口が多く、科学技術の破壊力も大きく、局地的な崩壊より全地球的な崩壊の可能性が高いなど悲観的な見通しを示している一方で、「慎重な楽観主義者」として次のように訴えている。
「つまり、現実的に考えて、私たちの行く手を塞いでいるのが解決不能の問題ではないこと、環境保護思想が世界中の一般大衆に広がりつつあることから、我々の将来に対しては希望があるが、これを実現するためには、勇敢で実効性のある長期的な企てと根本的な価値観を問い直す(過去の誤りを認識して改める)意思という2つの選択が求められ、事の成否を左右する重要な要素である」としている。
そして、最後にこの希望を支えることとして、我々が世界中の膨大かつ最新の情報を瞬時に入手できるという現代社会のグローバル化による連結性を有していること、を挙げている。
本書は「警世の書」であると同時に、含蓄深い文明論でもある。さらに、知的興奮に満ちた読み物としても一級品である。
また、ピュリッツァー賞を受賞した前作『銃・病原菌・鉄』では、文明隆盛の原因を探っており、本書と対をなしているものともいえ、併せて読むことを推奨する。
(JIID 海外センター長 皆川 猛)
*草思社刊 『文明崩壊』 本体価格 上下とも各2000円/『銃・病原菌・鉄』 本体価格 上下とも各1900円 |