第4回世界水フォーラム
テーマ4

「食料と環境のための水管理」における優先課題

国際水管理研究所 所長
フランク・ライスベルマン
同 広報担当
ナディア・マニング

第4回世界水フォーラム テーマ4「食料と環境のための水管理」
 天水農業および灌漑農業の双方において、食料生産のための水需要が急速に高まり、膨大な量の取水、流路や流量の大幅な改変、水質の悪化といった問題が生じてきた。これらはすべて、生態系に大きな影響を及ぼす。食料の増産の必要性が高まるなか、一方で環境や生物多様性そのものの価値や生態系がもたらすさまざまな恩恵についての評価も高まり、両者を調整するため、地域レベルのみならず、より広域を対象とした行動が求められている。

 このテーマ4では、課題を明らかにし、解決のための行動指針を打ち出し、その行動から期待できる成果を描くため、さまざまなステークホルダーが一堂に集まる。そこで合意を形成し前進していくためには、世界各地の流域からもたらされる報告に基づく協議が必要である。こうした協議によって、社会に大きな便益をもたらしうる方策が示されるはずである。本稿では、テーマ4「食料と環境のための水管理」で協議される主な要旨をまとめる。

1.河川や地下からの水の生産性を上げる
  世界のほとんどの地域にあって、「最小限の環境コストで、食料安全保障の改善と貧困の軽減を行える可能性がもっとも大きい」のは水の供給量を増やすことよりも、むしろ農業で使われる水の生産性を引き上げることである。そして、水の生産性、つまりは水の利用効率を高めるためには、土壌や水の管理も含めた栽培方法、社会経済、あるいは制度といった多面的な方策が必要である。水の利用効率が低い天水農業では、1トンの穀物を生産するのに土壌水分が4000トン必要になる。一方、アフリカやアジアの灌漑農業では、コメや小麦などの穀物1トンを生産するのに必要とされる水は通常2000トンである。もっとも優れた灌漑農業では、わずか500トンの水しか必要としない。ここに希望があると同時に、この格差を良い方向へ改善することが大きな課題でもある。

そのために取るべき行動

《灌漑管理を改善する》
  貯水方法や貯水池管理の改善による水源からの供給量確保、水利施設や管理の改善―こうした灌漑システムの改善で、農民により確実に給水できるようになる。そして、より確実に給水されれば、たとえば耕地の均平化、不耕起栽培、ポンプによる灌漑システムといったことに、農民自らが投資することにもつながる。改善は技術面のみならず制度面においても必要である。行政のみによって、灌漑システムがスムースに運営・維持できることはまれで、農民の参加があってはじめて成果が上がるといえる。灌漑システムは維持・管理に必要な資金を独自に確保していなければならず、農民もそのシステムの機能が納得できるものであれば、そうした資金を出す。

《水不足の拡大に対応できる農業に》
  水が比較的豊富で農民が負担すべき水の費用がごくわずかな場合、農民の節水意欲はまず生まれてこない。水が農業用水から都市の生活用水に転用されるようになり、また農村の人口密度が上がると、水が不足するようになり、水の価値が上がる。こうした状況になると、農民は水を従来よりも効率的に使用することによって、より深い所からポンプで汲み上げるといった動力費用の増大や水不足に対応する。

《灌漑農業において、下水の安全かつ生産的な再利用を進める》
  急拡大を続ける都市部において水需要が高まっており、同時に増え続ける下水の再利用を行う機会を生み出している。下水を生物学的に安全で、しかも肥料となる栄養分が残る処理をすれば、近郊の小規模な農民はこれを利用することで新たに肥料を買わずに済み、一方で都市に住む貧困層にも下水をはじめとする衛生設備を提供できる。このような処理システムを開発するのは簡単ではないが、取り組むに十分に値する課題である。開発されれば都市部のスラムにおける保健衛生状態の改善、近郊の農民の生計の安定、近郊農業からの野菜の供給増による都市貧困層の栄養状態の改善、さらに汚染の軽減などに貢献するであろう。

《単一目的システムから多目的利用システムへ》
  農村部の人々は、家庭で使う生活用水と生計を立てるために必要な農業用水とを区別しないことが多い。一方、水プロジェクトや水の専門家は生活用水、あるいは農業用水といった単一目的利用を中心に考えている。しかし、水をより有効に利用できるのは統合的な多目的利用を可能にするようなプロジェクトである。

2.土壌水分の生産性を上げる
  一般的に降雨量の60%相当は河川や地下水に流れ込まずに、土壌水分として土壌中に貯えられるが、天水農業と生態系はどちらもこの水分に支えられている。天水農業で使われる土壌水分の生産性を上げることにより、農地の生産性も高められる可能性が大きい。過去40年間、アフリカにおける基幹作物の生産量は、広範囲に及ぶ自然の生態系を犠牲にした農地面積の拡大によってのみ、増大したといってよい。しかし、今後の持続可能な食料増産を実現するためには、こうした粗放的な農業のまま農地を拡大することでなく、単位面積当たりの収量を高くしていくことが必要である。貴重な資源である河川や地下の水を補給灌漑に用いることにより作物の生育期の降雨の不足を補えば、これによって土壌水分の生産性を上げることが大いに期待できる。

そのために取るべき行動

《降雨の集水》
  雨水を可能なかぎり集水することは、植物や人々が使える水を増やすだけでなく、土壌侵食を防ぐことにもなる。降雨の集水は、主に次のような取り組みになる。(1)屋根に降る雨を貯水タンクに集めるなどして、家庭で使う。(2)等高線に沿った石積みなどを利用して土壌水分を補充する。(3)小さな水路に堰を造り貯水、あるいは地下水の涵養をする。
  こうした降雨の集水は、生態系のための水を増やす目的も含めて、インドなどにおいて、きわめて多数のコミュニティで成果を上げており、流量が激減していた川もよみがえった。しかし、これが上流域で大規模に行われると、下流域で使える水の量が減ることになってしまう。

《補給灌漑とマイクロ灌漑》
  厳しい乾期に100ミリ程度の補給灌漑を行えば、天水農業による1ヘクタール当たりのおよその穀物収量を1トンから2トンへと倍増でき、使用された水の生産性も1立方メートル当たり0.5キログラムに増える。補給灌漑に使える技術は、農地の溜め池から、足踏みポンプを使って浅い帯水層から地下水を汲み上げるマイクロ灌漑まで、数多くある。

《土壌と水の保全により、雨水の浸透量を増やし、地表の流出量を減らす》
  土壌管理技術や農業生産システムの改善を通じて、天水農業の生産性を上げる。とくにサハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカ、南アジアにおいて収量を増やすために、雨水の土壌への浸透量を最大化するには、テラス状の耕作や等高線に沿った耕作や小さな溜め池などを利用すれば効果がある。休耕や作物残渣をマルチとして使う不耕起栽培や環境保全型農業は有望な技術である。

3.水資源へのアクセスを改善する―アフリカへの投資が不可欠
  アジアにあっては、政府がダムや灌漑システムに、また農民自身も井戸に投資するなど、水資源開発には多額の投資が行われ、農業の発展により貧困の軽減が順調に進んだ。
  アフリカでは、1970年代から80年代にかけて1ヘクタール当たり2万5000ドルを投入した灌漑プロジェクトが失敗したため、投資意欲がそがれた。しかし、90年代には、灌漑システムの改良事業の場合で1ヘクタール当たりわずか4000ドル、新規事業でも6000ドルという投資額で、その投資収益率が10%以上という成功を収めた。コメ作りを主体とする農業(1ヘクタール当たりの収量が少なくとも3〜4トン)と、穀物と園芸の混作農業は、いずれも生計を支えられる収益をもたらした。灌漑による園芸農業は収益性が高く、現在、民間投資によって急成長部門となっている。

そのために取るべき行動

《気候変動に対処するには、大ダムおよび小規模ダムによる貯水への投資が必要である》
  水資源開発プロジェクトでは規模が重要なファクターで、それが10%大きくなると、水の単位原価が7%下がり、投資収益率が3%上がることが知られている。しかし現実的に見れば、大規模な国営プロジェクトで成功するものはほとんどない。したがって、適切に計画された大ダムに、能力開発を受けて権限を与えられた農民によって適切な管理が行われる小規模灌漑システムを組み合わせる必要がある。

《経済的に見通しの立つ事業提案を行う。そうすれば、農民は水と農地の開発・管理・保全に自ら投資する》
  アジアとアフリカにおいて、農民は地下水開発や小規模灌漑に対する主要な投資者となっている。たとえば、アフリカの灌漑面積の半分以上は民間の資金で管理されている。農場レベルでは、灌漑農業は完全に民間に委ねられている。小規模であっても自作農は、都市近郊農業や輸出向け園芸農業のチャンスをただちにつかんだことからわかるように、利益をもたらす市場や技術などにアクセスできれば、水管理に投資をする。

《農業用水投資の収益率は、用水が水力発電用・家畜用・農業用・飲料用にも転用されたり、農畜産物市場へのアクセスが可能になった時に増加する》
  多目的利用のための水への投資を行えば、その投資収益率は増加するであろう。水の多目的利用は、小規模な自作農や農村の貧困層にとっては自然なことだが、政府や資金提供者やNGOは、今でも単一目的の水利用を前提にしていることが多い。
  ナイル川流域では、家畜の水需要(飲用および飼料栽培)が、人々の水需要(飲用および穀物中心の農業)と同程度か、あるいはそれ以上に多い。両者の間には、自然資源の劣化(過放牧、土壌侵食、水資源の汚染)の防止、および飼料生産における水の利用効率の改善という共通の課題がある。
  貯水池や農場の溜め池を利用して養殖を行うと、現在の農業生産額のおよそ20%相当の生産が期待できる。一方、生産性を追求した養殖では、ほとんどの農作物より付加価値がはるかに大きく、多くの河川や湖沼で希少な水資源を求めて、農業との間で競合が起こるだろう。

《下水から価値を生み出す行為は、貧困層に衛生施設を提供できる可能性をもっている》
 アフリカで衛生施設に関するミレニアム開発目標(MDG)を達成するためには、革新的なアプローチが必要である。具体的には3ページの《灌漑農業において、下水の安全かつ生産的な再利用を進める》において述べた通りである。また、そうなれば、下痢による総労働力の膨大な損失も軽減されるかもしれない。さらに、こうした下水処理は先進国にとっても、迫りつつある水不足に対して近い将来に取りうる選択肢となるかもしれない。

4.食料のための水と環境のための水とのバランスを取る―生態系への配慮
  将来の水管理は、農業のための水と自然生態系のための水との間で、持続可能なバランスを取るようにしていかなければならない。したがって、流域の水資源の開発・管理の枠組みに環境を明確に位置づけていく必要がある。これにはさまざまな協議が必要であるが、その協議の根本的認識は「人間は、人間の都合だけで水を利用してきたが、生態系にとっては、水循環に含まれるすべての水に価値がある」ということだろう。何の役にも立たずに海まで流れていく水など、ないのである。

そのために取るべき行動

《環境に必要な水を確保する》
 生態系がどれだけの水を必要としているか、あるいは環境にどれだけの水が流れる必要があるかを算定する方法論を開発し、何らかのメカニズムによって、その必要な水を確保する行動を取らなければならない。

《農業と湿地がもたらす恩恵を増やす》
 人々の暮らしにとって、そして環境にとって湿地がどのような恩恵をもたらしているかを明らかにすることは、湿地の最適な利用に欠かせない。たとえばアフリカ南部(マラウイ、モザンビーク、タンザニア、ザンビア、ジンバブエ)の灌漑農業は、小さな湿地の開発と深く関わっている。これまで、農地は干拓により、湿地の生態系に完全に取って代わることが多かったが、この二つの機能をともに最大限に生かす可能性も十分に存在する。

《農業の水利用を持続可能なものにする―環境への影響の無視はプロジェクトの失敗につながりかねない》
 農業におけるすべての水利用が、環境に何らかの影響を及ぼす。上流の土壌浸食やその結果起こる貯水池の沈泥、流量の減少が下流の河岸地帯の農業にもたらす影響、環境の変化がマラリアや住血吸虫病などの水系感染症にもたらす影響―こういったことを理解できていなければ、プロジェクトの失敗につながる。適切な管理のもとで農業用水を利用すれば、健康状態や環境の改善につながる大きな可能性がある。

5.貧困を削減するために水安全保障に投資する―貧困地域を対象にしたプロジェクト設計をする
  生産活動のために確実に水が利用できるようにすることは、世界中の農村に住む「生活費が1日1ドル未満の貧困層」の4分の3の人々の貧しさを軽減する可能性をもつ。必要なのは、技術と制度を組み合わせた方策を、水利用者自身あるいは彼等と密接に関わる組織、それも中央に集約された組織でなく分権化された組織を通して、実施することである。また、NGOなどによる社会財の供給も必要である。

そのために取るべき行動

《貧困層が集中する地理的な地区(地域)を対象として、その地区の貧困層に好意的である内容を核とするプロジェクト計画を策定する》
 貧しい人々を特定の対象としたプロジェクトは実施が難しいが、貧困層の割合が高い地域を選定し、プロジェクト計画を貧困層に好意的なものにすれば効果的である。

《ジェンダーの平等の実現が、生産性を押し上げる》
 女性は、農業労働力の過半を占めている。さらに、アフリカのかなりの地域において、男性が仕事を求めて別の場所に移住するため、女性が家庭の中心になっている。これは農業における意思決定者の過半が女性であることを意味する。ジェンダーの平等は福祉の問題にとどまらない。というのも、ジェンダーの平等をめざす水開発プロジェクトのほうが生産性が高くなるのである。女性の役割が明確に認識されていない場合には、このジェンダーの平等へ向けての積極的な動きがいっそう重要となる。

謝辞:本稿は、2006年3月16〜22日にメキシコシティで開催される第4回世界水フォーラムのテーマ4「食料と環境のための水管理」の文書を基にさせていただいた。
(寄稿 2006年1月31日)

*「総労働力の膨大な損失」;原文では“年間2500万DALYs”となっている。1DALYとは健康に生きられたはずなのに失われた1年間。定義は次のようになる。DALY(Disability-Adjusted Life Years;障害調整生存年)=YLL(Years of Life Lost;ある健康リスク要因が短縮させる余命を集団で合計したもので生命損失年数と呼ばれる)+YLD(Years Lived with Disability;ある健康リスク要因がもたらす障害の年数を集団で合計したもので障害生存年数と呼ばれる)

前のページに戻る