第4回世界水フォーラムに向けた
アジア・太平洋地域会議を終えて
特定非営利活動法人 日本水フォーラム 参与
池田 實
1.はじめに
2006年3月メキシコで開かれる第4回世界水フォーラムは、メキシコの準備事務局が世界各国の関係機関と連携をとりながら準備を進めている。世界をアジア・太平洋、アフリカ、アメリカ、中東、ヨーロッパの5地域に分割し、それぞれ地域ごとに準備が進められており、日本水フォーラムはアジア・太平洋地域のコーディネーターを務めている。
日本水フォーラムは2003年に京都、滋賀、大阪の琵琶湖・淀川流域で開催された第3回世界水フォーラムの準備事務局が母体となって、地球上の水問題の解決への貢献を目指して、(1)第3回世界水フォーラムで培った人脈とネットワークを活用したシンクタンク活動、(2)世界中の水関係者への情報提供、(3)人材育成と啓発活動、をその活動の3本の柱として設立された特定非営利活動法人である。
アジア・太平洋地域は分割された5地域のなかでも圧倒的に広大な地域であり、また、最も多くの人口を抱える地域である。その地理的広がりはヒマラヤの高地から中央太平洋の環礁の島々など多様性に富むため、地域を5つのサブ地域に分け、各地域において準備会議を開催して、意見の集約を行ってきた。
2.サブ地域会議の成果
2.1 東南アジア・サブ地域会議
9月3日 インドネシア:バリ
サブ地域のコーディネーターである世界水パートナーシップ東南アジア地域事務所(GWP-SEA:Global Water Partnership-Southeast)および日本水フォーラムの主催で開催した。同時に行われた第2回東南アジア水フォーラムの最終日にあわせて開催し、GWP本部、第4回世界水フォーラム事務局、アジア開発銀行からの代表を含む約50名が出席した。
この会議では、第4回世界水フォーラムに向けて、地域からインプットすべき事項、とくにアジア・太平洋地域のコーディネーターとして日本水フォーラムがまとめる地域文書で取り上げるべきポイントについて、活発な意見交換が行われた。地域代表者は、水資源管理において、水と環境に関する観点から、統合的かつ包括的なアプローチが重要であることを強調した。また、第4回世界水フォーラムにおいて、本地域での水への資金調達に関するセッションを開催すべく準備中であり、これについても「地域文書」で取り上げるべきであるとの提案が行われた。
2.2 オセアニア/パシフィック・サブ地域会議
9月26〜27日 サモア:アピア
サブ地域のコーディネーターである南太平洋応用地球科学委員会(South Pacific Applied Geo-Science Commission:SOPAC)および日本水フォーラムの主催で開催した。パプアニューギニア、グアム、アメリカ領サモア、サモア、バヌアツ、ニュージーランドおよびニュージーランドと自由連合を組んでいるニウエとクック諸島などから約40名が出席し、活発な議論が行われた。
全体会議では、日本水フォーラムより第4回世界水フォーラムについて、また、アジア・太平洋地域のコーディネーターとして準備プロセス全体に関して説明を行った。パシフィック地域の代表から、第3回世界水フォーラムをきっかけに始まった彼らの取り組み、ウェリントンで開催されたフォーローアップ会議の成果、第4回世界水フォーラムに向けての準備活動などが報告された。
小グループ・ディスカッションでは、参加者が6つのテーマ(1)Water Resources Management(水資源管理)、(2)Island Vulnerability(島嶼国の脆弱性)、(3)Awareness(関心喚起)、(4)Technology(技術)、(5)Institutional Arrangement(制度的な取り決め)、(6)Finance(資金調達)に分かれて、テーマごとの行動計画について、現在の進捗状況、進捗を阻む問題点、進捗・発展させるために必要な行動、の3つの観点から議論が行われた。
2.3 南アジア・サブ地域会議
10月13日 スリランカ:コロンボ
コロンボで開かれた南アジアジョイントフォーラムの最終日に、「第4回世界水フォーラムに向けた南アジア・サブ地域会議」を、サブ地域のコーディネーターである世界水パートナーシップ南アジア地域事務所(GWP-SAS:Global Water Partnership Southeast Asia)および日本水フォーラムの主催で開催した。この会議には、GWP-SASのメンバーの他、インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータンから行政関係者、研究者、エンジニア、NPOなど水に関する専門家約60名が出席し、活発な意見交換が行われた。このなかで、水に関する世界的なパートナーシップや国々のパートナーシップよりも小さい地域のパートナーシップであるエリア水パートナーシップ(Area Water Partnership:AWP)が新しい概念として提案された。
さらに、貧困問題解決において統合水資源管理(IWRM)の果たす役割の重要性、水資源管理に関するあらゆる分野間の情報交換の必要性、エリア水パートナーシップを通じた草の根的な活動などローカルアクションの重要性が強調された。
2.4 北東アジア・サブ地域会議
10月21日 中国河南省:鄭州
中国河南省の省都である鄭州で、「第4回世界水フォーラムに向けた北東アジア・サブ地域会議」を韓国水フォーラムと日本水フォーラムの共催で開催した。
本会議は、10月17〜21日まで開催された「第2回国際黄河フォーラム、(2nd International Yellow River Forum)」の特別セッションとして開催された。韓国および中国の政府関係者、GWPよりマーガレット・キャトレイ・カールソン議長、GWP中国の関係者、第2回国際黄河フォーラム参加者など、80名が参加した。
会議では、中国、北朝鮮、日本、モンゴル、韓国の5か国、各国の水問題とその取り組みに関するカントリー・ペーパーが発表され、この地域から第4回世界水フォーラムにインプットすべき事項について意見交換が行われた。
2.5 中央アジア・サブ地域会議
10月31〜11月2日
カザフスタン:アルマティ
第4回世界水フォーラムに向けた中央アジア地域における準備プロセスの最終段階として、開催された。この会議は、GWP-CACENA(GWPコーカサス&セントラル・アジア)およびICWC(アラル海流域水調整委員会)等が主催し、NGO、国際機関などから80名以上が参加した。3日間にわたる会議のなかでは、第4回世界水フォーラムに提出する「地域文書」の中央アジア部分および開催予定のセッション「中央アジアにおける社会・経済的発展の基礎としての統合水資源管理」について議論が行われた。
3.アジア・太平洋地域会議
10月24日 日本:東京
前述のサブ地域ごとの準備会議の結果をまとめるために、「第4回世界水フォーラムに向けたアジア・太平洋地域会議」を開催した。各サブ地域の代表、ビーコン、アジア・太平洋諸国の在京大使館など、海外から20名、国内から80名、計100名が参加し、地域に共通する問題、それらに取り組んでいくための目標について積極的な議論を行った。その結果、アジア・太平洋地域として第4回世界水フォーラムにおいて報告すべき文書の草案が作成された。その概要は下記の通り。
3.1 アジア・太平洋地域の概要
アジア地域で改善された飲料水にアクセスできない人口は6億7800万人(世界全体の該当人口の63%)であり、改善された衛生施設にアクセスできない人口は19億3600万人(同じく74%)である。2003年に開催された世界水フォーラム以降、ある程度の改善が見られたものの、さまざまなミレニアム開発目標(MDG:Millennium Development Goals)に対する取り組みにおいて、未だに態勢の整わない国も何か国か存在する。たとえば、現在の状況を見る限り、アジア・太平洋地域の過半数の国は、農村部の水供給および都市の衛生状態に関して、MDG指標を達成できないと予測される。
2004年12月の大津波発生によって、アジア・太平洋地域の複数の沿岸地域で深刻な被害が発生し、数十万の人命が失われた。このように規模の大きな災害の発生は稀ではあるが、この地域が天災に対して脆弱であることが明らかになった。1992年から2001年にかけての10年間で、この地域は1000件を超える自然災害に見舞われたが、そのうち75%は洪水であった。今も、この地域全域の洪水に対する脆弱性は変わっていない。
アジア・太平洋地域では、今後数十年にわたって、前例のない経済的発展が見られるものと期待され、人口も2000年から2025年の間に50%増加すると予測されている。そのため、すでに厳しい状況にある水資源は、よりいっそう逼迫するものと思われる。
3.2 アジア・太平洋地域における共通の課題
(1)効率的な水利用―水の生産性の改善
アジア・太平洋地域では、取水用途の大部分は農業に関係したものであり、その比率が水利用全体の95%に達する国もある。したがって、灌漑システムの効率性を改善することで、極めて大量の水を他の用途に振り向けることができる。水漏れの検知、雨水貯蔵、廃水の再利用、および、他の水保全措置と併せて、灌漑農業の節水による転用が可能になれば、この地域の全般的な水の生産性は大きく向上するであろう。
特に安全な水の利用と衛生施設へのアクセスを改善するためには、管理上の措置(共同利用や再配分など)や、政策決定者、末端利用者の意識向上と併せて、技術的解決策の実施が求められる。さまざまな部門を統合して、より広範囲な関係者の参加を得ること、そして、地域全体にわたるパートナーシップの構築とネットワーク化による「水の連帯」が重要である。
「統合的水資源管理(IWRM:Integrated Water Resources Management)」を実現するには、農村部と都市部の双方を対象として、包括的なアプローチを採用すべきである。計画段階からこのようなアプローチを重視し、生態系の保護についても、さらなる重荷と考えるのではなく、水質、生物多様性、および、生活の質について向上の機会を与えるものと捉えなければならない。
(2)災害軽減−リスク管理および削減
繰り返し発生する洪水や干ばつは、人命や財産への被害を生じさせるだけでなく、水の供給、衛生施設、農業の生産性にも直接的に多大な影響を与えるものである。また、洪水による死者の大部分は溺死によるものではなく、災害発生後に何日かして浸水地域に蔓延する、飲み水による感染症が死因である場合も多い。したがって、最も脆弱性の高い地区(デルタ、川岸、傾斜地)に居住し、災害から生活を立て直す力の最も弱い貧困層に対して、特に焦点を当てて行動することが必要とされる。
脆弱性を克服する鍵は、予防的な措置を通して対応力を強化することにかかっている。すなわち、早期警戒システムの導入、さまざまなリスクへの意識の向上、および、避難計画の立案などである。早期警戒システムの有効性は、コミュニティや個人にいたる情報の伝達能力に依存するものであるから、地域の協力体制も強化されなければならない。このような考え方は、ダムの決壊、汚染物質の漏出などの発生に対処する場合にも重要である。
(3)資金調達と投資
水は、土地、労働力、資本と同様に経済成長および発展には欠くことのできない要素である。したがって、持続的な経済成長を実現するには、水部門への投資を拡大させることが何よりも必要とされる。このことは、安全な水と衛生施設の利用が確保されないために貧困の緩和が妨げられている、域内の後発開発途上国や最貧困層社会にとって、とくに当てはまると言える。
第3回世界水フォーラムにおいて、カムドシュ氏を議長とする資金調達パネルが述べたように、多様な資金源(民間融資、公的資金、コミュニティ資金、その組み合わせなど)と投資メカニズムについて研究しなければならない。
給水や衛生のインフラに対する投資拡大が不可欠であることに変わりはないが、人材能力開発および制度の機能充実に対する資金提供も同様に重視されるべきである。さらに、各国政府および資金提供者も、「不作為」がもたらす経済的、社会的、および環境的コストを正しく認識する必要がある。投資は、より長期的には自己資金による運営を可能にすることを目指した、持続可能で弾力的なプログラムを対象とするものでなければならない。後者の場合、これまでの農村部の水と衛生に関する取り決めのいくつかで明らかにされたように、コミュニティへの権限委譲および現地の参加意識が鍵となる。
(4)取り組むべき優先目標
上記の共通の問題および課題を踏まえて、第4回世界水フォーラムのアジア・太平洋地域準備プロセスの参加者はその総意として、以下に挙げる3つの目標を達成するため、具体的な行動およびコミットメントを求めることとする。
[1] 水関連インフラと人材開発のための集中投資の促進
[2] 水関連災害に対する人間の脆弱性の大幅な削減
[3] 陸と水の接点の保全および復元
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