サヘルの開発に、もっとも必要なものは何か ?
緑資源機構 海外事業部 指導役 大須賀公郎
1.まえがき
2000年9月、ニューヨークに世界中の国家元首が集まり、21世紀の国際社会のあるべき姿が話し合われた。ここで採択されたのが、国連ミレニアム宣言である。このミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッド・ガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズを課題として掲げている。また、それぞれの分野で発展目標を決めた。この目標が今までのものと異なる点は、2015年という達成時期と具体的な数値目標を決めた点にある。この目標は、ミレニアム発展目標(Millennium
Development Goals:MDGs)と呼ばれ、次の8つの目標を掲げている。
(1)極度の貧困と飢餓の撲滅
(2)初等教育の完全達成
(3)ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
(4)乳幼児死亡率の削減
(5)妊産婦の健康の改善
(6)HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止
(7)持続可能な環境づくり
(8)開発のためのグローバル・パートナーシップの推進
これら、ミレニアム開発目標の達成の可能性はサブサハラ諸国(サハラ砂漠以南のアフリカ諸国、以下サブサハラ諸国)の成果次第と言われている。それは何故か?今日、世界のなかで、もっとも経済発展から取り残されているのはサブサハラ諸国といわれているからだ。実際、
後発開発途上国(国連開発計画委員会が設定した基準に基づき、国連経済社会理事会の審議を経て、国連総会の決議により認定される。開発途上国の中でも特に開発の遅れた国々)は世界中で49か国あるが、うちサブサハラに33か国(約7割)が集中している。また、
重債務貧困国(世界で最も貧しく、最も重い債務を負っている途上国。世界銀行及び国際通貨基金により1996年に初めて認定された)は全世界で42か国あるが、そのうちサブサハラに33か国(約8割)が集中している。
本稿では、サブサハラ諸国のなかでも、とくに発展が遅れている『サヘル地域の国々にとって、開発を進めるためには何がもっとも重要なのか?』について、ニジェール国を事例として私見を述べる。
2.西アフリカ・サヘル地域の課題
2.1 サヘル地域とは
「サヘル」は、アラビア語で「縁とか岸辺」を意味し、サハラ砂漠南縁部をさす。サヘル諸国としては、モーリタニア、セネガル、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャドがあげられるが、東部のエチオピアやスーダンを含むこともある(EICネット[環境用語集])。経済協力開発機構(OECD)の中にあるサヘルクラブの支援を受けているサヘル干ばつ対策国家間常設委員会(CILSS)に加盟している国は、チャド、ニジェール、ブルキナファソ、マリ、モーリタニア、セネガル、カーボベルデ、ガンビア、ギニアビサウの9か国である。気候は、乾燥・半乾燥地域に位置し、降雨量はおよそ100mm〜600mmである。ここでは、西アフリカ・サヘル地域として、モーリタニア、セネガル、ガンビア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャドを定義する。ガンビア以外は全てフランスの旧植民地である(図1にそれらの国を黒塗りで示した)。
図1 西アフリカ・サヘル地域
2.2 西アフリカ・サヘル地域の課題
西アフリカ・サヘル地域の国々は、1960年代にフランスから独立した。独立当初は、行政指導者は近代的国家建設を夢見ていたはずである。しかしながら、すぐにそれは幻想と解かることになった。権力の私物化が、クーデターや一党独裁制、汚職をもたらした。その原因は、国家は、多くの民族により構成されており、民族間やグループ間の利害の衝突に対し、民主的な方法で合意を得るだけの力が政府になかったことによる。言い換えれば、独立した時点で、近代的国家を運営できるだけの十分な数の行政官が育っておらず、かつ指導力も無かったことによる。また、国民の側も、一つの国の国民としての意識より、ある部族の一員としての意識がより強かったものと思われる。その理由は、国境線が民族(部族)の集まりに従い引かれたものでは無く、植民地支配者の都合により引かれたことによる。また、本来であれば、基礎教育を通じ、一国民として共通の言語、文化、社会制度を学んでいくはずであるが、独立した当時は国民側の意識も一国民として、その熟度に達していなかったといえる。このように、今日に至るまで、西アフリカ・サヘル地域の国は政治的不安定さを抱えてはいるものの、チャド以外の国は内乱状態にまでは至っていないし、近年は民主化の動きが進んできている。
さて、西アフリカ・サヘル地域7か国の今日的課題は、何であろうか?筆者が思うに、もっとも大きな課題は、「人口の急速な増加に伴う、食糧需要増や生活インフラ施設需要増に対し、政府や国民の対策が追いついて行かない」ということであろう。これらの国々の人口増加率は年約3%に達する。つまり約20年間で人口は倍増するわけである。それ以外に、脆弱な農地資源、不安定な降雨、低迷する換金作物や鉱物資源の国際価格、などの多くの課題を抱えている。もちろん、経済力に関しては、セネガルのように1人当たりの国民総所得(GNI)が540ドル(2003年)とサブサハラ諸国の平均である500ドルを上回っている国もあれば、ニジェールのように200ドルしかない国もあり差がある。しかしながら、大きな傾向としては、およそ共通の課題を抱えているといって良いと思う。ここでは、7か国のなかでも、もっとも貧しい国であるニジェールを取り上げ、その現状の課題と対策を考えてみたい。
図2 人口、ミレット単収、1人当たり農地面積、休耕期間の経年変化
(ティラベリ州ウアラム県周辺)
出典:2005年 World Development Indicators
2.3 ニジェールの現状の課題と対策
2.3.1 現状と課題
(1) ニジェールの現状
ニジェールは、人口1079万人(2001年国勢調査)、国土面積126万km2(日本の3.4倍)を有する内陸国である。国民の3分の2が貧困ライン以下の生活をしている。先にも述べたように、2003年における国民1人当たりのGNIは200ドルである。国連開発計画の人間開発指標(2004年)によれば、世界177か国中176位であり、社会開発の面でも、世界でもっとも遅れた国の一つである。また、成人女性の識字率は女性で9%、衛生的な水へアクセス可能な住民は農村部で36%しかなく、「人間の安全保障」の観点からは、最も厳しい状況下にあるといえる(表1)。
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乳幼児死亡率
〔出生1000人当たり〕(5歳未満) |
成人識字率
(15歳以上) |
衛生的な水へのアクセス |
ニジェール |
262 |
男性25% 女性9% |
都市80%農村36% |
サブサハラ諸国 |
171 |
男性71% 女性58% |
都市82% 農村46% |
表1 ニジェールとサブサハラ諸国との人間開発指標比較
農牧林業セクターは、GDPの41%を占め、総労働人口の約89%が従事する基幹産業でありながら、国土の2/3がサハラ砂漠に属しているため、耕作可能地は南部地域に限定され、国土のわずか12%に過ぎない。耕作可能地の北部では、自然草地を利用した放牧による牧畜が行われている。農地のほとんどが天水農業地域にあるため、収穫量は降雨量によって大きく左右される。
写真1 伝統的素掘り井戸から水を汲む女性。水汲みは女性の仕事となっている。
ミレットの粉搗きに次ぐ重労働である。浅井戸は水質の問題が多い。
主要作物はミレット及びソルガムで、全農地(1500万ha)の3分の2で栽培されている。長期的な降雨量の減少傾向や年率3%を超す急激な人口増に伴う過剰耕作により、単収も低下しているのが実情である。さらに、家庭用エネルギーに占める薪の割合は都市部が89.6%、そして農村部が95.9
%であり(貧困削減戦略ペーパー2002)、高い人口増加率とあいまって森林の荒廃を加速している。このことは、毎日の薪集めを仕事としている農村部の女性にとって、より遠くまで薪集めに行かざるを得ないことを意味し、日々の家事に追われている女性に、さらなる労働を強いる結果となっている。
写真2 ミレットの粉搗き。女性はこの作業に、毎日、数時間を費やす
(2) 行政側の課題
この国の農村開発推進上の最大の課題は、政府の予算および人員が圧倒的に不足している点である。その結果、農村部の生活インフラである道路、飲料水、学校、診療所、電気などの整備水準は極めて低いものとなっている。また、農業普及に関していえば、農民支援を担う普及員の数は元々絶対数が少ない上、1988年以来新規採用を中止していることから、退職などに伴い普及員数は逆に減少している。現在は、人口約17万人当り普及員1名という状況にある。
このため、政府は、普及員数の少なさを補う対策として、農業分野だけでなく牧畜や環境保全分野も含めた多分野の普及を1人の普及員が担当する多分野普及員の育成を行って来たが、絶対数の少なさをカバーできていないのが実情である。
しかも、広範囲に点在する村々を巡回するための移動手段(バイク、燃料)も不足しており、普及員の活動は限定的なものとなっている。更に、これらの普及員は中央政府に雇用され、数年毎に他の州(re′gion)や県(de′partement)に転勤するため、地域に根付いた活動がしにくい上、転勤先の住民は部族が異なることも多く、その言葉が理解できないなどの問題も生じている(公用語である仏語を話せる農民は極めて少なく、ほとんどは部族語しか話せない)。
また、もう一つの課題は、普及員が今日まで農民に対して行ってきた活動は、農牧林分野に関する技術の普及であって、住民の生活改善普及、組織化支援あるいは住民自身による農村開発計画作りの支援という、ファシリテーターとしての活動は行ってきていない。
(3) 住民レベルの課題
住民側の課題としては、長年にわたり中央集権政府のトップダウン政策に慣らされ、自分たち自身の力で村落開発を進めて行こうとする意欲が少ないことが挙げられる。たとえば、外部の支援で設置された飲料水用井戸のポンプが壊れた場合、住民自身の資金で修理をしようとはせず、再度外部の支援者が修理をしてくれるのをひたすら待っているのが常である。こうした行動の背景には、「水汲み作業は女・子どものやる仕事であるから、男たちは関知しない。」という社会慣習や自分たちの所有物だという意識(オーナーシップ)の不足などがある。自然資源の劣化に関しても、住民はミレットの単位当たり収量の減少から農地の劣化を、また薪採取の労力増から森林資源の減少を、それぞれ認識はしている。しかしながら、住民自身の対応は、生活レベルの維持あるいは向上のために、どのような対策をとるべきかを十分理解していないのが実態である。
写真3 日干しレンガでできた農家。毎年、雨期の前に補修が必要である
2.3.2 対策
急速な人口増加に対し、学校、診療所、道路、飲料水などの生活インフラが追いつかない。中央政府には資金も人も足りない。住民は、そのうち、中央政府が何かしてくれるだろうと待っている。このような、行政側、住民側の課題を解決するには、どうすれば良いのだろうか?
解決策は、地域住民に自分たちのことは自分たちでやりましょうと促すことであり、それを支援する地方分権化を進めることにあると考える。この国の地方分権化はまだ始まったばかりである。2004年7月24日、地方選挙が初めて行なわれ、213の農村Communeと52の都市Communeの議員が選任された。しかしながら、農村Communeには庁舎や事務備品も無く、職員も雇用されていないのがほとんどである。法律上は徴税権も付与されているが、実際の税徴収もこれからである。今後少しずつ、実態が伴ってくるものと思われる。
他方、地域住民を啓発し、地域住民に開発の担い手となってもらう方法についてはまだ何も進んでいない。農業開発省の末端普及員が、その数は少なくとも、他省庁のCommuneレベルに配属されている職員と一緒に、地域住民の開発意欲を喚起し、住民の開発活動を側面から支援するファシリテーションを行うことが今後必要である。この国では、行政の末端組織であるCommuneの下に、自然村である村(日本でいう集落)が多数存在している。この伝統的血縁の集まりである村を対象に、末端行政職員によるファシリテーションが行なわれるのが、もっとも効率的であると考える。村内においては、「村人自身が村に存在する自然資源、人的資源、物的資源などのあらゆる資源を総動員して村の持続的発展を目指す」ということが必要である。行政側は、個々の農牧林技術の支援以外に、「村人自身が村落開発のための問題分析と計画策定を行なえる」よう、支援していくことが重要である。
写真4 大統領特別プログラムでつくられた貯水池で水を飲む牛の群れ。
近年は、農地面積の拡大に伴い、草地不足となり、
農民と遊牧民の争いが頻繁に起こるようになってきている
3.あとがき
ニジェールの基礎教育分野で国際協力機構(JICA)支援による「みんなの学校プロジェクト(通称)」が行なわれている。これは、父母会に対しファシリテーションを行ない、父母会自身が学校運営の課題分析・改善計画策定・実施を行なうものである。このプロジェクトは、短期間(2年間)に数百単位の学校で進められている。父母会は学校を自分たちのものであると認識するようになった結果、お金を出し合い、机や椅子の修理からトイレや菜園や塀づくりまで行うなど、とてもうまくいっているようである。村落開発分野でも、この「みんなの学校プロジェクト」のような地域住民へのファシリテーションと、それに基づく住民自身による村落開発計画の策定・実施ということが必要であるし、また出来るのではないかと思っている。
サヘルの国の開発を考える際、長期的には基礎教育および技術教育の充実が必要である。なぜなら、異なる部族の人たちに対し、個々の言語でファシリテーションを行なうことは、情報伝達の観点から見れば、効率性の低いものとなる。また、基礎教育および技術教育の不十分さは、事業実施の責任を担う住民個々の事業実施能力の不十分さに繋がることとなる。しかしながら、基礎教育には時間がかかるし、成果はすぐには出てこない。今すぐに求められているのは、住民を開発の全面に押し出すことではないだろうか。
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