援助で変質するアフリカ農業
北海道大学 公共政策大学院 教授
前駐ザンビア大使 石 弘之
アフリカは、依然として世界の最貧地域である。アフリカ大陸から伝えられるのは、エイズの流行、飢餓、内戦、難民、自然災害、政治腐敗、クーデター、といった暗いニュースばかりだ。この低迷の原因はさまざまな議論があるが、根本的には農業の不振によるところが大きい。
農業はアフリカの基幹産業であり、70%のアフリカの人々の生活を支えてきた。世界平均の45%、途上国平均の56%と比べても農業人口は大きなウエイトを占める。また、GDPの35%、輸出総額の40%を占めてアフリカ経済を背負っている部門だが、このところ、生産量と生産性ともに大幅に落ち込んでいる。
このために、食糧は海外からの援助や輸入に依存を強めている。とくに、1969−73年の大干ばつを境にして、これまでに経験したことのない大量の食糧が、アフリカに流れ込んできた。年によって、穀物需要の10数%から30%を援助または輸入でまかなっている。
この結果、急激な食生活の変化が始まった。この変化は、戦後1950〜60年代に、日本で起きた食生活の急変にも匹敵するといわれる。もともと、ミレット(キビの1種)、ソルガム(コウリャンの1種)などの土着穀物やキャッサバなどのイモ類の粉でつくった「練りがゆ」(ウガリ、シマ)が主食だった。
だが、大都市ではトウモロコシ、小麦、米が主食の座を占めつつある。援助で送られてきたのは世界的に余剰のあるトウモロコシや小麦だったからだ。この30年ほどの間に「練りがゆ」の原料はトウモロコシに変わり、同時に小麦パンが急速に普及してきた。今では、ミレットやソルガムを町のマーケットで見つけるのはむずかしい。
これらの雑穀類は、変質しやすいので粉にして長期間保存することができない。食べるときは臼でついて、粉にする必要がある。都会の勤労階級にとっては、粉で買える小麦やトウモロコシの方がはるかに便利で、しかも味は格段においしい。
この食習慣の変化に伴って、小麦とトウモロコシと米の消費が伸び続けている。新たな需要に応じて、都市近郊では小麦やトウモロコシを作る農民が増えてきた。だが、これらの作物は土着の穀物と違って水不足に弱く、干ばつのたびに不作となって、以前にもまして飢餓が広がる元凶になった。とくに、パン食の普及は森林破壊を招いた。小麦は高温で焼いてパンにしないと食べられないために、小麦の援助によって燃料が大量に必要になり、森林が伐採されるようになったからだ。
このアフリカの援助依存は、見方を変えれば穀物の生産過剰に悩む先進国、とくに米国にとっては恰好の市場を提供することになった。この結果、新たな摩擦が起きるようになったが、その象徴的な事件がザンビアで起きた。2002年8月から03年はじめにかけて、干ばつと洪水に見舞われ、主食のトウモロコシが凶作となってザンビア、ジンバブエ、マラウィなど南部アフリカ6カ国で、1500万に近い人々が食糧不足に陥った。米国は世界食糧計画(WFP)を通じて、約10万トンのトウモロコシの緊急援助を約束した。
1000万人の人口のうち240万人分の食糧が不足したザンビアにも、援助のトウモロコシが届いた。ところが、配布された米国産トウモロコシの約40%に遺伝子組み換え(GM)種が混ざっていた。ザンビア政府は「健康被害や在来種との交配、生態系への影響が予知できない」として、受入れを拒否した。その他の国々でも、同様のGM種に対する不安が表明された。
これに対して、米国国務省は「南部アフリカで多数の人々が飢餓の危険に直面しているのにもかかわらず、農業バイオテクノロジーの安全性に関する間違った情報のために、米国民が送った食糧援助の配布が遅れている。この食糧は米国民が毎日食べているものと同じであり、安全かつ健全であり、今は援助を拒否すべき時ではない」と抗議の声明を出した。
ジンバブエ、マラウィなど5カ国は、米国の圧力に屈する形でGMトウモロコシの受け入れを決めたが、ザンビアのムワナワサ大統領は「毒を食べるより、死んだほうがましだ」と、最後まで受入れを拒否、日本や各国NGOからの支援や輸入でしのいだ。
GM作物は多収量や農業の省力化が期待される一方で、食品としての安全性への疑問もある。だが、それ以上に恐れているのは、受け入れたGMトウモロコシを農民が種子として播くことである。そうなれば、伝統的品種と交雑してGM遺伝子による「汚染」が起きる恐れがある。
メキシコでは、米国から援助されたGMトウモロコシをいったんは拒否したが、結局配布された結果、メキシコ在来種がGM遺伝子によって「汚染」されていたことが明らかになった。英国やカナダでは除草剤が効かない「スーパー雑草」が発見されたという報告もある。ザンビアの立場を弁護すれば、1970年代末に米国からタンザニアへ援助されたトウモロコシにまぎれて害虫の「芯食い虫」が侵入、東アフリカ全域に蔓延してトウモロコシに巨額な損害を引き起こした苦い経験が尾を引いている。
GM研究を支えているのは米国政府であり、GM種子の9割近くが米国のモンサント社に支配され、それをカーギルなどの穀物メジャーが後押ししている。GM作物を栽培した農地は、2004年末には全世界でおよそ8000万ヘクタールにのぼり、1996年以来47倍にも増加した。南部アフリカの国々に、WFPを通じて援助したのも、米国政府が国内の穀物メジャーから買いつけたものだった。
EUがGM作物に厳しい基準をつくり、日本も食品にGM使用の表示を義務づけ輸入も制限している。米国のGM穀物の輸出は減って、だぶついており、GM作物の市場開拓の手段として、食糧危機を利用して、その売れ残りをアフリカに回したのでは、という疑惑も広がっている。
アフリカは長い間、「奇蹟の」という形容詞つきで、さまざまな品種や技術が持ち込まれ、多国籍企業の食い物にされてきた。GM作物は種子を再生産できず、化学物質の大量投入とインフラ整備に大きな投資が必要で、零細農民が大部分を占めるアフリカの食糧増産の手段としては狂気の沙汰だ。米国政府はGMの危険性がすべて「誤った情報」だと批判しながら、その安全性のデータを公式にアフリカ側に提示していない。米国の「アフリカ軽視」ともいうべき援助が、しっぺ返しを受ける結果になった。
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