2004年国際コメ年

国際コメ年に考える、米

農林水産省 大臣官房国際部 国際協力課
課長 後藤 健

 国連は、2004年を「国際コメ年」と定めました。米が、世界人口の半数以上の主食であることに着目し、食料の確保と貧困の撲滅に果たす、米の役割を改めて考えてみるきっかけにするためです。日本でも、「国際コメ年日本委員会」(会長:木村尚三郎 東京大学名誉教授)が設置され、さまざまな活動を行っています。ここでは、国際コメ年を契機に、私たちの命、米について考えます。

1.国際コメ年制定の経緯
 2004年を「国際コメ年」とするとの決定は、2002年12月の国連総会で行われました。フィリピンを中心に、日本など44か国が共同提案して決議されたのです。
 この決議が採択されるまでには、次のような経緯がありました。
 フィリピンに、国際稲研究所(IRRI)という、稲の研究では中心的な役割を担う国際機関があります。このIRRIは、20世紀末からの米の生産の伸び悩みなどに危機感をもっていました。そして、稲研究の一層の促進と成果の普及を目的に、「国際コメ年」を打ち出そうと、国連食糧農業機関(FAO)とともに、1999年頃から準備を始めました。
 これに動かされたフィリピン政府は、2001年11月にローマで開かれたFAOの第31回総会において、国際コメ年を国連総会に提案するとの決議案を提出し、認められたのです。そして、このFAO総会での決議をもとに、第57国連総会で2004年を「国際コメ年」とすることが決定されました。
 2003年に入ると、「国際コメ年」に関する準備会合が開かれ、2004年に行うべき活動について各国が話し合いを行いました。そのなかで特筆すべきは、多くの国が、米を食料として重視するだけでなく、米や稲作がもつさまざまな側面を、人間生活のなかの重要な要素として位置づけよう、と主張したことです。これは、わが国が国際農業交渉のなかで主張し続けてきたことであり、こうした考え方が、すでに広く共有されていることが判ったのです。
 国連が、単一の農作物を対象に国際年を設けるのは初めての試みです。飢餓・貧困の撲滅という国際社会の重要課題の解決に向けて、いかに米への期待が大きいかが伺われます。
 では、なぜ、いま国際コメ年なのか、その背景を見てみることにしましょう。

2.米の役割と現状
 FAOは、次のような事実を示して米の重要性を訴えています。
(1)米は、世界の半分以上の人々の主食になっている。
(2)米は、南極を除く全ての大陸の、110か国以上で生産されている。
(3)米は、世界の人々のエネルギー摂取量の20%を賄っており、小麦の19%、トウモロコシの5%を凌いでいる。開発途上国だけでみると、米はエネルギー摂取量の27%、蛋白質摂取量の20%を賄っており、アジアでは、20億人以上の人々がエネルギー摂取量の6〜7割を米から得ている。
(4)米の約80%は、低所得国の小規模農民によって生産されている。
(5)米を中心とする生産システムや収穫後の処理などに10億人近い人々が携わっており、アジアとアフリカでは約1億世帯の主要な収入源となっている。
 しかも、米の生産と消費は、宗教行事、祭礼、習慣、料理、儀式といったさまざまな文化的要素と深い繋がりをもって営まれています。FAOのジャック・デューフ事務局長の言葉を借りると、米は「文化的アイデンティティーとグローバルな連帯の象徴」となっているのです。FAOが掲げた「Rice is Life(おコメ、私たちの命)」という「国際コメ年」のキャッチフレーズには、こうした深い意味が含まれているのです。

 ところが、その米が深刻な状況に直面をしているというのです。稲の研究者たちが1990年代の初めから警告していたことですが、それが次第に現実になってきたのです。FAOは、次のような米生産の現状と見通しをもとにして警鐘を鳴らしています(図1↓参照)。

(1)1961年当時約2.2億トンだった世界の米の生産量は、この約40年間に約6億トンへと、2.7倍に増加し、世界の食料事情の改善に大きく貢献した。1970年代の緑の革命は、飢餓という人類始まって以来の恐怖を、一部地域では大幅に減らしている。
(2)しかし、1970年代から80年代にかけての年率2.5%以上という米生産量の伸びは、90年代には1.1%に鈍化し、人口の伸びを下回ってしまった。
(3)また、1961年当時、約1億1500万haだった米の収穫面積は、81年までの20年間には約26%拡大して、1億4500万haに達している。しかし、その後の20年間の増加率はわずかに4%程度であり、2001年の収穫面積は1億5100万haにとどまっている。これは、都市化の進展や都市用水の増大などにより、稲の作付に利用できる土地と水資源が限定されてきているためだと考えられている。
(4)このほか、集約的な稲作が土壌の劣化を招き、肥料などの投入に見合った収量が得られなくなったり、農薬の集中投下が、耐性をもった害虫の大量発生や水質汚染、さらには人の健康被害を引き起こしているところもある。

 こうした必ずしも楽観的でない世界の米生産環境があるなか、約8億4000万の慢性的な栄養不足に悩む人々のうち、半数以上が、食料の確保や所得、雇用などを米に依存しているという事実があります。このうち、2億〜3億人は子どもで、毎年600万人もの小さな命が栄養不足のために失われているのです。

3.国際コメ年への期待
 1990年代のサミットや国連での議論をもとに、国連は2000年9月に「国連ミレニアム目標」を採択しました。その第1番目の目標に極度の貧困と飢餓の撲滅を掲げ、具体的な行動指標として、2015年までに栄養不足人口を半減することを定めました。米は世界的な飢餓・貧困対策の最前線にあって、この国連ミレニアム目標の達成に大きく貢献することが期待されているのです。
 FAOによると、「国際コメ年」を定めるといった手法は過去にも成功を収めています。第2次世界大戦の直後、人口が急増する一方で米生産が伸び悩むなか、専門家はアジアでの飢餓の発生を予測しました。FAOは、独自に1966年をコメ年と宣言しました。覚えておられる方もいるかもしれませんが、日本では「国際米穀年」と呼ばれていました。多くの国々で、生産、流通、加工、販売、そして栄養を改善する措置が講じられました。また、さまざまな会議も開かれ、稲に関する研究が進められました。それまでは、在来種の天水栽培が主だった世界の農村に、IRRIが開発した高収量品種が導入されていきました。いわゆる「緑の革命」です。この結果、米の生産量は順調に増加し、1960年代には米の輸入に頼っていたインドネシアやフィリピンなどの国々が、80年代にはいったん自給を達成するまでになりました。
 2004年の国際コメ年も、同様に稲に関する研究を活発化させ、生産システムの改善を加速させることをねらっています。各種の国際会議が開かれるだけでなく、研究分野での取組みや活発な交流が進むことが期待されているのです。

4. 国内の取組みを見直す年、2004年
 日本では、古代から米を主食とし、これを中心とした文化を築いてきました。日本の水田は、日本人の原風景ともいうべき美しい農村景観を形づくっています。しかも、水田は美しいだけでなく、水を一時的に貯留することにより、洪水や土砂の流出を防ぐなど、生活に密着したさまざまな役割を果たしています。米と水田、そして稲作は、日本と日本人の生活・社会・文化などの基礎をなしているということについては、異論はないでしょう。
 ところが、それだけ大切なものであるにもかかわらず、日本では、このところ米への関心が薄らいできています。米の消費量は減り続け、1960年頃には年間110kgを超えていた1人当たりの消費量は、最近では60kgを割り込むほどになっています(図2↓参照)。

米の消費が減る一方で、最近の日本人は畜産物や油脂類を多く消費するようになりました。1960年と2001年の消費量を比較すると、米が4割減ったのに対して、肉類は5.5倍、牛乳や乳製品は4.2倍、油脂類は3.5倍に増加しています。栄養のバランスが良いと欧米からも注目されている「日本型食生活」が崩れてきているのです。こうした食生活の変化に伴って、糖尿病などの生活習慣病の増加が問題とされるようになってきました。子供たちにも肥満が急増し、糖尿病の低年齢化が確実に進んでいるようです。
 こうした変化は、食料自給率にもあらわれています。1965年に73%だった食料自給率は、いまでは先進国のなかで最低の40%にまで低下しました。実に、食料の6割を輸入により賄っているのです。食卓の先には、世界の農地や水資源、そして人々の暮らしがあるのです。世界の食料事情に無関心でいられるはずはないのです。
 国際的には、飢餓・貧困の撲滅に向けて米を見直そうというのが、国際コメ年のテーマです。しかし、日本では、「飢餓・貧困の撲滅!」と叫んでも、国民の関心を集めることはほとんどできません。世界の食料事情について無関心、または無知というのが実情です。まず、このあたりから変えていかないと、日本は世界から孤立してしまいます。国際コメ年は、日本人の最も大切な食料である「米」を通して世界を見つめ、米と水田が果たしてきた役割の重要性を再認識し、ごはんを中心とした豊かで健康な食生活をとりもどす、よい機会ではないでしょうか。

 最後に、国際コメ年への具体的な取組みの様子を紹介しましょう。
 農林水産省では、金田副大臣を本部長とする国際コメ年推進本部を2003年6月に立ち上げ、国際コメ年への取組みを積極的に進めています。米とごはんの大切さを訴えかける国際シンポジウムを開催したり、米に親しみ、米の重要性を見直すためのイベントを開催したりしてきています。このほか、テレビやラジオ、新聞などのさまざまなメディアを利用して、「国際コメ年」の意義を広くお知らせしています。
 民間でも、「国際コメ年」にちなんだ取組みが始まっています。米・ごはん・水田などに関係する団体の皆さんが集まって、「国際コメ年日本委員会」が設立されています。
 日本委員会には、米の生産、流通、加工、販売、消費などに直接関係する団体から、NGO、国際協力関係の団体、試験研究機関まで、実に多様な皆さんが参加され、それぞれの活動や新たな運動を展開されています。
 国際コメ年日本委員会に参加している団体の多くは、毎年「お米」や「ごはん」に関係するキャンペーンなどを行っています。今年は、こうした個別の活動を「国際コメ年」という共通のことばで結びつけることにより、統一的、そして一層大々的に訴えていこうというのが、国際コメ年日本委員会の主な役割です。
 これまでにも、田植えや稲刈りの体験、写真展や絵画展、料理コンテスト、ミュージカルの開催など、多彩な楽しい催しが全国で繰り広げられてきました。こうした活動については、国際コメ年日本委員会のサイトでも紹介されています。
 国際コメ年では、こうしたさまざまな取組みを通じて、米が私たちの生活にとって、とても大切な存在だと再認識されることが期待されています。「国際コメ年」は2004年だけなのですが、「米・水田・稲作」は未来に永遠に伝えていかねばなりません。こうした意味からすれば、むしろ2004年はスタートの年なのです。

詳しくは次のサイトをご覧ください。
「国際コメ年」公式サイト(日本語)《www.fao.org/rice2004/jp/index_jp.htm
農林水産省「国際コメ年」サイト 《www.maff.go.jp/kome2004/index.html
「国際コメ年」日本委員会サイト《www.fao-kyokai.or.jp/iyr-japan/index.html

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