モロッコ凡百
国際協力機構
個別専門家(モロッコ)農業・農村開発省
安城康平
はじめに、
9月末にモロッコの農業・農村開発省、教育・研究・開発局にJICAの個別専門家として赴任し、2か月が過ぎました。赴任直後にJICAが新しく独立行政法人として出発したこととも重なり、新たな認識のもとで仕事に取組みたいと心しています。届いた機関誌にみる新理事長、緒方貞子さんの初心の言葉は実践的な行動の新体制をみすえたものと認識しました。私も「現場の目」をもって新体制に間違いなく伝え、実際のニーズに応えるための仕組みを提案し、グローバル化に通用する幅のある活動を心がけようとの初心を抱いた次第です。
これまでの2か月間の出来事と重ね合わせながら、ここで見たこと、考えたこと、そしてどのような初心につなげたかを綴ってみようと思います。
大きな較差
先ずは国家開発計画の概略を把握しようと「農村開発戦略2020」を入手しました。農業・農村開発省により1999年に策定された本書は農村開発の長期ビジョンであり、1996年の憲法の一部改正後、モハメッド6世の即位直後に発行されています。発行のタイミングからしても、高い国家的位置付けの戦略であるといえます。本書で強調していることは経済政策を優先した農村開発であり、最終的には人的開発を目指すと共に、農村地域の新たな基本的枠組の整備により国家の発展が可能になるとの戦略を打ち出しています。モロッコにおける農村部の適切な開発を実施しなければ、国内農業および経済の較差が拡大し、むしろ緊張を発生させるとの考えもあっての事と思われます。
実際、首都ラバトと商業中心都市カサブランカはいうにおよばず、アトラス山脈以西の地中海、大西洋側は南北には高速道路が整備され、農業においても施設整備が進み農業の規模と収入は国家の重要な主要産業になっています。恵まれた自然条件とヨーロッパという市場が目と鼻の先にあることの利点は大きく活かされています。
一方、アトラス山脈を越えた砂漠の入り口では、生活水の確保さえ困難なところも多数あり、アトラス山脈を境に社会・経済的較差は大きく広がっているようです。唯一同レベルの環境を見つけたのは、ハッターラの調査に行き、視界の中に誰一人いない土漠の中で首都からの携帯電話が鳴った時でした。
ハッターラ
ラマダン直前の10月下旬にはハッターラの開発調査の現場へ行く機会がありました。ハッターラは古代ペルシャのカナートを起源とする取水システムですが、ここモロッコ南西部の半乾燥地帯では生活と農業の貴重なインフラであり、生きるための条件にもなっています。最近は我が国をはじめ、各国支援による給水計画が進み、飲料水に関しては躍進的な普及が達成されつつあるようで、植生のない岩山の上の給水タンクを各所で見ることができました。とはいえここでも都市部給水率98%、農村部56%と大きな差はありますが、飲料水については計画も順調に進んでいるようです。しかし、飲料以外の生活水や灌漑はハッターラに依存している所がまだまだ多くあり、調査対象地域内だけでもハッターラが300程度あり、約1万3000haの灌漑に利用されているそうです。このような条件の中で現金収入につながる主な農産物はナツメヤシだけで、他は自給用がほとんどのようです。
一方、アトラス山脈の西側では数十〜数百haのオレンジ、ブドウ、トマトといった大農場が活躍しています。このような大農場と現代自由市場の理論の中で、果たしてハッターラの意義はどこにあるのか、考えてみました。そして、ここにはむしろECONOMYではなくてECOLOGYの視点でなければ、説明ができそうにもないと直感しました。脆弱な生態系の農村社会で循環型農業を行いながら生態系を保全しているという観点から、農村生活と生態系保全農業の優遇政策が必要と確信しました。現場での技術支援と同時に国家の開発政策の中の具体的戦略が重要と認識し、このような視点からの協力をやってみようと考えたわけです。
農村女性
2003年10月10日はモロッコの女性にとって歴史的な日になったようです。国王モハメッド6世が国会の開催に合わせて、これまでの宗教的曲解や誤解を乗り越えた男女の平等の演説を行ったからです。立憲君主制のもとに行政権と軍の統帥権および国会に対する拒否権も保有している王の宣言ですから、今後、法化へ向けた公的手続きが必要とはいえ、男女の権利に関しては実質的な改善を見るだろうとのことのようです。コーランには抵触しないかたちで、現実的には一夫多妻が不可能になったそうです。同僚の女性達は口をそろえて、国王の表明を歴史的革命と評価しておりました。もはや男性の従属ではないと鼻息も荒く、おりしも3日後にはメクネスの国立農業大学で「農村女性と開発」のセミナーが開催されたのですが、会場までの車中では男性がたじたじになって、しまいには話をそらしていたようです。そういえば、我が局には女性のアンジニール(技術士)が多く、要職を務めている女性もいます。仕事のレスポンスは男性よりも速いようです。
しかしながらセミナー当日の発表では、農村社会の女性自身がむしろ彼女達の伝統的な役割から脱しようとはせず、普及員や調査員の問いかけやアドバイスに対しても「どうして、そんなことを。それは男のやることだ」との回答が多くあったとの報告もありました。フランスと大学の協同企画でしたが、セミナー最後の提言では「農村女性も計画立案と実施決定の場への参加が望ましい」と報告していました。
農村女性と、都市部の女性あるいは女性行政官との教育や認識の違いも、男女の隔たり以上に大きい溝があるように思われました。
豊富で安価な生活必需品
生活をしていて、加工食品や野菜の豊富なこととその安価なことに気付きました。一方、他の西アフリカ仏語圏には出回っているフランスからの輸入食料品がモロッコにおいては比較的少ないようです。時々見かけても値段が大幅に異なり、消費量も限られているようです。このことからは二つのことがいえそうです。
第一には、国が適切な関税を運用して、自国農作物を自由化の被害には晒さず、むしろ逆手にとって有利に運んでいることです。つまり、ヨーロッパからの食品には歯止めをしつつ、逆にヨーロッパをはじめサハラ以南のアフリカ諸国には市場を拡大しているということです。実際、象牙海岸のアビジャンには欧州産よりも安価で品質の良いモロッコ産のトマトやオレンジを供給して、市場を拡大しています。第二には品質と付加価値の向上により、見た目はヨーロッパのそれらとほとんど変らないレベルに達しているということです。商業ベースに乗った農産物は国際化の第一波をうまく乗り切ったといえそうです。
しかしながら国際化の論理では生産振興が不可能な地域での農業をどうするのか、これが農業・農村開発省の取組むべき較差是正の問題ともなっているわけです。
さて、品質と見た目について気付いたことをもう一点。先日、家の近くの家具屋で机や小物を幾つか求めました。見た目は良く、一見したところ一流品なのですが、しかし使い難い。接合箇所の材質や、接続に力学的配慮がなされていないなど、製品がまだ使いこまれていなく、デザインがヨーロッパ製品からコピーされたのだろうと容易に察することができるのです。
工夫も不足しているようです。単純な組み立て式棚を家で組み立てるのに同封の図の順に組み立てても、材料の寸法が少し違う上に、留める位置は逆さにしないと届かないなど、組み立てるのが大変なだけでなく、仕上がりも少しゆがんでしまいました。これが品質と技術のレベルの差と、非常に分りやすい例にめぐり会った気持ちでした。
ハッターラ上流部の縦坑 |
開削で導水する中流部 |
開削で導水する下流部
規制(その一)
モロッコで生活をするにあたって、一番初めにやらなければならないことは、先ず住所を確定することです。ともかく、住所が決まらないことには銀行口座も(外貨口座は除く)、電話(一部のプリペイド式携帯電話は除く)も、滞在証書も申請できないからです。西アフリカ経済通貨同盟諸国であったならXENOPHOBE(外人差別)として問題になりそうですが、ここでは苦情すら聞こえてきません。
いろんな規制が徹底しており、すでに周知されているということのようです。イミグレーション窓口の担当も厳しく、仕事が明確でなく、収入のない外人は住むことができそうにありません。これもひとえに、あのイミグレーションの強面のせいかと勝手に関連付けているわけです。サヘル以南の国々で周辺国からの労働問題やそれにからんだ民族問題、これらは現在のアフリカ紛争の大きな原因の一つにもなっています。このような観点からは、平和維持のためのコントロールと規制は必要とむしろ評価しながらも、遅々として進まない手続きを待っています。
同様に、先日は主要な地図を求めようと国家土地台帳・地図保管局(ANCFCC)へ行きました。かって農業・農村開発省の一部局であったのですが、地図の販売や住民への有料サービスを行うということで、今年1月から独立機関になったのですが、ここで買うことのできたのは一般全国地図と観光的地図だけで、5万分の1地形図はその必要理由を文書に付した管轄担当政府機関からの文書が必要とのこと、詳細な衛星写真が日本でも入手可能な時代に、とは考えましたが、これも規制の一環と、手続きを開始しました。
さて、その国土図です。図の太線は国境ですが、途中のアルジェリア国境は明示されておりません。しかも、西サハラまでもモロッコ扱いです。この図は同僚からいただいた農業・農村開発省の管轄支局の区画図ですが、どうやらモロッコの意思はこの地図上に明確に示されているようです。
いったい、公表されている国土面積44万6600km2はどのようにして計算されたのかはともかくとして、西サハラの問題はもう30年近くも解決をみておらず、アルジェリアとの国境にしても同様です。加えてスペイン領の2都市が未だモロッコに接したアフリカ大陸に存続しており、一歩誤れば悲惨な状況を生みかねない火種を抱えています。今年5月には、カサブランカでテロリストによる爆発事件も発生しています。当局が規制を強化するのも、必要性あってのことといえそうです。
図 モロッコ行政区画地図
規制(その二)
一方、メディナ(塀に囲まれた旧市街)の中の規制は少し笑えます。狭い通りで靴下、ポット、セーター、上着などいろんな品を並べ、安そうに売っています。これは通行にも邪魔ですし、正規の商店にとっては苦情のいいたい行為なのでしょう、ときどき見回りの警察がやってきます。すると、路上行商の人はさっとシートごと店をたたみ、路地の影に隠れるのです。警察が過ぎ去ってから、また商売を始めます。この鬼ごっこのような光景も、当事者にとっては必死なのでしょうが、笑える光景です。
またメディナにはVCD(日本ではDVDが多く出回っていて映像入りVCDは少ないようですが、ここモロッコには大量に出回っています)、携帯電話、衛星テレビ、関連機器が驚くほど良く売れています。しかも、これらを扱っている職人さんは専門学校などを出ていない実力集団なのです。あらためて、学習と技術伝達の原理を考えてしまいました。モロッコの学校では、この種の先端技術を教えることが困難です。めまぐるしく変る情報開発技術に対応できる人材も教材も揃っていないからです。そんなわけで、電子工学大卒のかけだしは、メディナの職人さんたちよりも稼ぎが少ないそうです。
さて、話は規制に戻りますが、メディナではイスラムの教えの範疇での規制は厳しいけれど、イスラムの教えにそむいていないことについてはとやかく言わない、そんな不文律があるのかもしれません。あのメディナの塀の中は、昔からの人と人の営みの規律で動いているようです。メディナの中には、人と人が短い距離で接しながら生きる智恵と規制がたくさん詰まっていそうです。
写真 谷を利用したオアシス農業
支援・調整というよりはインテグレーター
さてこのような現状の中で、拡大した貧富の差の是正、アトラス山脈の西と東の農業経済較差の縮小、この両者はとても短い任期内での実現可能な目標にはなりそうにもありません。また、このことがモロッコ農業問題の本質とも思えません。むしろ較差をなくするのではなく、各地域における多様な農村生活の的確な評価と認識をモロッコの国民が理解し、循環型農村生活とそこで行われている農業と国家の関係を、国民が解し、同意した連帯認識の上での政策を立案するということが重要なのではないかと考えています。
このような考えのもと、配属先での赴任直後の活動紹介プレゼンテーションでは、自身に課せられた要請の使命と並行して環境とライフコースの視点による農村生活のアプローチを実施してみたいと伝えました。そして、その場で最後にお伝えしたことは、援助の調整というよりはインテグレーター(融合者)としてやっていきたいということでした。
最近、協力活動成果とは何であろうかと考えていて、「成果」とは組織的連係、専門家の活動、そして受入国の情意的内容の複合物ではなかろうかと、自分なりの焦点をつかんだところです。どれが欠けても良い成果にはつながりません。そういった意味からも、インテグレーターとしての役割を果たしていきたいと考えている次第です。
写真 世界遺産 AIN BEN HADDOU
モロッコの青空
実はモロッコは私にとっての最初の外国でした。25年前に青年海外協力隊員として当時、農業改革省のベニメラル支局に配属され、それがきっかけになって海外の調査やプロジェクトに携わってきました。ここに始まって、再び初心の地に戻った形です。それというのも、ここモロッコの自然と人々の魅力に大きく影響されたからです。再び初心の地に戻ることができ、これまでに培った全てをもって、全力投球していきたいと考えています。どうやら、私はこのモロッコの最初の「青空」が刷り込み現象となって、これまでアフリカと関わってきたように思います。
そんな青空の素晴らしさをホームページで公開しています。もし、モロッコの青空模様が気になった時には、以下のURLにアクセスください。素晴らしい青空を用意してあります。
http://www.geocities.jp/yasuhei_cielbleu/ |