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西アフリカ稲作開発協会(WARDA)の成果と今後の展開方向

独立行政法人
国際農林水産業研究センター
国際情報部 主任研究官
櫻井武司

 ネリカという言葉を耳にした人は多いだろう。ネリカ(NERICA)とはNew Rice for Africaの略語であり、アフリカの環境に適した新しいコメの品種として期待を集めている。このネリカを開発したのが、西アフリカ稲作開発協会(West Africa Rice Development Association:略称WARDA - The Africa Rice Center)という国際農業研究機関である。
 WARDAは西アフリカ地域の稲作の振興を図る目的で1971年に設立された。設立時には西アフリカの11か国が加盟し、本部はリベリアに置かれた。現在は17か国が加盟する。設立当時の西アフリカ地域のコメ生産量は年間約100万トン、コメ輸入量は年間約40万トン、したがってコメ自給率は約70%であった(図1)。それから30年後の現在、生産量は約4倍に急増したが、輸入量は約7倍にもなったため、自給率は約60%にまで低下した。
 過去30年間の西アフリカにおけるコメ需要の増加率は人口増加率を大きく上回っている。その原因は、この時期に都市化の進展と都市人口の膨張が起こったためである。都市では保存性がよく調理の簡便なコメが主食となっている。WARDAが設立された当時、これほどのコメ需要の増大が予見されていたかどうかはわからない。現時点では、人口の増加と都市化はまだ続くと予想され、コメの増産により輸入米の増加に歯止めをかける必要があると認識されている。

コメ増産の要因
 西アフリカにおけるコメ栽培は3500年もの歴史があるといわれている。コメは伝統的な自給作物の一つなのである。そのような伝統的な稲作は、栽培生態系に基づいて、天水畑、内陸低湿地、海岸低湿地(マングローブ)、氾濫原の4つに分類できる。これら伝統的稲作の単位面積当たりの生産量(単収)は、過去30年間ほとんど上昇していない。農村では人口の増加に応じて栽培面積を拡大し、1人当たりの消費量を確保してきた。しかし、都市の市場へ供給する余力はほとんどないため、こうした伝統稲作では都市人口の増大に対応できなかった。
 輸入米の増加は都市人口の膨張に対応するものである。しかし一方、コメ需要の増大は西アフリカ域内に非伝統的な稲作を出現させた。一つは、援助国の投資により造成された灌漑水田である。世界的な食料危機を背景に、1970年代には西アフリカ各地で盛んに灌漑水田がつくられた。もう一つは、集約的な内陸低湿地稲作である。簡単な水路や畦により、水のコントロールを行う点に特徴がある。こうした水管理技術の採用は、外部からの技術指導による場合と、農民が自発的に行う場合がある。いずれにしても、水管理技術への投資はコメの商業化が誘因となっているため、消費市場に近接した都市近郊で行われる傾向が顕著である。灌漑稲作や集約化した内陸低湿地稲作では、水管理技術に加えて高収量イネ品種や化学肥料が採用されるため、伝統的な稲作と比べて高い単収が実現している。これはアジアの「緑の革命」と同じく多投入・高収量型の稲作である。都市部へのコメ供給は、こうした非伝統稲作が担ってきた。
 最近のWARDAの推計によると、西アフリカにおけるこれらの稲作生態系のうち最大の面積を占めるのは天水畑と内陸低湿地であり、それぞれ稲作面積全体の40%程度である(表1)。ただし、内陸低湿地には、伝統的な粗放的稲作から非伝統的な集約的稲作までさまざまな稲作が含まれている。一方、灌漑水田は、面積の比率は小さいが生産性が高いため、西アフリカのコメ生産の約24%を占める。生産量では天水畑の稲作にほぼ匹敵する(表1)。WARDA設立時のデータはないが、当時は灌漑水田の面積は小さく、また内陸低湿地稲作の単収はもっと低かったと考えられるので、天水畑の生産比率はもっと高かったであろう。

拡大図が御覧になれます
図1 西アフリカのコメ生産と輸入

表1 西アフリカにおける稲作生態系
稲作生態系 面積比率 生産比率 単収
天水畑 40% 23% 1トン/ha
内陸低湿地 38% 45% 2トン/ha
灌漑水田(乾燥地帯) 4% 10% 4.5トン/ha
灌漑水田(湿潤地帯) 8% 14% 3トン/ha
海岸低湿地 4% 4% 1.8トン/ha
氾濫源 6% 4% 1トン/ha

 

WARDAの貢献
 WARDAは設立以来、上にあげた5つの稲作生態系のすべてを研究対象にしてきた。アジアなどで開発された品種の栽培試験を行い、西アフリカの環境に適した品種を選択し、加盟国の農業研究・普及機関に受け渡すというのが研究の中心である。しかし、残念ながらそれらの品種はほとんど普及しなかった。多投入・高収量の「緑の革命」型の品種の普及を図ったが成功しなかった、とWARDA自身が1990年代初頭に総括している。実際、コメ生産の増加の大部分は栽培面積の増加によって、もたらされたのである。また、灌漑水田や集約的な内陸低湿地稲作で栽培されたイネの大半はWARDAの品種ではなかった。
 1987年、WARDAは国際農業研究協議グループ(Consultative Group on International Agricultural Research: CGIAR)の傘下に入り、世界に現在16ある国際農業研究機関の一つになった。さらに、89年には本部をコートジボワールのブアケ近郊に移し、研究戦略・体制の見直しを行った。その結果、研究対象を天水稲作と灌漑水田の2つに集約し、それぞれに適したイネ品種を新しく育種することを課題の中心に据えたのである。
 この天水稲作とは、アフリカの大多数の農民が従事している水管理を伴わない粗放的な稲作であり、表1の分類にしたがえば、天水畑と内陸低湿地の稲作を意味する。農民は化学肥料をほとんど使用しないため、その稲作の特徴は低投入である。WARDAの従来の手法で開発された新品種が、なぜ農民に採用されなかったのかは、必ずしも明らかではない。しかし、現実に稲作農民の大多数が低投入稲作に従事していることから、WARDAが設定した目標は、そうした農民に受け入れられるような品種を開発することであった。こうして、1990年から低投入型のイネ新品種の育種が始まったのである。

コートジボワール
コートジボワール

ネリカの誕生
 WARDAは、低投入型のイネを育種するにあたってアフリカの在来イネ(Oriza glaberrima)を活用することを考えた。アフリカイネは、アジアイネ(Oriza sativa)と比べて収量は低いが、アフリカ固有の病害虫に対して抵抗性があり、アフリカの土壌への適応性が高い。そこで、交雑によりアフリカイネの特性をアジアイネに導入することにより、種間雑種という品種群が育成された。アジアイネとアフリカイネは種が異なるので、通常では交配せず、かけ合わせても種子を得ることもできないが、WARDAはそれを可能とする技術を開発した。その点が、育種手法におけるWARDAの大きな貢献である。
 種間交雑育種は1991年から始められ、5年後の96年には作出された品種の収量試験を圃場で実施するまでに至った。同時に、農民自身に品種を選択させる参加型品種選抜試験も開始された。99年には、こうして育成されたイネ系統から有望な品種群が選択され、ネリカという名称が付けられたのである。現在のところ、ネリカはNERICA-1からNERICA-7まで、7つの品種が登録されている。種間交雑で育成される品種は陸稲だけとは限らないが、7つのネリカ品種はすべて天水畑向けの陸稲品種である。
 2002年以降、西アフリカ各国はそれぞれ、アフリカ開発銀行、食糧農業機関(FAO)、日本政府などの援助を受けてネリカの普及活動を開始した。ネリカは、多くの援助機関からイネ品種の普及のための資金を引き出すことに成功したのである。この点は、WARDAの種間交雑育種の大きな成果であるといってよいだろう。

マリ
マリ

西アフリカの稲作の課題とネリカ
 稲作の振興は、西アフリカ地域における次の2つの課題を解決することを目標としている。第一は、コメの増産により輸入量を削減すること。第二は、西アフリカの貧困を解消すること。ネリカの評価は、それらの課題に基づいて考える必要がある。
 まず、ネリカは低投入型のイネとして開発された。西アフリカの大多数の農民は天水畑または内陸低湿地において、低投入型の稲作を営んでいるのだから、低投入型のネリカはこれらの農民に容易に採用されるだろう、というのがWARDAの期待である。しかし、たとえば生育期間一つとっても、ネリカは既存の普及品種と大きく異なる。そのため、ネリカの採用は稲作以外の農家活動全体に影響を及ぼす可能性があり、すべての農家がネリカを歓迎するとは限らない。この点について、まだ実証的な研究は進んでいないが、天水稲作の多様性を考えると、今ある7つのネリカだけでは、すべての農家に普及することは難しいかも知れない。
 次に単収については、追加的投入なしでもネリカの採用により現行の1トン/haから1.3トン/haにまで上昇するといわれている。この見積もりが農家レベルで正しいかどうかは、今後の研究を待つしかない。仮に、この単収の予測値が正しく、かつネリカが100%普及したとする。それでも、地域全体でせいぜい100万トンの増収であり、現在の輸入量約300万トンには遙かにおよばない。また、増産されたコメが都市の市場に供給されなければ、輸入米を代替することはできないが、ネリカが市場に供給されるかどうかも不明である。
 次の理由から、コメの市場供給が増えない可能性がある。まず、農家レベルで主食の代替が起こり、増産部分を自家消費してしまうことが考えられる。次に、西アフリカでは一般にインフラが整備されていないため輸送コストが高く、遠隔地で生産されたコメの市場性は乏しい。さらに、品質の面で輸入米に対して競争力がないかも知れない。

ブルキナファン
ブルキナファン

 第二点は、貧困の問題である。ネリカを採用した稲作農家については、外部から測定することは難しいにしても、ネリカの栽培により、何らかの便益を得ていると見なせる。よってこの場合は、ネリカがネリカ農家の「貧困の緩和」に役立っているといってよい。議論を単純化して、全く追加的な費用なしで収量だけが1.3倍になるとすると、栽培面積1ヘクタールの農家は籾米にして300キログラム分の利得を得ることになる。このような所得向上が大規模に起こるか否かは、ネリカがどれほど普及するかによる。しかし、すでに述べたように普及率は低いかも知れない。また、農家は現金収入を望む場合が多いが、すべての農家が増産分を市場で販売できるとは限らない。
 さらに、もっと重要なことは、貧困の解消は地域全体の課題であるということである。少数のネリカ農家の所得がわずかに上昇するよりも、コメの増産によりコメの市場価格を低下させ、コメを購入している都市や農村の住民全体に恩恵をもたらすほうが、貧困削減という観点からは効果的だろう。
 こう考えると、ネリカのインパクトは、たとえ広く普及したとしても限定的なものかもしれない。

今後の展開
 コメの輸入を減らし、コメ価格を引き下げることにより貧困を削減するためには、都市の市場向けにコメを増産する必要がある。そのためには、多投入・高収量型の非伝統的な稲作(灌漑水田および集約的な内陸低湿地)の生産を拡大するべきである。灌漑水田については、既存の施設の改修と高度利用により、灌漑面積を拡大し、かつ単収を上げる余地が大きい。一方、内陸低湿地については、まだ耕作に利用されていない土地が多く残されており、栽培面積の拡大および集約化により、コメの増産に大きく寄与することができる。WARDAはこの点をよく認識しており、それらの稲作生態に適した新品種の育成および付随する栽培技術の開発に取り組んでいる最中である。

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