地球上のすべての大陸で、地下水位が低下している。地下水の過剰な揚水は、かつてはあまり例のないことであったが、いまや人口大国の上位3か国である中国、インド、アメリカを含む多くの国で常態化している。こうした帯水層の過剰揚水が原因で、世界の各地が深刻な水不足に陥っている。この水不足は、歴史的にみると最近のことであるが、気付かないうちに急速に進行している。迫りくる水危機は、主として帯水層の過剰揚水とそれがもたらす地下水位の低下という形で進むので、端的にいって目に見えないのである。森林の焼き払いなどとは違って、容易に写真に撮ることもできない。井戸が枯れて、初めて気付く場合が多いのである。
強力な揚水ポンプの普及
世界的な水不足に陥ったのは、最近のことだ。こうした事態は、過去半世紀で3倍に増加した水需要と、強力に水を汲み上げるディーゼルポンプや電動ポンプの世界的な普及によって、もたらされたのである。数百万本もの井戸が掘られ、多くの帯水層では涵養量を上回る量の水が汲み上げられている。揚水量を帯水層の持続可能な量に規制することに正面から取り組まなかった政府の対応が、現在も多くの国で地下水位が低下している事態につながっている。水を求めて地下を掘ることは、文字通り、国の土台を掘り崩し、知らぬ間にその国の将来を傷つけているといえる。
中国の深刻な過剰揚水
地下水位の低下は、世界最大の穀物生産国である中国を含め、多くの国々でその生産量に影響を及ぼしている。中国の水収支に関する日中共同研究の報告によると、国土のほぼすべての平地で、地下水位が低下している。中国の北部全域で、地下水位が低下していることを示す徴候もある。中国の穀物の1/4以上を生産している華北平原における地下水位の低下は1990年代初期には、毎年1.5メートルと公表されていたが、今や3メートル近くに及ぶようである。
中国北部のフーヤン川流域では、表流水の水利をめぐって、農業部門は工業部門に譲歩する結果となった。このため農民は地下水に目を向け、約9万1000本の井戸を掘った。その結果、地域による違いはあるものの、1967年から2000年の間に地下水位は8メートルから50メートルにまで低下している。これほど低下すると揚水コストが上昇し、農民は再び乾燥地農法へと戻らざるを得なくなる。北京のアメリカ大使館の農務参事官が伝えるところによると、ある地域では、小麦農家は今や300メートルの深さから水を汲み上げている。これほどの深さになると揚水コストは非常に高くなり、収益は大幅に減少してしまう。
政府の穀物支持価格の引き下げや、急速に工業化が進んでいる地域での農場労働者の減少と相まって、地下水位の低下は、中国の穀物生産量を減少させている。主に乾燥の強い中国北部で栽培される小麦の生産量は、とりわけ水不足の影響を受けやすい。1997年の1億2300万トンをピークに、小麦生産量は過去5年間のうち4年は減少し、2002年には9200万トンとなった。北京のアメリカ大使館は、過去数年間のコメ生産量の減少もまた、水不足が一因であると報告している。97年の1億4000万トンをピークに5年連続で減少し、2002年には1億2300万トンにまで落ち込んだ。小麦とコメの世界有数の生産国での、このような生産量の急激な減少は、将来にとって決して明るい兆候ではない。
中国の穀物生産量の90%を占める小麦、コメ、トウモロコシの3大穀物のうち、トウモロコシだけが、これまでのところ大きな減少を逃れている。一つには、価格が強含みで安定しているためであるが、作物として小麦やコメほど灌漑用水に依存していないためでもある。
数年前の世界銀行の調査によると、中国は北部の3河川―北京と天津を流れるハイ河(海河)、黄河、そして黄河のすぐ南を流れるホワイ河(淮河)―の流域で過剰揚水を行っている。これら3つの河川の流域での過剰揚水を考慮すると、中国北部の過剰揚水は、少なくとも1年間に400億トンは十分に超えるだろう。1トンの穀物生産に対し、およそ水1000トンが必要とされているので、この過剰揚水量は4000万トンの穀物に相当する。この非常にデリケートな穀物生産が、およそ1億2000万の中国人に食料を供給している計算になる。
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2002年春、中国の西北部をまわった折のレスター・ブラウン所長 |
警戒レベルにあるインドの地下水位の低下
大規模に過剰揚水が行われているもう1つの国は、インドである。過剰揚水は、この国の穀倉地帯であるパンジャブ州、ハリヤナ州、グジャラート州、ラジャスタン州、アンドラ・プラデシュ州、タミル・ナドゥ州を含む、いくつかの州で行われている。インド全体の過剰揚水の状態に関する信頼できる数値はないが、スリランカにある国際水管理研究所の前所長、デビット・ゼクラーは、帯水層の枯渇によって、インドの穀物生産量はいずれ1/4ほど減少するだろうと考えている。
最新のデータによると、パンジャブ州とハリヤナ州では、地下水位が毎年1メートルも低下している。ラジャスタン州で観測した井戸のデータによると、地下水位は過去20年間で数メートル低下した。現時点では、インドの主食である小麦とコメの生産量は、今なお増加している。灌漑用水の不足というマイナス要因が、農業技術の進歩というプラス要因を上回り、すでに中国が直面しているような「生産量が減少し始める」正確な時期は明らかではないが、数年以内に訪れる可能性はある。2002年のコメ生産量は激減したが、原因は過剰揚水ではなく、例年より勢力の弱いモンスーンと作物を枯らすほどの熱波であった。
アメリカ農務省の発表によると、同国の穀物の主要な生産州であるテキサス、オクラホマ、カンザスの3州では、数か所で地下水位が30メートル以上も低下している。その結果、グレートプレーンズ南部の多くの農民は、ポンプが水ではなく、空気を吸い上げていることに気付いた。灌漑農業でトウモロコシが栽培されているネブラスカやコロラドのような州でさえも2002年は不作に見舞われた。
主要穀物生産国のうち、かなりの減収を現在経験しているのは、中国だけである。世界規模の穀物危機で価格が上昇するという局面を迎えても、灌漑用水の不足を考えると、中国が数年前の穀物生産レベルを回復するのは困難だろう。インドは先にも述べたように、小麦とコメの生産量を若干は拡大できるだろう。アメリカにとっては、帯水層の枯渇と都市の生活用水への転用により灌漑用水は不足しているが、予見可能な将来に穀物生産量を減らすほどの影響はないようだ。灌漑農地は、中国では自国の穀物生産量の70%、インドでは50%を供給しているのに対し、アメリカでは20%にすぎない。
水不足にある各国の状況
パキスタンは1億4000万の人口を抱え、さらに毎年400万人が増加している国であるが、やはり帯水層からの過剰揚水をしている。インドと国境で分断されている、肥沃なパンジャブ平原のパキスタン側における地下水位の低下はインド側と同様の状況にある。乾燥の強い地域であるバルーチスターン州では、地下水位は急速に低下している。州都クウェッタ周辺では、地下水位は毎年3.5メートル低下している。世界野生生物基金の水の専門家であり、パキスタンの水資源状況研究チームのメンバーでもある、リチャード・ガースタングは、「現在のようなペースで使用すれば、クウェッタには、15年以内に水がなくなるあろう」と述べている。パキスタンの人口が毎年およそ3%の割合で増加し、それに伴って水の利用も増大すれば、深刻な水不足はもっと早く訪れるかもしれない。
過剰揚水によって将来使用できる水が減少すると、パキスタンの穀物生産量も減少する可能性が高い。主食である小麦の生産量は、インドと同様にまだ減少し始めてはいない。しかしながら、ここ数年はほとんど増加もしていない。
イランは人口7000万の国であるが、深刻な水不足に直面している。北東部に位置して、小さいながらも肥沃なチェナラン平原では、1990年代後半、地下水位は毎年2.8メートル低下した。しかし2001年には、3年続いた干ばつや、灌漑用水とマシャド市の近郊へ水を供給するために新しく井戸を掘った影響で、8メートルも低下した。イラン東部の村では、井戸が枯渇して住人が離村するという水難民が増大している。
イエメンは人口1900万の国であるが、水の利用量が帯水層の持続可能な量をはるかに上回っている。そのため、ほとんどの地域で地下水位は、毎年約2メートル低下している。西部に位置する首都のサヌアには、約200万人が生活しているが、毎年汲み上げられる水の量は、推定2億2400万トン。これは年間の涵養量である4200万トンのほぼ5倍に相当する。世界銀行の予測によると、サヌアでは今後10年以内に水が汲み干されてしまうだろう。
水を求めて、イエメン政府はサヌアで、通常は石油を掘るような深さといえる地下2000メートルもの試験井戸を掘った。しかし、水を見つけることはできなかった。イエメンは海岸の淡水化プラントからパイプラインでサヌアに水を引き込むか、あるいは首都サヌアを移転するか、どちらかを近いうちに決断しなければならない。両案とも、コストは莫大で、大問題になりかねない。過剰揚水は、イエメン全土で行われているため、首都を移転できるほど水に余裕のある地域など存在しないのである。
イスラエルは、灌漑用水の生産性の向上に着手しているが、2つの主要な帯水層―海岸の帯水層と、パレスチナ人と共有している山側の帯水層―を枯渇させている。山側の帯水層の水の配分をめぐるイスラエル人とパレスチナ人の闘争は、現在も続いている。自国で消費する穀物の90%以上を輸入しているイスラエルでの水不足の深刻さは、同国での灌漑農業が、近い将来徐々にではあるが、完全に消滅していく可能性を示している。
メキシコは人口1億400万人で毎年200万人が増加しており、水需要が供給を上回っている。たとえば、農業地域であるグアナフアト州では、地下水位は年に1.8〜3.3メートル低下している。メキシコシティの水問題は有名だ。アメリカとメキシコの間では、リオ・グランデ川の水の配分が、両国の関係において厄介な問題になっている。
帯水層には2種類ある。水が補給される帯水層と補給されない帯水層、すなわち化石帯水層である。
たとえば、インドのほとんどの帯水層や、中国の華北平原にある浅層の帯水層は、水が補給される帯水層である。こうした帯水層からの揚水量がたとえば補給量の2倍だとしたら、いずれは枯渇状態に近づき、揚水可能量は半減してしまうわけである。
アメリカのグレートプレーンズの広大なオガララ帯水層や、中国の華北平原にある深層の帯水層、あるいはサウジアラビアの帯水層のような化石帯水層では、枯渇によって揚水可能量はゼロになってしまう。灌漑用水の供給を完全に失った農民が、生産性の低い乾燥地農法へ戻るかどうかは、彼ら自身が決定することだ。アメリカ南西部や、中東の数か国のような砂漠状態では、灌漑用水を失うことは農業を失うことになるのである。
不足する水を穀物として輸入する
帯水層の過剰揚水は、地球規模で意外にも同時に起こっている。過去わずか10年か20年の間のほぼ同時期に、多くの国で重要な問題となった。これは、世界的にみれば過剰揚水のもたらす影響、すなわち帯水層の枯渇と農業生産量の突然の減少に、多くの国がほぼ同時期に直面することを意味している。
同時期に帯水層の枯渇が頻発するようになると、収拾不可能な食料不足を生み出しかねない。増大する水需要が帯水層の持続可能な揚水量を上回ると、地下水位の当初の低下は非常に小さく、多くの場合、人々は気付かないだろう。しかし、増大する水需要と帯水層の持続可能な揚水量との格差が大きくなるにつれて、地下水位の低下は、最終的に年に数メートルの割合まで毎年連続して大きくなる。こうした状態に至ると、帯水層の枯渇は間近である。
歴史的にみると、水不足はそれぞれの地域の問題であった。しかし、グローバリゼーションが進む世界経済においては、水不足は国際的な穀物貿易を通して、国境を超えることもあり得る。水不足の国は、灌漑用水を増大する生活用水と工業用水へ転用し、その結果生じた生産量の減少分を、穀物輸入によって埋め合わせている。1トンの穀物は1000トンの水に相当するわけだから、穀物の輸入はもっとも効率的な水の輸入方法なのである。
水をめぐる軍事紛争が起こる可能性は常にあるが、水をめぐる争いは、将来、世界の穀物市場で起こる可能性が高い。いまやイランやエジプトは、従来の世界の穀物輸入大国である日本より多くの小麦を輸入している。両国では、小麦、コメ、飼料穀物といった穀物消費量全体の40%以上が輸入でまかなわれている。その他の多くの水不足の国もまた、穀物を輸入している。モロッコは穀物消費量の半分を輸入しており、アルジェリアやサウジアラビアでは、その割合は70%を超える。イエメンは約80%を輸入し、イスラエルに至っては90%以上を輸入している。
川や地下からの取水分を含め、世界の水使用量の70%は灌漑用水、20%は工業用水、残りの10%が生活用水である。したがって、もし世界が水不足に直面すれば、食料不足にも直面することになる。水不足は、すでに数多くの小さな国で大量の穀物輸入に拍車をかけているが、近い将来、中国やインドのような大きい国でも同様のことが起こり得る。
穀物需給を左右する水収支
帯水層の過剰揚水を行いながらも、穀物生産では世界最大の中国では、その不足が進んでいる。穀物生産量は1998年に3億9200万トンという史上最高を記録した後、2000年から02年までの3年間においては、3億5000万トンを下回った。その結果生じた年間およそ4000万トンの不足は、大規模な国家備蓄によって補われている。しかし、この状態が続けば、中国は近いうちに世界の穀物市場に目を向けざるを得なくなるだろう。
もしそうなれば、穀物価格の上昇はほぼ確実だ。旧ソ連が1972年の不作のあと、国内消費を抑制せずに穀物の輸入を決めたとき、世界の小麦価格は1972年の1ブッシェル当たり1ドル90セントから74年には4ドル89セントにまで上昇した。
多くの国では、増大する水需要を懸命に満たそうとして、帯水層が過剰揚水されている。3大穀物生産国の中国、インド、アメリカ―世界の総生産量の半分を占める―でも、帯水層は大規模に過剰揚水されている。食料輸出大国であるアメリカを除く2か国と、帯水層が枯渇すれば過剰揚水によって食料供給がかなり減少する国々の人口とを合計すると、27億人を超える。つまり、世界の人口の半数弱は、帯水層の枯渇によって将来の食料供給が脅かされる国々に住んでいるのである。
遠からずして、世界の穀物需給の将来は、事実上、世界の水収支の将来と重なるだろう。
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