本年3月16日から23日には、京都府、大阪府、滋賀県の3会場で第3回世界水フォーラム(WWF3)が開催され、その一環として「水と食と農」の大臣会議が農林水産省とFAOの共催で開催されることとなっています。アジアで初めて開催されるこのWWF3では、日本の水・アジアの水を中心として国際的水議論が展開されることになっています。
私たち日本人にとって、命の源であり食と農に不可欠である水は非常に身近なものですが、その実情は以外と知られていません。本講演は、2002年10月16日、日本FAO協会主催で開催された第22回「世界食料デー」シンポジウムの基調講演として行われたものです。日本の水・アジアの水が置かれている状況が分かり易く解説されておりますので、WWF3を機会に読者の皆様に水への理解を深めていただくために御紹介するものです。
1.はじめに
2002年11月号の『文藝春秋』に倉本聰氏が、『北の国から』というテレビ番組について書かれています。同氏は22年間にわたって『北の国から』の撮影のためにシナリオライターと役者の候補者を富良野に集め、富良野塾を開いて、「北の国から」と同じような生活をさせたようです。彼らに、何が生活必需品でしたかと質問したところ、その第1位が水、第2位がナイフ、第3位が食料でした。同じことをテレビ会社の人が渋谷の若い人に質問しましたら、1位がお金、2位が携帯電話、3位がテレビでした。私は、この落差に非常に驚いております。水と食料はまさに生活の必需品ですが、一般の人々には認識されることが低く、関係者の地道な努力が、よりいっそう期待されるところです。
2.過酷な水文条件下で水資源を開発してきた日本/アジア
(1)日本は水に恵まれていると一般に理解されているが、水の利用については厳しい水文、地文条件下にある
日本は水に恵まれていると考えられています。アジアも一般的にはそのように考えられているようですが、事実は決してそうではありません。日本では平均して年間1714mmも降水量がありますから、世界平均の973mmに比べると非常に多くなります。しかし、1人あたり利用可能水量は、世界平均の2万2000m3に対し日本は5000m3です。これは表1にあるようにサウジアラビアの半分です。降水量が1人あたりで非常に少ない上に、雨の降り方、降った雨の流れ方が大きな問題です。ひとつには図1および図2にあるように、雨が降る月と降らない月がはっきりしています。二つには概して日本の地形は急峻で河川は急流です。つまり、河川水は短期間で海に流れます。その結果、河川の流水量の変動を表す河状係数は図3にあるように非常に大きい値になっています。
表1 各国の降水量 |
国 |
年間降水量 |
1人当たり
年間降水総量 |
世 界 |
(mm)0973(mm) |
(m3)2万2881(m3) |
日 本 |
1714 |
2万5150 |
インドネシア |
2620 |
2万5354 |
タ イ |
1420 |
1万2143 |
フランス |
0750 |
2万7086 |
アメリカ |
0760 |
2万6697 |
サウジアラビア |
0100 |
1万1413 |
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注:(1)日本の降水量は1966〜95年の平均値。各国の降水量は1977年国連水会議資料。
(2)1人当たり年間降水量算出に使用する人口は、2000年国勢調査及びUN Nations World Population Prospects,The 1998 Revision 2000年推計値。
出所:国土交通省土地・水資源局水資源部
『日本の水資源 平成11年』、p345
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出所:理科年表(丸善)2000年
図1 月別降水量と気温(東京、パリ)
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出所:理科年表(丸善)2000年
図2 月別降水量と気温(東京、バンコク)
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出所:土木工学バンドブック
注:(1)河状係数:川の1地点について、記録にある最大流量の最小流量に対する比。
図3 世界の河川の河状係数
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その他:22億年m3/年 総仮想水輸入量:486億年m3/年
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出所:第6回水資源に関するシンポジウム論文集、
p.729、「日本を中心とした仮想水の輸出入」三宅・沖・虫明
図5 農作物輸入に伴う仮想水フロー
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その他:40億年m3/年 総仮想水輸入量:539億年m3/年
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出所:第6回水資源に関するシンポジウム論文集、
p.730、「日本を中心とした仮想水の輸出入」三宅・沖・虫明
図6 畜産物輸入に伴う仮想水フロー
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(2)日本は過酷な水文、地文条件下で、幾世紀もの歴史を積み重ね、血管網のように国土を巡り、命の水を送り届ける用排水路網を整備・維持管理し、水と土の恵み豊かな国土を手に入れた
日本は過酷な水文条件下で水資源を開発してきています。これは日本ばかりではなくアジアの各国も同じです。このように、幾世紀にもわたり歴史を積み重ね、国土をめぐる用排水路施設を整備し、維持管理し、水と土の恵み豊かな国土を創ってきたわけです。図4(ウラ表紙手前のカラー図面)の赤の線が用水路、紺の線が排水路、点が取水施設で、中央を斜めに流れているのが利根川で、埼玉県行田市付近の水土図です。
この幹線水路網だけでも用水路が全国で3万km、排水路が1万km、これに毛細血管といえる末端水路を加えますと日本国土には40万kmの水路網ができています。40万kmは地球の10周分になります。農林水産省はこれを全国的に作成し、日本水土図鑑として印刷をしており、(財)日本農業土木総合研究所のホームページでは、どの地域にどのような水路網が走っているか、GIS上で見られるようになっています。
(3)日本は世界最大の食料・飼料穀物(水と窒素)の輸入国
日本は水に恵まれないが、恵まれるようにしてきた国です。しかし、残念ながら日本は世界最大の食料輸入国になっています。食料を輸入するということは、水を輸入することと同じです。ヴァーチャル・ウォーター(仮想水)を農産物で486億m3(図5)、畜産物で539億m3(図6)を輸入しています。日本の農業用水取水量が590億m3ですから、その2倍弱に相当する水を外国から輸入していることになります。
食料として、水ばかりでなくて窒素も輸入しています。日本の国土には窒素が毎年30万〜40万トン貯まるような食料事情になっています(図7)。
(4)モンスーンアジアとは
モンスーンアジアとは、中国の北半分、インドのデカン高原より西の方を除いた地域を指します。地文的には造山帯で、礫が多くて脆弱な地層構造を持ち、急峻な斜面があって顕著な扇状地形が形成されており、河川の流域は比較的小さいものです。また、気象・水文的には年間の降水量が1000mm以上、乾期と雨期がはっきりしています。
したがって、日本と同様で水資源利用のためには多くの努力がなされる地域です。
モンスーンアジアの定義
アジアの中で地文・気象的に次のような類似の特徴で区分される地域として定義されるのが一般的である。
(1)地文的区分
自然地理学の分類により、世界の陸地を、@造山運動が活発な地帯(変動帯)、A古い地質で構成され地塊運動が不活発な地域(安定帯)、の2つに大分類した場合の、変動帯の影響を受ける河川流域により構成される地域。
(2)気候的区分
年間降水量が1000mm以上の多雨地域であり、かつ、温暖気候帯(温帯、亜熱帯、熱帯を統合した気候帯区分)に属する地域(新たに、「多雨温暖地帯」と呼称)。
このように定義された地域は、概ね、「日本(北海道を除く)、朝鮮半島、中国のうち淮河−揚子江流域以南、東南アジア全域(インドシナ半島及び島嶼国)、ネパール、ブータン、バングラディシュ、スリランカ及びインドのデカン高原以東」が該当すると考えられる。
これをさらに大雑把に示せば、「東、東南、南アジアのうち、中国の西部山岳地と淮河以北並びにインドのデカン高原以西を除いた地域」である |
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3.21世紀初の世界水フォーラムがアジア/日本で開催される意義
(1)「火と機械の20世紀」から「水と生命の21世紀」へ(中村桂子氏の提唱)
中村桂子氏(JT生命誌研究館、館長)は、21世紀を迎えるに当たって「火と機械の20世紀」から「水と生命の21世紀へ」と言われています[「草思」2001年1月号 草思社]。私どもが知る限り、宇宙で水と生命があるのは地球だけです。
その地球が、今まさに生き残りをかけた世紀を迎えています。この言葉は、「水と土を的確に利用して生命を維持していけるかどうか、そのような世紀に私どもは生きているという自覚をすべきである」ことを語りかけています。
(2)従来の国際水議論は乾燥および半乾燥地域の問題に偏ってきた
水不足、塩害、地下水の枯渇、断流(河川の水がなくなること)にしろ、乾燥地域および半乾燥地に多い問題です。中国の黄河は1970年代から80年代にかけては、毎年、15日間前後は断流をしていたそうです。開発が進んだ結果、90年代初めには100日間を超える断流を生じ、1997年には226日間も河口からおよそ700kmにわたって、水が枯れてしまいました(表2,3)。
一昨年、中国の水利大臣が1週間日本を調査され、その全行程を御一緒しました。「大問題だ、何とか断流を避けたい、そのために上流の利水を制限したい」と言っておられました。その効あってか2000年と翌2001年の断流はゼロと聞いております。
※クリックで拡大表示※クリックで拡大表示 |
出所:「農産物生産にともなう環境負荷の定量化に関する研究(藤倉、井村他)」『環境白書 平成10年版』p.234. |
図7 日本の窒素フロー収支(1994年)
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表2 黄河断流の状況 |
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断流出現年度 |
平均断流長 |
断流開始時期 |
平均断流日数 |
70年代 |
6年/10年 |
135 (km) |
5,6月 |
14(日) |
80年代 |
7年/10年 |
179 |
5,6月 |
15 |
90年代 |
8年/9年 |
400 |
2月 |
103 |
1995年 |
|
683 |
3月 |
122 |
1996年 |
|
700 |
2月 |
133 |
1997年 |
|
700 |
2月初旬 |
226 |
1998年 |
|
700 |
次年度に跨る |
142 |
1999年 |
|
278 |
|
42 |
2000年 |
|
|
|
0 |
2001年 |
|
|
|
0 |
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出所:(1)1998年までは「中国の環境と発展の中の主要課題及びその対策」
(2)1999年以降は「黄河水利委員会資料」
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表3 塩類集積が深刻化している主な地域 |
国 |
塩害のある灌漑農地(1) |
全灌漑農地に占める割合 |
インド |
(100万ha)07.0(100万ha) |
(%)17(%) |
中 国 |
06.7 |
15 |
パキスタン |
04.2 |
26 |
アメリカ |
04.2 |
23 |
ウズベキスタン |
02.4 |
60 |
イラン |
01.7 |
30 |
トルクメニスタン |
01.0 |
80 |
エジプト |
00.9 |
33 |
小 計 |
28.1 |
21 |
世界の推定値 |
47.7 |
21 |
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注:(1)1980年代後半。
(2)世界の灌漑農地の約20%が塩害を受けていると推定されている。 |
(3)地球規模の水と食料の問題
―人口増加と経済発展により、将来のアジアの食料需要増インパクトは、世界を揺るがす大きな問題―
グローバル化はあらゆる面で進み、水と食料の問題も地球規模の大きな課題となっています。世界の穀物生産は現在19億トン(2003年見込み)ですが、FAOは2010年と2030年の世界の穀物必要量をそれぞれ24億トンおよび28億トンと予測しています(図8)。
なかでもアジア、特にモンスーンアジアは大きな課題を抱えています。人口増加に加えて、経済発展に伴い、食料需要の変化は量的にも質的にも、世界に大きな影響を与えるものと思います。なぜなら、モンスーンアジアには図9に示すように世界の人口の4割(アジア全体では6割)が住んでおり、主食のコメで支えられております。これは水田灌漑稲作が持つ大きな人口扶養力で、そこでは「水と土を上手に使い、豊かにする知恵」=「水土の知」という工夫があって、稲作が発展してきました。
そして、その基となる水は、図10に示すようにアジアで世界の水の7割、更に農業用水はその水資源全体の7割を使っておりますので、世界のすべての水利用の5割近く(7割×7割)がアジアの農業用水として使われています。そのうちのかなりの部分を占めているモンスーンアジアの農業は、世界最大の水ユーザーなのです。
したがって、食料需要の変化はこの地域での水の使い方も含めた大きな影響を世界に与えることになります。こうした、世界の水に大きな位置を占めるモンスーンアジアの農業用水のあり方の議論を深める趣旨から、(財)日本農業土木研究所では(社)農業土木学会と滋賀県の共催で、2002年3月、モンスーンアジアの12の国と地域、4つの国際機関が集まり、第3回世界水フォーラムプレシンポジウム「モンスーンアジア水田灌漑の多面的な役割」を持ちました。
(4)第3回世界水フォーラム(WWF3)プレシンポジウムの成果―灌漑が生み出す多面的な価値の認識を共有―
このプレシンポジウムでは特に、次の3点について、各国から共通して報告があり、多面的な機能の存在の重要性に対する認識を共にしたところです。
T 東南アジアの水田灌漑は乾期の作物生産の可能性と収量を増大し、食料生産の顕著な増大効果がある。加えて、
U 養魚・生活用水などとして農村の収入・生活の安定に寄与し貧困の撲滅に貢献している。また、
V 水田灌漑の多面的機能を発揮して、都市を含む流域全体の経済・社会の安定に寄与している
また、水資源の利用可能量が日々厳しくなるなかで、これを健全に維持管理できるのは国家や市場メカニズムよりも、1人ひとりの農家の意識と共同の力が有効であるということで、健全な農民参加型の水管理が水利用の効率を高め、「世界の水と食料」の問題を解決する鍵であるとまとめられました。
これらは、議長サマリーの形で参加者の理解が共有されました(28ページ右側の囲みを参照)。
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注:(1)2015年および2030年の穀物必要量は資料(1)による。近似曲線は1961年から99年のデーターをベースにした。
資料:(1)World Agriculture:towards 2015/2030,2002(FAO).
(2)Statistical Database(FAO).
(3)World Population Prospects: The 2000 Revision, Population Division of the Department of Economic and Social Affairs of the United Nations. |
図8 世界人口と穀物消費量の将来見込み |
4.第3回世界水フォーラムに向けて
(1)水の世紀は対立から協調へ
世界は水の世紀を迎えていますが、今、何をやらないといけないのか幾つか提案をします。
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出所:FAO, FAOSTAT Land,2000.
図9 世界に占めるアジアの人口、面積の割合
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図10 水資源の配分―世界とアジア(使用目的別/地域別) |
一つ目は、従来の乾燥および半乾燥地域の問題に偏ってきた国際水議論に、世界最大の水ユーザーである水田灌漑で創られたモンスーンアジアの知見を加えるべきであると言うこと。
二つ目は、水を大量に使う穀物、食料生産は水資源に余裕のある地域がその責任を積極的に果たし、水資源が乏しい地域の水利用の自由度を高めるべきこと。
三つ目は土地・水資源の現状と将来の劣化の危険度を把握する調査・研究や、それに基づく国際的な水資源の最適利用を目指す枠組みなどの研究に、世界が共同で取り組むべきこと。
特に、三つ目では日本水土図鑑(図4)のようなものを地球レベルで示す「世界水土図鑑」が作成できないか、また水不足に悩む国・地域が安心して水資源の転用をはかれる仕組みを研究できないかと願っているところです。
(画像をクリックして拡大表示)
WWF3プレシンポジウム
議長サマリー(抜粋)
議長は、参加者の大多数が、以下の理解を共有したことを認めた。
1)アジアモンスーン地域の水田かんがい稲作は、現在、世界の稲作の殆どの部分と世界の水の総使用量の大きな部分を占めており、世界の総人口の大きな部分を養っている。
2)アジアモンスーン地域の水田かんがいが、今後の水と食料の需給に関する地球規模の問題を解決するための、重要な鍵となる役割を果たすべきである。
3)アジアモンスーン地域の地理的、気候的、水文的特徴は、この地域の各地において、水田かんがい稲作が、他の農業形態に対して優位性をもって成立、発展したという事実をもたらしているものであり、このことの重要性が十分に理解されねばならないという事実を導いている。
4)アジアモンスーン地域における水田かんがいは、流域での上流から下流への水の反復的な利用を可能とするものであり、季節的に偏在し短期的に頻繁に変動するこの地域の水資源を効率的に利用できるシステムである。
5)アジアモンスーン地域の水田かんがいは、雨水の貯留と洪水の緩和、地下水の涵養、水質の保全、豊かな水域生態系の養生、地域の伝統習慣や固有の文化の育成、さらには、地域の生活上の水の利用、他の産業活動への水資源の提供、などの多面的な役割を果たしており、これらの役割はさらに重点的に研究されるべきである。
6)アジアモンスーン地域における水田かんがいが形作ってきた水と人との関わり合いの永い歴史が、審美的景観、生態系の多様性、農業集落の東洋的文化と伝統を育み、これらは現在もなお存在している。これらが有する価値の評価が社会経済の発展と共に変化する可能性について、研究が行われるべきである。
7)アジアモンスーン地域の水田かんがいが果たす多面的な役割においては、水と人との関わりのあり方が決定的に重要である。農民達の参加型かんがい管理のための水利用者組織の集団的な活動、並びに女性の重要な役割について、一層の注意が払われるべきである。
8)アジアモンスーン地域の水田かんがいが果たす多面的な役割は、経済学的な正の外部性を有しており、かんがい管理を維持・強化あるいは新たに実現するための政策のデザインにおいては、これらの外部経済による公共の利益を適切に考慮すべきである。 |
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(2)国際的水議論を成功させるために
先に紹介しましたように、プレシンポジウムではモンスーンアジアの意見がまとめられました。第3回世界水フォーラムの本会議では、これを発信する必要があると思います。しかし、日本は会議のホスト国でもありますので、発信するばかりではなく、まとめることが重要です。そのためには議論をかみ合わせる土俵づくりが大切で、次のような認識が必要です。
・灌漑と灌漑システムを混同しない
これまで何度も「灌漑」という言葉を使ってきましたが、「灌漑」は次の2つのことを意味します。一つ目は作物の根群域の土壌に水分を補給する営農行為です。これは農薬をかけたり、肥料を施したりするのと同じ行為です。二つ目は灌漑に必要な水分を確保して、それを配給する仕組みである灌漑システムです。いささか専門的になりますが、土地改良法における農業用用排水施設のことを指します。
例えば節水の議論をするときに圃場レベルの水のかけ方を議論するのか、もしくは取水して導水する水の議論をするのかで大分違ってまいります。灌漑と灌漑システムを混同して議論がすれ違いにならないようにすることが大事と思います。
表4 淡水資源の割合 |
地球上の水の状態 |
1386 × 106(km3) |
100(%).000 |
|
うち淡水地等の水 |
35.002 |
2.5000 |
(%)100(%).60000 |
ううち極地等の水 |
24.002 |
1.8000 |
69.6000 |
ううち地下水の水 |
11.002 |
0.7600 |
30.1000 |
ううち湖沼地の水 |
0.100 |
0.0080 |
0.290 |
ううち河川水の水 |
0.002 |
0.0002 |
0.006 |
ううち土壌中の水 |
0.020 |
0.0010 |
0.050 |
ううち生物中の水 |
0.001 |
0.0001 |
0.003 |
ううち大気中の水 |
0.010 |
0.0010 |
0.040 |
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注:(1)下記の(1)および(2)を参考として作成。
出所:(1)I, A. Shiklomanov: Assessement of Water Resources and Water Availability in the World, 1996 (WMO)
(2)国土交通省土地・水資源局水資源部:『日本の水資源 平成14年』 |
・水は循環すれば再生できる資源であるが、循環する水は僅かである
一般的に水は循環するものと考えられており、確かに循環しています。しかし、循環している水は非常に僅かです。表4は世界の水の賦存量を示していますが、この表はいろいろなことを教えてくれています。
地球上には14億km3という大量の水があります。しかし、淡水はその2.5%の3500万km3と非常に僅かなものです。淡水のうち極地などの水は使えませんから、利用可能な水は更に少なくなります。土壌中の水、生物中の水として2万1000km3が生命を養っていく水です。この僅かな水を確保するために河川、湖沼、地下水などから取水しているわけです。京都大学の河地利彦教授の研究によりますと、陸地への降水量の11%が河川、湖沼、貯水池、地下水の供給源となっているそうです。非常に僅かな降水量を確保し、さらに上手に利用する仕組みが灌漑などのシステムです。
表4が教えていることを、もう2つ述べます。降水量のもとは大気です。大気の量はわずか10万km3です。この大気中に含まれる水蒸気は25mmの降水量に相当します。世界の平均降水量約1000mmは、40回降って初めて賄えるわけです。僅か10万km3の大気が地表との間を循環して、私どもは水を得ているわけです。
また、地下水は地球が数億年もかかって貯めてきた水です。地中深く入っていますので見ることはできませんが、1100万km3と非常に大きいものです。しかし、これは有限です。数億年もかかって貯めてきた地下水を今のような使い方をしていて良いものかどうか、疑問が提示されているところです。
・灌漑システムは水文、地文などにより大きく異なる
国際水議論をすれ違いにさせないためには、同じ土俵で議論することが必要です。このためには、灌漑システムの態様に応じた次の三つのディメンションに整理して考えることが必要です。
一つ目は全量を灌漑するか、補給的に灌漑するかです。全量灌漑は作物の生育期に降雨を期待できないので、必要水量のすべてを灌漑する。たとえば新大陸で行われている、非常に乾燥した地域で地下水を汲み上げて行う灌漑はこれに当たります。全量灌漑は、作物の生育期間の降雨、必要水量及び利用可能水量の関係が予測可能ですので、一物一価的に水の価値が決まります。
補給灌漑は、作物の生育期に降雨を期待できるので不足分を補給する灌漑で、日本の水田灌漑はこれに当たります。この場合は作物の生育期間の降雨の変動は大きく、したがって作物の必要水量及び利用可能水量の関係が予測不可能ですので、水価の変動幅が大きくて、一物一価とならず一物多価となります。
二つ目は消費水量を導水するか、利用水量を導水するかです。消費水量は圃場一筆の消費水量のみを導水することで、日本の畑地灌漑がこれに当たります。日本の水田灌漑では、消費水量以上の水を導水します。消費水量以外の水は下流で再利用されるわけです。これはアジアモンスーンに共通する灌漑です。
表5 地下水使用が過剰な例 |
帯水層名 |
国 名 |
かん養量@ |
揚水量A |
A/@ |
推定年 |
サハラ北部盆地 |
アルジェリア、
チュニジア |
0.58(km3/年) |
0.74(km3/年) |
127(%) |
1992 |
Saq Aquifer |
サウジアラビア |
〜0.3 |
1.43 |
477 |
1984 |
ボルカニック |
スペイン |
0.22 |
0.22 |
100 |
1980 |
海岸平野 |
イスラエル |
0.31 |
0.50 |
160 |
1990 |
アルビアル |
ガザ地区 |
0.37 |
3.78 |
1022 |
1990 |
セントラルバレー |
アメリカ |
〜7 |
〜20 |
〜280 |
1990 |
オガララ |
アメリカ |
6〜8 |
22.2 |
〜300 |
1980 |
|
注:(1)帯水層への年間の地下水かん養量に対し、使用量(揚水量)の方が多い例も見られ、地下水位の低下等の影響が懸念されている。
出所:I, A. Shiklomanov: Assessement of Water Resources and Water Availability in the World, 1996
(WMO) |
|
注:(1)1960年以前には550億m3/年程度あった河川流入量は、流入河川水の利用が進んだ1990年時点では、70億m3/年程度に減少している。
出所:サンドラ・ポステル「欠乏の時代の政治学―引き裂かれる水資源―」(アジア人口・開発協会) |
図11 アラル海への河川流入量の推移 |
三つ目は水源を略奪的に使っているか、持続的に使っているかです。略奪的とは水資源の自然回復能力を上回る取水を行うことです。持続的とは一定期間に必ず回復する量以下で利用することです。表5のように、地下水が枯渇する、地下水位が低下することは略奪的な灌漑利用がされているからです。有名な例はアラル海です。図11のように昔は毎年500億m3もの水がアラル海に流入していましたが、現在では途中で取水され綿花などの灌漑に使われるため70億m3前後しか流入していません。このため、アラル海がだんだん狭くなっていく。これは典型的な持続しない、略奪的な灌漑の例です。
・WWF3では各国・地域の灌漑がどのような態様であるかを踏まえ、議論されることが期待される
プレシンポジウムでは、アジアの灌漑についてはまとまりました。今度は世界の灌漑について議論されますが、各国および各地域の灌漑が上に述べたような態様のうち、どのような態様であるかを踏まえて議論されることが必要でありましょう。
表6 灌漑の態様(日本の例) |
|
全量灌漑 |
補給灌漑 |
消費水量 |
使用水量 |
消費水量 |
使用水量 |
略奪的 |
|
|
|
|
持続的 |
|
|
畑地作 |
水稲作 |
|
表7 世界の国土と森林面積 |
(単位:1000ha) |
国 |
国土面積 |
森林面積 |
耕地面積 |
森林割合 |
耕地割合 |
日 本 |
03,7652 |
02,4718 |
00,4535 |
(%)66(%) |
(%)12(%) |
インドネシア |
18,1157 |
14,5108 |
01,7941 |
80 |
10 |
タ イ |
05,1089 |
01,4968 |
01,6800 |
29 |
33 |
イギリス |
02,4160 |
00,2380 |
00,6267 |
10 |
26 |
フランス |
05,5010 |
01,4154 |
01,8362 |
26 |
33 |
アメリカ |
91,5912 |
29,5989 |
17,6950 |
32 |
19 |
|
出所:(1)Statistical Yearbook(United Nations) Vol. 41 1994
(2)Statistical Yearbook(United Nations) Vol. 45 1998 |
表8 森林の推移(フランスの事例) |
3000BC |
AD 0 |
1400 |
1650 |
1789 |
1987 |
80% |
50% |
33% |
25% |
14% |
27% |
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出所:地理学の見方考え方 日本大学地理学教室編 古今書院 p103
フランスにおける樹林地率の変化(1992熊沢:世界の森林資産) |
日本の灌漑は、表6の例で示しますように、すべて補給灌漑で水源は持続的に使われています。消費水量を導水する畑作と使用水量を導水する水稲作があります。このディメンションの考え方も含め、議論の土俵をはっきりしながら、また土俵の重みを確認しながら議論していくことが重要でしょう。
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出所:Forest and Civilizations,Yoshinori Yasuda, p.177 |
図12 森林の推移(アメリカの事例:1620年1920年) |
・水議論は、文明論や地球環境問題にもつながる難しい問題である。
水議論は、これが深められていきますと、文明論や地球環境問題にもつながる、難しい問題であることに気付くと思います。たとえば畑作牧畜民か、稲作漁労民かによって、水の議論は大きく違ってくるでしょう。また、森林を開いて農地あるいは草地にしたか、もしくは森林を守り育てるかによって違ってくるでしょう。イギリスには私どもが子供のときに読んだロビンフッドの活躍した森はありません。スペインに行っても、ドンキホーテがさまよった森はもうありません。モンスーンアジアには、まだまだ森が残っています(表7,8)。図12はアメリカ大陸の森林がこの300年間でどのように減少したかを示しています。やはり、同じ道を辿ろうとしています。
5.おわりに
私の話はこれで終りますが、「第3回世界水フォーラム」に積極的に御参加下さい。既にヴァーチャル・フォーラムが開かれておりますし、水の声を全国、世界中から求めています。それからフォーラムの開催中には、いろいろなセッションが行われております。皆様の積極的な御参加で盛り上げていただくと同時に、これを機会に日本の水・アジアの水のあり方に思いを馳せていただければ幸いです。
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