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ウェアラブル・コンピューティングを活用した
農地基盤情報更新システム

独立行政法人 農業工学研究所

集落計画研究室長 山本徳司

1.はじめに
 農地基盤に係る情報の管理は、農業・農村計画の策定、土地資源の有効利活用、優良農地の保全、農業水利施設の管理等、種々の農業・農村施策を総合的に推進していく上で、重要な役割を持つ。
 しかし、社会的・自然的要因により、農地の作目や耕作状態、農道や農業水利施設の維持管理状態等の情報は常に変動しているため、状況の変化に即応し、随時、適正に情報更新を行っていかなければ、情報は利用価値を失うことになる。そこで、農地基盤データベースを、省力的かつ安価に、更新する技術を開発し、情報を継続的に有効に活用することが必要となる。
 農地基盤データベースを効率的・省力的に更新するためには、基本的には、デジタルオルソ画像や高解像度衛星データを利用し、農地、道路、水路等の空間基盤に関する情報を認識する画像分析技術を開発することが求められる。しかし、中山間地域の農村においては、地形の複雑性、道路・水路周辺の植生の繁茂状態、農地管理の現状等から、画像分析技術だけでは、農地、水路、道路等の位置、面積、管理状態が認識されない場所も多く、人間の踏査による確認作業が必要となる。更に、時事変化の激しい基盤情報を、現段階ではまだまだ高価であるデジタル画像を頻繁に撮影し、情報を更新することも経済上問題がある。
そこで、農地、水路、道路等の位置、面積、管理状態及び施設の形状、管理組織、写真画像情報等の基盤データについて、現場での調査者の目視・聞き取り調査によるデータ更新作業を省力的に実施するため、近年急速に進みつつあるウェアラブル・コンピューティングとモバイル通信技術を駆使したオンサイトデータ更新システムの開発を行ったので、ここに紹介する。

2.情報更新の問題点
 農地基盤情報に限らず、地図情報のデータベースの更新においては、基本的に、航空写真等を用いて作成されたベースマップそのものの差し替えをする必要があり、また、それに伴い、空間データファイルを再度作成する作業が必要となる。この作業は技術的には困難ではないが、経済的に大きな問題となる。経済的な問題は、航空写真測量費や衛星デジタル画像の購入費が高価であることも挙げられるが、なんと言っても、データ作成作業量の膨大さに伴うデータ作成費である。
 空間データは、国民の社会・経済活動が広域化していることを考えれば、地方公共団体の範囲を超えた広域のデータを国が先導的に整備していくものと考えるが、空間データの更新は、基本的には窓口業務での更新情報入力であることを考えれば、国が地方公共団体を先導し、この窓口業務そのものの省力化に取り組まなければならないと考える。
 
3.データ更新システムのコア技術

(1)デジタルオルソ画像の利用
 本システム開発で構築する農地基盤データベースにおいては、ベースマップとして正射投影により歪みのないデジタルオルソ画像を用い、農地、団地の区画形状、水路・道路の路線位置等の空間データを作成する。データ作成方法は、航空写真測量等を基にデジタルオルソ画像データを作成し、農地団地の区画形態データ、その他のデジタルデータをデジタイズし、データファイルを作成する。

(2)データ更新のオンサイト化
航空写真や衛星デジタル画像では認識されない農地、水路、道路等の位置、面積、管理状態及び施設の形状、管理組織、写真画像情報等の基盤データについて、現場での調査者等の目視・聞き取り調査による情報更新作業を省力的に実施するため、モバイル通信技術とウェアラブル・コンピューティング技術をコア技術として駆使しオンサイト化を試みる。

a) モバイル通信
 農地基盤情報の踏査・聞き取りによるデータ更新を行う場合、これまでは、調査者が調査によって得られた情報を地図と野帳に記録し、一度室内に戻ってから、手作業で整理した後、空間データベースにデータを入力し更新をしていた。
 この方法だと、データ更新の調査者と管理・入力者が異なる場合もあり、現場で確認されたデータの更新内容が、作業段階で誤写される危険性も高い。
 そこで、近年急速な発展を見せるモバイル技術を利用し、更新作業を現場から直接、空間データベースにアクセスして、更新情報を送信することが可能となれば、これらの問題が解決できる。日本においては、無線LANは非モバイル系のサービスが開始されていないが、今後、無線LANやbluetoothなどのモバイル技術はビジネスチャンスになるものと考えられ、特に、低コストインフラでの領域拡大において、企業システムの構築は伸びていくであろう。本開発においても、この部分を先取りし、移動無線LANシステムをシステム開発のコア技術として採用することとする。

b) ウェアラブル・コンピューティング
 ウェアラブル・コンピューティングは、マサチューセッツ工科大学のメディアラボで最初に提唱された概念で、ヘッド・マウント・ディスプレイ等を表示装置とした超小型パソコンが服や腕時計など身につける物に組み込まれた端末で、本来作業や生活に支障をきたさず、人間の周囲の情報を獲得するGPSやCCDカメラなどの各種センサーを持ち、ネットワークに結合した装置のことを指し、パソコン、インターネットの次の展開として注目されている。
 ウェアラブル・コンピューティングは、unconsciousがキーとなる技術であり、意識しないインターフェース、意識しないコンピューティング、意識しないネットワーキングが行われることが望ましい。軽量・小型で、行動を束縛せず、究極的には能動的操作を必要としないで情報を利用できることから、作業中に必要とする知識、図面などのデータを出力したり、作業中に記録すべきテキストや画像情報を入力したりと、スタンドアローンで利用する場合でも、多様な作業現場において利用の可能性がある。モバイル通信とのドッキング及びネットワーク化の進展に伴い、今後ますます用途範囲の拡大が考えられる。
 中山間地域の農地基盤データの更新作業に限らず、農地現場での調査においては、これまでは、風が強く、砂ぼこりの多い場所等で、地図や台帳、野帳を開いて、位置を確認したり、台帳とつきあわせたり、データを入力したりの作業を行うことが多く、大変に効率が悪い作業となっていた。
 そこで、本システムにウェアラブル・コンピューティングを導入することで、空間データをヘッド・マウント・ディスプレイ等で参照できるとともに、データの更新を現場の端末機器から行うことが可能となり、現場での調査の円滑化、省力化、軽労化に貢献すると考える。

4.システム概要
 本研究において開発するシステムは、農地基盤データベースの管理サーバとなる本サーバ、データ転送を受け持つ移動サーバ、データ送受信機となる端末機器としてのモバイルターミナルからなる図1のようなネットワークシステムである。

a) 本サーバ
 県庁、市町村等の管理拠点に設置する本サーバは、農地基盤データ更新システムの全システムとデータを維持管理するアプリケーションからなる基幹GISサーバである。  

b) 移動サーバ
 移動サーバは、農地基盤データ更新システムにかかわる全データから、調査地域内の複数の地区分を切り出したデータを格納している。本部データベースとの同期は、無線、有線LANを通じて行う。自動車への搭載を前提に、基本的には、本サーバと同じアプリケーションサービス群を搭載している。

c) モバイルターミナル
 モバイルターミナルは、農地基盤データ更新システムにおいて、末端ユーザのためのシステムであり、ユーザフレンドリーなシステムとして構築する。ウェアラブルPCの(図2)のPCMCIAカードスロットにIEEE802.11bPCカードを挿入し、ほとんどの操作をペンインターフェースで行えるFrontEndアプリケーションを搭載する。フィールド調査においては、移動サーバより、データを転送した上でモバイルターミナル1台を持ち出し、現場における空間データの確認と簡易編集を行うことができるようにする。簡易編集されたデータは、移動サーバと同期をとり、リアルタイムに更新を行う。

図1 システム概念図

図2 ウェアラブルPC


5.アプリケーションの概要
 農地基盤データ更新システムのプロトタイプのアプリケーション設計においては、更新時に必要なデータ要素として農地、道路、水路を抽出し、簡易なデータ更新作業ルーチンを策定した。
 農地、道路、水路の空間データベース構造とウェアラブル機器による現場での更新作業の省力化を考慮して、農地基盤情報更新システムは以下のような特徴を有するシステムとして設計した。

図3 更新データの入力画面


1)地図データは、デジタルオルソ図面に空間データがレイヤーとして表示できるシステムとした。

2)空間データは、農地、道路、水路毎に編集ができ、データの更新にはポップアップダイアログを利用する(図3)。

3)ペンツールバーにより、農地、道路、水路等の描画による図形データの修正を可能にした。

4)現場写真の位置情報をGPSで把握した位置情報付きの画像データベースとした。

 また、本システムは汎用性と廉価性を重視して開発し、有用性が確認できるような以下の設計方針を立てた。 

1)OpenGLインターフェースを使用し、LinuxBaseへの移植の可能性を広げた。

2)特殊な地図管理、描画システムに依存しない3D表示技術を開発した。これにより、デジタルオルソ画像を使い、リアルタイムレンダリング技術で高速に3D描画を可能とした(図4)。

3)安価なデータベースシステムでも運営、稼動できるシステムとした。

4)接続性に優れたユーザーインターフェースを使用し、無線接続を意識させないシームレスコネクト技術を搭載した。

6.運用方法
 本システムは調査者が農地基盤データの更新のため、現場に出かける場合に、本サーバから必要な地域の地図データ及びテキストデータを移動サーバにダウンロードして車載し、現場近くにまで出かける。現場に着けば、調査者は、モバイルターミナルを装着し、移動サーバから約200mの範囲内の制限で、調査対象となる農地を目視確認できる位置まで移動し、モバイルターミナルから移動サーバにアクセスし、集落規模の地図データとテキストデータをダウンロードする。現在、目視されている農地基盤データの地図と団地、空間データ、写真データ、それに付随するテキストデータが、モバイルターミナルのモニターに表示され、更新作業ができるようになる。目視調査の結果、現況等が変化していた場合、データを書き直した後、データを送信することによって、移動サーバ内のテキストデータが更新される。農地そのものの形が変化している場合については、描画システムにより、描画のレイヤーに更新部の図形を入力する。これによって、データが送信されるが、移動サーバ内の地図データが更新されることはない。調査者は、その集落での作業が終われば、次の地点に移動し、同様の操作によって、新たな集落のデータセットをダウンロードし、データの更新作業を行う。データが更新された移動サーバは、通信状態を常に監視し、本サーバにアクセスが可能となった時点で、自動的に、更新データを本サーバに送信する。

図4 アプリケーションの概要


7.おわりに
 農業工学研究所では、現場で省力的に農地基盤情報を更新するシステムを開発した。利用に当たっては、調査目的に応じてカスタマイズの必要性があるが、野帳や地図のハードコピーを持たずに、データ入力を行える作業プロセスのIT化は完成した。今後、モバイルターミナル部について、安価なPDAを用いたシステムを開発し、普及に努める予定である。


《参考文献》
1)日経BP社出版局(1998):情報・通信新語辞典98年版、日経BP社
2)郵政省(2000):平成12年版通信白書 特集ITがひらく21世紀、株式会社ぎょうせい
3)山本徳司(2001):景観シミュレーションの基礎と応用(その12)―バーチャル・リアリティの現状と方向性―、農土誌69(7)、67-71

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