2024.8 AUGUST 70号

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「世界の農業農村開発」第70号 特集解題

海外情報誌企画委員会 委員長  角田 豊


 第70号のテーマは「気候変動に対応した農業農村開発協力」である。

 世界の平均気温は、2023年に基準値(1991年~2020年の30年平均値)からの偏差が+0.54℃で、観測史上最高となった。長期的には100年当たり0.76℃の割合で上昇しているという。まさに「地球沸騰化時代の到来」(グテーレス国連事務総長)であり、気候変動対策は全世界共通の喫緊の課題である。

 地球規模の気候変動対策の中核となるのは1995年から毎年開催されている国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)である。2023年12月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで第28回締約国会議(COP28)が開催された。森林・農業セクターがCOPでの議論の対象になったのは、2018年のCOP24が始まりと比較的新しく、農業の脆弱性や食料安全保障と気候変動対策について議論が行われたという。今回のCOP28では、議長国のアラブ首長国連邦が主催して、「持続可能な農業・強靭な食料システム・気候変動対応に関する首脳級宣言(エミレーツ宣言)」を発出するという注目すべき成果があった。

 気候変動で気象が激甚化し、干ばつ、洪水等による農業被害の増大、高温化による作物障害や栽培適地の変動など広範囲な影響が出ている。レジリエントな農業、激甚化に対応する農業インフラの強化などの「適応策」が求められる一方、農業が発する温室効果ガス(GHG)についても世界全体のGHG排出量に占める割合は約25%といわれており、GHG排出を抑制する「緩和策」が重要となってきている。気候変動に対応する農業政策については、2020年にEUが「Farm to Fork戦略」を打ち出すなどEUの食料システムを世界標準にしようとする動きが出てきている。我が国も2021年に「みどりの食料システム戦略」により、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する政策を公表している。今回のCOP28において、我が国は「みどりの食料システム戦略」に基づく様々な国際的な取り組みを発信している。

 今号のOPINIONでは、三次啓都氏からGHG排出削減対策における農業の役割について提言をいただいた。また、KEYNOTEでは、COP28とエミレーツ宣言、生産力向上と持続性に貢献するBNI作物技術、水田の中干しとJ-クレジットに関する3編の寄稿をいただいた。


Opinion  農業はグリーンか?

 JICAの三次啓都氏から森林・農業セクターにおける温室効果ガス(GHG)の吸収・排出減対策(緩和策)についての提言である。

 世界全体のGHG排出量に占めるセクター別の割合は、運輸・エネルギーが最大で全体の35%を占めている。一方、森林・農業セクターはそれに次いで全体の四分の一近くを占めているという。日本のGHG排出量に占める森林・農業セクターの割合は4%に過ぎないことから見ると驚きの数字である。その大きな要因は、森林から農地への転換によるものであり、特に南アメリカ及びアフリカでの森林面積の減少が顕著であると指摘している。森林減少の9割は、コーヒー、カカオ、ゴムなどの商品作物栽培を目的とする農地への転換であり、国際的には「農業が森林破壊の要因である」との認識で一致しているという。また、森林減少に次ぐGHG排出の要因は営農から生じており、土壌耕作に伴う炭素排出や水田や家畜からのメタン排出が指摘されている。こうした状況が「農業はグリーンか?」というタイトルの所以である。

 そのうえで、農業をグリーンにするための政策的な動きを紹介している。先ず、2023年にEUが導入した森林デューデリジェンス法(森林DD)である。これは、欧州域内に森林破壊を伴う特定農産物(コーヒー、カカオ、ゴム、パームオイル、ダイズ、木材)の輸入を実質的に規制するしくみである。次にブラジルのルラ政権は、森林を保全し森林の農地転用を抑制するため、劣化した土壌の再生と農業生産の向上を目指していることを紹介している。さらに、森林減少・劣化抑制によるGHG排出減と森林保全による炭素吸収・蓄積の維持(REDD+)の取り組みを通じて土壌炭素の排出減・貯留の研究が進み、泥炭地の管理や農地土壌の炭素貯留の取り組みが進んでいるという。

 最後に、森林・農業セクターからのGHG排出減の取り組みには、開発途上国の家族農業と農村コミュニティーの適正な土地利用が不可欠であると指摘している。農業の生産性向上、生計手段の多角化、セーフティネットの充実などのレジリエンス強化は気候変動の「適応策」でもある。GHG排出削減という「緩和策」とレジリエンス強化という「適応策」を両輪で進めることを基本とすべきと提言している。


Keynote1 COP28とエミレーツ宣言への対応と「みどりの食料システム戦略」に基づく今後の政策展開について

 昨年12月、ドバイで開催された第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)に農水省から参加した、続橋亮氏の寄稿である。

 近年、気候変動と食料・農業分野の関係が大きな注目を集めるなか、COP28では、「持続可能な農業・強靭な食料システム・気候変動に対応する首脳級宣言」(エミレーツ宣言)が発出された。エミレーツ宣言には150か国以上が参加しており、各国が食料・農業分野の持続可能な発展と気候変動対応に向けた迅速な改革を強化していくことが合意された。日本はGHG削減の取り組み状況の報告(グローバルストックテイク)において、「みどりの食料システム戦略」に基づく農林水産分野の貢献を報告した。

 サイドイベントの「食料・農業・水デー」において、日本は、「アジアモンスーン地域における農業分野の温室効果ガスの削減とイノベーション」セミナーを開催し、「日ASEANみどり協力プラン」によるASEAN地域との連携強化や農業・森林分野における二国間クレジット(JCM)の形成をアピールした。ASEAN関係者、FAO、民間企業等が参加するパネルにおいて「日ASEANみどり協力プラン」に基づくプロジェクトの早期形成が合意された。また、国際農研(JIRCAS)による「アジアモンスーン各国へとの農業協同研究に関するセミナー」を実施し、ネパールにおけるBNI強化小麦(土壌の硝化を抑制する機能を有するコムギ)の栽培実証研究などの紹介を行った。

 次に、今回のCOP28を受けた今後の政策展開について解説している。COP28開催前の2023年10月、「日ASEANみどり協力プラン」はマレーシアで開催された日ASEAN農林水産大臣会合で採択された、このプランに基き、COP28後に「日ASEANみどり脱炭素コンソーシアム」が設立された。こうした枠組みを活用し、水田の間断灌漑、中干し期間の延長によるメタン排出削減、農業分野の二国間クレジット(JCM)の創出、生産者と消費者とのコミュニケーションツール手法の国際標準化、BNI強化小麦の実装化などの取り組みを積極的に展開していくとしている。

 食料・農業に係る環境分野は国際的な農業関係の議論の中心になっており、日本がこうした議論をリードしつつ我が国の技術の普及、国際的な仲間づくり、協力案件の形成等に官民一体で取り組んでいくことが必要であると指摘している。


Keynote2 作物による土壌の硝化抑制で地球環境にやさしく、効率の良い食料生産を目指すBNI技術の進展

 国際農林水産業研究センター(国際農研、JIRCAS)の吉橋忠氏と舟木康郎氏による寄稿である。

 「緑の革命」以来の近代農業を支えているのは窒素肥料の農地への投入であるが、窒素肥料(アンモニウム態窒素)が硝酸態窒素へと変化する過程や硝酸態窒素が窒素ガスに変化する過程で、二酸化炭素の298倍もの温室効果を有する一酸化二窒素が発生する。農地に投入された窒素肥料の半分以上は作物に吸収されず、硝酸態窒素の流亡や強烈な温室効果ガスの発生により地球環境へ負荷を与えていると指摘している。

 1995年、国際農研はある種のイネ科牧草に土壌の硝化を抑制する機能があることを解明した。これを「生物的硝化抑制(BNI)」と名付け、農業生態系の窒素循環を改善し環境負荷の軽減を目指すこととなった。国際農研は、「BNI国際コンソーシアム」を主宰し、イネ科穀物であるコムギ、ソルガム、トウモロコシ等をターゲットにしたBNI強化作物の作出とBNI技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発を推進している。

 2021年、国際農研は、国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)と協力し、コムギ近縁種のオオハマニンニクにBNI能を有する染色体を見出し、それを南アジア向けコムギ(Munal)の染色体に置換し、BNI強化小麦の作出に成功した。土壌の硝化は30%減少、一酸化二窒素の発生は25%減少の効果が確認されたと報告している。BNI強化小麦は国際的な評価を得るとともに「みどりの食料システム戦略」にも位置付けられた。アジアモンスーン地域の生産力向上と持続性の両立に資する技術を促進する「グリーンアジア」に位置づけられ、日本やインドをはじめ世界各地でBNI強化優良新種の開発が進められている。また、BNI強化コムギの社会実装として、ネパールでプロトタイプのBNI強化コムギを導入する実証実験を行い、高い窒素利用効率を確認したことを今回のCOP28で紹介した。

 2023年のG7宮崎農業大臣会合やG20農業大臣会合を受け、コムギを生産する先進国との国際共同研究によるBNI強化優良新種の導入の検討が進んでいる。世界の小麦生産面積は2億2500万haにも上り、様々なコムギ品種にオオハマニンニク由来のBNI能を付加することで窒素損失を低減し、生産性を向上させながら環境負荷を軽減することを目指しているという。日本発のBNI技術の更なる発展と国際的な普及を期待したい。


Keynote3 中干し期間延長によるJ-クレジット創出とカーボンクレジットを活用した海外展開について

 日本と東南アジアを中心にカーボンクレジットの創出・販売支援事業を展開している環境系のスタートアップ企業Green Carbon株式会社の大北潤氏、井家良輔氏からの寄稿である。

 カーボンクレジットとは、GHG削減量をクレジットとして国や企業等の間で取引する仕組みである。その分類として国連が主導する制度、日本政府が主導する二国間の枠組み「JCM」、日本国内の枠組み「J-クレジット」がある。また民間主導のものは「ボランタリークレジット」と呼ばれる。

 2023年3月、初めての農業分野のJ-クレジットとして、「水稲栽培における中干し期間の延長」が承認された。中干し期間を直近2か年の平均値より7日間延長することによりメタンの発生を約3割削減でき、その削減分をJ-クレジットとして認可する仕組みである。そして、2024年1月、Green Carbon社は日本で初めて水田由来のJ-クレジットの認証を受けた後、中干し期間延長でJ-クレジットを獲得したい農家・農業法人、企業、自治体が参加する「稲作コンソーシアム」を立ち上げ、複雑な手続きと費用の掛かるクレジットの申請・登録作業を代行している。2024年8月現在、本コンソーシアムへの水田登録面積は4万ha、参加企業は900を超えているという。中干し延長の取組みに参加した農家からは手間はかからず収入が増えるのはありがたいとの声が寄せられているという。同社は、2025年1月に10万トンのJ-クレジット取得を目指しているという。また、「Agreen(アグリーン)」でクレジットの登録・認証に必要な営農管理情報の取得・管理を支援している。

 さらに、Green Carbon社は東南アジアへの事業展開を図っている。民間主導のボランタリークレジットに加え、農林水産省と連携して二国間クレジット(JCM)の創出に向けて東南アジア各国政府と方法論の策定を進めている。具体的には、フィリピンで水田の間断灌漑によるメタンガス削減の実証を行っている。また、ベトナムでは大学や研究機関と連携し水田のメタンガス排出削減のプロジェクトを進めていると報告している。この他、マングローブ植林プロジェクト、バイオ炭活用などのプロジェクトにも取り組んでいるという。スタートアップ企業による農業・森林セクターにおける官民連携のカーボンクレジットプロジェクトの創出と今後の展開に期待したい。


Report & Network

 前アジア開発銀行(ADB)の横山謙一氏からアジア開発銀行における気候変動への対応と農業農村開発協力の報告である。アジア太平洋地域は、世界のGHG排出量の過半を占める一方、気候変動・気象災害に脆弱な地域が多く、気候変動対策はADBの最重要課題となっている。インド、バングラディシュ、ネパール等アジア各国での気候変動への「適応策」と温室効果ガス排出削等の「緩和策」の取組みを紹介している。また、水田の間断灌漑によるメタン排出削減策をカーボンクレジットメカニズムにより援助していくシステムの構築を日本の農林水産省と協調して進めていることにも言及している。

 三祐コンサルタンツの須藤晃氏からエチオピアのインデックス型農業保険の報告である。気候変動リスクへのレジリエンス強化の一環として、降水量、植生指数、気温、単収等のインデックス値が事前に設定された数値から乖離すると保険金が支払われる仕組みで、実損査定が不要なことから保険料が低く抑えられ、加入しやすい特徴がある。本稿ではオロミア州での5年間にわたる普及事業とエチオピア政府に対する持続可能な保険事業の技術支援について報告している。

 熊本県立熊本農業高等学校畜産課養豚部門から、養豚のエコフィードの開発と養豚廃棄物の活用に関する研究の報告である。食品副産物から開発した飼料がエコフィードの畜産物認証を得たこと、廃棄豚脂から石鹸を開発しフェアトレード商品に認定されたことを報告している。

 東京農工大学の加藤亮氏から、海外の農業農村開発を目指したい学生へ、農業農村工学や地域環境工学を学んで世界の農業と環境の問題にチャレンジしていこうと呼びかけている。


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