2024.8 AUGUST 70号
REPORT & NETWORK
1 研究の動機
近年、我が国の畜産経営における飼料自給率は25%と低く、その大半を輸入に頼っている。中でも穀物飼料主体の養豚では14%と特に低く、異常気象や世界情勢の影響により飼料価格は10年前と比べ約2倍(86,000円/t)となり飼料価格の高騰により、多くの畜産農家が廃業に追い込まれている。一方、我が国の食品廃棄量は2,800万t/年にも及び、深刻な社会問題となっている。そこで世界の飼料情勢に左右されず安定した畜産経営を目指した。
2 研究の達成目標
そこで、本研究の目的を「エコフィードの開発・普及と養豚業から出る廃棄物を有効活用することで養豚業のゼロエミッションシステムを確立する」と決定して、課題の解決を目指した。
3 研究Ⅰ:エコフィードの開発
① 哺乳期の飼料開発
初めに、哺乳期飼料の開発として賞味期限切れで安く提供される人間用の粉ミルクを利用して、哺乳期の発育に重要と思われる粉ミルクを主体とした飼料設計を行い、市販飼料との比較実験を行った。その結果、実験区では生後20日齢以降、発育停滞が見られ市販飼料区に比べ12%も発育不良という結果となった(図1) 。この要因を調査したところ哺乳期は成長が早く、吸収率の良いタンパク質が重要であることから、粉ミルク中のタンパク質が不足したためと考えられた。
ステップ1:原料の検討
畜産の飼料成分についての授業で魚粉が、動物性タンパク質やアミノ酸を多く含む、高タンパクな原料として豚や鶏の飼料に利用される事を学んだことから、食品製造の出前授業で、削り節の生産をされている株式会社 山一より製造副産物である削り節の提供を受け、これを利用した。また、株式会社 岩田コーポレーションより糖分が高く嗜好性が期待できる菓子類も新たに提供を受けることができ、17種類の原料を使用して飼料設計を行った。
ステップ2:嗜好性の検討
次に、飼料を子豚でも食べやすい大きさにするため、原料を砕く実験を行なった。結果、ウッドチッパーを使用する事で哺乳期の子豚でも食べやすい状態にする事ができた。
改良実験1:哺乳期の飼料開発
哺乳期の飼料には少量でも栄養価の高い動物性タンパク質を60%配合、育成前期は嗜好性の高い糖類を30%・後期には穀類を60%配合した。
改良実験2:肥育期の飼料開発
肉質をさらに向上させるために、肥育前期・後期飼料の開発を行った。前期には発育向上を考えカロリーの高い原料を、後期にはミネラルやビタミン類を多く含む原料を与える事で、豚肉のビタミン含量増加と、品質向上を目的に誕生から出荷までの180日間比較実験を行なった。
4 研究結果
結果、実験区の哺乳期の子豚発育は対照区と同等で、目標体重を170日で達成する事に成功した(図2)。
飼料費も一頭当たり対照区では23,454円、実験区では762円となり、22,692円の大幅削減に成功した。
肉質調査の結果、肉の旨み成分である脂肪酸が対照区と比べて2倍~3.5倍多く、ビタミンEが1.5倍~3倍高い結果となり、さらに栄養価の高い肉質となった(図3)。
味覚センサーによる試験では苦味や雑味が40%も低くなり肉質向上により価格を値上げすることができ、販売先も百貨店を含む三店舗に拡大し、商品にはQRコード(インスタグラム)を表示、また高校では初となるエコフィードの畜産物認証を取得することにより、商品の付加価値向上となった。さらに、店頭でのPR活動をおこない、購入される方へ私たちの活動を知ってもらうことでお客様の理解も同時に深める取組に繋げている。
5 エコフィードの普及活動
次に地域の方や様々な機関から協力して頂いた取組の成果を地域に還元するため、九州農政局を訪問し話を伺ったところ、エコフィード普及が進んでいない現状を知り、そこで畜産農家と食品企業に赴き現地調査を行った。
(1) 現地調査
エコフィード普及が進まない背景には、企業の声として「手続き方法がわからない。農家がルールを守ってくれるか心配」、農家の方からは「利用したい気持ちはあるが、きっかけが無い。肉質や病気が心配」という声が挙げられた。このような現状を受け熊本農業高校が中心となって普及活動を行った。
(2) 普及戦略
まず、食品廃棄物を家畜飼料として、使用に至るまでの手続きを確認し、農家と企業双方の負担軽減を考え、輸送距離や引取り方法を確認した。普及する食品廃棄物の給餌試験を本校の家畜で行い、嗜好性や利用価値を確認して、成分分析は連携する東海大学が行うシステムを作った。
(3) 地域貢献
前田農場(合志市)からは「飼料費を抑えたいのだが、回収に行く手間が気になる」と相談が寄せられ、近隣の企業を提案して、給餌試験の結果と利用方法などの情報を直接農家に伝えた結果、農家と企業が契約書を交わし廃棄物を利用する事となり、前田農場の飼料費を10%削減し、食品企業の経費を240万円抑える事に繋った。
(4) 普及活動による成果
このように本校が企業、畜産農家、行政機関を仲介する事で、16社の経費を1,200万円以上削減し、食品廃棄物を250t以上エコフィードとして普及した。また14軒の畜産農家の飼料経費削減により所得向上に繋げることができ、さらには、連携している企業が3R推進で農林水産大臣賞を受賞されるなど、地域間で連携した取り組みを実施できた。
(5) マッチングサイト開設
これまでエコフィードの普及活動において、畜産農家と食品企業の仲介を行ってきたが、成立するまでに長い期間と多くの情報交換が必要で普及を円滑に行うことが困難だった。そこでエコフードのマッチング可能な仕組みを開発する事でお互いの情報を簡単に確認する事ができ普及活動が容易に進むようにマッチングサイトの作成を開始した。食品ロスリボーンセンターとの協議と、賛同いただいた企業の協力により本校専用のサイトを開発した。これにより専用のQRコードやLINEで簡単に企業が登録でき、廃棄物の情報を農家が確認できるシステムとなり、60件以上の登録数で運用から数日で8組のマッチングに成功した。
6 研究Ⅱ 廃棄豚脂の有効活用
本校ではブランド豚の加工実習を行う際に余分な豚脂を廃棄しており、この豚脂の利用方法を考え商品開発を行った。予備調査では豚脂に熱を加え液体と固体に分離させ、液体は人の肌に近いことからハンドクリームの試作を行ったが、商品化には至らなかった。その後、出前授業で石鹸は動物性油脂で作られることがあることを学んだことから、開発目標を、JIS規格の無添加物石鹸に設定し開発を始めた。
≪ステップ①商品開発へ向けた実験≫
(1) 豚脂の鹸化率の検討
水酸化ナトリウムの量を変え80パターン以上の石鹸を作り産業技術センターで洗浄力の実験を行った結果、製造2週間後の水酸化ナトリウム含量15.5gの石鹸が洗浄効率44%、pH10を示し、洗浄力がもっとも高いことがわかった。この石鹸は純石鹸分98.2%、遊離アルカリ0.03%でJIS規格適合に成功した。
(2) 市販の洗濯用石鹸との比較
次に市販の洗濯石鹸と洗浄力を比較した結果、市販よりも豚脂石鹸が1.7倍汚れを落とすことが分かった(図4)。
高い洗浄力を発揮した要因を調べるため、臨界ミセル濃度を調査した結果、市販に比べ半分の濃度(12.5%)でミセルを作り出し、少量でも高い洗浄力を発揮することがわかった。これらの結果から洗濯石鹸が完成した。本校ブランド豚の豚脂を使って開発した商品であることから、「シンデレラネオの輝き」と名付け商標登録を行った。
(3) 専門店での品質評価及び技術普及
熊本県クリーニング組合(熊本市)を訪問しクリーニング店で完成した石鹸を使って頂くと「汚れが凄く落ちて使いやすい」との事で多くの店舗より購入いただき、全国のクリー二ング店2万社へ紹介された。
≪ステップ②地域連携≫
全国各地に延べ3,000個以上を販売した。付加価値を加味して価格を200円(原価61.5円)に設定した事で年間60万円の売上に繋がった。次に、この技術の普及を考え、熊本きぼう福祉センターでの製造を提案し、熊本県畜産流通センターで廃棄されている豚脂を利用することで週に約50個を製造して地元で販売されることとなった。
≪ステップ③水質調査≫
授業で学んだ水質検査方法を用いて、石鹸使用後の排水が微生物により分解される速度を調べた。結果、市販の洗剤と比べ農業用水に利用できるまで10日間早く分解されることが分かった(図5)。
さらに石鹸使用後の排水濃度を想定した、植物と魚類の生育調査でも真水と同じ結果となり、この豚脂石鹸は、環境にやさしい事がわかった。この活動を知り、JICAとルワミッツ社(ルワンダ国)の方が訪問され、浄化施設がない発展途上国での利用を提案され技術交流を開始した。外国にリモートで製造方法を伝え、その土地で栽培されるコーヒーを原料に加えることでオリジナリティのある製品が完成した。この石鹸は現地の農業展示会で紹介・販売され経済発展と環境保全を両立させた仕組みが事業化した実績により国連大学より表彰を受けた。
≪ステップ④フェアトレード商品へ≫
これらの活動の中で熊本市は「アジア初のフェアトレードシティー」と知り、フェアトレードシティ熊本推進委員会代表の明石氏を訪問した。フェアトレードは貧困問題はもちろん環境汚染や自然破壊を解決できる糸口になることを知り、スリランカで生産されたココナッツオイルと廃棄豚脂を利用した石鹸を開発するための実験を行った。結果、どちらも20%ずつ配合した化粧石鹸が油脂の相乗効果により一番人の肌に馴染む事が分かった。この商品を「美豚そぉぷ」と名付けフェアトレード認証を取得した。
≪ステップ⑤抽出残渣の利用≫
油脂抽出時に残る豚脂粕の分析を行ったところ、タンパク質とカロリーが高いことから、採卵鶏に給餌実験を行った。結果、15%与えても市販飼料と同等の卵質・産卵率を維持し市販飼料の代替飼料として養鶏農家に普及して飼料費削減に貢献している。
結びに
私たちの活動は、大学等でSDGsの研究見本として紹介され、農林水産省のホームページに掲載されるまでになりました。私たちの活動が養豚農家の飼料費削減に貢献し、養豚業からでるもの全てに付加価値を付けることで、家畜の命を無駄なく利用でき、責任をもった生産を続ける事が出来ると確信しました。日本の養豚業は世界情勢などで物価高騰の煽りから安定しない現状です。そこで私たちが廃棄物を上手に利用する事で「環境保全」に繋げ、価値ある商品を「開発」し、新たな利益につなげるシステムを「創造」していきます。豊かな未来に繋がることを願って。