2024.8 AUGUST 70号
Keynote 3
カーボンクレジットを活用した国内・海外展開について
Green Carbon株式会社 大北 潤
井家 良輔
1 はじめに
-メタン削減の市場環境とJ-クレジット制度について-
2021年8月にIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は第6次報告書1)で地球温暖化の原因が人間の活動にあると断定し、気温上昇のシミュレーションにより、人為的要因に起因する事を明らかにした。さらに、昨今では地球温暖化から地球沸騰化の時代に突入したと言われており、脱炭素への対応が急務となっている。
パリ協定で主要国は2030年~2050年までの温室効果ガス削減目標を設定しており、同じく事業会社においてもカーボンニュートラル(ネットゼロ目標)に向けた削減目標が掲げられている。しかしながら、アクセンチュア株式会社の調査によると、企業の93%が自社努力だけではネットゼロ目標の達成は困難であるとされている2)。この目標達成の手段として、カーボンクレジットが注目されている。
カーボンクレジット制度には、国連が主導する国際的なカーボンクレジット制度から、各国政府が運営するカーボンクレジット制度、民間主導のカーボンクレジット制度と多様な種類がある。
日本におけるJ-クレジット制度は、環境省、経済産業省、農林水産省が運営する制度で、2013年に開始された。省エネ・再エネ設備の導入、森林管理、新しい農法などで創出した温室効果ガスの削減・吸収量をJ-クレジットとして認証するものである。
J-クレジットの活用先としては、その種別にもよるが、地球温暖化対策に関する法律(温対法)・エネルギー使用の合理化等に関する法律(省エネ法)の報告、Scope1~3(Scope1:燃料の燃焼による直接排出、Scope2:電気の使用による間接排出、Scope3:それ以外の間接排出すべて)のカーボンオフセット活用、事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的イニシアチブ(RE100)・企業の環境活動に対する質問書への回答を分析評価するイニシアチブ(CDP)・企業が設定する「温室効果ガス排出削減目標」の指標のひとつとなる国際的なイニシアチブ(SBTs)での報告、日本政府が掲げた「2030年度温室効果ガス削減目標」と「2050年カーボンニュートラルへ」を達成するために発足した制度(SHIFT事業)などで活用できる。今後は、日本における温室効果ガスの排出削減を目的とした市場メカニズムの一つ(GX-ETS)での実績報告にも活用できると言われている。(表1参照)
-中干し期間延長のJ-クレジット制度について-
日本におけるJ-クレジット制度3)として、2023年3月、「水稲栽培における中干期間の延長(WA-005)」が新たな方法論として承認した4)。これは水稲栽培において通常実施される中干し期間のその直近2か年以上の平均中干し日数からさらに7日間延長することにより,メタンガス発生量の削減ができることから、その削減分がJ-クレジットとして認可される。中干し期間延長のデータや必要な営農管理情報を揃え、中干し期間延長のプロジェクトの審査を通過すると削減量相当の「カーボンクレジット(J-クレジット)」を受けることができる。2023年6月にはJ-クレジットの中干し期間延長の方法論に取り組む初めてのプロジェクトが3件、J-クレジット事務局により承認され、2024年1月には日本初となる水田由来のJ-クレジットが認証5)された。この3件のうち最大のクレジットを取得したのが、執筆者であるGreenCarbon株式会社である6)。
2 GreenCarbon株式会社によるカーボンクレジット創出への取り組み
Green Carbon株式会社(以下「GC社」とする)は、日本、東南アジアを中心にカーボンクレジットの創出・販売支援事業を行っている環境系のスタートアップである。GC社はカーボンクレジット創出に留まらず、生物の研究開発領域でも国内外の大学・研究機関と連携しており、上場企業向けにサステナビリティに関する情報開示を支援するESG(Environmental, Social, Governance)コンサルティングサービスも提供している。
GC社がクレジット創出・販売事業を展開する背景は二つある。まず、自主的炭素市場(ボランタリークレジット)の市場規模のポテンシャルの高さが挙げられる。カーボンクレジットの世界市場レポート2024年7)によると、この市場は2028年度までに約220兆円に拡大すると想定されている。
ついで、今後のクレジットの需要と供給のバランスが不釣り合いな点が背景の二つ目である。日本のJ-クレジットが目標としている2030年までのクレジット認証量は約1,500万t8)と発表されているが、GC社調べによると国内企業のCO2排出量合計は約10億tを超えると試算9)されており、その10%(約1億t)をクレジットでオフセットすると考えた場合、J-クレジットが供給するクレジットだけでは賄えず、需給の不均衡が生じる未来が見えている。これらの背景を踏まえ、GC社は、国内のクレジット創出を最大化しつつ、海外でのクレジット創出を進めていき、国内外の需要家に対し、クレジットを提供できる基盤を作ることとしている。
-稲作コンソーシアムと農家への還元-
GC社は国内に、前述の中干し延長による新規方法論の認証を機に、同年2023年4月には稲作コンソーシアム(図1)10)を発足させた。このコンソーシアムでは、農家・農業法人を中心に企業・自治体など、中干し延長によるクレジット創出希望者をまとめ、GC社が代わりにクレジットの申請・登録作業を行っている。コンソーシアム発足の背景として、新規方法論で定められているメタンガス算定の複雑な計算や、数十枚にわたる申請書類の作成、プロジェクト登録時にかかる約200万円の費用などを、農家個人で負担するのは困難であると判断し、GC社が取りまとめる。コンソーシアムに参画する農家のメリットは、登録費用やクレジット申請登録手続きが不要、クレジット創出による副収入の取得、クレジット創出における申請作業や登録作業の工数削減、環境配慮米11)として新たなブランディングによる高付加価値化することが挙げられる。2024年8月8日現在コンソーシアムへの水田登録面積は約40,000ha、参画企業は900社を超えている。2027年までに、日本全国の水田面積の約40%がGC社のコンソーシアムへの登録されることを目標に、農家への収益還元、脱炭素化を促進する。
また、当該プロジェクトの中干し延長の取組みに参加した農家からは,「中干し延長は大きなリスクにならない。それで収入が得られるならば,ボーナスのようもの」「中干し延長したことで特段影響はなかった。水を1週間長くに止めるだけなので手間はかからなかった。クレジットによる収入は,設備投資や原材料価格上昇の補填になればと考えている。」12)との声をいただいているが、収量への影響や営農管理情報の取得・管理の煩雑さは課題と考えられる。収量への影響については,農研機構の『水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル』13)では,中干しを慣行の日数に対して一週間程度延長することで平均3%程度の減収が見られたと記載されている。
一方、営農管理情報の取得・管理が煩雑との指摘に関しては、GC社が「Agreen(アグリーン)」(図2)14)というアプリを使ったサービスを農家に無償で提供し、営農管理情報の管理工数を削減している。Agreenは、クレジット登録・認証時に作成する書類や煩雑な作業をワンプラットフォーム内で完結させるサービスである。クレジット創出から販売までの流れは、「①土地を探す、②方法論手法の確定、③プロジェクト実行、④クレジット申請、⑤測定、報告及び検証(MRV)、⑥クレジット登録、⑦クレジット販売、⑧農家への収益還元、⑨クレジット償却」と多くのステップがあり、特に②、④、⑥、⑦、⑧が困難とされている。Agreenでは、②に関しては、どの方法論でどの程度クレジットが創出可能かが、数項目を記入するだけで計算されるシミュレーション機能を持っている(保険の見積もりと同様なイメージ)。④と⑥に関しては、必要書類や申請手順を順序立てた入力手順を持っており、わかりやすいサービスを提供している。⑦と⑧に関しては、クレジット販売プラットフォームと連携しており、GC社が販売を管理し、販売されたタイミングで農家へ収益還元が可能になっている。
図2は、Agreenのサービス画面である。上段左はログイン画面で、各ユーザー(農家)にID・PASSを付与しログインいただく、上段中央はメイン画面で、ユーザーが作業するための機能を一覧で表示している。上段右は学習コンテンツ画面で、ユーザーが知りたい情報や勉強したい内容、例えば「カーボンクレジットとは?」「J-クレジットとは?」などのコンテンツを動画でわかりやすく説明している。下段左はクレジット創出に向け、ユーザーが何をするのかまとめた画面で、Agreen内で登録する項目や、アップロードする画像をSTEPに分けてわかりやすく示している。下段中央は圃場登録画面で、ユーザーが保有する圃場の情報を入力する。最後に下段右はクレジット保有画面で、ユーザーが保有しているクレジット情報の確認ができる。
今後は農家の工数削減をより進めるため、農家に営農支援ツールを提供しているサービスと接続することで、自動的に対象農家のクレジット創出に必要な情報を吸い上げる開発や、衛星会社15)と連携し、水田の水位の状態を衛星データから取得し、第三者データ(信憑性の高いデータ)として活用するサービスの開発など、企業連携による強化を想定している。さらに、Agreen内で創出可能なクレジット種別、森林経営活動(J-クレジット方法論番号:FO-001)、バイオ炭の農地施用(AG-004)、家畜排泄物管理方法の変更(AG-002)などの方法論を拡充し、日本の林業家、農家、酪農家に広げることを目標としている。
3 海外プロジェクトについて
日本の水田の作付面積は約140万ha(2021年)16)だが、アジアの総水田面積は約1億4000万ha17)で、クレジット販売益に換算すると大きなポテンシャルを秘めている。この中でもGC社は東南アジアを中心に事業を展開しており「フィリピン、ベトナム、タイ、カンボジア、バングラデシュ、オーストラリア」の地域を重点としている。
海外ではボランタリークレジットの認証機関であるGold Standardが「CDMが定めた水田耕作における水管理調整によるメタン排出削減(AMS-III.A.U.)」を改定した方法論を適用しており、GC社はGold Standard認証のプロジェクト登録手続きを進めている。また、ボランタリーだけでなくJCM(二国間クレジット制度)でのクレジット創出に向け、各国政府に対し、農林水産省と連携し、方法論の策定に動いており、民間でJCM方法論の策定に関わっているのはGC社のみである。
重点地域であるフィリピンでは、2022年よりフィリピン大学18)と連携し、水田のメタンガス削減に向け、AWD(間断灌漑)を導入したPoC(Proof of Concept)を実施している。PoCは、プロジェクトにおける温室効果ガス削減効果を確認するための概念実証である。AWDとは、水田の水管理によって落水と入水を繰り返す農法で、水使用量の削減や、収穫量の増加、米の付加価値向上効果が得られる。上記実績を踏まえ、フィリピン北部のブラカン州、バタンガス州、ヌエバシハ州と連携した実証を進めており、さらに他地域への拡大も進めている。他にも、同国シャルガオ島19)のマングローブ植林プロジェクトの約10,000haでのカーボンクレジット創出や、フィリピン大手財閥のAraneta Properties, Inc.と連携した20)、水田・バイオ炭のカーボンクレジット創出、バイオ炭プラント製造を展開しているAlcom Carbon Markets Philippines, Inc.とのバイオ炭を活用したカーボンクレジット創出プロジェクト21)など、現地プレイヤーとの事業展開を進めている。
ベトナムでは、水田のメタンガス削減に向け、Nam Dinh省、Nghe An省、Thanh Hoa省、An Giang省の4省とMoU(合意文書)を締結しており22)、現地の大学(ベトナム国立大学、カントー大学)や、ベトナム北中部農業科学研究所(ASINCV)などとも連携し、水田プロジェクトの実証を進めている。
タイ、カンボジア、バングラデッシュにおいては、現地の市場状況を考慮しつつ、プロジェクトを進めているところである。
オーストラリアでは、現地の大学(クイーンズランド工科大学、シドニー大学)と連携し、土壌分析や植物分析の研究を進めている。
また、海外農家向けにも「Agreen(アグリーン)」の提供を想定しており、海外版の開発を進めている。海外では、農地管理が煩雑な現状もあり、衛星データや金融システムと連携し、農家が利用しやすいサービスとなるよう設計を進めている。
4 最後に
国内においてGC社は、水田プロジェクトの展開を進めつつ、他方法論(バイオ炭・森林保全、畜産関連)についてもAgreenで活用できる体制を整え、国内農家への展開を想定している。まずは、2024年度に稲作コンソーシアムに登録している40,000haの農家とともに、約100,000tのJ-クレジット創出を2025年1月に取得する事を目指す。日本のJ-クレジットの年間創出量は約100万tと試算されており、GC社はその10%を占めることを目標に、国内の需要家に対して提供できるクレジットを創出する。
加えて、海外ではボランタリークレジット・JCMでのプロジェクト創成を進め、マーケットの拡大に貢献する。JCMに関して、フィリピンやベトナムにてJCMの新規方法論策定を、日本の農林水産省及び両国と進めており、この中でフィリピンでの新たなJCMを活用した方法論の策定に携わり、2024年6月28日に農林水産省主催の「アジア開発銀行(ADB)拠出事業による水田メタン削減に関するJCMを活用したフィリピン方法論の完成に係る記者発表会」で講演した。GC社はJCM取り組み事業者として市場を牽引している。
GC社が目指す未来像の一つに、「GC社経済圏の構築」を掲げている。これはGC社がカーボンクレジットを通して、取引所、Fin Tech、人材、コンサルティング、オウンドメディア、保険、EC販売、流通領域など、幅広く展開し、地球環境の保全、企業の脱炭素化の一助を目指すものである。
https://www.env.go.jp/content/000127495.pdf(最終閲覧日2024年9月3日)
https://newsroom.accenture.jp/jp/news/2022/release-20221208(最終閲覧日2024年9月3日)
https://japancredit.go.jp/about/outline/, (参照2023年5月12日)(最終閲覧日2024年9月3日)
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/b_kankyo/230301.html
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/b_kankyo/240126.html
https://green-carbon.co.jp/ (最終閲覧日2024年9月3日)
https://www.gii.co.jp/report/tbrc1426369-carbon-credit-global-market-report.html (最終閲覧日2024年9月3日)
https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_001.pdf (最終閲覧日2024年9月3日)
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