2024.8 AUGUST 70号
ほ場内かんがい管理の開発と推進に関する優良事例の共有」に関する
日・ASEAN統合資金プロジェクトの実施について
1 はじめに
一般財団法人日本水土総合研究所(The Japanese Institute of Irrigation and Drainage (JIID))では、日本が出資する日・ASEAN統合資金(Japan-ASEAN Integration Fund(JAIF))から資金を得て、2021年~2022年の2年間にわたり「CLMV各国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム 図1)の水利組合間でのほ場内かんがい管理の開発と推進に関する優良事例の共有プロジェクト」を実施したので、その概要を報告する。
2 プロジェクト概要
CLMV各国は、既に水利組合が構築されているが、これらの組織が農業用水資源を効率的に管理する能力は限定的であり、水利組合は依然として、特に組織化と調整能力において課題を抱えている。
JIIDが2018年に実施した前回のJAIFプロジェクト「CLMV各国における水利用者グループの組織と調整に関する優良事例の共有」の報告では、ほ場内開発を進めることで、農民リーダーと政府職員の調整能力を開発できるとしている。
今回のプロジェクトでは、水利組合が、CLMV各国および一部のASEAN主要6か国における地域の農業用水資源を管理するための共通のメカニズムであり、CLMV各国はこれらの水利組合を育成する上で共通の課題を有していることを踏まえて、農業生産性の向上、地域の農業用水資源の有効利用促進のために、CLMV各国と一部のASEAN主要6か国の間でほ場内かんがい管理の開発・推進に関する優良事例等を共有することを目的としている。
3 ほ場内水管理の重要な事項
このプロジェクトでは、優良事例を考えるにあたり、はじめに、CLMV各国にとってほ場内かんがい管理について何を重要視するか、「優良」とは具体的に何かを把握するため、ほ場かんがい管理において必要と考えられる主な以下の項目をCLMV各国のかんがい行政担当者に提示して、ほ場かんがい管理において優先する程度に応じて1~5点(優先度低い事項~優先度高い事項)の点数付けを依頼した。以下に各項目と、CLMV各国がつけた点数の計を( )内に示す(最高5点×4カ国=20点)。
項目
(1) 水利用効率/水生産性
・雨期に於いて適正な水管理が可能なかんがい施設が整備された農地の拡大(15)
・乾期に於いて適正な水管理が可能なかんがい施設が整備された農地の拡大(18)
・コメから他の作物への転換(17)
・雨期におけるコメ/他の作物の単位用水量当たりの収量増(15)
・乾期におけるコメ/他の作物の単位用水量当たりの収量増(15)
・雨期における適切な水管理による単位用水量当たりの付加価値の増(18)
・乾期における適切な水管理による単位用水量当たりの付加価値の増(19)
・水管理コスト当たりの付加価値の増(15)
・農家の収入増(17)
(2) かんがいシステムの信頼性
・かんがい施設が整備された面積と実際のかんがい面積の割合(15)
・作期初めに計画されたかんがい面積と実際のかんがい面積の割合(19)
・天水農地の収量と実際にかんがいされた農地の収量増の割合(15)
・かんがいによる効用の農家間の公平な配分(18)
(3) かんがいシステム管理の持続性
・水利費の徴収(16)
・維持管理費全体に占める徴収した水利費の割合(17)
・水利組合メンバーの運営能力(18)
・水利組合メンバーの施設維持能力(18)
・近代化(18)
・水利組合への技術支援の提供(18)
・水利組合への財政支援の提供(16)
・UAV, DX, AI等の新技術を用いた施設モニタリング・運営(12)
・SNS等の情報伝達技術(13)
(4) 農家の水利組合への信頼
・水利組合の活動と財政の透明性(19)
・施設の修繕等農家の要求への対応(17)
・予想外の干ばつ(水不足)への対応(19)
(5) 水利組合の能力強化
・水利組合の財政的自立(18)
・水利組合の事務処理能力(19)
・他の水利組合との調整能力(16)
・維持管理への農家の参加(19)
・水利組合メンバー間のコミュニケーション(17)
・水利組合の規則、罰則の厳格な適用(15)
・水利組合内の知見・技術の継承(16)
(6) 環境への影響
・かんがい農業による環境への悪い影響の減(15)
・かんがい農業による環境への良い影響の増(13)
(7) 地域社会・経済への貢献
・農業雇用の増加(14)
・貧困の削減(17)
・かんがい水管理への女性の参加増(14)
前述の調査結果から、CLMV各国がほ場内かんがい管理に関して特に重要と考える事項を以下の通りとした。
・乾期における適切な水管理による単位用水量当たりの付加価値の増加
・作期初めに計画されたかんがい面積と実際のかんがい面積の割合
・水利組合の活動と財政の透明性
・水利組合の事務処理能力
・維持管理への農家の参加
5 現地調査
次に、前項の重要と考える具体的な事項を踏まえ、CLMV各国のかんがい関係行政機関へ、首都から遠くない範囲で優良かんがい地区の推薦を依頼し、推薦された各地区について、かんがい行政機関、水利組合(上位)、末端水利組合(各農家)へのインタビューを含む現地調査を行った。
CLMV各国から優良事例として推薦され調査を行った地区は以下の通り。
・カンボジア
Damnac Ampil かんがい地区、Kroach Seouch 地区、Tropeang Trobek かんがい地区
・ラオス
Packcheng かんがい地区、Nogphong かんがい地区、ThinThieng Tai かんがい地区
・ミャンマー(写真1)
Chuang Ma Nge 地区、Sinthe 地区、Paung Laung 地区
・ベトナム
Honh Minh コミューン農業サービス組合地区、Gia Xuyen 農業サービス組合地区、Linh Nam 農業サービス組合地区
6 優良事例地区聞き取り結果
CLMV各国のかんがい担当行政機関が優良地区として推薦した地区の調査で得られた情報について、複数地区に共通する事項をほ場内かんがい管理に関して重要と考える事項に沿って以下の通り整理した。
(1) テーマⅰ:単位用水当たりの付加価値生産量の増加について
・かんがい担当行政機関、水利組合は共に、かんがいの利用による農業収入・付加価値の増加に高い意識を持っている(かんがいの有効性を良く理解している)
・特に干ばつ時において、特産品等の生産は、農家、水利組合、かんがい担当行政機関の協力によって、効果的に実施された
(2) テーマⅱ:かんがい計画の信頼性の改善について
・各地区の水利組合のリーダー、メンバーは、作期の初めに計画したかんがい面積と実際にかんがいされた面積が異なっていることを認識している
・予期せぬ水不足に対処するため、水利組合内部、また、水利組合と地方行政機関のあいだで調整を図っている
(3) テーマⅲ:農家の水利組合への信頼性を確保について
・水利組合のメンバーは水利組合の活動をほぼ理解している
・一部の水利組合メンバーの農家は、メッセージアプリを利用しており、これによって迅速かつ正確な情報伝達の可能性を示している
(4) テーマⅳ:水利組合の強化について
・かんがい管理に関する研修は、ほ場管理に関する研修との組み合わせで実施すると効果的であり、そのためかんがい部局と営農部局の調整が必要となっている
・プロジェクトの実施期間中は、開発パートナーの資金による技術支援が提供されている
(5) その他
・各水利組合を統括する上部組織が設立された。また、水利組合内の技術支援や情報共有のための仕組みが構築された
・予期せぬ干ばつに対処するために、農家自身の努力、あるいは、かんがい担当行政部局、営農部局との協力により、水需要の少ない換金作物が栽培された
7 ASEAN地域ワークショップの開催概要
(1) 目的
これら調査結果をASEAN各国で共有し、また、CLMV各国とASEAN主要6か国間の経験共有のプラットフォームとして機能することを目的に、タイ国王室かんがい局(Royal Irrigation Department (RID))の全面的な協力のもと、調査終了時にASEAN地域ワークショップをタイ国で開催した。本ワークショップでは、前述の調査結果を共有するとともに、CLMV各国がほ場かんがい管理において重要と考えるテーマに沿って、本邦を含む学識経験者等からの発表を得て、知見の共有を行った。
また、このワークショップは国際水田・水環境ネットワーク(International Network for Water Ecosystem in Paddy Field (INWEPF))の会合と共催され、更により幅広い情報の共有が図られた。
(2) 会場
ワークショップ:タイ国チェンマイ県 Duangtawan Hotel
現場視察:Doi Ngoo 貯水池プロジェクト
(3) ワークショップのテーマ
このワークショップでは全体テーマを設定のうえ、CLMV各国へ調査を行ったほ場内かんがい管理において重要な事項を踏まえて、優良地区の整理区分と同じ4つのセッションテーマを設定して、各テーマごとにセッションを行った。
ア.全体テーマ
「ほ場かんがい管理の開発と推進に関する優良事例の共有」
イ.セッションテーマ
サブテーマⅰ 特に乾季において、どのように単位用水当たりの付加価値生産量の増加するか
サブテーマⅱ かんがい計画の信頼性を改善について
(作期開始時の実際のかんがい面積と計画かんがい面積の比率など)
サブテーマⅲ 農家の水利組合への信頼性を確保について
(水利組合の活動や財務の透明性向上など)
サブテーマⅳ 水利組合の強化について
(財政的自立の確保、管理・技術能力の向上、運営維持管理への農家の参加増等)
(4) スケジュール
日付 |
プログラム |
備考 |
2022年 12月11日(日) |
・タイ国チェンマイ県着 |
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12月12日(月) |
・オープニングセッション ・セッション(サブテーマⅰ) |
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12月13日(火) |
・セッション(INWEPF、サブテーマⅱ、ⅲ) |
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12月14日(水) |
・フィールドスタディ |
RID案内 |
12月15日(木) |
・セッション(サブテーマⅳ) ・閉会セッション ・チェンマイ県発 |
|
12月16日(金) |
・チェンマイ県発 |
(5) 国別参加者数
ブルネイ 2名、カンボジア 4名、
ラオス 4名、マレーシア 1名、
ミャンマー 4名、タイ 13名、
ベトナム 4名(以上、英語国名順)
日本 7名、ASEAN事務局 2名
8 最後に
言うまでもなく、ASEAN各国は我が国にとって重要な友人であり、今回の調査全体を通じて、CLMV各国のかんがい担当行政機関・関係農家の、現地調査を含む、調査への多大な協力に感謝するとともに、農業が主要な産業であるASEAN各国の農業農村整備部局とも連携が構築・強化できたことは、JIIDにとっても非常に貴重な財産となった。また、プロジェクト実施全般を通じて指導・助言を得たASEAN事務局及び地域ワークショップの開催地を引き受けてくれたタイ国王立かんがい局の尽力に感謝申し上げる。
"This project on Sharing Best-practices on the Development and Promotion of On-Farm Irrigation Management among the Water-User Groups in CLMV Countries was supported by the Government of Japan through the Japan-ASEAN Integration Fund (JAIF)."
(仮訳)
「CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)各国の水利組合間でのほ場内かんがい管理の開発と推進に関する優良事例の共有に関する本プロジェクトは、日本政府の日・ASEAN統合基金(JAIF)を通じて支援されました。」