2022.2 FEBRUARY 65号
REPORT & NETWORK
元チーフアドバイザー/地方行政
(農林水産省農地資源課事業推進企画官) 高石 洋行
1 はじめに
ラオス国は、東南アジアのインドシナ半島に位置した内陸国家であり、人口約710万人、経済は農業を中心としており、近年はタイ、ベトナム、カンボジアに続き経済発展を続けている。独立行政法人国際協力機構(JICA)ではラオス南部のサバナケット県において「サバナケット県における参加型農業振興プロジェクト(2017~2022)」を実施しており、筆者は専門家として2017年から3年間従事した(図)。プロジェクトは、灌漑、営農、マーケティングの3つを活動の軸として“農業生産活動による農家の収入向上”を目指し、農家が活動への参加を自分たちで決定し、それを行政が主として技術面からサポートするものである。
本稿では、技術者として相手国政府職員(以下「C/P」)への指導に際し、どういった点に留意してきたのかについて紹介する。
2 プロジェクト概要
本プロジェクトでは、「稲作及び野菜作の栽培技術指導」、「市場動向及び販売収支を踏まえた栽培計画の作成と実践」、「行政職員による販路開拓」、「灌漑施設管理・水管理技術指導」、に関するC/P及び農家の能力強化を行っている。
サバナケット県では、雨季(6~10月)は天水による雨季作が行われ、乾季(11~5月)は灌漑施設が整備された農地(全農地の約10%)において灌漑を実施し乾季作を行っている。主要作物はコメ(もち米)であり、その他にトウガラシ、キュウリ、トウモロコシ等の野菜も栽培されている。
農業生産基盤については、ほ場整備がほとんど行われていないため500~1,000㎡程度の小区画・不整形なほ場である(写真1)。このため機械化も進んでおらず、耕運作業のみプラウを取り付けたハンドトラクターを用いており、多くの農家では播種・移植・刈取の作業を手作業で行っている。近年は、農村部の若者が安定した収入を求めて都市部へ流出しており、農繁期には人手が不足するため、労働者を雇用する農家もある。今後も若者の都市部への流出志向は続くと思われる。こういった労働力の不足傾向から、直播の導入、コンバイン保有業者への刈取作業委託も進みつつある。
3 技術指導のポイント
(1)C/Pとの活動方針の共有
プロジェクト開始当初にC/Pとモデル図(写真2)を作成し、プロジェクトの目的である参加型の定義や目指す方向性について共有を図った。一方、プロジェクトの日々の活動は、栽培技術研修や生育状況確認・フォローアップなど具体的な取組みであり、繰り返し続くと「目的のための活動」から「活動のための活動」に陥り活動の改善もなされることなく漫然と業務をこなす状況になる。このため、プロジェクトでは専門家が常に「今日は何のために現場に行くのか」をC/Pに考えさせ確認することで目的を意識させるように努めてきた。
例えば、マーケティング活動の巡回指導においては、毎週1回チーム会議を持ち、巡回指導の結果をチーム内で共有し、それら情報を基に課題や次のステップについてC/Pに積極的に考えさせた。毎週の打合せでは、何のために現場に出向くのか、自分達が現場の巡回指導をする事で、農家にとってどのような変化がもたらされるかを明確にし、巡回前に必要な準備をさせた。今では、目的を意識した現場巡回ができるようになってきている。
(2)農家、C/Pとの信頼関係構築
農家、C/Pに「この専門家は自分たちのことを考えてくれている。一緒に活動することで自分たちにメリットがある。」と思ってもらえるようにすることが、信頼関係構築につながる。そのために専門家が特に備えておくべきと思われる点は、①技術力、②行動力、③発想力と考えている。
①技術力
プロジェクト地区のC/Pは、これまでラオス政府や各国の支援機関、支援団体から稲作栽培技術指導や先進地視察等により技術に関する知識はある程度有している。また、農家においてもYouTubeやFacebookなどのインターネット動画から栽培技術や病害虫防除技術等の情報を収集している。これらのことから、専門家が基本的な事項に関する研修を行っても既に知っている情報である場合も多く、C/P、農家の期待(「この専門家は私たちに対してどのような新しい技術・知識・情報を自分たちに教えてくれるのだろうか?」)に応えることができないこともある。この期待に応えられないと、農家、C/Pとの信頼関係の構築は難しい。そのためには、基本的な技術・知識、インターネットで収集できる情報だけでなく、その専門家オリジナルの技術力を示すことが非常に重要である。これは新技術だけを指すのではなく「現地調達可能な資材、低コストで出来る水路補修工法」、「深水管理による稲害虫駆除技術」、「現地調達可能な資材によるたい肥作り技術」等の現場条件に合った、若しくは現場条件に適応させた技術も含む。さらに、これらの技術を研修の座学で教えるだけでなく、現場で一緒に実践すること、研修後に興味を示した農家がそれらの技術を習得できるよう足しげく現場に通いフォローアップすることが普及性を高める重要なポイントである。
このような新技術が無い場合でも、先進事例を探しC/Pや農家と学びに行く姿勢が非常に重要である。例えば、マーケティング分野の場合、専門家がマーケティング技術だけでなく専門外である野菜栽培指導も合わせて行う必要があった。このような場合、先進事例をC/Pと共に探し必要であればすぐにC/Pと訪問し技術を習得するよう努めた。このようにC/Pの学びたい意欲を尊重しながら活動に活かしていく事でC/Pも前向きにプロジェクト活動に取組むことができるようになる。
【事例紹介:勾配の緩い土水路掘削】
本プロジェクトのノンブルアン地区は、湖の水をポンプアップして灌漑している。水利組織と農家は最末端の2次水路を延伸し、更に下流域を灌漑する計画を考え、郡農林事務所に相談した。郡農林事務所は、「灌漑予定農地の方が水路より高い位置にあるため、土水路を掘削しても意味はない。予算が得られれば、上流側からコンクリート水路を整備するのでそれまで待つように。」との指示を出した。しかし、水利組織、農家共に諦めきれず自分たちだけで水路掘削を行っていた。
プロジェクトが活動を開始したのは、水利組織が掘削を行っていた時であり、彼らの方から「何とか水路を延伸したいがどうすればいいのか。郡農林事務所は無理だと言っていたが何とかしたい。予算が割り当てられるのはいつになるか分からないし、自分たちは待てない。」と要請をされ、専門家の方で地盤高さを確認し、水利組織に対して「プロジェクトではコンクリート水路を整備することはできない。計測の結果、かなり緩い勾配であるが送水できないことはない。これを農家の人力で行うのは相当大変な作業になるだけでなく、皆さんがイメージするような水量を送水できる保証はないがどうするか?」と尋ねたところ、「やってみる。末端農家は貧しい農家が多いので何とか水を送るようにしたい。」ということだったため技術サポートを行った。水利組織組合員が交代で作業を行い延伸区間800mを掘削した。その結果、予想以上に水が送れることとなり、灌漑面積の増加、農家の収入向上に大きく寄与した。
このように、郡農林事務所から一度は諦めるように言われたが、水利組織や農家が諦めない限り専門家は現場を良く見て何とか技術的に解決できる方策を提示することが非常に重要である。
②行動力
プロジェクト活動をする際に、C/Pは時には積極的に、時には消極的になる。専門家は彼らのモチベーションを高めるようファシリテートし、彼らの方から様々な活動のアイデアが出されてくる時は、彼らの意見を前向きに受け止めて活動に取り込んでいく、また彼らが消極的であれば自らリードして活動を動かす行動力が必要である。もちろん、C/Pからのアイデアに対しては具体性(「農家の能力強化をする」といった抽象的なアイデアではなく、具体的なアイデアか?)、実現性(「農家全員を調査する」など非実現的なアイデアとなっていないか?)、効率性(「水利組織に全ての水路を調べさせる」など膨大な労力を要するものとなっていないか?)、経済性(「大型機械を導入して農家に貸し付ける」など財源の見通しもないアイデアとなっていないか?)、自主性(「専門家中心に取り組んでもらう」など他者への依存を前提としたアイデアとなっていないか?)があるのかどうかを専門家が判断してこれらの点が不十分であれば、そのアイデアを全否定したり却下したりするのではなく改善点を提案して彼らの意見を活動に取り込むようにする。
一方、消極的な場合は、その理由をC/Pと話し合って彼らの不安を取り除いて引っ張っていくことが重要である。
③発想力
本プロジェクトでは、営農(稲作)、灌漑とマーケティングを合わせて農家の収入向上を目指している。営農(稲作)では主としてコメの栽培技術を指導し普及を図っていくものであり、灌漑では主として取水施設及び水路の施設管理や水管理技術を水利組織に対して指導している。これらの指導技術はある程度定型化されており、いかにしてその技術を普及・定着させるかに重点を置いて活動している。一方、マーケティングはラオス側からも「マーケティングは多くのプロジェクトが試みているがいずれも良い結果は得られなかった。このプロジェクトでは是非何とかしてもらいたい。」と言ったコメントが出されているように、地域の市場はどのような状況なのか?どういった作物が売れるのか?加工を行うべきなのか?等、様々な要素を勘案しながらマーケティングの方向性を確立していくことが求められている。
このような活動の場合、専門家に特に必要なのは発想力である。発想力が乏しい場合、例えば市場調査を行っても「この地域の市場では多くの野菜が販売されており、対象農家も栽培できる品種である。問題は市場までの輸送方法。希望農家で栽培グループを組織して、輸送用のトラックをプロジェクトが支援すれば、農家グループがこれを活用して市場で販売するようになるはず。」といった安易で本質的な解決にならない結論に至る可能性が高い。
本プロジェクトでは市場調査だけでも、町、村の市場に行き販売者からは「いつ、どんな野菜が、いくらで売れるのか、需要が高い時期はいつか、野菜はどこから仕入れているのか」等、更にレストラン、社員食堂、学校給食など農産物を市場から購入している消費者も訪問し「何の野菜を、いつ、どれぐらい必要なのか」等の情報を集め、分析している。この結果から見えてきたことは、「農家や政府職員は“作っても売れない”“サバナケットはマーケットが小さいから売れない”と言うことが多々あるが、実情は違い、需要はある。農家がその需要に応える種類、時期、量を生産していないことが原因。その裏付けとして、多くの野菜がタイやベトナムから持ち込まれて販売されている。対象農家のマーケティング能力を強化するためにはこの点を抑えることが必要。」である。これは専門家が、地方はマーケットが小さいといった固定観念を持たず、幅広に情報を収集し、そこから活動の軸を導き出すという柔軟な発想力によって行えたものである。
(3)農家、C/Pの自立や気づきを促す
プロジェクトでは、基本的にC/Pや農家の考えを基に活動している。専門家は活動の提案やアイデアの提供はするが、C/Pと農家の意向や意見を踏まえて計画を決定している。一方、彼らに全てを任せることはせず、重要なポイントはプロジェクトの方針に沿ったものになるよう彼らとの打合せで的確にガイドすることが重要である。このため、各専門家は打合せの前に、会議の流れ、議論の進め方、落としどころを十分に考えた上で、打ち合わせに臨むようにしている。
C/Pの能力強化において留意すべき点は「専門家が着地点や解決策を持たない状態で彼らに議論をさせてはいけない」ということである。C/Pに考えさえ、議論させ、結論を決めさせることは非常に重要なアプローチであるが、専門家がノープランの状態で彼らにそれを行わせるのは、ただの放任主義であり、専門家の存在意義を問われる。様々な課題において事前に専門家としての対応策や着地点をシミュレーションし、プロジェクト専門家内で共有しておく事が重要。この際、C/Pに一方的に教えることはせず、彼らが考えを出し合いながらロジカルに組み立てるプロセスを専門家がフォローしていくことが必要であり、これを行うにあたってはメタファシリテーション等の技術が役に立った。
また、C/Pの能力強化の1つの手法として有用であったのは、「こうするべき」と教えるのでなく優良事例と自分達の現状を比較させ、それらの違いを皆で見つけ改善策を考え実践するプロセスであった。「人から言われた事よりも自分で見つけたアイデアの方が主体的になり積極的に実践する」ということを実感出来た。
<メタファシリテーションについて>
ムラのミライ(認定NPO法人)の和田信明と中田豊一が国際協力の現場で使える実践的なファシリテーション手法として開発・体系化した課題発見・解決のための対話術。事実のみを聞くという対話を通じて相手の気づきを促し、自ら課題解決に向かって動き出すのを助ける手法。(http://muranomirai.org/metafacilitation)
4 まとめ
これまでも、これからも情報通信など様々な技術が想像以上の速さで進歩・普及し、更に、社会情勢や経済情勢も日々変化していく。これは先進国だけでなく途上国も同様であり、これまでのようなシンプルな技術支援という形態は通用せず、相手国の政治・社会・環境・経済・インフラ等の様々な要素を勘案しながら、ベストな提案や技術サポートをしていくことが求められていくものと思っている。これに対応できる技術力を身につけるためには、日々の勉学・研究・仕事において専門外や所掌外の内容でも積極的・全力で取組み、自分自身の知識や経験の「引き出し」をいかに多く作っておけるかだと思う。本稿を読まれている方々の今後の研鑽に期待したい。