熊本の水田農業と地下水循環
1.はじめに 約100万人の人口を有する広さ1041㎞2の熊本地域(図1)では、生活用水のほとんどすべてが地下水によって賄われている。熊本県の報告(2014)によると、熊本地域における地下水の年間涵養量は約6億m3と推定され、そのうち水田による涵養量は約2億m3とされる。このように、熊本の地下水資源にとって水田農業は非常に大きな役割を果たしている。しかし、全国と同様に、熊本の水田農業を取り巻く社会経済的条件は必ずしも良好ではなく、水田面積は減少傾向にある。 図1 熊本地域の地下水流動
そこで熊本県や熊本市は、地下水の持続的な利用に向けて、地下水位のモニタリングの強化や地下水取水規制などの取組を実施している。とくに、水田の「夏期湛水事業」は重要な地下水保全対策事業の1つである。これは、転作の休耕期間を利用して、農地に1−3か月間の湛水をすれば補助金が支払われる制度で、主に、熊本地域の中心部を流れる白川の中流域の水田地区で実施されている。これら事業の効果によって、かつて地下水の水位の低下が観測された一部地域でも水位は回復傾向にある。 本稿では著者のこれまでの現地調査に基づき、熊本の地下水循環における水田の役割について述べる。 2.水田の地下水涵養機能と硝酸態窒素浄化機能 水田の地下水涵養量を直接計測することは難しいため、水田の地下水涵養量は次式の水収支から推定される。 I + R = D + ET + P + ⊿S
しかし、白川中流域水田では、地表排水も多いことが確認できる。流入水量(用水量と降雨量)と流出水量(地表排水量と蒸発散量)の日変動を図3に示す。琵琶湖沿岸低平地の場合、地表排水は降雨時に限られるが、白川中流域では晴天日の灌漑実施時にも地表排水が生じていることが確認できる。白川中流域の日単位の用水量は20−300㎜/dであった。とくに、7月下旬の中干し後には最大で 329㎜/dもの高い用水量が計測された。一方で、白川中流域の必要水量はおよそ44㎜/d(=地下浸透38㎜/d+蒸発散6㎜/d)であるから、晴天日の過剰な用水取水によって地表排水となっていることがわかる。 図3 熊本県白川中流域と滋賀県琵琶湖沿岸低平地の流入・流出水量の比較
熊本の地下水流動を再現する数値モデルを利用して、白川中流域の水田の硝酸態窒素除去能力が地下水源の硝酸態窒素濃度に与える影響を評価したものが図5である。1995年以降、水源(「健軍」地点)の地下水の硝酸態窒素濃度はおよそ2.5−3.5mg/Lの範囲で変動し、若干の上昇傾向がみられる。また、水田の硝酸態窒素除去機能を考慮した数値モデルは、硝酸態窒素濃度の変化をよく再現している(図の点線)。そして、仮に水田の硝酸態窒素除去機能がない場合には、地下水の硝酸態窒素濃度は現在よりも約1mg/L高くなることが示唆される。 このように、白川中流域の水田は、地下水涵養機能だけではなく、硝酸態窒素を除去して良質な水を生み出す機能も有している。 3.白川中流域水田の歴史文化的価値(世界かんがい施設遺産) 2018年には、大津町の「上井手用水」と「下井手用水」、菊陽町の「馬場楠井手用水」、そして熊本市の「渡鹿用水」からなる「白川流域かんがい用水群」が世界かんがい施設遺産として登録された。世界かんがい施設遺産とは、「かんがいの歴史・発展を明らかにし、理解醸成と施設の適切な保全に資することを目的に国際かんがい排水委員会(ICID)により創設された制度(農業農村工学会HPより引用)」である。2020年時点では、全世界で105件の農業水利施設が遺産として登録されており、そのうち日本国内の施設は42件である。また熊本では、これまで緑川流域の「通潤用水」と球磨川流域の「幸野溝・百太郎溝水路群」が、それぞれ2014年と2016年に登録されている。さらに2019年には、「菊池のかんがい用水群」(菊池川流域)が登録された。つまり、熊本は県下の一級河川流域すべてに1つずつ世界かんがい施設遺産を有している。これは、熊本が肥沃な土と水に恵まれ、古くから水田農業が行われてきたことによるものである。ちなみに、世界かんがい施設遺産が4件というのは都道府県別で国内最多となる。 ここでは歴史的・社会的資産という側面から、改めて白川流域かんがい用水群について解説する。 (1)築造時の状況 1600年頃、およそ100年続いた安土桃山の戦乱期が終わりを迎え、地方の治世者たちは地域社会の復興を目指して新たな水田開発に積極的に取り組みはじめた。こうした時代にあって熊本では、当時の治世者ら(加藤清正・加藤忠広・細川忠利)によって、数多くの水利システムが築造された。今回登録された上井手、下井手、馬場楠井手、渡鹿の4つの用水は、すべて熊本中北部を東西に縦断して流れる白川(流域面積480㎞2)の水を利用するために築造されたものである。このうち3つの水利システム(上井手用水・下井手用水・馬場楠井手用水)は白川の中流部に、残り1つの水利システム(渡鹿用水)は下流部に、それぞれ築造された。そして、これらの灌漑用水群の築造により、当時の白川流域には約1780haという広大な面積の新田が生まれることになった。 上井手用水(幹線水路延長14㎞、現在の灌漑面積390ha)は、1618年から1637年まで、19年の歳月を要して築造された。これにより、一面に茅原であった土地に330haの水田が開発されることになった。一方、下井手用水(幹線水路延長12㎞、現在の灌漑面積430ha)の原型は、8世紀の奈良時代に掘られた水路にあるとされる。肥後熊本の初代当主となる加藤清正が入国した翌1589年から埋没していた水路の開削や堰の築造が始まり、嫡子の加藤忠広によって1618年に完成した。これにより270haの新田開発が可能となった。馬場楠井手用水(幹線水路延長14㎞、現在の灌漑面積160ha)は、1588年から1608年の期間に築造され、95haの新田開発を可能にした。渡鹿用水(幹線水路延長2.6㎞、現在の灌漑面積250ha)は、1596年(文禄5年)から1606年(慶長11年)の期間に築造された。1本の幹線用水路(大井手)と3本の支線用水路(一の井手、二の井手、三の井手;いずれも6.5㎞程度)からなり、築造当時は1083haの水田に灌漑用水を供給した。 (2)斜め堰と鼻ぐり 4つの用水の水源である白川は、上流域に阿蘇カルデラ(東西18㎞、南北25㎞)をもち、標高1433mの根子岳から有明海までをわずか74㎞の流路延長で流れ下る急流河川である。急な河床勾配に加えて、阿蘇の平均年間降水量が2800㎜を超えることから、白川の河川流況は非常に不安定なものであり、ひとたび大雨が降れば熊本平野に水が溢れ、晴れの日が続けば流量が激減して利水を困難なものにした。つまり、白川流域では、可能な限り効率的に河川から取水することと同時に洪水への配慮が強く求められた。当時、この利水と治水を両立させる技術が「斜め堰」であった。斜め堰には次のような特徴がある。①堰は、頑丈な岩崖の河岸がある河道の湾曲部から少し下流の位置に設置される。②堰の向きは、川の流れを用水路に導くようになっている。③堰の高さは、取水に必要な湛水深を確保できる最低限の高さに設定しており、洪水は堰を越えてそのまま流れ下る。この構造によって、平時は河川水を効率的に取水し、洪水を受け流すことができる。かつて、4つの水利施設には共通してこの斜め堰が設けられていたが、現在は、渡鹿堰にのみ当時の姿を見ることができる。 白川では、阿蘇火山から絶えず供給される火山灰の堆積が水路の維持管理における課題であった。しかし、地形的制約からやむを得ず岩山を深く掘削しなければならなかった馬場楠井手用水では、用水路に堆積する火山灰を容易に浚渫することができない。その課題を解決したのが「鼻ぐり」である。鼻ぐりとは、およそ5m間隔で用水路内に壁を設け、その下辺に直径2mほどの穴をくり抜いたものである。この穴によって、水が流れる際には壁で挟まれた水路区間ごとに縦渦が発生し、水路内での火山灰の堆積が軽減される。意図してなされた工法かどうかは定かではないが、歴史的に貴重な施設であることは確かである。 4.今後の課題 以上のように、熊本地域の地下水循環にとって水田農業は非常に重要なものであり、さらに水田農業を支える農業水利施設は歴史文化的価値を有することが示された。しかし、水田農業や農業水利施設の維持という観点からは現状が直面しているさまざまな課題が見出される。とくに、「水田農業の衰退」は深刻な問題である。 白川流域には、都市化が依然として進む熊本市、大津町、菊陽町があり、今後も農地面積の減少が予想される。加えて、転作作物の栽培面積の拡大により、水田面積(水稲栽培面積)も減少傾向にある。熊本地震時に実施した土地利用調査に基づくと、白川中流域(上井手用水・下井手用水・馬場楠井手用水)では、地震前の時点で、水田面積がすでに農地面積の30%を下回っていたことが示された(図6)。いい換えれば、3つの井手の灌漑用水路としての機能は70%が失われていることになる。 図6 白川中流域の営農状況(左:2015年 右:2016年)
また、地下水保全対策の1つである転作田の夏期湛水事業にも問題点がある。それは、湛水が作物への灌漑が目的ではないことに起因する。つまり、夏期湛水では地表水を地下に浸透させることのみが目的であるため、用水利用において細やかな取水調整は実施されず、湛水を維持するために必要な水量よりもずっと多くの水量が取水される傾向にある。夏期湛水を行う転作田が地区内で増加した結果として、用水路の末端部では、水稲への灌漑用水が不足する事態が生じうる。仮に、白川中流域の水田と転作田が表1のような水文諸元をもつとして、ある一定の地区への用水の供給量のもとで夏期湛水を行う転作田の割合と水不足に陥る圃場の平均面積率の関係を示したものが図7である。
たとえば、地区への用水の供給量が60%である場合、夏期湛水を行う転作田の割合が30%以下であれば水不足に陥る圃場は現れないが、40%以上では夏期湛水を行う転作田の割合の増加とともに、水不足となる面積の割合が4%から33%まで増加することが示されている。現在、白川中流域水田地区における転作田の割合は70%前後であるが、水田において高収益作物を導入する傾向がみられ、転作率は今後さらに増加するものと推測される。くわえて、夏期湛水事業による転作への補助金支給が、夏期湛水を行う転作田の割合の増加を促す可能性が高い。 つまり、現行の非効率な水利用での夏期湛水事業の実施は、熊本地域の地下水涵養量の増強と引き換えに当該の水田地区の用水が不足するリスクを増加させている。したがって、水稲栽培と地下水涵養の両立を図るため、圃場における用水使用の在り方を見直す必要がある。図7には、夏期湛水事業の改善策として、仮に、現在の掛け流しでの用水利用を行わなかった場合の夏期湛水を行う転作田の割合と水不足面積率の関係(用水供給量が70%の場合と40%の場合)も示されている。図より、掛け流し(用水利用時の地表排水の発生)を抑えることによって改善される水不足面積は、地区への用水供給量が10%改善することと概ね等しいことが示唆される。 持続的な水循環を構築するという点では、熊本地域はすでに目的を達成しつつあるようにみられよう。しかし、その裏で水田農業の衰退が進んでいる。先にも述べたように、白川中流域では、地震前の時点で、水田面積がすでに30%を下回っていた。熊本市民の飲用水を確保するために農地と用水が使用されている。地下水涵養機能をはじめとする水田の多面的機能が食料生産よりも重視される状況において、水田や農業水利施設の維持管理の在り方を検討するために、水田農業の意義について改めて考える必要があるだろう。 <参考文献>
熊本県(2014):熊本地域地下水総合保全管理計画・第2期行動計画、1-34.
富家和男、糸満尚貴、松山賢司、柿本竜治、川越保徳(2011):熊本都市域における地下水中硝酸性窒素濃度の現状と地理情報システムおよび窒素安定同位体分析による窒素負荷要因の解明、水環境学会誌、34(1)、1-9.
Tomiie、 K.、 Iwasa、 Y.、 Maeda、 K.、 Otsuzuki、 M.、 Yunoue、 T.、 Kakimoto、 R. and Kawagoshi、 Y. (2009) : Present status and feature of groundwater contamination by nitrate-nitrogen in Kumamoto City、 J. Water Environ. Technol.、 7(1)、 19-28.
濱 武英、軸丸智菜美、小林拓仁、川越保徳、島 武男、藤見俊夫(2015):熊本白川中流域水田の地下水涵養と窒素除去の可能性、農業農村工学会論文集、83(5)、89-93.
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