サブサハラ・アフリカ地域の
稲作振興計画の現状、COVID-19対応、 並びに今後の展望 1.はじめに 2008年の第4回TICAD(アフリカ開発に関する東京国際会議)時に我が国政府および国際協力機構(JICA)が旗振り役となり立ち上げられた「アフリカ稲作振興のための共同体」(CARD:Coalition for African Rice Development)は、2018年に目標としていたサブサハラ・アフリカ地域のコメ生産倍増(1400万t から2800万t へ)を達成し、その第1フェーズを終えた。サブサハラ・アフリカ地域の23か国と11の開発支援機関、そして南南協力パートナー国としての6か国からなる、アフリカ稲作振興に関する意見交換を行うプラットフォームとして機能した10年間であった。目標の達成には多くの関係者の尽力はもとより、なによりも同地域で稲作を行う農家の努力が大きかったことはいうまでもない。一方、発足当時、すでにアジアからの輸入に頼らざるを得なかったアフリカのコメの需給状況は、消費の更なる拡大を受け、生産倍増を達成した2018年においても、好転するには至らなかった。 CARDイニシアティブの基本的な機能はサブサハラ・アフリカにおけるコメセクターへの投資・支援を促すための情報を整理し、加盟国農業省、支援機関、民間企業などの関係者に提供することにある。それぞれの国がどのような方向でコメセクターの振興を進めるのか、その指針となるものが示されていなければ、支援する側、投資する側にとっては、その一歩目を踏み出しにくい。そこで重要となるのが、政府が作成する農業投資計画や戦略である。その戦略文書の作成を支援するのがCARDの第一の取組である。CARD事務局はケニアの首都ナイロビに事務所を構え、ルワンダ人の事務局長の下、3名の日本人と4名の地域コンサルタントで、この支援を中心とした業務にあたっている。 第1フェーズの目標達成を受け、2019年8月に横浜で開催された第7回TICADのサイドイベント(JICA主催)にて、CARD加盟国から期待される形でCARD第2フェーズ*の公式な立ち上げが行われた。同式典には国連食糧農業機関(FAO)事務局長、アフリカ連合(AU)代表、国際稲研究所(IRRI)およびアフリカ稲センター(Africa Rice Center)の両所長を始め多くのCARD支援パートナー機関の代表者に加え、本邦企業(メーカー、商社、コンサルタント)からも大勢の参加を得るとともに、新フェーズにおける彼らのコミットメントについて聞くことができる機会となった。2030年を目標年度とした第2フェーズは、その目標として改めてサブサハラ・アフリカでのコメ生産倍増(2800万tから5600万tへ)を設定した。参加国は第1フェーズの23か国から9か国増え、計32か国となっている。現在、それぞれの国において、その目標達成に向けた活動が開始されている。まずは国ごとの目標設定とそこへの道筋を示す「国家稲作開発戦略(第2版)」(National Rice Development Strategy 2nd edition、以下NRDS2)の作成が進められており、すでに9か国が国の公式文書としてこの戦略文書を承認するに至っている。 加えて、地域レベルでの加盟国間の協力体制の構築といった観点から、CARDの活動に興味を示した5つの地域経済ブロック(RECs:Regional Economic Communities)との協働作業を開始している。必ずしも、すべてのCARD加盟国が国単位での自給を目指すことが最善策ではなく、農業資機材の融通や白米の融通も含めた域内貿易の促進によるRECs単位での自給も視野に入れた支援をCARDとして模索しているところである。また、この活動を通じて、AUとのつながりも、これまで以上に強化しようという狙いがある。 COVID-19との関係においては、2020年5月の段階で、CARD事務局において各国のコメセクターのレジリエンスという観点から政策提言書を作成し、加盟国始め各関係者に対して送付している。種子や肥料など資機材の流通を含めたコメ生産・加工の現場と精米を取り扱うコメ市場とを分けて検討を行っている。レジリエンスとともにCARD第2フェーズにおいて、とくに注視しているのが国産米の市場競争力である。アフリカの各国が生産するコメが、アジアから輸入されるコメと比較して競争力を有しているのかという点である。CARDにおける競争力とレジリエンスについて次項以下、述べていく。 少し話は逸れるが、CARDはその成り立ちから国際NGOであるアフリカ緑の革命のための同盟(AGRA:Alliance for a Green Revolution in Africa)と密接な関係にある。CARD設立の発起人の一人である故コフィ・アナン元国連事務総長が理事を務めていたAGRAから、その総裁が代々CARD事務局の局長の任に就く慣例となっている。現在のCARD事務局長はアグネス・カリバタ(元ルワンダ国農業大臣)であり、同氏は2021年に予定されている国連フードシステム・サミットを主導するべく、 国連事務総長特使に任命されている。近年、「フードシステム」(Food Systems)という言葉が農業・農村開発の世界においても、ある種のトレンドワードになりつつある。フードシステム・サミットを契機に、より一層の広がりを見せるであろうこの言葉についても後段で簡単に触れたい。 2.アフリカ諸国にとっての国産米の競争力という視点 CARD第2フェーズでは、これまでの支援アプローチである「栽培環境別」「バリューチェーン」「南南協力」に加え、RICEアプローチを採用した。コメを表す英単語、RICEの各アルファベットから考えられたもので、「Resilience(強靭性)」「Industrialization(産業化)」「Competitiveness(競争力)」「Empowerment(小農の能力強化)」という4つの視点からコメセクターの発展を推し進めようというものである。これらの視点は生産増というCARDの目標と同じく重要であり、生産量の指標に加え、これらの視点についてもそれぞれを数値化した指標を設定し、継続的にフォローしていくこととしている。 近年、いくつかの機関によりCARD第1フェーズの効果について評価する調査が進められている。それらの調査では、各国で作成されたNRDSの重点は生産面に置かれていたと指摘し、アフリカにおいてコメの生産増をより効率的に牽引し得るのは、圃場レベルにおける生産面での取組(Supply push)ではなく、市場を見据えた質の改善を起点とした取組(Demand pull)であると結論付けている1)。実際、CARD第1フェーズ開始後すぐの2010年頃に作成された各国のNRDS第1版を見てみると、基本方針としてコメの質の改善を意識しバリューチェーン全体への対応を謳ってはいたものの、盛り込まれた具体的な活動内容を見る限り、やはり生産面の取組が重視されていたことは否定できない。CARD支援ドナーのなかには早い段階から、生産現場だけでなく収穫以降から市場への供給までをカバーする支援を実施しているドナーも存在した。上記の調査結果はこの動きを後押しするものとなっている。とくに収穫以降のバリューチェーンの段階として注目されているのは、精米所による精米の質の向上の部分である。 多くのアフリカ諸国のコメセクターでは輸入米と国産米が競合、もしくは国産米同士でシェア争いをするような状況となっている。この動きは民間企業の参入により、ますます拍車がかかってきている。これまで以上に民間の参入がもたらす影響が大きくなってきている状況においては、より一層、「Competitiveness(競争力)」という視点が重要になってくる。輸入米との競合に勝てる国産米の流通を念頭に、市場向け国産米の品質向上を目的としたプロジェクトの実施が、今後ますます増加するものと考える。また、その進展がCARD全体の目標達成を左右するものになると考えている。 3.アフリカのコメセクターにおけるレジリエンス COVID-19はこの種の感染症の広がりが世界的な食料問題を引き起こす可能性を示唆し、多くの国において、自国の食料安全保障を見直す機会をもたらしたといえる。西アフリカのシエラレオネ、リベリア、ギニアの3か国では2014年のエボラ出血熱流行の経験から、農業セクターとして感染症対応やその準備に対してある程度の蓄積がある。ただ、この度のCOVID-19は全世界的な事象であることから、全てのCARD加盟国において、外部要因としての感染症に対する認識が深まったと考える。CARDの新しいアプローチであるRICEの「Resilience(強靭性)」においては、気候変動やそれに付随する課題への対応として灌漑施設の改修や新設、そして耐性品種の開発などが主たる対策になると考えていた。今後、同アプローチの一環として、いかに感染症の問題にも対処していくかが課題となる。以下、関係者間での協議を促すことを目的にCARD関係者向けに配布した政策提言書2)の内容も含めCARDとしてのCOVID-19対応について触れる。 アフリカ地域のコメ輸入量(精米ベース)は、人口増加、都市化や消費パターンの変化等を受け、1992年の402万tから2018年の1671万tまで実に316%増となっている。一方、同時期の生産量の増加は137%に留まっている。アフリカ全体の地域別のシェアでみると、とくに東部アフリカ地域が大幅な増加を見せている(図1)。 図1 アフリカにおける地域別コメ輸入量の推移(精米ベース:1992年─2018年)
アフリカの輸入米依存度は2001年に4割台後半に突入し、しかも世界のコメ輸入量に占めるアフリカの割合は2003年から3割を超えるようになり、ここ数年は3割台後半に至っている3)。 近年はタイ、インド、パキスタン、中国、ベトナムなどがアフリカ向けコメ輸出国としての地位を固めている4)。そうしたなか、COVID-19の発生に伴う輸出国のコメ生産とサプライチェーンの不安定化、そしてアフリカ諸国自身の生産能力の不安定化は、アフリカの食料安全保障に影響を及ぼす可能性を有している。一方、西アフリカ地域を除くアフリカの国々においては、コメはそもそも主食ではなく、比較的新しい作物である。そのために、それらの国では、コメの供給が滞った場合でも他の作物の入手容易度によっては、それほど大きな影響を受けないことも想定される。2007/08年のコメ価格の急騰により暴動が起きたのは、コメを主食とする西アフリカ諸国の都市部が主であったからである。今回のCOVID-19においても、とくに西アフリカ諸国の動向には注視が必要である。 COVID-19の直接的影響として、生産面では労働力の確保、資機材や農業関連サービスの利用といった点で支障が出て、それが生産面積と単収の減少につながるケースが想定される。籾の収穫後処理、流通、加工の面ではロックダウンなどの移動規制がもたらす物流への影響から、生産者、加工業者、流通業者のそれぞれにおいて、キャッシュフロー上の問題が生じる可能性が懸念される。また、検疫体制の強化による物流規制は精米業者の取扱量に大きな影響をもたらし、これらが業者による買い占め行為へとつながることもあり得る。精米の流通および販売の面においては、アジアの輸出国からの安定的な供給が鍵になる。自給率が低く(輸入米依存度が高く)、かつ輸入量の多い国は輸出国側での輸出量調整やそれに伴う国際価格の変動などが生じると、著しく脆弱な立場に置かれる。それらへの対応が急務である。 2007/08年の価格高騰はアジアのコメ輸出国によるパニック的な輸出制限が引き金になったとされているが5)、今回の新型コロナの影響下においても公的な備蓄の重要性が認識され、それが国際市場における流通量に影響を与えるようなことがあれば、輸入米に依存している国から問題が生じてくることは想像に難くない。図2は過去15年ほどのコメの国際価格を示しているが、2007/08年の高騰ほどではないものの、COVID-19の影響による価格上昇が2020年3月頃から見てとれる。ただ、ここ数年の世界的な安定生産の状況も相まって、その上昇基調も6月以降は落ち着きを見せている。 図2 コメの国際価格の推移(タイ米:2005年4月-2020年7月)
このような状況認識に基づき、CARD事務局では、表1のとおり、COVID-19に起因すると考えられるアフリカ諸国の稲作における課題とそれらに対する緩和策を整理した。ここでは、各課題への対応策として①短期的な対応、②状況に応じて検討を要する対応、の2つに分けて示している。 表1 アフリカ諸国の稲作におけるCOVID-19に起因し得る課題と緩和対応策
これらの対応策はあくまで提言であり、それぞれの国の状況に応じて検討、修正のうえで実施されることを意図したものである。各国で形成されているNRDSの推進母体であるタスクフォースにおいて、データと分析に基づいた十分な議論がなされることが期待される。COVID-19や今後発生するかもしれない同様な感染症が、各国のコメセクターをより脆弱な状況に追いやることがないように、一義的には各国における競争力のある国産米生産能力の強化が鍵となる。他方、国境を越えたビジネスとして多数の民間事業体が関与を始めているコメセクターの現状を考えると、コメの生産、流通、消費に関する課題を地域経済ブロックという枠組みのなかで捉えていく必要がある。 実際、この政策提言書の配布後にCARD事務局として実施した各国農業省とのやりとりでは、大半の国から、現時点で生産現場において大きな影響は出ていないとの報告を受けている。一方、物流機能の制限から次期作以降の種子や肥料などの農業資機材へのアクセスに問題が出る可能性があるとのことであった。加えて、「アフリカの角」*地域から始まったサバクトビバッタによる被害は同地域外にも影響を及ぼし、予断を許さない状況に直面している国々もある。今後も、流通量および価格を継続的にモニタリングすることで、政策の修正などを実施していくことが不可欠であり、CARDとしても支援をしていきたいところである。 4.農業・農村開発の分野における新たな潮流 FAOは、2050年までに90億人を上回ると予想される世界人口を養うためには、世界の食料供給を60%増やす必要があるとしている。そのため、生産から加工、流通、小売および消費を通じた持続的かつレジリエントなフードシステムの必要性が言及されている。そこではフードシステムとは、「食料の生産・加工・流通・販売・消費・廃棄に関わる全ての関係者および付加価値付けの活動を包含する一連のシステム」として定義されており、さらにそのシステムが経済的、社会的、環境的に持続的なものであることを目指すとされている。SDGsの第2の目標である「飢餓をゼロに」の実現のためには、不可欠な考えとも説明されている6)。 そして、この考えに基づく新しい開発アプローチとしてフードシステム・アプローチが提案されている。概要は「急激な人口増加、都市化、グローバル化、気候変動や資源の枯渇など農畜水産業や食を取り巻く環境が目まぐるしく変化する今日においては、たとえば農業生産部門を単体でみるのではなく、生産部門と加工部門、生産部門と流通部門、生産部門と消費部門などのように、それぞれの関係性を見つつ、システム全体としての発展(食料安全保障と栄養改善)に向けて取り組む必要がある。」としたものだ。これは、食料を生産し食卓に届けるまでの流れに含まれる多くの要素を包括的に見なければ、ある要素におけるプラスが一連の流れにある別の要素にマイナスに作用するといったことを見落としてしまうということのようだ。この包括的なアプローチが、フードシステム・アプローチと呼ばれるものである。従来のバリューチェーン(VC)アプローチに近い感じもするが、VCアプローチが単体のコモディティーに特化して検討を進めるのに対し、フードシステム・アプローチは相互作用のある他のコモディティーのVCとの関係性も含めて検討するものである。つまり、これまで以上に広い視野で取り組むことが望まれているといえる。 フードシステム・アプローチとは、一つの活動(生産や加工など)、一つのVC、一つの市場などにその検討を留めるのではなく、フードシステム全体を包括的に捉え、マルチセクター、そして、国、地域、大陸といったマルチレベルで分析を行い、施策を実施していくものと理解する。これまでも、さまざまな開発アプローチが提示され、実施されてきたが、そのどれよりも複雑で広範囲である。具体的にどのように取り組めば良好な結果に結びつくのか、我々CARD事務局のような途上国の開発を支援するパートナーにとっても頭のひねりどころとなるだろう。 5.おわりに ここまで述べてきたように、CARDは新たに採用したRICEアプローチに沿って、新たな支援の方向性を打ち出している。第2フェーズにおいては、「競争力(RICEのC)」が重要な柱になることは間違いなく、かつ「レジリエンス(RICEのR)」の観点からは、コメの備蓄や優良種子や灌漑整備についての議論が深化していくことが想定される。COVID-19に代表されるような外的ショックへの対応の一環として、各国で保護主義的な動きが強まる可能性もある。それが国産米生産振興にとっては追い風になるとも考えられ、とくにコメを主食とし年間1人あたり消費量が130kgを超えるような国もある西アフリカ諸国では、その動きがこれまで以上に加速されることが期待できる。 コメという単体のコモディティーを扱うCARDではあるが、他のコモディティーのVCも含めて検討する、つまりメイズやキャッサバの作柄や市場価格が、その国のコメセクターへどのように影響するのかなどについて検討するという視点は極めて重要である。現時点では、CARDとして真正面から取り組めるようなものではないかもしれないが、フードシステム・アプローチの可能性については、十分に理解したいところである。 生産・加工・流通の各部門だけでなく、栄養や農家家計、食品安全性や食品生産関連の雇用、そして他のコモディティーのVCなども含めたフードシステムという、より大きな枠組みのなかで、アフリカ産のコメがどのようなポジションを確立しているのかをよく見極めながら、アフリカ全体でのさらなる稲作振興に向けた支援を進めていければと考える。 |