特集解題

国内技術検討委員会委員長 松浦良和

 近年、日本では台風や豪雨など自然が猛威を振るう被害が急に増えた。過去のデータを眺めても、台風にしても、豪雨にしても、夏の猛暑にしても、昔はこんなに極端なことはなかった。しかも、毎年のように各地で起っている感覚がある。今だからいえるのかもしれないが、閉塞感を余り感じなかったかつての社会経済状況を思い浮かべながら、「昔はよかった」とつい考え込んでしまう。加えて、今は新型コロナウイルスによる感染症の脅威や生活の不自由さが、社会の混迷にいっそう拍車をかけているように思われる。

 今号の特集のテーマは、「レジリエントな農業を目指して−気候変動と新型コロナウイルス−」である。レジリエンスについては本誌でも48号や60号で少し違う切り口で取り上げたことがあるが、気候変動や温暖化なども含め、今後、農業がレジリエンス対応を求められる場面が、ますます増えると考えられるからである。新型コロナウイルスによる影響については、Key Noteのなかで飯山みゆき氏や羽石祐介氏が報告しているが、今のところ世界穀物市場レベルでの危機は何とか回避されているものの、グローバル・フードサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく性などから、今後、さまざまな形での農業や農業関連分野への影響が懸念されている。

 さて、今号Opinionの久馬一剛氏のW.C.ローダミルクの話も興味深い。ローダミルクは黄河流域の黄土高原の荒廃が、別の学者らが唱えていた気候の乾燥化によるものではなく、黄土地帯の畑の表土流出(土壌侵食)に起因することを突き止め、それは、森林を伐り拓いて造った畑地の表土が激しく侵食されているのに対し、黄土地帯の斜面に古い社寺が保持する社寺林は適切に維持されているのを確認したことを理由に挙げている。

 よく考えれば気候の乾燥化などの気候変動、火山活動・風食・水食などの自然の活動、都市化・開発・牧畜などの人間の営為、これらはどのように絡み合い地球温暖化などの地球環境の変化に結び付いているのだろうか。世界中の叡智(えいちを結集しても容易に答えの出る問題ではないと思うが、「農業とレジリエンス」を考える場合には、こうしたメカニズムが徐々に明らかにされるようになれば、今後の調査・研究の進展に大きく寄与していくのではないかと思われる。



持続可能な人類文明と農耕畜産の在り方

 1846年、北大西洋上のデンマーク領フェロー諸島で起った麻疹の流行の経緯を記した詳細な報告書によれば、約60日間で流行は収束し、島民人口の15%強は最後まで感染を免れたという。収束には感染性が低下する必要はなく、感受性を有する人の割合が低下すれば、全員が感染する前に感染流行は収束に向かうとして、これが「集団免疫」と説明している。フェロー諸島の場合、最後まで感染しなかった15%強にあたる約1200人は、すでに感染した人々によって守られたといえるという指摘は驚きである。誰が守られるかは確率論のような世界なのだろうか。

 人類にとって農耕の開始は、食料増産と定住をもたらし、そのことは人口増加をもたらしたが、一方でこれが新たな感染症の流行に格好の土壌を提供することとなり、また、野生動物を宿主としていた病原体は、ヒトという新たな宿主(生態学的地位)を得て、その多様性を一気に増加させたと説明している。

 「持続可能な開発」という考え方の基礎には、地球資源を将来世代に確実に引き渡すためにも、人間の活動が、地球環境にとって不可逆的かつ急激なものであってはならないと執筆者は指摘している。そして気候変動や生物多様性の喪失は、そうした不可逆的な危険にあたり、新たな感染症の出現頻度を上げるという意味で、この世界に重大な結果をもたらすと警鐘を鳴らしている。


気候変動による降雨パターンの変化と水利用

 流域内の水文量の時空間分布を、より高い精度で解析できる「分布型水循環モデル」を用いて、日本の代表的都市の降雨量や降雨パターンについて分析評価するとともに、東南アジア、メコン川流域などでの農業水利用上の適応策について提案している。

 まず過去から現在までの降雨パターンの変化特性については、金沢での約70年間の降雨データを用い、期間を23年毎の3期間に分け、古い方からA期、B期、C期として解析した。結果は、豪雨の発生回数には明確な増加傾向は見られなかったが、豪雨中の最大6時間雨量では、C期はA期の約8%増となり、発生分布ではC期はピークが大きい方に移動している。

 将来の降雨パターンの変化については、気候シナリオと呼ばれる「気候要素の将来予測値の時系列データ」について、二酸化炭素濃度の違いなどを勘案した3つのシナリオに注目して、それぞれ10数個の典型的なパターンについて検討している。期間は3期間、近未来(2026−2050)、21世紀中頃(2051−2075)、21世紀末(2076−2100)。結果は、将来になればなるほど、また二酸化炭素濃度が高くなればなるほど、豪雨の発生回数は増加することがわかった。確率雨量値については、将来期間では、平均値の上昇に加え、分布の裾が右に移動し、大きな雨量が発生しやすくなることがわかった。

 基本的な気象水文データが極端に不足する地域での灌漑(かんがい計画の立案について、カンボジアのプルサット川流域を例示しつつ、新たな「流域灌漑方策」を提案し、その展開方向を示した。データが極端に少ない流域の気象水文データを、気候変動実験で用いる手順で擬似発生させ、それらを観測データの代わりに利用することで、水利施設の規模などの設計に利用できるほか、将来の気候変動の影響をも加味した計画・設計が可能となる利点があると説明している。


乾燥地における水管理のレジリエンス強化

─水不足と気候変動に対処する新たなパラダイム─

 乾燥地は地球の全陸地面積の41%を占め、世界人口の約1/3がそこで生活しているといわれるが、得られる水(再生可能水資源量)は8%程度で、1人あたり再生可能水資源量は2020年時点で1200㎥/年で、世界平均の約5300㎥/年に比べて著しく低い。ファルケンマーク(Falkenmark,M.)の分類によれば、この数値は、1人あたり再生可能水資源量が1700㎥/年を下回っていて、「水ストレス状態」「水不足状態」「絶対的水不足状態」に置かれていることになるという。

 乾燥地においては、砂漠化・水不足の問題に加えて、今後の地球温暖化の進行に伴う干ばつ・洪水の頻発、土壌侵食の激化、土地資源の劣化、地下水補給量の減少、塩害の増大などさまざまな脅威に見舞われる地域が多いと考えられている。このため乾燥地においては、単位面積あたりの農業生産性(土地生産性)よりも、単位水量あたりの農業生産性(水生産性)を最大化する戦略が適切と考えられ、不足灌漑(DI)、補給灌漑(SI)、雨水集水(WH)、精密農業および精密灌漑(PA&PI)、代替作付けパターン(ACP)などを提案している。また、乾燥地で期待される持続可能な水管理として、帯水層の適切な活用、グリーンウォーター(GW:Green Water)の有効利用、排水の希釈利用や海水の淡水化利用など非従来型水資源の利活用、先進的節水灌漑の適用、などを提案している。

 水資源の乏しい乾燥地にあっては、長期的展望を踏まえた持続可能な水管理システムの構築を始め、必要な場合には輸入などによる食料確保戦略も柔軟に検討し、レジリエントな農業・食料供給システムを目指すべきと指摘している。


干ばつ常襲地帯における食料安全保障へのレジリアンス構築

─ザンビア南部州でのソルガム再興のための普及試行─

 干ばつ常襲地帯にあってトウモロコシが主要栽培作物であるザンビア南部州において、執筆者らは2015年から、「耐乾性」の高いソルガムの普及によって、食料安全保障上のリスク低減ばかりでなく、生計向上をも加味したレジリアンスの高い農村社会の構築を目指して取り組んでいる。

 研究対象地域は、標高に応じて500m−1000mの範囲で3か所が選定され、現状での主要栽培作物はいずれもトウモロコシであり、自給穀物としてはトウモロコシのモノカルチャーといえた。伝統的主食作物であったソルガム栽培が減少した理由としては、「鳥害」および「製粉までの手間」が指摘された。一方、食料安全保障の面からモノカルチャーからの脱却を考えると、やはり耐乾性の高いソルガムの「再興」が、干ばつへの農業面でのレジリアンスを高めるであろうと結論づけられた。ただしこれは、トウモロコシからソルガムに完全に移行するのではなく、両作物を栽培する農業生産システムを構築することであると説明している。

 ソルガム普及後の課題としては、ソルガムは健康食材やビール原料としての需要が見込めるため、流通網などの販路形成の確立を図って行く必要があるとしている。そしてこれらにより、食料安全保障上のリスク低減に加えて、換金作物化などによる生計向上を実現することで、レジリアンスの高い農村社会を目指せるのではないかと指摘している。


COVID-19とグローバル・フードシステム

 COVID-19による保健・経済危機の衝撃は世界中を席巻し、保健・教育・所得の三側面に甚大な打撃を与えている(UNDP)。パンデミックはとりわけ社会保険制度へのアクセスが限られる脆弱な社会層に大きな衝撃を与え、貧困と格差を急拡大させている(Stiglitz)。2020年10月、世界銀行は、紛争や気候変動の影響で鈍化傾向にあった貧困削減のスピードが、COVID-19パンデミックのため更に減速したことにより、過去20年間で初めて極度な貧困にある人口数が増加するとの見通しを発表した。

 一方、今回のCOVID-19に関しては、国際機関が、国際備蓄・生産見通しに関する情報提供と国際協調の呼びかけを迅速に行ったことも功を奏して、世界市場レベルでの危機は回避されているが、グローバル・フードサプライチェーンの流通面における潜在的な脆弱性を浮かび上がらせる契機となったと指摘している。

 とくに、サブサハラ・アフリカ諸国の多くは、農業国でありながら、過去数十年間の人口倍増に伴う食料需要の伸びに農業食料生産性の改善・食料供給の伸びが追いつかず、食料輸入国になっており、加えてこれらの国では、病虫害や異常気象の状況で常に農業がストレス状態にあり、影響が短期的であっても、社会・政治不安をもたらす懸念はぬぐえないと説明している。

 気候変動・パンデミック・経済危機に対しレジリエントな社会を作り上げる「より良い復興」のためには、持続可能でレジリエントな農業生産システムの構築が不可欠である。21世紀のグローバル・フードシステムを大きく動かしていくのは途上地域であることから、途上国の小規模農民のニーズを踏まえた持続的農業集約化が、「グレート・フード・トランスフォーメーション(EATランセット委員会)」の成功の鍵を握っていると指摘している。


サブサハラ・アフリカ地域の稲作振興計画の現状、
COVID-19対応、並びに今後の展望

 サブサハラ・アフリカ地域の23か国と関連機関などからなる「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」は、10か年でコメ生産倍増計画(1400万tから2800万t)を2018年に達成して第1フェーズを終え、2019年には更に9か国の参加を得て、第2フェーズとして2030年を目標年度とするコメ生産倍増計画(2800万tから5600万t)をスタートさせた。幾つかの機関は第1フェーズの評価として、コメの生産増を効率的に牽引するのは、圃場(ほじょうレベルの生産面での取組ではなく、市場の求める質の改善を起点とする取組であると結論付けているという。CARD参加国ごとの開発戦略では、輸入米との競合に勝てる国産米を念頭に、市場向け国産米の質の向上を目指したプロジェクトの実施が、ますます増加するのではないかと執筆者は推論している。

 世界的な広がりを見せるCOVID-19は、世界的な食料問題を引き起こす可能性を示唆しており、多くの国においてそれぞれの国の食料安全保障を見直す機会をもたらしたともいえ、CARDとしてのCOVID-19への対応についても次のような課題を指摘している。

 輸入が急増するアフリカのコメ依存のなかで、COVID-19の広がりは、アジアのコメ輸出国の生産とサプライチェーンを不安定化させるほか、アフリカ自身の生産能力をも不安定化させるため、アフリカの食料安全保障に大きな影響を及ぼす可能性がある。

 具体的には、生産面での労働力の不足や資機材などの利用の困難化による収穫量の減少、収穫後の流通加工・物流に対する移動規制などの影響、検疫の強化などによる精米業者の取扱量の減少などへの適切な対応のほか、コメ輸出国側での輸出量調整や国際価格の変動などに対して安定的な輸入を確保・継続できるかが鍵になると指摘している。

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