『一度は訪ねてみたい日本の原風景』および
当研究所は、農業・農村、そして国土の基礎である「水と土」に関する調査研究を通じて、農業農村の振興を推進していくことを使命としている。『一度は訪ねてみたい日本の原風景』は、当研究所の調査研究活動の一環として発刊され、全国の疏水、ため池、棚田、段畑のなかから80地区を取り上げ、人・水・土が織りなす農村の総合的な魅力を発信していくことを狙いとしている。 地区の選定に当たっては、都市住民や海外からの訪日客にとっても魅力的なものとなるよう、農業そのものの特色に加え、農業生産活動によって育まれてきた景観、歴史、文化、技術、さらに、地域の農業を土台として発達してきた郷土料理、農家民宿、近傍の観光スポットといった観光的な要素に注目している。 また、国連食糧農業機関(FAO)が認定する世界農業遺産や国際かんがい排水委員会(ICID)が認定する世界かんがい施設遺産なども選定の参考としている。たとえば、世界農業遺産に認定されている地区では白米千枚田(石川県輪島市)を選定し、オーナー制度など美しい棚田景観の保全に不可欠な取組やライトアップなど棚田を生かしたイベントについて紹介している。また、世界かんがい施設遺産として認定されている地区としては、拾ヶ堰(長野県安曇野市)を選定し、水路の建設に至った農民たちの苦労について触れている。
たとえば「近代農業の礎(近代農業遺産)」では、日本農業近代化の土台となった圃場整備事業の原型となる日本初の区画整理水田が今に残る大原幽学記念館耕地地割(千葉県旭市)を取り上げている。また、多量の雨水を灌漑利用や洪水防止の目的で溜め込むクリーク(溝渠)によって形づくられた原風景を今に伝える横武クリーク公園(佐賀県神埼市)、沼田を掘り下げその泥を盛り立てることで水田を造成し輪中という海抜ゼロメートルの制約を知恵と工夫で克服した堀田(岐阜県海津市)など、地域独自の優れた技術の紹介に意を注いだ。 また、「震災からの復旧・復興」では、東日本大震災の際の津波により壊滅的な被害を受けた仙台東地区、中越地震により美しい棚田景観が破壊された山古志などにおける農業の復興の過程と未来に向かって営農にいそしむ今の姿を取り上げている。 両書とも、全ての地区を見開き2ページで取り上げ、キャッチや説明文と写真で地区の特徴や魅力を分かりやすく伝えるよう工夫されている。また、各地区の近傍の立ち寄りスポットを3か所ずつ紹介している。立ち寄りスポットは、道の駅などの農産物直売所、農家レストラン、農家民宿、地域の歴史を知ることができる博物館などさまざまであり、地区を中心とした観光ルートの設定ができるようになっている。 さて、アジア各国では経済発展が続き、都市には人もお金も集まり、日本の各都市と同等もしくはそれ以上の整備が進み生活水準も向上している。ただ、同時に、特徴のないガラス張りの高層ビルの建設、グローバル企業によるチェーン店の展開などにより、都市の均質的発展が進んでいるように感じられる。一方、農村に目を向けると、そこには各国の固有の文化が色濃く残されている。また、その整備の水準や保全の状況を見ることによって、その国の本当の豊かさを知ることもできる。ARDECの読者には海外への関心が高い方が多いと思われるが、新型コロナウィルスによって海外渡航が難しい今、近傍の農村を訪れ、何気ない風景のなかにある物語に触れて、先人たちの努力に思いを馳せてみてはいかがだろうか。 |