世界農業遺産制度を拡充し
農村地域開発に活かす
国連食糧農業機関(FAO) 世界農業遺産コーディネーター 遠藤芳英

1.世界農業遺産とは

 世界農業遺産(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)は国連食糧農業機関(FAO)が2002年から取り組んできた活動で、国際的に顕著な特色を有し、次世代に引き継ぐべき遺産価値のある農業生産システムを指定して、その保全を促すとともに、それらを取り巻く環境への適応やさらなる発展を目指していく事業である。GIAHSは、農民が幾世代もの年月を費やし、気候や地理的な制約要因を知恵と工夫と努力で克服し、環境に適応した農業を育んできた結果でもある。

 GIAHSとして認定されるためには、次の5つの基準を満たす必要がある。①持続可能な農業生産が維持され、その地区の食料安全保障や生計に貢献すること。これは、良好に機能する農業の存在が不可欠な要件であることを示している。②化学的な農薬・肥料に過度に依存せず、生態系と調和し、多様な作物を組み合わせて、作物間の相互作用を利用する農業によって生物多様性(agrobiodiversity)を実現していること。③気象条件や地理的環境への適応・克服を図るうえで、巧みな伝統的知識・技術が存在していること。④こうした営みによって文化が培われ、知識や知恵を伝承するための組織が在って、活動も展開されていること。⑤農民の長い年月に及ぶ自然への働きかけによって形成された固有の景観(ランドスケープ)が存在すること。そして、これら5つの基準を総体的にまとめた価値が「世界的な重要性(global importance)」を有することが、認定にとって重要な要件となる。この「世界的な重要性」についての定義はなされていないが、世界的に唯一無二の存在ということではなく、「世界的な観点から、国境を越えて共有できる価値であること」と理解されている。


2.世界農業遺産の認定状況

 表1は、現在までに採択された世界農業遺産の一覧である。世界中の21か国で58か所の認定地が採択されてきた。最多はアジアで、中国に15か所、日本に11か所、韓国には4か所ある。これは日中韓という東アジアの3か国が、GIAHSの価値を見出し、積極的な取組をしてきたことに起因している。とりわけ、日本と中国はFAOに対して資金、および人的な貢献を惜しまず、GIAHSの牽引役を果たしている。日本は、GIAHSが途上国のみならず先進国でも存在しうることを示し、その世界的展開への道を拓いたといえる。近年はスペインやイタリアが関心を寄せはじめ、前者は2017年にヨーロッパ初のGIAHSの認定を受け、2019年末までの短期間で4つの認定地を有するに至っている。

表1 世界農業遺産認定地域一覧(2020年1月時点;21か国58地域)
国名 農林水産業システムの名称(認定年)
日本(11) トキと共生する佐渡の里山(2011)/能登の里山里海(2011)/静岡の茶草場農法(2013)/阿蘇の草原の維持と持続的農業(2013)/クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環(2013)/清流長良川の鮎-里川における人と鮎のつながり-(2015)/みなべ・田辺の梅システム(2015)/高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム(2015)/持続可能な水田農業を支える「大崎耕土」の伝統的水管理システム(2017)/静岡水わさびの伝統栽培-発祥の地が伝える人とわさびの歴史-(2018)/にし阿波の傾斜地農耕システム(2018)
インド(3) カシミールのサフラン農業(2011)/コラプットの伝統農業(2012)/海抜以下でのクッタナド農業システム(2013)
韓国(4) 青山島のグドゥルジャン棚田灌漑管理システム(2014)/済州島の石垣農業システム(2014)/ファガエ村におけるバドン地方の伝統的茶栽培システム(2017)/錦山(クムサン)の伝統的な高麗人参農業システム(2018)
スリランカ 乾燥地帯における連珠型ため池システム(2017)
中国(15) 青田の水田養魚(2005)/ハニ族の棚田(2010)/万年の伝統稲作(2010)/トン族の稲作・養魚・養鴨システム(2011)/アオハンの乾燥地農業(2012)/プーアルの伝統的茶農業(2012)/会稽山の古代中国トレヤ(2013)/宣化のぶどう栽培の都市農業遺産(2013)/興化の嵩上げ畑農業システム(2014)/佳県の伝統的ナツメ農園(2014)/福州のジャスミン・茶栽培システム(2014)/ジャガナの農林畜産業複合システム(2017)/湖州の桑基魚塘システム(2017)/夏津における伝統的桑栽培システム(2018)/中国の南部山岳丘陵地域における棚田システム(2018)
バングラデシュ 「浮き畑」農法(2015)
フィリピン イフガオの棚田(2011)
アラブ首長国連邦 アル・アインおよびリワの伝統的ナツメヤシ栽培システム(2015)
イラン(3) カシャーンのカナート灌漑システム(2014)/ジョーザン渓谷のブドウ生産システム(2018)/ゴナーバードのカナートによるサフラン栽培システム(2018)
イタリア(2) アッシジとスポレート間の丘陵地帯のオリーブ畑(2018)/ソアーヴェの伝統的ブドウ畑(2018)
スペイン(4) アクサルキアのレーズン生産システム(2017)/アナーニャの塩生産システム(2017)/オリーブ古代樹農業システム「テリトリオ・セニア」(2018)/オルタ・デ・バレンシアの歴史的灌漑システム(2019)
ポルトガル バローソの農業林間放牧システム(2018)
アルジェリア ゴートオアシス・システム(2011)
エジプト シワ・オアシスのナツメヤシ栽培システム(2016)
ケニア マサイの牧畜(2011)
タンザニア(2) アグロフォレストリー・システム(2011)/マサイの牧畜(2011)
チュニジア ガフサのオアシス・システム(2011)
モロッコ(2) アトラス山脈のオアシス・システム (2011)/アイトスアブ・アイトマンスール地域のアルガン農業林間放牧システム(2018)
メキシコ ソチミルコ、トラウアクおよびミルパアルタ地域のチナンパ農業(2017)
チリ チロエ農業(2011)
ペルー アンデス農業(2011)

 GIAHSを概観すると、世界の農業の多様性が鮮明になる。アジアで特徴的なのはやはり稲作で、棚田自体はアジアに広域に存在するが、たとえば中国やフィリピンの認定地の棚田は農民が長い年月を要して広大な自然の山地を水田に変え、見事な景観を生み出すとともに、森を利用した水供給システムや多数の品種による栽培方式を構築してきたもので、歴史や規模において、世界的価値を有するものといえる。他にも、中国では水田で魚やアヒルなどの飼育を行う農業や桑・養蚕・淡水魚養殖を組み合わせた農業など、異なる作物や動物の相互的な補完機能を利用したアグロエコロジー(agroecology)と呼ばれる農法の認定地があることも特徴的である。それ以外にも、アオハン地区における乾燥地帯に適した雑穀生産といった、特色ある遺伝資源を有した地元の固有品種が数多く育成されている例もある。日本でも、佐渡のトキと共生する農業などは、生態系との調和を実現したものとして注目されている。アジアにはこの他にも、インドのクッタナド低湿地帯の稲作中心の農業やバングラデシュの洪水多発地帯の「浮き畑」農法による野菜栽培、スリランカの溜池を結合させた水系を利用した稲作など、不利な自然条件を克服した事例が多く見受けられる。

 南アメリカには現時点では2か所しかないのであるが、チリのチロエ島やぺルーのアンデス高地では、ジャガイモ(地下茎)の多様な固有品種の栽培や珍しい穀物が数多く栽培されている。さらに、最近、ブラジルの提案が最終段階に至っており、遺伝資源の宝庫のような多種多様な作物と自然の花の採取を組み入れた農業形態が採択を待っている状態である。

 北アフリカや中東では、チュニジア、モロッコ、アルジェリア、アラブ首長国連邦(UAE)において、乾燥地帯での農業生産を行う知恵の結晶ともいえるオアシス農業が認定されている。オアシス農業というと、乾燥地帯での水利用が着目されるが、多くの場合、ナツメヤシを栽培して、その下でオリーブなどの果樹を栽培し、それらの果樹の下では野菜などの作物を栽培して厳しい日光を和らげ、人為的な環境を構築する工夫も大きな特徴となっている。なお、イランでも伝統的な灌漑施設であるカナートを利用した農業やサフランの生産地などが指定されている。

 アフリカでは、ケニアとタンザニアのマサイ族が長年かけて築き上げてきた自然環境と調和した遊牧システムや、タンザニアのキリマンジャロ山腹の自然林とコーヒー・バナナ・農作物の栽培を組み合わせたシステム(いわゆるアグロフォレストリー)が採択されている。

 ヨーロッパでは、スペインの内陸部の塩生産、マラガの山岳地帯でのレーズン用ブドウ栽培、数百年から千年を超える樹齢のオリーブの栽培地、バレンシアの灌漑(かんがい農業、イタリアでもアッシジとスポレート間の丘陵地帯のオリーブ生産、ソアーヴェのワイン用ブドウ栽培、ポルトガルではバローソ地区の粗放的な農業・森林・畜産を組み合わせた農業が認定地となっている。このように、世界各地の知恵と工夫を凝らした特色豊かな農業が指定を受けてきた



3.世界農業遺産の目的

 GIAHSの目指すところは、このような特色を有する農業システムを世界的な遺産として認定することにより、今まで当事者の農民ですらあまり気が付いていなかった、自分たちの農業システムの伝統的な知識や技術、生物多様性、優れた景観や文化を再評価し、それらを国内に留まらず世界に伝え、その保全や発展を促す諸活動を誘発することにある。農業は人が生きるための手段であるから、単に昔ながらの農業システムを保全するだけでなく、伝統的な価値を維持しつつも現代の自然・経済・社会環境に適合し、さらに発展をも目指すことを目的としている。こうした保全の在り方は、英語でDynamic Conservationと呼ばれており、一般的なConservation(保全)と意図的に意味の相違を示す形で使われている。

 ここから浮かび上がるのは、「GIAHSにおいては、認定が到達点ではなく、1つの出発点である」ということである。FAOは、認定業務は担うが、認定後の保全や発展を目指した諸活動は、認定地の農民や関係者、さらにはその認定地を擁する地方政府や国が主体となって取り組むべきものである。これを言い換えると、GIAHSは保全や発展のための諸活動を展開するための枠組みや環境を提供する存在であって、認定を契機とする多彩な効果を成果として実現することは、その後の具体的な活動に大きく依存しているといえる。

 こうした認定後の保全や発展を目指した諸活動に関しては、認定後に取り組むべき諸活動をまとめた「行動計画」を認定申請書と併せて提出することになっている。行動計画には、申請地の直面している課題に即した諸活動を記載し、それらの実施主体(国や自治体政府、地元の農民の組合、その他の農村地域の諸団体・NGO・研究機関)も明記することになっている。



4.行動計画と農村地域開発

 この行動計画の立案と実施こそが、GIAHSと農村地域開発との接点になる。行動計画の具体的内容に関しては認定地の状況によって大きく異なるが、事務局から参考として提示しているのは以下のような項目である。認定地の状況に応じて、これらの項目から適合するものを効果的に組み合わせ、さらに提示されていない事柄であっても、地域の実情に応じて実施することにより、認定地の農村社会が活性化され、認定地の保全・発展に(つながっていくことを目指している。

①GIAHSに対する理解の促進と知名度の普及

 認定による効果を高めるためには、GIAHSやその価値を多くの人に知ってもらうことが必要である。そのためには、ビデオや冊子を作成し広報活動を行うことや学校教育との連携、セミナー・勉強会の開催などが、効果的手段と考えられる。ユネスコの世界遺産などに比べると、まだまだ認知度は低いので、これはFAOとして、いっそうの広報活動を行う必要性を痛感している。

②行動計画を実施するための体制整備

 行動計画では、さまざまな活動が異なる主体によって実施されると想定され、それらの調整機能を担う組織が必要であり、近年、そうした組織の設立を奨励している。また、行動計画の実施を支える基金の設立も有効な手立てとして奨励している。

③遺伝資源の保全

 認定地によって状況は大きく異なるが、多くの場合、土地に固有な遺伝資源を利用した農業が営まれており、そうした貴重な遺伝資源の保全が大きな課題となる。チリのチロエ諸島やペルーのアンデス農業の認定地では、希少種のジャガイモや雑穀が多く存在している。⑤の販売促進でも紹介するが、両国ではこうした希少種を食材に用いるシェフが散見されるようである。他にも、たとえばスペインの樹齢千年を超えるオリーブ生産地(バレンシアとバルセロナに挟まれた地帯)では、現地のミシュラン星付きレストランがオリーブ油は地元の古木からのものを積極的に使用して、保全に貢献しているとのことである。

 また、GIAHSの枠組みを超えて、途上国では貴重な遺伝資源の種を村で保全するCommunity Seed Bankや住民の話し合いによって種子を育成・保全する活動も行われている。日本でも、たとえば庄内地方において土地に固有の野菜品種を保全する活動がある。こうした取組は、農村開発とは直接的には繋がらないが、伝統的品種の作付けや保全を可能にした知識を再評価・継承することによって、その地区の農業の活性化を図る効果が期待できる。

④伝統的な知識や技術の伝承・保全と新技術との融合

 これは農民が長い年月を要して工夫し、維持してきた農法・土壌・水・農地の維持管理、遺伝資源の保全管理などに関する伝統的な知識の継承を行うことである。たとえば、ハニ族の棚田では、毎年、棚田の修復作業を行うが、これは代々引き継がれてきた伝統的知識の1つである。他の例では、バングラデシュの「浮き畑」農法での「浮き畑」造り、イタリアのソアーヴェのブドウ栽培で用いられる独自の棚栽培の方法、マサイ族の遊牧で見られる野生の草の知識、ペルーのアンデス農業で見られるさまざまな穀物の種子の管理や育種法など多岐にわたっている。これらは、認定地における農業の継続に不可欠なものであるため、その保全が重要になってくる。さらに、最近ではこうした伝統知と新技術の融合が提唱されるようになってきた。たとえば、ハニ族の棚田では、傾斜地で収穫したコメをはるか上にある村まで運ぶ作業がかなりの重労働なので、運搬用モノレールなどを導入して労働を軽減するといったようなことである。GIAHSの特徴を失わない範囲であれば、革新的な技術を導入した方が農業生産の持続可能性が高まるものといえる。

⑤農産物の販売促進

 認定によって、その農産物が他の同種の農産物と比べて異なる固有の価値を有することを消費者が理解し、それが購買行動にも反映される場合は、その農産物は他の同種の農産物との差別化を達成したことになる。その結果、高価格で取引される可能性も高まる。こうした農産物の差別化と販売の促進が、認定地側からもっとも期待されている効果の1つである。また、認定にともなう販売促進では、こうした差別化以外にも、地元の固有品種の特性を生かした需要の開拓なども取り組まれている。先に紹介した農家とレストランとの提携、農家が運営する直販市場(いちば、いわゆるファーマーズ・マーケットでの戦略的な販売やネット販売(eコマース)なども手段として考えられる。

⑥観光促進

 いわゆるアグロツーリズムやエコツーリズムの振興を意味する。認定により、その農村の特異な景観・歴史・農業生産・遺伝資源に関心を寄せる人を対象に観光振興を行うとの考えである。中国やフィリピンの棚田では、その景観美により認定以前から観光化が開始されている。観光推進のためには、ある程度の投資や社会インフラ整備も必要になること、あるいは観光化によって農業が悪影響を受ける可能性もあることに、留意しておく必要がある。

⑦女性や若い農業者の活性化

 途上国では、農業生産への女性の貢献度が相当に高い一方、社会慣習によって女性や若い人の発言権が弱いといった状況が少なくない。認定を契機に、農業と農村のさらなる発展のため、これまで発言権の弱かった人の地位を向上させるという取組である。

⑧農業基盤施設の改修

 長年にわたる使用によって劣化あるいは機能不全に陥っている農地・灌漑排水施設・農道など、農業の基盤施設を、認定を契機に改修するという取組である。

⑨農村外部との交流促進

 都市住民の憩いの場や学生の学習の場として、農作業や農地の活用や文化的イベントを通じて、認定地の認知度を高め、農民の活性化にも繋がるものとして、実例の多い取組である。

 こうした一連の活動項目は、行動計画作成の際の参考として事務局から提案しているものであるが、多くの取組が効果的に実施される場合には、相応の成果が期待できよう。行動計画は、その核となる農業に加えて、農村地域のさまざまな経済活動を振興し、それに付随する遺伝資源や伝統的知識を改めて確認したうえで、それらの活用を通じて、農村地域の振興を図るための手段となりえるであろう。

 具体的な行動計画の事例紹介として、イタリアの認定地である「アッシジとスポレート間の丘陵地帯のオリーブ畑」の行動計画を表2に示す。行動計画は、この認定地が属するイタリアのウンブリア州政府の策定した農村地域開発計画に対応した活動をまとめた内容になっており、それぞれの活動が、州政府の農村地域開発計画と連動している。

表2 「アッシジとスポレート間の丘陵地帯のオリーブ畑」の行動計画
 主たる目的  具体的手段
若い農業者への支援 職業訓練による技術習得や営農支援/他国の農業者や企業の視察・交流
農村住民への便宜改善 道路や生活インフラ整備/再生エネルギー開発/水関連インフラの整備/インターネット条件の改善/農村地域再生や景観回復のための投資支援
技術革新 石垣栽培のオリーブへの作業が可能な機械の開発
品質や景観と連携した販売促進 新たな品質規格制定/農家によるGIAHSの特徴の情報発信(対消費者・企業)
農家が提供するサービスの向上 農家の新規事業への支援/アグロツーリズムの発展/農村地域での販売・手芸・旅行業の創設/教育用農家・社会的農家の創設
ネット販売の促進
現地での農産物試食促進 イベントなどでの試食促進
観光客への情報提供 旅行者用情報提供アプリの開発
地元産農産物消費拡大 農家とレストランの提携による地元農産物使用促進
直販推進 地元市場での販売促進
生産者団体の発展 オリーブ油の製造・販売・観光の協業化
耕作放棄地対策 農業技術の伝達と人材育成/観光用の散策路網の整備/灌漑用施設の整備

 この表を概観すると、主要農産物であるオリーブの生産振興のための諸対策が中心になっているが、他にも観光振興の取組から農村の社会インフラ整備まで網羅している。これは同州政府の農村振興の枠組みがEUの農村振興政策に基づいているためであり、先進国型の行動計画ともいえよう。日本の認定地が作成する行動計画においても、このような多岐に渡る項目が列挙されている。一方、途上国の認定地の行動計画は、ここまで網羅的な内容には至らず、遺伝資源の保全・農業インフラの改修・販売促進などに留まる場合が多い。たとえば、農産物のブランド化を図ろうとしても、政府の商標登録関連の法整備が不十分である、あるいは多面的な取組に要する資金が調達できないなどの課題があるため、GIAHS認定後、「初期活動資金として、たとえ少額でもFAOが資金の交付をすべき」との強い要請を受けることもある。



5.世界農業遺産認定の効果の把握

 さて、認定による実際の効果を把握するには暫く時間を置く必要があるが、現在までに認定地から寄せられた情報によると以下が確認されている。

 ①農民の意識変化:これまで時代おくれと思われた技術や農法が世界的な価値を有するとの認定を受け、農民が先祖伝来の農業に、改めて自信を持つ効果。/②農産物の販売価格の上昇や農産物の市場でのブランド化:認定により消費者の関心が高まり、以前より高価格で農産物が取引される効果。これは、主として中国や途上国から報告されている。外部的な突発要因でもなければ物価の上昇がほぼ想定できない先進国にあっては、あまり期待できない効果といえよう。/③農業労働力の回帰/④観光客や訪問者の増加/⑤地元の固有品種の再評価や有効利用の促進/⑥農業投資の増加

 認定による効果を十分に活用して、成果が得られた認定地では、明らかに農村開発で一定の成果があったものといえるが、実態は認定地によって大きく異なり、見るべき成果が得られていない場合もある。おおむね良好な効果が得られている認定地は、認定以前から農業や農村地域の振興の取組が行われてきた場合が多く、行動計画が従来の活動と相乗効果を生んだものと解釈できる。



6.今後の課題

 以上に概観してきた通り、GIAHS事業は、今後も保全すべき世界的価値のある農業システムを遺産として認定することにより、その継続を図るものである。この構図のなかで、農村地域開発は、その目的を達成する重要な手段の1つとして位置づけられる。筆者も業務構想において、本事業の活動を認定地における効果発現の促進管理にも、一段と広げていくことを視野に入れており、今後、GIAHSと農村地域開発は一段と関連を深めていくことが予想される。実際、本年の4月下旬に、EUの農村地域開発関連の委員会に召喚され、GIAHSを説明する要請を受けている。GIAHSが加盟諸国に広まり始めたことにより、これからEUの農村地域政策との関連が深化することを期待している。

 筆者が赴任してからの4年半は、ちょうどGIAHSがFAOの正式事業として新たな発展を遂げてきた時期と重なるが、認定地が増えて関心も高まる一方、直面する課題が多いのも事実である。まず挙げられるのが、依然としてGIAHSの国際的な認知度が低いことである。また、各認定地で行動計画の実施状況にかなりの差があることで、とくに途上国の認定地では、予算不足で十分な活動が行えない状況にある。

 また、GIAHSの認定地は活性化できても、その成果を他の農村地域にいかに繋げていくのかという課題もある。さらに、GIAHSに振り向けるFAO予算が少ないため、事務局も不十分な体制で、会議の開催は日本や中国の任意拠出金でまかなっているという現実がある。現在は、中国の拠出金が2018年末で終了し、日本の2020年度の拠出金を待っている状態であるため、積極的な活動ができない状況にある。FAO外部からの資金に依存している限り財政状態は安定しないのであるが、FAOの予算総額が長年にわたり実質増額がないという状況下では、他の事業も例外なく予算不足にあり、この状態を解消することはなかなか困難である。

 こうした課題を抱えながらも、今後も可能な範囲で極力GIAHSの制度を拡充し、発展させていきたいと考えている。




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