世界農業遺産認定と地域振興の取組
静岡の茶草場農法

静岡県経済産業部農業局お茶振興課 主事 松山真綸

1.「静岡の茶草場農法」について

(1)「茶草場農法」とは

 静岡県の掛川市・菊川市・島田市・牧之原市・川根本町の4市1町では、静岡県の特産品である茶の栽培が、「茶草場農法(ちゃぐさばのうほう」という独自の伝統農法で行われている。

 「茶草場農法」とは、茶園や集落の周りにモザイク状に点在する「茶草場」と呼ばれるススキやササなどが自生する草地から、秋から冬にかけて草を刈り取り、「かっぽし」と呼ばれる草を束ね、まとめた形にして乾燥させ、裁断し、晩秋から冬の間に茶園の(うねの間に敷く農法である(地域によっては、乾燥させた草を裁断せず、そのまま畝間に敷く)。夏には、ただの草むらにしか見えない茶草場であるが、秋になると、きれいに刈られた草刈場に「かっぽし」が点在する風景を見ることができる(写真1)。

写真1 ススキやササなどを束ねた「かっぽし」
写真1 ススキやササなどを束ねた「かっぽし」

 茶草場で刈り取る草のなかで代表的な植物であるススキは、茶園の畝間に敷かれてから10〜20年ほどの長い時間をかけて土に還る。ススキが分解されてできた土は、手に取るとふんわりと崩れてしまうほど柔らかく、歩くとふかふかと包まれるような心地よさがある。「茶草場農法」を実践している茶園では、その土で茶の木の根元を覆い、茶栽培が行なわれている(写真2)。

写真2 ススキなどが敷かれた畝間
写真2 ススキなどが敷かれた畝間

 また、茶草を施用した土壌では、全炭素量が高まるが、この炭素はもともと大気中の二酸化炭素が光合成により茶草に吸収されたものであることから、地球温暖化を緩和する効果があるといえる。

 この「茶草場農法」は、茶園の土壌の保温・保湿に役立ち、土壌中の微生物の繁殖を助け土壌の質の改善を図り、茶草はやがて分解され堆肥となるといった茶園の土壌条件を良好に保つだけではなく、傾斜地茶園の土壌の流出や雑草の繁茂を抑制する効果があるほか、茶の品質にも良い影響を及ぼすとされている。

(2)「茶草場農法」がもたらす生物多様性

 毎年行なう草刈りが、茶草場を多様な生物が生息する特別な場所として維持してきた。茶農家が利用し、維持してきた里山の茶草場(草地)には、300種類以上の草地性植物の他、多種多様な動植物が確認されている。そのなかには、他の場所では見ることができない、(はねが退化し成虫になっても飛べないバッタ「カケガワフキバッタ」などの固有種や絶滅危惧種も含まれる(写真3)。

写真3 カケガワフキバッタ
写真3 カケガワフキバッタ

 人の手によって維持管理されている草地環境は、「半自然草地」と呼ばれている。人の手が入って、草を刈ることは自然を破壊しているように見えるが、実際には、人の手が適度に入った里山環境では、多くの生物種が生息することが知られている。草を刈らずにおくと、生存競争に強い植物ばかりが生い茂り、生息できる植物の種類はかえって減少してしまう。一方、年に1回、草を刈り取ることによって、大きな植物が茂ることはなく、地面まで太陽光が当たるので、さまざまな植物が生息できる。そのため、里山の草地では多くの動植物が生息し、豊かな生物多様性を作り上げている。一方で、年に複数回の草刈りをした場合、生物多様性が損なわれることが分かっている(表1)。

表1 年1回の草刈りにより生物多様性が上昇
2004 2009  備 考
在来種 外来種 在来種 外来種
茶草場1 20 0 23 0 年1回、晩秋に草刈り
茶草場2 46 1 55 1 年1回、晩秋に草刈り
茶草場3 28 0 11 0 2007年に、草刈り放棄
茶草場4 11 7 8 7 年3回、草刈り(新設地)

 より高品質な茶を生産しようとする茶農家の努力によって、今日まで継承されている伝統的な「茶草場農法」の営みが、結果的に、豊かな生物多様性を守ってきたのである。こうして、「茶草場農法」は、高品質な茶生産と生物多様性の保全がバランスよく両立された価値の高い農業文化として評価され、2013年5月に世界農業遺産に認定された。


2.「静岡の茶草場農法」推進協議会の取組と地域振興

 茶草場の保全および「茶草場農法」の継続を推進し、多様な生態系の維持および地域産業や観光などの地域振興を図るため、認定地域の4市1町で構成される世界農業遺産「静岡の茶草場農法」推進協議会(以下、協議会とする)は2012年に発足し、掛川市を事務局としてその活動を開始した。その後、市町の行政域を超えた広域的連携を図るために、2016年4月に事務局が静岡県に移管された。

 ここで、世界農業遺産に認定されてから2019年で6年目を迎えた「静岡の茶草場農法」に関し、協議会が行ってきた取組や今後の活動などについて紹介する。

(1)ブランド化の推進

 協議会では、世界農業遺産認定後間もない2013年9月、「茶草場農法」に取り組む生産者を茶草場農法実践認定者として認定する制度を創設した。2020年1月末時点では、この認定を受けた農家数は499戸、茶園面積は1199ha、管理する茶草場面積は423haとなり、「茶草場農法」を次世代に継承する土台が広がっている。

 また、2013年10月から、「茶草場農法」で作られた茶葉を使用した商品であることを示す「生物多様性保全貢献度表示シール(通称:認定シール)」の販売を始めた。認定シールを貼った商品の販売では、非正規品の出現を防ぐため、販売業者の登録制をとっており、2020年1月末で業者数は145業者、認定シールの販売枚数は延べ450万枚以上に及んでいる。また、販売業者は静岡県だけでなく全国の大都市圏の消費地にも広がっており、全国の消費者に「茶草場農法」の茶が届けられている(図1)。

図1 生物多様性保全貢献度認定シール
図1 生物多様性保全貢献度認定シール

 昨年度は、「静岡の茶草場農法」が世界農業遺産に認定され5周年となったことを記念し、伊豆の高級旅館および静岡市内の老舗レストランの協力を得て、「世界農業遺産とティーペアリングを楽しむ会」を9月〜12月にかけて開催した。

 このティーペアリングとは、料理に合うワインを選ぶように、茶の種類を変え料理との組み合わせを楽しむもので、イベントでは鉄板焼やフレンチのコース料理に合わせて「茶草場農法」の多様な茶を提供した。また、料理だけでなく、茶草場農法実践認定者を招き、茶づくりへのこだわりや「茶草場農法」への思いを語っていただいたり、茶を楽しんでもらう各種体験を実施したりした。イベントには、延べ240名を超える方に御参加いただき、メディアにも多く取り上げられた。こうした新たな茶の楽しみ方を提案する取組は、こだわりと物語を持つ「茶草場農法」の茶の需要拡大とブランド化のさらなる推進を後押しした。

 今年度は、静岡県で開催している国際的な茶の祭典である「世界お茶まつり2019」にて、世界農業遺産および「静岡の茶草場農法」のPRを行った。世界お茶まつりは「春の祭典」と「秋の祭典」と年2回開催され、延べ26の国と地域から、15万人以上の来場者があった。

 5月の新茶時期の「春の祭典」では、認定地域が日替わりで、各市町の茶草場農法実践認定者が丹精込めて作った新茶の試飲・販売を行なった。11月に開催した「秋の祭典」では、茶に関する他の世界農業遺産認定地域とともに出展を行い、来場者に、世界農業遺産および「茶草場農法」や各県の個性豊かな茶製品のPRを行なった。また、会場内で、「世界農業遺産研究成果発表展示」として、東京大学・静岡大学・東京農業大学・ふじのくに地球環境史ミュージアムの協力を得て、「茶草場農法」に関する研究成果をまとめたポスター展示を行った。発表成果は、世界農業遺産認定の決め手となった生物多様性から、茶の品質に関わるものまで幅広い分野で調査・研究をしたものであった。

 こうした活動に加えて、毎年、他の世界農業遺産認定地域と連携して首都圏などでのイベントに出展し、「茶草場農法」および世界農業遺産の認知度向上に努めている。

(2)応援制度基本計画の策定

 「茶草場農法」を持続可能な生産活動とするためには幅広い認知と支持を集めていく必要があることから、2017年3月、企業や個人の支援を受ける応援制度について、基本計画を策定し運用を開始した。この基本計画には、「茶草場農法」を応援する支援制度の創設、農作業ボランティアの活用、企業と農村の交流促進、市民の意識の醸成、グリーンツーリズムの推進、情報発信の強化を主な取組項目として位置付けている。

 高齢化が進む茶農家において、「茶草場農法」に要する労力の多さが課題となっており、この課題を解消するために協議会では、農作業ボランティアの活用を重要視している。そのため、協議会では、茶草場の維持管理作業を手伝ってもらうボランティアの受入推進に力を入れ、「静岡の茶草場農法」の認定地域での作業応援ボランティア受入が、スムーズかつ効率的になるよう必要な事項を定めて助成制度を設けた。毎年、この制度を利用し、多くの民間企業の職員や大学生らがボランティアとして「茶草場農法」の応援に入っており、茶草場農法実践認定者の指導の下、作業を行っている(写真4)。

写真4 ボランティアによるススキの裁断
写真4 ボランティアによるススキの裁断

 この制度は、ボランティアの増大に(つながることから、学習体験プログラムを実施する際にも活用することが可能であり、「茶草場農法」や里山の自然環境への理解を深めてもらうためにも役立てられている。菊川市にある千框(せんがまちの棚田は、美しい景観と多様な生物が生息する豊かな水辺の自然環境が保たれており、一部が茶草場として活用されている。ここでは、毎年「茶草場農法」に関する学習体験プログラムを実施しており、「茶草場農法」と豊かな水辺の生物多様性を保全するための啓発を行なっている。

 また、「茶草場農法」を応援する個人や企業に活用してもらい、露出度を高めることで「茶草場農法」の認知度向上を図ることを目的に、2018年5月に「茶草場農法」応援ロゴマークを作成した。この応援ロゴマークは茶製品のみならず、幅広く使用することができ、これまでにパンフレットや帽子、看板などに使用されている(図2)。

図2 応援ロゴマーク
図2 応援ロゴマーク

(3)茶草場維持継承事業補助金の設立

 今年度より、協議会は「茶草場維持継承事業補助金」の制度を開始した。これは、茶草場農法実践認定者の他、「茶草場農法」の維持継承のために活動を行う団体を対象に、「茶草場の維持管理に資すること」、もしくは「茶草場農法の継承に資すること」のいずれかの活動に該当する事業に対し、一定の助成を行うものである。

 今年度は、認定地域の茶草場農法実践認定者から15件の申請があり、交付決定を行なった。この制度を的確に活用してもらうことで、高齢化が進み、担い手が減少している茶草場農法実践認定者が、今後も「茶草場農法」を続けていくための士気向上に繋がるように期待している。

(4)地域の魅力発信・情報発信

 茶の春先の降霜による新芽への被害を防ぐために茶園に設置されている防霜ファンは、現在の茶栽培には欠かせないものだが、無機質な支柱は景観の魅力を損なわせていた。そのため、その色調を景観に配慮したものとするため、景観デザインの専門家の指導を受けて、ビュースポットから見える約80本の支柱をこげ茶色に塗装した。併せて、ガードレールもこげ茶色の物へと交換を行なった。

 より魅力的になった地域を紹介するために、2017年度には日本語版公式ホームページおよびFacebookサイトを立ち上げ、2018年度には英語版の運用を開始した。これらの情報発信ツールを活用し、協議会の活動や茶草場農法実践認定者の取組について、日々、情報発信を行っている。

 2019年11月には、公式ホームページ内の「茶草場農法」の茶で作られた個性豊かな製品を紹介するページの大幅な改修を行なった。従来のページでは、単に販売先の住所およびホームページリンクの掲示のみであったが、今回の改修により、茶製品を深蒸し茶、普通煎茶や紅茶といったカテゴリーごとに分類し、販売市町別に商品の画像および詳細情報を掲載し、商品画像をクリックすると販売・紹介先のページに移動することができるようになった。これによって、より簡単に「茶草場農法」の茶製品を知ることができ、購入ができるようになった。

 くわえて、2018年度は首都圏などの大手メディアを招き、茶草場農法作業体験を含めた認定地域を回るファムトリップを実施した。認定地域の茶に関する魅力的なスポット紹介を行い、実際に現地で「茶草場農法」の茶を味わっていただいた。このファムトリップにより、今後地域の情報発信を行なううえでの課題点や研究箇所が明らかになったほか、全国紙に「茶草場農法」がテーマの観光記事が取り上げられ、「茶草場農法」およびその地域の魅力発信を行なうことができた。

(5)試験研究の推進

 これまでに、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構や東京大学・静岡大学・東京農業大学・静岡県農林技術研究所茶業研究センターが、「茶草場農法」を対象に研究を実施している。茶草の施用による茶園土壌保水性改善効果や周辺地域の気象環境の情報整理や分析が進むなど、有益な成果が得られており、茶の生産技術の改善や価値の明確化への活用が期待される。

 また、2018年度より5か年計画で、ふじのくに地球環境史ミュージアムに事務局があり環境保全活動を行っているNPO法人ふじのくに地球環境史ネットワークに委託を行い、認定地域内での動植物調査を実施しており、絶滅危惧種を含む貴重な動植物の生息を確認している。世界農業遺産認定地域での生物多様性調査を継続的に実施することで、「茶草場農法」が育む貴重な動植物を把握し、保全に繋げている。

 くわえて、静岡県富士山世界遺産センターの研究員の協力を得て、「茶草場農法」が地域住民の生活や文化に深く関わりながら行なわれてきたことを明らかにするため、茶草場農法実践認定者への聞き取りなどを通し、茶草を利用した地域の伝統行事や地域に根付く風習に関する民俗学・文化面での調査が進められている。


3.課題、今後の活動への抱負

 「茶草場農法」の継続・継承のためには、茶草場の管理者である茶農家の意欲の向上や担い手の育成が重要である。そのためにも、商品である茶の付加価値が広く伝わるように販売促進するとともに、企業や消費者との連携を強めていくことが必要であると考えている。

 具体的展開として、大都市圏でのPR事業をはじめ、応援制度基本計画に位置付けた支援制度やロゴマークの活用、企業と農村の交流促進、グリーンツーリズムによる誘客促進、ホームページやSNSを通じた情報発信力の強化を協議会として一体的に推進することで「茶草場農法」の認知度を高めるとともに、支援の輪を広げ、「茶草場農法」により作られた茶のブランド化を図っていく。

 2018年3月には、「静岡水わさびの伝統栽培」が世界農業遺産に認定された。2020年1月末現在、世界21か国58地域が世界農業遺産に認定されており、国内では11地域が世界農業遺産の認定を受けているが、同じ県に世界農業遺産の認定を受けている地域を2つ有するのは静岡県のみである。引き続き、2つの世界農業遺産を連携させ、よりいっそう「茶草場農法」の魅力発信や観光客誘致を通じた地域活性化に取り組んでいく。

 また、地球温暖化などの問題が深刻化し、全世界レベルでSDGs(持続可能な開発目標)達成に向けた取組の重要性が高まるなか、自然循環型農法で、里山に高い生物多様性を生みだし、持続可能性が高い農法である「静岡の茶草場農法」を維持継承させていくことが、協議会の責務であると認識している。


4.おわりに

 静岡県掛川周辺地域の4市1町で伝統的に行われてきた「茶草場農法」が世界農業遺産に認定されたことは、地域で茶産業に携わる方や茶草場の豊かな自然の研究・保全活動を行ってきた地域住民の方にとって、その魅力と価値を再発見するとともに、携わってきた産業や活動に自信と誇りを改めてもたらした(写真5)。

写真5 「茶草場農法」のシンボル「粟ヶ岳」(掛川市)
写真5 「茶草場農法」のシンボル「粟ヶ岳」(掛川市)

 時代とともに急須で茶を飲む方が少なくなり、リーフ茶の市場が縮小し茶の価格が低迷するなか、「茶草場農法」の茶が、茶が直面している課題を打開し、茶に今一度、関心を持ってもらう契機とする。また、茶草場がもたらす豊かな自然と生物多様性を次世代に残していけるように、この伝統農法を繋いでいけるように活動を推進する。

 今後も、茶草場農法実践認定者や関係者、地域住民の方と一丸になりながら、次世代へ「静岡の茶草場農法」やその伝統を未来に受け渡していく。


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