家族経営農業と土壌の持続的利用
1.はじめに 土壌は数千年から数百万年かけて生成するために、元来、その変化は緩慢である(Jenny, 1994)。しかし、土を取り巻く環境は人口増加や気候変動によって大きく変化し、資本主義の浸透によって農業の担い手も家族経営から企業経営へと大きく変化した地域もある(たとえば、ブラジル)。土を取り巻く環境の変化は、連続耕作の増加、農薬・肥料の投入量の増加といった直接的影響を土壌に対して与え、土壌劣化を引き起こしている。 世界には12種類の土壌があり、それぞれに適した土地利用や農法がある。家族農業によって維持されてきた多様な農耕文化(農法や品種)は均質化しつつあり、肥沃な土地を買い占めるランド・グラブ*という動きもある。化学肥料と化石燃料に過度に依存した近代農業に対する反省として生まれた不耕起栽培さえも、土壌保全と気候変動の緩和の理念の一方で農薬使用量の増加という現実に直面している。家族経営農業を主体とするアフラシア(アフリカとアジアを合わせた地理的概念)地域は、2100年には世界人口の8割を占めると予測されている(峯、2019)。企業経営農業と家族経営農業の「強み」と「弱み」を把握し、インドネシア、タイ、日本、カナダ、ブラジルを事例に、世界と日本の土壌と食料生産の未来を展望したい。 2.家族農業における土壌の機能 土壌とは、岩石の風化物に腐植の加わったものを指す。岩石の風化物には石、砂から粘土(<2μm)までのサイズの粒子が含まれるが、微細な粘土の表面積がもっとも大きく、反応性が高い。腐植とは、動植物遺体を微生物が分解・変質した末に残されたものである。砂、粘土、腐植の混合比率によって、土壌の生産力は異なる。 一般に肥沃な土とは、①保水性・保肥力が高く、②通気性・排水性が良く、③中性、④病害虫が増殖しにくいという条件を満たす必要がある。上記①の保水性・保肥力は、腐植と粘土の量に比例して増加する。腐植および粘土は、その表面にプラスあるいはマイナスの電気を帯びることで肥料成分を保持する。②の通気性・排水性は、粘土および腐植が結合した団粒構造の発達が欠かせない。電気的反発が小さい粘土鉱物種(鉄酸化物)あるいは腐植に富む土壌で、粘土粒子どうしの結合が強まる。③の土壌pHは、降水量の多い地域で栄養分が流亡しやすく、土が酸性になりやすい(Slessarev et al. 2016)。酸性条件では根に有害なアルミニウムイオンの溶解度が高まる一方、リン酸肥料の溶解度が低下する。④連作障害のように、拮抗微生物(菌根菌)の減少や栄養条件の偏りによって、病原菌が増殖しやすくなる。 多様な土を肥沃に変える万能な技術は存在せず、家族農業の知恵に依存してきた。土壌の利用・管理の難しさは、そのまま植物工場の水耕栽培の「強み」と対応する。太陽エネルギーや水資源を自然に依存し、微生物による物質循環機能を活用することで安価に食料生産ができることが、土壌に依拠した露地栽培の「強み」である。一方で、水や肥料の利用効率が低い、成長速度が水耕栽培よりも遅いという「弱み」もある。 3.世界の土壌と農業 土壌は気候、地質、地形、時間、生物(植物や人間活動)によって異なる(Jenny, 1994)。アメリカ農務省の土壌分類体系 Soil Taxonomy(Soil Survey Staff, 2014)では前述のように12種類に分類される(図1)。 図1 世界の土壌図
国連食糧農業機関(FAO)の土壌分類では32種類に分類され、その肥沃度を腐植、粘土の量、酸性度に基づいて格付けしている(Woolf et al., 2010)。肥料に依存しない自然肥沃度は、東ヨーロッパ、中国東北部、北アメリカのプレーリー、南アメリカのパンパに広がる穀倉地帯のチェルノーゼム(黒土)でもっとも高く、黄土高原の粘土集積土壌、デカン高原(インド)のひび割れ粘土質土壌も肥沃である。これらの半乾燥地の土壌は風化程度が小さいために栄養分を多く含み、土壌pHは中性に近い。暖温帯および熱帯地域には強度に風化した強風化赤黄色土、地質の古い南アメリカ大陸とアフリカ大陸には鉄・アルミニウム酸化物の残留したオキシソルが分布する。いずれも腐植が乏しく、酸性であるために肥沃度は低い。 日本の山地の若手土壌、台地の黒ぼく土(火山灰土壌)、低地の未熟土はいずれも腐植や粘土を豊富に含むが、湿潤地では土壌が酸性になりやすいために、肥沃度は中程度の評価になる。北ヨーロッパ、北アメリカに多い泥炭土、砂漠地帯の砂漠土で農業をするためにはそれぞれ排水、灌漑が必要となる。永久凍土では寒冷な気候の制約によって、農業が困難である。 土壌肥沃度には、人口扶養力として人口密度が1つの指標になる(図2: Blum et al., 2004)。酸性の黒ぼく土で中性のチェルノーゼムよりも人口密度が高いのは、降水量が多い気候が植物生産性を高めるためである。インドネシアの近接するジャワ島(黒ぼく土)とカリマンタン島(強風化赤黄色土)では、人口密度がおよそ100倍違う。ただし、肥沃なジャワ島における家族農業は人口増加を招き、農地の分割によって1人当たりの農地面積の狭さ、そして貧困の原因となった。ジャワ島からカリマンタン島への移住政策(トランスミグラシ)では、ジャワ島での農業を持ち込んで、土壌の違いによって失敗する問題が相次いだ(藤井、2015)。 図2 土壌ごとの人口密度の比較
4.地球の収容人数と肥沃な土地の偏在 統計上、世界70億人の1人当たりの年間穀物消費量は300kgである(Alexandratos et al., 2012)。一方、耕地1ha当たりの穀物収穫量は世界平均で3000kgである。単純計算すると1人当たり0.1haの耕地があれば、食料を自給自足できることになる。現在、世界には約15億haの耕地がある。これを単純計算すると150億人分の食料を生産できることになる。ちなみに、不耕起栽培を提唱しているRattan Lal博士は1人当たりに必要な耕地面積を0.05haとして計算している。耕地1ha当たりの穀物収穫量3000kgの場合、1人当たりの年間穀物消費量は150kgに相当する。300kgと150kgの違いの一因は、食生活の高度化、つまり肉をどれだけ食べているかということになる。江戸時代の1石は150kgなので、ベジタリアンの食生活であれば、事足りる。この場合、地球の収容人数は計算上、300億人になる。どのような食生活を選択するかによっても土の扶養できる人口、すなわち地球の収容人数は異なる。 1人当たりの耕地面積は、国によって0.00ha(バーレンなど砂漠地帯)−1.90ha(カナダ)と大きく異なる(The World Bank, 2019)。また、耕地1ha当たりの穀物収穫量は世界平均の3tに対して、日本の水田は5tだが、ブルキナファソのトウジンビエ畑では1tに満たない事例もある(Ikazaki et al., 2018)。気候とともに、肥沃な土地の偏在性が飢餓や貧困の原因の1つとなる。 品種改良や土壌改良の取組がある一方で、国家戦略を背景とした企業による肥沃な土壌(チェルノーゼムや火山灰土壌)の土地の買い占め(ランド・グラブ)も進んでいる(Smaller et al., 2009)。第二の帝国主義と揶揄されるこの動きを土壌学の視点から見ると、新たな土地所有者(企業)に地域の農業および土に関する知識・技術が不足することで、収穫量が落ちれば土地が放棄されることが危惧される。 5.土壌肥沃度を維持する小規模農家の 「強み」と「弱み」 家族農業は、「環境保全型農業」「持続的集約化」の担い手として期待されているが、具体的には、土壌劣化を最小限に抑えながら増産を目指すものである。連続耕作は、雑草や病虫害の増加、土壌有機物の減耗、土壌酸性化を招き、収穫量の低下として顕在化する。腐植も施肥量も少ないアフリカの熱帯土壌では、理想と現実の収量ギャップは極めて大きい(Vanlauwe et al., 2014)。肥沃度回復には、休閑あるいは施肥が必要となる。1人当たりの肥料消費量は、国民総生産(GDP)と正の相関関係を持つ(Our world in data, 2019)。これは、化学肥料が肥沃度ではなく、経済力の有無によって分配されていることを意味し、アフリカで収量ギャップが大きい要因の1つとなっている。 アジアおよびサブサハラ(サハラ砂漠以南)地域では80%が農地面積10ha以下(主に2ha以下)の小規模農家である(Poole, 2017)。カナダの平均農地面積(3000ha)やセラード(ブラジル)の平均農地面積(数百ha)と一律の競争にさらされた場合、資材購入や機械化に限界がある小規模農家は非効率である。小規模農家は、高い単収、高い生物多様性、農薬削減による安全性が「強み」になる(Rapsomanikis, 2015)。ただし、雑草駆除には高い労働投入量が必要となり、農薬削減には植物、土壌、病害に関する高い知識も求められる。タイ北部の家族農業における商品作物への転換、焼畑農業の連続耕作への変化は、土壌劣化を引き起こしており(Fujii et al., 2011)、常に「家族経営農業=環境保全・持続的」とは限らない。 6.土壌劣化のメカニズム 土壌劣化は大別すると、乾燥地における塩類集積と湿潤地における土壌酸性化、両地域にまたがる土壌侵食や微生物分解による表土の損失がある。古代文明以来、乾燥地農業には灌漑水が欠かせず、充分な水によって塩分を洗い流すとともに、地下水位を低く維持する必要がある。粘土は保水力を高める一方で、地下水を毛管上昇によって引き上げる力も強い。現在も、毎年150万haの農地が塩類集積によって放棄されている(Alexandratos et al., 2012)。これは、一年間の世界の農耕地の増加面積と同じ値である。 一方、降水量が蒸発散量を上回る湿潤地では、余剰水分は土壌中を浸透する(Slessarev et al., 2016)。土を酸性にする要因には、酸性雨、落ち葉からしみだす有機酸や炭酸などがあるが、畑でとくに重要なのは窒素肥料と植物の働きである。植物吸収に対して過剰に施用された窒素肥料(とくに硫安)の硝酸化成によって急速に酸性化が進行する。酸性土壌では、植物の根に有毒なアルミニウムイオンが溶け出し、リン酸の溶解度が低下する。「緑の革命」は化学肥料の使用と品種改良によって東南アジアで大成功したが、窒素肥料をまけば増産するという農民の成功体験は窒素肥料の過剰施肥を招き、土壌の酸性化がアジア各地で顕在化している(図3;Fujii et al., 2012)。石灰施肥は一時的な酸性矯正には適しているが、コストもかさみ、長期的には窒素肥料の削減・適正化に向けた農民への教育が必要となる。 図3 アジア各地における土壌酸性化
地域に関わらず問題となるのが、土壌有機物の減耗である。原因は、耕地化による地温上昇、耕起に伴う酸素供給の増加による微生物の分解活性の上昇、収穫物の持ち去りによる炭素投入量の低下、土壌侵食(風食・水食)の増加である。とくに、牛馬・ヒトからトラクターの利用への変化は、土壌侵食の被害を大規模化させた。肥沃な表土の流出・分解によって、農耕地土壌は二酸化炭素の放出源となった。 7.土壌侵食と不耕起栽培 耕起には土壌侵食を加速する一方で、メリットもある。有機物分解の促進による無機養分の放出、雑草の減少、畝立てによる湿害や病害の防止に加え、乾燥地では蒸発散の低減による土壌水の保存効果も期待できる。モンスーン地域の夏作物主体の農業では、冬作物主体の温帯乾燥地農業よりも雑草の生育量が多く、雑草駆除に対する耕起の効果は大きい。乾燥地農業における夏季休閑(サマー・ファロー)では、夏季休閑期に耕起することで雑草による蒸散、土壌水の毛管上昇を断ち切ることによって、下層の土壌水を保存し、翌年の収穫量を増加・安定化させた。しかし、微生物の分解促進、侵食によって土壌有機物の減耗が加速してしまった。 この耕起の問題に対して、Lal博士は熱帯林の開墾畑を事例に、作物(とくにマメ科植物)の残さ被覆(マルチ)によって表土を保護し、雑草と土壌有機物分解を抑制する不耕起栽培技術を提案した(Lal, 2004)。土壌有機物の蓄積量を高めることは、肥沃度の改善、水質の改善、生物多様性の増加に加え、農業由来の二酸化炭素放出量を削減することによって、温暖化を緩和する効果もある(Lal, 2014)。現在では、不耕起栽培を軸にした農地土壌への炭素貯留の促進は、COP21の「4per1000イニシアティブ」合意という国際的な取組に発展している。 一方で、不耕起栽培技術が速やかに受け入れられた地域は、北アメリカのプレーリーのチェルノーゼム地帯およびブラジルのセラード・アマゾンのオキシソル地帯に限定される。農薬と作物残さによる被覆によって土壌水分と表土を保存するケミ・ファローは企業経営の機械化農業と相性が良かったためだ。ブラジルのオキシソルは自然肥沃度の低い土にランクされるが(図2)、鉄酸化物に富むオキシソルは団粒構造を有しており、排水性・通気性については耕起なしに良好である。リン酸、石灰の施用によって化学的肥沃度を補うことでダイズ、トウモロコシ、サトウキビ栽培と肉牛飼育を組み合わせた農業を確立した。同じ熱帯地域でも、ケイ酸塩粘土鉱物(バーミキュライトなど)が主体で物理性が悪く、かつより酸性の東南アジアの強風化赤黄色土では、作物栽培の大規模化が難しく、アブラヤシや天然ゴムのプランテーションが主体となるのとは対照的である。 図4 世界の保全農業(不耕起栽培)畑の面積と
除草剤(グリホサート)使用量の関係
不耕起栽培の理念の一方で、不耕起栽培の広がりと農薬の使用量は比例している(図4;Benbrook 2016, Kassam 2015)。Lal博士は、可能な限り植物そのものの持つ雑草忌避物質を活用した作物残さの表土被覆による雑草防除を理想としている。雑草の制御・利用、農薬の削減は労働投入量の多い家族農業に適している。アフリカ中央平原には、ブラジルと同じく不耕起栽培農業に適したオキシソルが広がっている。異なるのは人口密度と民族や生業の多様性、家族経営農業が主体となった自給食料生産の必要性である。巨大穀物メジャーが主導したブラジルの企業型農業をそのまま技術移転するのではなく、不耕起栽培の利点をミニマム・ティレッジとして組み込んだ農業システムの確立が期待される。 8.新たな技術革新を生む“土壌” 現在、世界の食料の75%が12種類の植物(サトウキビ、トウモロコシ、コムギ、イネ、ジャガイモ、ダイズ、キャッサバ、トマト、プランテン(バナナ)、タマネギ、リンゴ、ブドウ)と5種類の家畜(ウシ、ニワトリ、ブタ、ヤギ、ヒツジ)によって生産されている(FAO, 2012)。多様性の低下は、気候変動や病害虫のリスクに対する農業の抵抗力を低下させている。その典型例は、バナナに見られる。 バナナは企業経営のプランテーションから日本に届くフルーツであるが、プランテンは小農の自給作物でもある。バナナは熱帯各地で同一クローンが栽培されるために、病気に対してきわめて脆弱である。フザリウム菌によるパナマ病が引き起こされ、グロス・ミシェル種が根絶するほどバナナ産業は壊滅的な被害を受けた。農薬、土壌消毒における問題点は、フザリウム菌が土壌中に普遍的に存在する腐生菌であり、その排除が難しいことだ。パナマ病に対して耐性を持つキャベンディッシュ品種に対して、新たなフザリウム菌(TR4)による新パナマ病も発生している。大企業は農薬や土壌消毒によって対処療法が可能だが、コストをかけられない小規模農園への感染は生活への打撃は大きい。 写真1 火山灰土壌に生育するバナナとサツマイモ(インドネシア東ジャワ州)。
バナナは全て品種が異なる インドネシア東ジャワ州ルマジャン県は栽培バナナの多様性のセンターであり、家庭菜園には5品種以上のバナナが混在する(写真1)。火山灰土壌は非結晶性のケイ酸塩鉱物からのケイ酸供給力が高く、ケイ素を吸収したバナナはクチクラ・シリカ二重層を形成することによって、病害抵抗性を高める。多様な品種を栽培することは、伝染性の病害リスクの低減につながる。病原菌の発生しやすいバナナの枯れ葉を除去する一方で、近接する森林やアグロフォレストリーによって難分解性有機物(高リグニン)を供給し、菌根菌を含む拮抗微生物の多様性を高めることで、農薬削減と土壌改良を両立できる可能性がある。結晶性粘土や砂の多い非火山灰土壌では、マメ科樹木の導入による土壌酸性化の進行が速く、利点ばかりではない。土壌の違いに留意した農業技術の最適化が必要となる。 「企業経営」と「家族経営」とで二分できるほど単純ではないが、効率を重視する企業経営では単純に収穫量の多い品種を用いた農業が選択されやすい一方で、食料自給やタネの継続を重視する家族経営では干ばつや肥料不足に対して抵抗性の強い品種が単年度の収穫量よりも重視されるべきだろう(Vanlauwe et al., 2014)。作物に土を合わせる品種改良と肥培管理技術の進歩に対して、土に作物を合わせるリスク低減型の技術の確立が充分ではないことは、農学の継続的な課題である(Sanchez & Buol, 1975)。 遺伝子の組み換えや編集ができるようになった今日でも、品種開発は病気に耐性を持つ在来種からの選抜に多くを依存している。国内にも多様な作物資源があり、たとえば「大塚にんじん」、「練馬大根」などは、下層まで柔らかい黒ぼく土に適応したものである。種は保存しているだけでは守ることができず(発芽率が低下する)、その種に適した土壌環境で栽培を続けることが必要になる。土づくりと種の多様性を維持する担い手は、歴史的には、育種研究者よりも名もなき農民たちであった。しかし、農業世帯割合は江戸時代の80%から、現在では3%に減少している。世界の農業が必ずしも持続的、安定的ではないことを考えれば、食料安全保障の観点に加えて土壌の安全保障と食料自給への意志を再認識するとともに、究極の資源である土壌を「コモンズの悲劇」にはしない、「おらが畑」精神をもって創意工夫をする国内外の小規模農家を支援する重要性も、また再認識する必要があるだろう。 <参考資料>
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