家族農業と在来種の種子保存

日本の種子を守る会 アドバイザー 印鑰智哉

 「国連家族農業の10年」が始まった。もっとも、家族農業の定義はなかなか難しい。家族が営む農業であるとしても、世界の多くの地域では2ha未満の小規模なものがほとんどであるが、一方、アメリカなどでは3000haを超す大規模なものまである。厳密な定義をめぐって論議して、時間を浪費するよりも、むしろ、なぜ家族農業の重要性が強調されるようになったのか、その大きな流れを理解することが重要だろう。


1.世界のこれまでの農業政策

 大きく、第2次世界大戦後の世界の農業政策がどのような結果をもたらしたのか、たどっておきたい。この時期の農業政策を特徴付けるものは、「緑の革命」である。改良品種の種子と化学肥料が世界各地の農地に使われるようになり、食料生産の拡大をもたらしたとされる。それまでの農業が魚粉などを除けば地域で循環する資材をベースに行われていたのに対して、この「緑の革命」では地域を越えた大きな種子企業の登場と化学工業製品である化学肥料そして化学合成農薬の使用が必須となっていく。

 同時に、この「緑の革命」によって農業の金融化が始まる。耕作開始時に種子や肥料などの購入のために多額の費用がかかるようになるが、収穫によって回収されるまでに時間を要するので、どうしても金融的な投資が必要となる。投資を回収し、利益を出すためにも、規模の拡大、大型農業機械の導入、遠方市場への販売なども促進されていく。地域循環型の経済をベースにしていた農業も、こうして戦後、企業経済による包摂化、グローバル化、金融化が進んでいくことになる。

 しかし、その行き着く先は何であったろうか。

 グローバルな競争にさらされることによって、競争力を上げるために単一産品に限ったモノカルチャーが世界に拡がり、作物の単価は下がり、大規模に営農しない限り、儲けが出ない。農家の債務負担は先進国、発展途上国を問わず増加した。一方、とくにダイズ、トウモロコシ、コムギなどの農作物は穀物メジャーの手に握られる結果となった。たとえば、ブラジルはアメリカと世界一を争うダイズの生産国だが、2012年、北東部が干ばつに見舞われて、大統領は北東部に穀物を送る対策を指示しようとした1)が、穀物はほぼすべて穀物メジャーに握られており、ブラジル政府は多数の家畜が死んでいくのを見守ることしかできなかった。

 とくに2007年、2008年、コメなどの主要穀物の食料価格の急上昇によって世界食料危機が起こり、食料保障への深刻な影響を多くの国に与えたことを契機に、世界で食の在り方に対する真剣な検証が政府レベルでも始まることになった。世界食料危機では、食料が足りなくなったのではなかった。世界で生産される食料は十分あるにも関わらず、突然、コメやトウモロコシの価格が急騰し、とくにこれらの食料を輸入に頼る国では食料にアクセスできない人が多数生じて、暴動が起きるに至った国も少なくなかった。

 食料があるのに適正に分配されないことの不条理、この事件はそうした国際分業による食の体制のもろさを示すものとなった。このままでは、世界の食と農はさらなる混乱に陥っていくことが危惧された。そして、人々が生きる権利の基礎を成す食の決定権(食料主権)の重要性が、多くの政府や国際機関によって、否が応でも論じられざるをえない状況が生まれてきた。

 国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連貿易開発会議(UNCTAD)、世界食料保障委員会(CFS)などの国際機関が2010年以降、相次いで小規模家族農業に関する研究報告を発表し、小規模家族農家を基盤とする農業へとシフトしていかなければ、大きな混乱に陥ると警告する事態となった。2014年が国際家族農業年に制定された背景には、そのような議論があった。議論された内容は農業分野の問題に限らず、流通や金融の仕組み、さらには環境など多岐にわたった。「緑の革命」によって引き起こされた食と農のシステムの変化について、さまざまな角度から分析してみる必要がある。


2.生態系に与えた影響

 植物と土壌微生物との共生関係に関する研究は、近年、大幅に進んだ。植物の生育に不可欠なさまざまなミネラルが、土壌微生物の力で植物にもたらされていることもわかってきた。植物は光合成によって作り出した炭水化物の4割近くを、根から土壌微生物に提供する。土壌微生物はその炭水化物を植物からもらって繁殖していく一方、植物にミネラルを与えている。菌根菌糸は植物への水分やミネラル分の供給の9割に、関わっているとみられている。

 また、掌に入る程度の一握りの健全な土のなかには、長さとして10kmにも及ぶ菌根菌糸が存在するという。そうした菌根菌糸は土をスポンジのように軟らかくし、土は雨をさっと吸収することができるようになる。さらに、菌根菌糸は土壌にグロマリンという粘着性のあるタンパク質を流す。この物質によって、バラバラの粒子状だった土壌は団粒構造を持った土へと変化していく。それは雨や風で流出しにくくなり、水分や養分をしっかりと蓄えることができる。それは、菌根菌糸や植物が生き残りやすい環境へと、変化させることにほかならない。この力を最大限に生かすのが、後ほど言及するアグロエコロジー(Agroecology)といえる。土壌はまた二酸化炭素の巨大な貯蔵庫でもあり、その力を生かすことによって、気候変動も緩和できると指摘されている2)

 しかし、化学肥料を多投してしまうと、この植物と土壌微生物の共生関係は止まってしまう。植物は化学肥料によるミネラルをただ吸っていけばよくなり、そうなると植物はもはや炭水化物は出さなくなってしまい、土壌微生物も育つことができなくなる。植物は化学肥料によって成長できるが、土壌を生かす土壌微生物は衰えていく。土壌は硬くなり、水を吸い込まなくなる。雨が降っても地面に水たまりを作って、根腐れを起こしてしまう。土壌をつなぎ止めるグロマリンを失った土壌はバラバラとなり、乾燥すればあっという間に風に吹き飛ばされていくし、雨が降れば根こそぎ流されてしまう。土壌流出の原因は他にもあるが、化学肥料多投による土壌の劣化は、なかでも大きな原因と考えざるをえない。

 世界の土壌の3分の1はすでに失われてしまっており、今なお、5秒ごとにサッカー場の広さの土壌が消えていっている。このままであれば、あと60年で世界の土壌はほとんどなくなってしまうとFAOは警告する3)。土壌がなくなれば農業も不可能となり、人類も生存できなくなる。

 土壌ばかりではない。化学肥料の多投によって共生菌を失った植物は病原菌や虫の害にも弱くなり、また大規模単一生産によって虫や雑草の被害も大きくなる。その結果、農薬の大量使用が必然となる。化学肥料や農薬の大量使用は、生態系に大きな影響を与える。ハチの数は激減し、ハチに頼る植物も連鎖的に激減する。このままでは2050年には100万種を超す生物が絶滅し、第6期絶滅期を迎えることになると警告する研究も発表されている。生態系は、かつてない危機を迎えつつある4)。その主因の1つに、こうした化学肥料や農薬を多投する工業型農業があることは、否定できないであろう。


3.激減する農業生物多様性と種子の独占

 「緑の革命」の進展に伴って、それまで農家が自分たちの独自の品種を多数持っていた状況が一変し、企業が改良した少数の品種だけが使われるようになっていく。そのような状況下、地域に合った種子の多くが失われ、この100年間に世界全体で94%もの品種が失われたという5)

 種子の多様性が失われることは今後、とくに気候変動が激化するなか、大きな危険をもたらすことが予想される。在来種の種子は同じ種類でもばらつき、多様性があるため、雨が多かったり、少なかったりする気候の変動にも対応できる幅がある。一方、企業による改良品種はその性質がほとんど同質に揃っているため、規格品の作物を得る点では好都合なのだが、気候の変動への対応力の幅が狭い。今後の地球環境の激変のなかでは、さまざまな遺伝資源を多様に持つことが安全の保障につながるが、その遺伝資源を私たちはこの間、大幅に失ってしまっている。

 その多様性を、さらに減少させる事態を生んでいるのが、1996年から始まる第2次「緑の革命」ともいわれる遺伝子組み換え農業である。遺伝子組み換え作物の商業栽培が始まると同時に、遺伝子組み換え企業は世界の種子企業の買収を始める。現在、わずか4社(バイエル、中国化工、コルテバ、BASF)の遺伝子組み換え企業が世界の種子市場の7割近くを支配している。しかし、種子市場の支配が進展しても、農民たちが自家採種している種子を使っていれば、影響力を与えることはできない。実際、とくに発展途上地域では7〜9割の農民たちは、自分あるいは仲間が採種した種子を使っていると考えられており、世界の多くの農民たちはこうした企業支配の影響を直接受けないで、自らの多様な種子を用いた農業を実践できていた。


4.世界各国に登場する「モンサント法」

 しかし、近年、こうした農民たちの種子が脅かされている。通称「モンサント法案」と批判される農民の種子の利用を制限する法案が、世界各国で登場してきているからだ。各国の法案はそれぞれ異なるが、農民の自家採種の枠を狭めて、登録された品種を毎回購入する方へ仕向けるという点は共通している。農家は、実質的に企業から種子を買わなければならなくなる。世界の種子市場で最大のシェアを持つモンサント社(現バイエル社)を利する法案だとしてこの名前がある。こうした法案はラテンアメリカ、アフリカ、アジア各国ですでに登場してきている6)

 なぜ、このような法案が出てくるのであろうか。植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)がある。この条約は1961年に登場し、何度かの改訂を経て、現在のバージョンは1991年のものだが、種苗育成者の知的所有権を各国政府に守らせることを目的に作られたものである。この条約を批准すると、登録品種の自家採種を禁止する種苗法の制定(改正)が求められる。この条約は多くの発展途上国にとっては、外国企業への支払いを命じるものになるから、批准国数はなかなか増えなかったが、自由貿易協定を締結する際に、この条約の批准を先進国から要求されるようになってきている。

 農産物の輸出は多くの発展途上国にとって外貨を得る貴重な手段であり、その輸出促進と引き換えに、この条約を批准することを呑まざるをえなくなる状況となってきている。たとえば、昨年末に成立したTPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)においても、参加国はこのUPOV条約の批准が義務付けられている。メキシコやチリでは「モンサント法案」はすでに登場したが、全国的な反対で廃案に追い込んでいる。しかし、TPPへ参加すれば再びこの法案が出てくる7)


5.種子を通じて農業生産を支配

 遺伝子組み換え企業は開発した種子の特許を取得することによって、その種子を独占的に使用する権利を持つようになる(インドやアルゼンチンなど、国によってはその特許を認めていない国もある)。農民は、その種子を自由に使うことは許されない。あくまで、その種子はその企業の発明品であり所有物であり、農民は自らの所有物にすることすら許されず、それを使うためにはライセンス契約をしなければならない。そのライセンス契約では、農薬まで指定され、その使用が義務づけられる。農民は契約労働者に過ぎず、自由な生産者ではなくなる。種子に高額なロイヤリティが課せられるにとどまらず、農業の決定権が、生産者から奪われることになる。

 遺伝子組み換え企業とは、前身をたどれば、いずれも農薬を製造する化学企業であり、農薬の独占的販売が遺伝子組み換え農業に踏み出す決定的な動機になっているといわれている。つまり、種子を奪われることは農業の在り方を決められてしまうことになる。農民にとっては、資源多投型農業を強いられることになり、経済的負担も増える。アメリカやフランスの大規模農家でも、その債務状態はきわめて厳しく深刻である。

 そして、こうしたグローバル企業は多様な品種を提供しない。「アメリカ国土で開発した同じ種子を、インドやアフリカでも栽培しろ」という話になる。地域に適した多様な種子を育成・提供するには莫大な費用を要し、営利事業には向かない。それが可能なのは地域の農家、あるいは地方自治体との共同事業であろう。しかし、こうした自治体の関与は民間企業の事業展開の障害になるとして、今、世界各国でその事業を民間企業に任せるべきという圧力が加えられている。日本における主要農作物種子法廃止も、その文脈の1つと考えるべきだろう。しかし、公共団体による種子事業がなくなり、民間企業に任せてしまえば、その多様性がさらに失われることはまず間違いがない。


6.解決策としてのアグロエコロジー

 以上、「緑の革命」と第2次「緑の革命」(=遺伝子組み換え農業)によって、穀物メジャーや遺伝子組み換え企業などの多国籍企業が、食のシステムに強く影響を与え、食料保障が危うくなったり、農民の権利が侵害されたりするだけでなく、生態系にも深刻な影響が現れている現状を見た。そして、その行く末には、さらに破局的な事態が予測される。それでは、このシナリオを家族農家が変えることはできるのであろうか。ここで今、世界的に生まれつつあるアグロエコロジー運動に注目してみたい。

 アグロエコロジーとは、「農業に生態学の原則を適用する科学である」とミゲル・アルティエリ教授(カリフォルニア大学)は定義する。しかし、それを行うためには当然、農業実践が必要となり、さらにそれを困難にする政治状況を変えることも必要とされるため、単なる学問であるのではなく、農場での実践や、農業や食の政策を変えさせる社会運動の重要性も強調され、「学問・実践・社会運動の3つのレベルが存在する1つの運動である」とも定義される。アルティエリ教授は、ラテンアメリカで実践される伝統的な農業のなかに、生産性が著しく高い画期的な技術が存在していることを研究で明らかにする。「伝統的な農家の知恵」と「科学者の知見」との対話によって、よりよい農業実践を可能にしていこうとするものが、アグロエコロジーであるといえる8)


7.アグロエコロジーは、なぜ拡がったのか

 ブラジルを例に見てみたい。ブラジルにおいて、現在、最大の有機生産者団体、アグロエコロジー運動推進団体といえるのが、MST(土地なし農業労働者運動:Movimento dos Trabalhadores Sem Terra)といえよう。同国は、きわめて少数の地主による農地の支配が、世界的にもっとも顕著な国の1つである。憲法でも農地改革は言及されているが、政治は大規模地主層に権力を握られており、現実にはなかなか進展しない。MSTは貧しい農業労働者たちを組織して、非暴力直接行動によって、憲法に規定された農地改革の実行を求めていくことで数々の成功を収めてきた。

 このMSTは、アグロエコロジーを初期から推進してきたわけではない。活動を始めた80年代半ばには、地主が行ってきた化学肥料や農薬を多投する農業、「緑の革命」モデルを踏襲することも少なくなかったという。しかし、そのような農業では結局、債務が累積してゆき、農地改革でようやく取得した土地も、最終的には手放さざるをえない状況に追いやられるケースが続出した。その一方で、アグロエコロジーを選択した場合にあっては、成功率は極めて高かった。「緑の革命」モデルでは投入財コストが増大するが、アグロエコロジー・モデルではそうしたコストが少なく、しかも十分な技術指導さえあれば収穫も十分に高いレベルであった。アグロエコロジーが拡がった1つの理由は、その経済的な優位さにある。

 もう1つの理由は、「食料主権」に関わるものだ。つまり、「緑の革命」モデルでは企業の種子によって生産の在り方が決定されてしまう。つまり、生産者の決定権が失われてしまう。その結果、多国籍企業などからなるアグリビジネスの最底辺の労働力として位置づけられ、従属的な存在になっていくことが認識されたことが、それと訣別するうえで大きな動機となった。

 こうした経験を経て、MSTは組織としてアグロエコロジーを推進することを2000年前後に決定し、全国的にアグロエコロジー推進をしていくことになる。そして、ブラジル政府は2012年、アグロエコロジーを農業政策に取り入れることを決定するに至る9)

 先進国にあっては、化学肥料も農薬も使わない有機農業は金持ちのための農業などと称されることがあるが、ラテンアメリカではもっとも金のない農民たちが実践して、成功を収めている。環境に与える影響、そして人々の健康に与える影響においても、アグロエコロジーがもたらすメリットが理解され、今や農業分野だけでなく、環境、医療などの分野からの理解者も増え、全社会的に理解を得られる政策として、認められるに至っているといえるだろう。

 このようなアグロエコロジー運動は今やラテンアメリカのみならず、アフリカやアジアにも拡がり、さらにフランスやEUなども、その政策を積極的に取り入れ始めている。アメリカは、世界でもっともこの研究が盛んな国である。この動きは、ついに国連をも動かした。FAOは2013年にアグロエコロジーの強化こそ、深刻化しつつある世界の食料問題を解決する道であるとして、その世界への普及活動に取り組むことを決定、世界最大の小農運動組織であるラ・ビア・カンペシーナと協力して活動していることを発表し、その後、世界各地でアグロエコロジー普及に向けた活動が進められるに至っている10)

 今後、家族農業を守るうえで、このアグロエコロジーの普及は、その主軸となっていくであろう。


8.小農の権利宣言

 世界では、アグロエコロジーへの支持が拡がる一方で、多国籍企業による種子から市場までの食のシステムの独占が着々と進んでいる。発展途上国においては、小規模な家族農家、小農がこうしたプロセスのなかで土地を奪われ、難民化する地域も頻出している。先進国においても、農家の数は例外なく減っており、しかも高齢化しつつある。自由貿易協定の体制は世界化しつつあり、その協定のなかでは、多国籍企業による事業利益が優先され、家族農業に基づく農業は後景に追いやられようとしている。

 小農の危機は世界の農業の危機であるが、それは同時に生態系の危機でもあり、人類の生存とも深く関わりかねない状況にある。こうしたなか、国連で昨2018年、小農の権利を種子から文化・価値、さらには政治的権利・決定権にまで包括的に定義した「小農および農村で働く人びとの権利宣言」が成立した11)。この宣言は「家族農業の10年」が取り組まなければならない、さまざまな課題を権利宣言という形で表現したものといえ、この宣言が「家族農業の10年」に先駆けて成立したのは、大きな朗報ということができる。


9.日本政府の対応

 国連では、かつての工業的農業の推進が引き起こした問題への反省から、小規模家族農業の重視、アグロエコロジーの重視など、大きな方向転換がなされた。しかし、現在の日本政府の政策にはそれはいまだ反映されておらず、民間企業のさらなる農業参入が家族農業を圧迫する状況が続いている12)

 国内の農業政策のみならず、ODAを使った海外援助事業でも、ブラジルのセラードやモザンビークのProSAVANA開発計画などで小農の権利を損ない、多国籍企業を利する大規模農業開発を進めているとして、現地の農民団体や国内外の市民団体から強い批判を受けている13)

 「家族農業の10年」を機に、今一度、進むべき道を再検討する時期ではないだろうか?


前のページに戻る