なぜ今、 「国連 家族農業の10年」なのか

国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所     
所長 チャールズ・ボリコ

1.はじめに

 2019年5月にローマで開催された「国連 家族農業の10年」の記念式典で、100か国から400人が参加した。その参加者を前に、FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations)事務局長(当時)のグラチアノ・ダ・シルバは、次のように呼び掛けた。「家族農業におけるイノベーション(革新)を加速させましょう」。

 世界の食料の大半を生産しているにもかかわらず、その当事者である家族農家の人々が飢えに直面している─。こうした実態に対して、事務局長は「とうてい容認できるものではない」と、支援の必要性を訴えた。「誰もが、いつでも、安全で栄養のある十分な食料を、手に入れることができること」と定義される食料安全保障を支えている家族農家とは、どのような人々なのか。そして今、世界が家族農業への支援に取り組むべき理由はなにか。最新のデータを交え、その背景と共に論じることにする。


2.家族農業とは何か

 国連では、「国際土壌年」(2015年)や「国際マメ年」(2016年)などの国際年(International Year)と同様に、1つのテーマについて「国際の10年(International Decade)」を設け、国際社会全体に行動を呼び掛け、課題の周知を図ろうと啓発・広報を行っている(図1)。「家族農業の10年」は、2014年の「国際家族農業年」の成果を受け、2017年12月の第72回国連総会において採択された。

図1 「国連 家族農業の10年」のロゴマーク
図1 「国連 家族農業の10年」のロゴマーク
出 所:FAO

 その期間は2019年から2028年で、FAOは、同じくローマに本部を置く国際農業開発基金(IFAD:International Fund for Agricultural Development)と共に、担当機関として牽引(けんいん役を務める。

 家族農業とは何か─。FAOには、あまねく同意された1つの定義はなく、国や地域、文脈により異なるとしたうえで、家族農業の概念を次のように紹介している。

─家族農業(家族を基盤とするすべての農業活動を含む)とは、1つの家族により、男女を問わず主として家族の労働力に頼って管理運営される農業・林業・漁業・牧畜業・養殖業の生産を行うための手段である。家族と農場は互いに結び付き、共に発展するものであり、経済的・環境的・社会的・文化的機能を兼ね備えている。世界の農家は5億7000万を上回り、これらの家族農家が占める割合は少なくともその90%に及ぶと推定されている。その形態は超小規模から大規模農家まで幅広く、構成についても先住民・伝統的コミュニティ・漁業者・牧畜民・森林居住者・食料採集者など極めて多様である。

 世界の食料の8割以上(価格ベース)が家族農業の生産によって支えられているにもかかわらず、多くの国・地域では家族農業が経済発展の阻害要因ともみなされ、政府から相応の支援を受けられていない。また、貧困やジェンダー(社会的性差)による格差も根強い。世界で、食料不安に直面する貧困層の8割は農村地域に暮らし、そのうちのおよそ9割が小規模家族農家とされる。世界の農業従事者の半数は女性であるにもかかわらず、その農地の15%を所有するにすぎない。


3.世界の食料と栄養の現状

 最新の食料安全保障の現状に目を向けると、FAO が2019年7月に発表した報告書(The State of Food Security and Nutrition in the World 2019)による2018年時点のデータでは、 飢餓人口、すなわち慢性的な栄養不足に陥っている人々の数はおよそ8億2000万以上であり、世界総人口のおよそ9人に1人が飢餓に直面している。数十年にわたり減少傾向にあった飢餓人口は、2015年に増加傾向に転じ、2010-2011年の状況に戻ってしまった。これは、世界で十分な量の食料が生産されていないからではない。気候変動や紛争、経済停滞など、複数の要因が絡み合い、食料供給の不安定化や入手困難、さまざまな形態の栄養不良を招いているからである。

図2 栄養不足人口と栄養不足蔓延率の推移
図2 栄養不足人口と栄養不足蔓延率の推移
出 所:FAO, The State of Food Security and Nutrition in the World 2019

 また、同報告書による食料不安の程度に着目すれば、世界人口の17.2 %が中等度の食料不安を経験している。つまり、13億もの人々が、必ずしも飢えに苦しんでいるわけではないが、栄養価の高い十分な食料を定期的に入手できず、さまざまな形態の栄養不良や健康不良の危険性に、つねに脅かされていることを意味する。中等度および重度の食料不安蔓延率を合計すると、世界人口の26.4%(約20億人)に相当すると推定される。

 世界は、2050年には90億人を突破すると予測される人口を支え、また、農家だけでなく人類全体、また地球にもすでに大きな影響を与えている気候変動にも対処しなければならない。土地資源や水資源の劣化、くわえて生物多様性の減少などの課題も抱えている。そうしたなか、家族農業が持つ持続可能性と包括的な農業システムに再び注目し、支援することは世界の食料需要を満たし、人類が持続的発展を遂げるうえで、大きな意味を持っている。


4.「国連 家族農業の10年」における行動計画

 多様な家族農家の実態を考えると、これらの課題に取り組むには家族農家に特有のニーズや地域性などを考慮しつつ、家族農家の人々が本来的に有する能力や強みを引き伸ばすことが必要である。それぞれの文化や伝統を考慮した資材投入、女性や若年の農業従事者に対する重点的配慮、生産者団体や協同組合の強化、土地・水・融資・市場へのアクセスの改善、教育、医療、清潔な水・衛生環境の整備など、基本サービスへの公平なアクセスを推進することが重要である。

 これらと同時に、農村コミュニティの開発を促進するという家族農家の役割を支えることも求められる。それは、地域の食料供給のみならず、雇用や収入の創出、地方経済の活性化など、重要な効果を担っているからである。

 これらを踏まえ、FAOなどは「国連 家族農業の10年」における行動計画を定めた。この行動計画は、家族農家を、国連が掲げる「持続可能な開発目標」(SDGs:Sustainable Development Goals)達成における主要な担い手と位置付けたうえで、共通かつ一貫した統合的な方法にのっとって、家族農家への支援を加速させることを目指している。先に述べた家族農家の多様性、不均一性を念頭に、国際レベルから地域レベルまで、国連関係機関、国際金融機関、各種公的機関、農家・生産者の団体、学術・研究機関、市民組織、民間企業などに幅広く呼び掛けるものである。

 「国連 家族農業の10年」 行動計画は、次のような7つの柱を掲げ、家族農家の能力開発、包摂的なガバナンス・システムの強化などを通じた政策提言と政策への適切な資金の配分、関連データの収集、サービスの充実、特定のグループに特化した啓発・広報活動などを提案している。

1. 家族農業を強化するための実現可能な政策環境の構築

2. 若者支援と家族農業における世代間の持続可能性の実現

3. 家族農業におけるジェンダー平等と農村地域女性によるリーダーシップの促進

4. 家族農家の組織の強化と、家族農家の能力の開発、懸念事項の表明、農村地域における包摂的サービス実施のための知見の創出

5. 経済・社会的包摂性、レジリエンス、家族農家、農村地域世帯、コミュニティの福祉向上

6. 気候による影響を受けにくい持続可能な家族農業システムの促進

7. 生物多様性や環境、文化を守る開発や食料システムへの社会的革新の促進のための家族農業における多面性の強化

 出所: FAO

 これらの行動計画に共通するものは、これまでの個々の政策や生産者団体の取組、研究機関の支援を受けた技術移転などにおいて、家族農家それ自体が革新の主体となり、これらの過程に家族農家自体が関与することで、そのすべてを「自分たちのものである」と、とらえながら知見を共有したり、利益やリスクを知ることで地域性に応じて適合させたりしていくことである。


5.家族農業の8つのテーマ

 FAOはまた、家族農業と密接に関わり合うテーマとして、①アグロエコロジー(Agroecology)、②森林農業(Forest Farming)、③先住民(Indigenous Peoples)、④山岳農業(Mountain Farming)、⑤牧畜(Pastoralism)、⑥農村地域の女性(Rural women)、⑦小規模家族農家(Smallholders)、⑧小規模漁業および養殖業(Small-scale Fisheries and Aquaculture)、という8つの分野を掲げ、それぞれの視点から家族農業の活性化と革新のために取り組んでいる。

 たとえば、厳しく、耕作に適さない場所における農業として、数世紀をまたいで進化を遂げた山岳農業は、その小規模性、農作物の多様性、作物の生産・消費における温室効果ガスの排出の少なさなどの特徴を有する。

 山岳地帯では、標高も気候も異なる場所で、機械の力に頼ることなく、小さな布きれを継ぐかのように狭い土地を耕す(写真1)。収穫量は、その国全体の生産量からすれば小さなものではあるが、家族や地元コミュニティの食料安全保障を支えている。

写真1 トルコの山岳地帯
写真1 トルコの山岳地帯
山あいの小さな区画を使い、作物を育てている(2011年5月)。
出 所:©FAO/Hüseyin Ambarli

 また、美しく雄大な山の景観を生み出し、水の安定供給や災害リスクの低減、農業生態系を含む生物多様性の保全、余暇や観光に訪れる場所─といった山岳地帯の裾に広がる周辺地域の開発に不可欠な、きわめて重要な生態系機能を提供している。そのため、山岳以外の地域の開発にとって、「屋台骨」ともいうべき山岳農業の持続可能な形態を支えることが求められている。

 しかしながら、山岳農業では、とくに発展途上国において、教育・保健・輸送・通信・道路・市場などへの基本的なサービスへのアクセスが限られており、政治的・社会的・経済的疎外を生み出し、貧困が拡大している。途上国の山岳地域に暮らす女性のおよそ半数は食料不安にさらされ、その結果として人口流出が起きている。

 山岳地域から他の地へと移り住んだ者は、家族への送金を行うが、それでも残された女性・子供・高齢者には農作業の負担が増すことになる。

 そのため、山岳地帯に暮らす人々にとって、家族農業はもはや「最後の頼みの手段」と化すなど、課題が立ちはだかっている。

 山岳地帯のみならず、FAOはこれらの課題解消に向け、活動をしている。実際に家族農業を支援する取組には、どのようなものがあるのだろうか。フィリピンと北アフリカ、並びにグアテマラの事例を挙げたい。


6.FAOの家族農業に関する取組

<フィリピン>

 FAOは2015年からミンダナオ地域において、武力衝突と極端な異常気象の影響を受けた家族農家の生計の再建を目指す「農業・アグリビジネスにおけるミンダナオ戦略プログラム(MSPAA:The Mindanao Strategic Programme for Agriculture and Agribusiness)」を行ってきた。具体的には、新たな栽培作物・家畜・養殖用魚種をはじめ、生産量と生産性の向上に適した技術を導入し、栽培・養殖の多様化を図り、収穫後の保存・処理技術を改良し、気候変動への対応を図った。

 プログラムではまた、技術・融資・市場へのアクセス面において課題であったガバナンスやシステムを改善し、共同生産や販売協定における小規模農家と民間企業との結び付きを強めるなどに取り組み、コタバト州の約1万480世帯、およそ5万2130人の生計手段の多様化を目指した。


<北アフリカ地域>

 FAOは2015年から翌年にかけ、他のパートナーと共同で、小規模家族農家の実態分析を行い、エジプト、レバノンなど、国ごとに6つの報告書をまとめた。レバノンでは、この分析を通じて、小規模農家の社会保障制度へのアクセスが皆無、またはほとんどないことが浮かび上がった。

 75%に上る小規模農家がこれらの制度に登録されておらず、非生産性の原因となっていることがわかった。これを踏まえ、FAOは同国政府に対して、農業省と社会保障省との連携がスムーズになるよう働き掛けたり、農村地域の住民や農民、漁民が登録できるような制度への整備支援などを行った。とくに、農家の電子登録制度を新たに立上げ、利用者の性別・年齢・学歴・障害の有無などの指標も組み込むことによって、社会保障制度の利用推進のみならず、農業全般のサービスに活かせることを目指した。


<グアテマラ>

 FAOなどによる技術的支援のもと、2017年9月に学校給食に関する法律が施行されたグアテマラでは地域の家族農家が生産した野菜やタマゴ、果実などを学校が公費で購入し、学校給食として提供している(写真2)。栄養価の優れた、十分な量の給食を、届けることによって、子供たちの身体的成長と認知の発達を支え、家族農家には安定した収入源となる。この取組は2018年時点で3万3000の公立校で実施され、250万人の生徒が新鮮な地元産食材で作られた給食を受け取っている。

写真2 「栄養価の優れた、十分な量の給食」
写真2 「栄養価の優れた、十分な量の給食」
  地域の家族農家が生産した野菜や卵をボランティアの母親らが調理し、学校給食として子供たちに提供している(グアテマラ・チキムラ市、2018年6月)。
出 所:©Pep Bonet/NOOR for FAO

 さらに、同国西部に位置するサン・マルコス県やウエウエテナンゴ県では、小規模漁業で獲れた魚を使った給食を、2014年から試験的に開始した。

 同国の漁業・養殖業の漁獲高は、2000年の4万3000tから2010年には2万8000tへと大幅に減少した。水揚げされた7割近くが輸出され、FAOでは「およそ3万7000人の登録漁業者が漁に出るほか、加工や小売に従事しているものの、多くの漁業者が働き口のない状況にある」とみている。グアテマラは1人当たりの魚介類年間消費量が世界の平均値(2.4kg)のわずか1割に留まる。このような状況ではあるが、FAOは「良質なタンパク質のほか、オメガ3脂肪酸やビタミンに富んだ魚介類は、子どもの栄養改善に効果的である」として、2017年には他地域にも取組を広げ、計420校が学校給食に魚介類を取り入れている。

 法律の施行とFAOによるこれらの取組は、グアテマラの250万戸近くの小規模農家に一定の需要を確保し、生産意欲を保つ一助となっている。
 FAOの試算では2018年単年で、家族農業に6億7500万ケツァル(9200万米ドル)分の公費による直接購入が行われた。


7.おわりに

 これまでみてきたように、政策や生産者団体の取組、技術移転などにおいて、家族農家の主体性を確立するためには、家族農家それ自体の能力強化が必要不可欠である。この主体性を引き出すために重要なのが「ファシリテーター」の役割である。農家自らが結び付きを強め、効果的で効率性の高い家族農業の在り方を模索するために、FAOは、このファシリテーターとして、さまざまなステークホルダーとの対話を促し、知見の共有を進めていく役割を担っている

 家族農家の支援を進めるのは、2030年までに飢餓をゼロにするという目標が、その家族農家なしには達成しえないからである。家族農家は地球上の人々すべてにとって、この目標達成における重要なパートナーであり、今年から始まった「国連 家族農業の10年」は、達成へのさらなる一歩なのである。


<参考資料>
FAO and IFAD, United Nations Decade of Family Farming 2019-2028. Global Action Plan, FAO and IFAD, 2019
FAO, Themes | Family Farming Knowledge Platform | Food and Agriculture Organization of the United Nations. [online] Available at: http://www.fao.org/family-farming/themes/en/ [Accessed 12 Sep. 2019], 2019
FAO, FAO's work on Family Farming Preparing for the Decade of Family Farming (2019–2028) to achieve the SDGs, FAO, 2018
Lowder, S.K., Skoet, J. and Singh, S.,What do we really know about the number and distribution of farms and family farms worldwide? Background paper for The State of Food and Agriculture 2014, FAO, 2014
FAO,(公社)国際農林業協働協会,『世界食料農業白書2014年報告 家族農業における革新』, (公社)国際農林業協働協会, 2015

前のページに戻る